ザ・グレート・展開予測ショー


投稿者名:NATO
投稿日時:(06/ 2/16)

ここに来るのは、久しぶりだな。

小枝や枯れ草を踏みしめる音、雨の後の森のにおい。

どう、言おうか。そればかり考えていたのが、ここに来て、妙な懐かしさと泣き出したさに変わる。

月の光が、おぼろげながら強さを増していく。

森の出口まで、もうすぐだ。

「お久しぶりでござる、ピート殿」

彼女は、縁側で待っていた。

百年。百年ぶりだ。そして、彼女は変わっていない。

「お久しぶりです。横島さん」

横島、シロ。彼女の、この百と十余年の、名前だった。















魔族の因子が、人間に入るのは無理がある。

それは、当たり前のことだった。

だから、彼が壊れる。

それも、当たり前のことだった。

壊れていく彼を、自分を投げ出し救った、一人の弟子。

人狼の癒しの力を用い、文字通り体を投げ出して、献身的な介護を。

やがて、その二人は、当たりまえに、結ばれる。

「……横島さんは」

しばらくの沈黙の後、縁側で月を見上げる彼女に言うと。

彼女は、静かに指を自分の唇に押し当て、くすりと笑った。

「……月が、きれいでござるなぁ」

こちらを、見ない。それでも冷たさはなく、彼女の微笑は薄皮一枚隔てて僕を魅了する。

その膜が、彼女が百年間ただひたすらに彼の妻であることを、何よりも物語っていた。

百年。永いのか、それとも。

「百年、ですよ」

口に、出ていた。

彼女は何も言わず静かに首を振り、最後に一つ、肯く。

「夫は、間違っていなかったでござるよ」

人狼がその捨て身ともいえる交わりの中で増幅する魔族因子を奪い、自身の因子。自分の欠片を彼に与え。

それでも持ったのは数年だった。

後の、彼の壊れ方は尋常ではなく。

それでも、それでも彼は彼女を思いやったのか。

あの体でどうやったのか、姿を消して。

ただの人なら諦めも付く。

魔族因子がどのように作用しているかもわからない。もしかしたら。それだけを胸に。

百年、経っていた。

「もし、夫が目の前で壊れきってしまえば、拙者も壊れたでござる。……それは、女として幸福でありましょうが、母として、なしてはならぬことでござる」

彼女の、娘。

父親の顔を知らぬ。それでも、彼を敬い続ける。いい娘、などというものではない。母親の想いを、そのまま受け継いでしまったのだ。ある意味で、哀れでもあった。

「月が、綺麗ですね」

今度は、僕が言う。

張り詰めた、冷気。

「百年。経ちました」

彼女が、微かにうなずいた。

「美神さんも、エミさんも、タイガーや雪之丞も、みんな」

死んだ。口には出さなかった。孫や、その子は、生きている。つい先日、ひのめさんの葬儀があった。

心なし、彼女の目が細まる。

百年、時は流れていないのだろう。

ある意味で、彼女も。なんだというのか。ほんの少し苛立って、考えることをやめた。

「拙者は、幸福でござるよ」

静かな、声。泣きそうに聞こえたのは、錯覚だろう。僕は、相槌さえ打たなかった。

己の半身と引き換えに流れ込んだ彼の魔族因子が彼女にはよく作用し、彼女の時は他の人狼に比べてさらに永い。ひどく、皮肉な話だった。

「幸福で、ござる」

相槌を打たない。子供のような、自棄だった。

認めている。彼女は、幸福だ。

このまま、立ち上がってしまおうか。そして二度とここには来ない。

余命尽きるまで、彼女は幸福の中で彼を待ち続けるだろう。

その娘も、きっと。

彼女と、その娘が仲良くこの縁側に腰掛け、あの月を眺める。

ひどく、酷く、美しい想像だった。

それでも。

それでも、僕は、言うのだろう。

それは、彼女にとって幸福なのか。それとも。

「月が、綺麗な夜ですね」

彼は魔族に転生し、記憶を無くし魔界にいる。

吉報でも凶報でもない。

ひどく俗な話。

彼女には似合わない。教えたくないと思うのは、それだけだろうか。

彼女は何も言わず、全てわかっているという風に一つ、小さくうなずいた。

やはり、言わなければならない。

彼がたった一つ覚えていて、霊基以外に彼だといえる一つの証明。

彼女の名を、今でも忘れていないということも含めて。

「……拙者は、美神どのにはなれないでござるなぁ」

話を終えると、彼女はやはり穏やかな声で言った。

目から流れる水。魅入られ、それを否定した。

「夫を、怒れないでござる。一杯言いたいことがあったのに、きっと対面すれば、いえないんでござるよ」

ふと、思った。彼はきっと記憶を取り戻し、全てをかけてここに来る。

それも、近いうちに。根拠の無い、それでも絶対の、確信。

僕が彼女に魅入られたことと関係はあるか。無い。

「月が、綺麗でござるなぁ」

ぼやけて、みえないだろうと、思った。

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