ザ・グレート・展開予測ショー

例えばもう一つの『再会の約束』(GS)


投稿者名:veld
投稿日時:(06/ 2/10)




 私、タマモ。九つの尻尾を持つ狐。
 何か災厄を呼ぶとか、傾国(褒め言葉とも取れるらしいけど。国を傾けるほど美しいって意味もあるらしいし)だとか。・・・まぁ、好き勝手なことを言われたりしてる。
 私、前世の記憶ってのが無かったりする。まぁ、あったとしてもろくなもんじゃないだろうし、今更そんなもの貰っても困るし。欲しいとも思わないんだけど。ただ、時々、見る景色が酷く懐かしく感じられる事が有る。
 別に、前世の記憶がフラッシュバックする、ってわけじゃなくて。ただ、既視感、って奴かな? そういうものを感じたり。
 例えば、それは、おキヌちゃんの学校の歴史の教科書に乗っていた大昔の家屋の様式だとか。十二単だったりとか。古い神社独特の空気とか。いや、昔の私がいた頃には、その神社自体、存在しなかったかもしれないし、その当時は新しかったのかもしれないけど、その空気が。
 ―――あぁ、懐かしいな。何で懐かしいのかは解らないんだけど・・・
 って、まぁ、そんな感じでね。




 きっと私の中に、眠っている記憶とか、あるんだと思う。目覚める事はきっと無い。ある意味では死んでいる記憶。その断片が、普段は静かな、湖のような記憶の底にある『忘却』の泥の中から浮かび上がってくる。微かな波紋を生み出して―――私はその漣を感じる。

 自分でも不思議なんだけど―――冷静に考えてみるまでは、それはごく当たり前のことで―――私は不快なんて感じてはいなかった。私じゃない私が感じ取っていた昔の記憶の欠片が浮かぶ事で、『私』が昔の私を殺している『事実』が見えてきているのに、私は全くそれを不自然な事、おかしな事、とは感じなかった。
 平たく言えば、私、と言う身体を使っていた『昔の私』の存在を、今の私はごく自然に受け入れる事が出来ていた・・・それが不思議、と感じている、って事。

 ―――全く、昔の私ってのはほんと、どういう狐だったんだろ。人間には疎まれ。その代価が私に降り注いできてるって、本当に理不尽―――

 ・・・って、そんな風に他人事のように感じられないって言うかね。昔の私と今の私の間の境界線がないような気分。かと言って、今の境遇をそのまま諦めと共に認めちゃってるわけでもないんだけど。

 結局、私は昔の私とまるで変わっていない。一つの狐なんだろうね。根が繋がってる。今の私はこういう風にして生きてる。昔の私は違った。周りの環境に違いだけで、私がしていることはきっと変わらないんだと思う。

 例えば―――さ。
 私が美神さん達と会わなかったら。
 私は、どうなってたんだろ?
 いや、私を包囲する連中を振り切ったとして―――。




 結局、人間憎し、と思いながらも、私は人間と関わって生きてたんじゃないかな?
 自分でもどうして何だか解らないんだけどさ―――。



 ―――ソファーに身体を沈めて、たわいもない思考に耽っていた私の意識が目覚める。
 持っていたインスタントの狐うどんがすっかり冷めてしまっている。麺を箸で摘んでみた。ぼろ、っと悲しい箸触り。ま、油揚げはもう食べたし、別に良いんだけど。
 部屋の中をきょろきょろと見つめてみる。誰もいない。私一人の部屋。馬鹿犬も、おキヌちゃんも、美神さんも、いない。
 すうどんのスープを啜ってみた。冷たい。食べる気は失せてしまった。目の前のテーブルの上に置く。何気なく傍にあった雑誌を掴んでぺらぺらとページをめくってみる。興味をそそるものなんて何もなかった。最高級お揚げの通信販売とか載せてくれれば良いのに・・・と軽く憤る。
 ごろんと寝転がる。白い天井が見えた。おキヌちゃんは掃除の時、こういう所も手抜きしたりしない。ぴかぴか。まぁ、この事務所には煙草を吸ったりする人はいないから、そう滅多に汚れるものでもないんだろうけど。
 視線を移す。寝転んで見る世界はいつもとは少し違う。こういう感覚は好き。丁度良い暇つぶしにもなるし。
 ―――と、視線が窓の方を向いた。窓からはちらほらと白い雪が待っているのが覗けて見えた。私は当然と、それを眺める。

 雪は好きだった。何故か、解らないけど、好きだった。







 「お前、何してんだ?」

 「わっ」

 ほけー、っと窓の向こうを眺めていた私は真上から掛けられた声に驚いた。
 思わず、わっ、と叫んでしまう位だ。この取り乱しようは自分でも珍しい。冷静な思考。
 真上では、声の主が胸を抑えている。そして、笑った。

 「・・・お、驚いた・・・」

 いささか憮然として、私は彼―――横島を睨む。

 「驚いたのはこっちの方よ。・・・美神さんもおキヌちゃんもシロもいないけど、何か用?」

 「え、お前以外いないのか? 参ったなぁ」

 「御飯集りに来たの?」

 「今日、給料日なんだよ。もらっとかないと本当にヤバイ・・・って言う意味では御飯を集りに来た、ってのもある意味当たってる」

 「何日食べてないの?」

 「三日」

 「あと四日くらいは大丈夫よ。人間、一週間や二週間、食事を抜いても死にはしないわ」

 「どこからそんな自信が出て来るんだか解らんが・・・で、お前、何してるんだ?」

 「見て解らない?」

 「・・・寝てる?」

 「寝転びながら窓の外の雪を見てたのよ」

 「・・・それって楽しいか?」

 「やってみれば」

 「・・・」

 「楽しい?」

 「・・・」 

 「・・・」

 「・・・何かちょっと、楽しい」

 「でしょ?」

 いや、そんな答え、期待してなかったんだけど。

 私は身を起こして、テーブルの上のカップを片付けようとして―――そこに何も無いことに気づいて、ちょっと慌てた。もしかしたら、なにかの弾みで落としたかもしれない。溢したかもしれない。でも、地面は濡れていないみたいだし、発砲スチロールのカップは影も形も見当たらなかった。

 「あ、うどん食ったけど」

 「・・・食べかけ」

 「・・・三日間何も食べてなかったもんで」

 「・・・言葉に偽りありじゃない。さっき、食べたんじゃない」

 「ほんの十分前までは、確かに食べてなかったんだから良いだろーが」

 「・・・ゴミ箱に入れた?」

 「入れた」

 「・・・んじゃ、良いや」

 「ん」

 「―――大雪になるかな」

 「ならないでしょ。多分」

 「異常気象だったりするし」

 「雪女でも大量発生してるんじゃないの?」

 「・・・く、ははは」

 「何よ?」

 「いや、雪女と言えば」

 「何?」

 「美神さんがさ。液体窒素で雪女を凍りつかせたことがあって。ちょっと前に」

 「・・・液体窒素って何?」

 「冷たい・・・・・・・・・まぁ、何ていうか。何でも凍らせる液体?なのかな? 噴射させると何でもかちんかちんになるんだよ」

 「へぇ。で・・・、それがどうしたの?」

 「いや、雪女よりも、冷たい女、って皆から言われてその日一日凄く優しかったんだけど・・・」

 「・・・雪」

 「・・・面白くなかったか」

 「横島は、雪、好き?」

 「雪か? ・・・好き、かな」

 「・・・私も好き」

 「そうか」

 「・・・昔―――」

 昔も、好きだった。雪。
 前世との切れないリンク。
 好きな事。好きなもの。
 きっと、私は昔の影響を受けて、今、こうしている。

 ―――雪。

 「昔も、雪が好きだったのよね」

 「・・・昔?」

 ―――横島の顔が怪訝なものに変わる。
 それも、一瞬でふっと緩んだ。

 「そっか」

 ただ、それだけのことなんだから。

 「そ」

 私は微笑んだ。







 どうして、人間と交わるようになったのか。
 きっと、それは、雪と同じように単純な理屈なんだろう。
 『好きだから』
 それだけのこと。











 それだけのこと―――?













 いつのまにか眠りに落ちて、私は夢を見ていた。
 無いに等しい境界線を踏み越えて、忘れられた場所に足を踏み込む夢。
 幾つもの記憶の残滓が―――あらかた悲しくてとても見ていられないものばかりが―――中空から降りては消える。
 そよそよと舞い落ちる様子はまるで粉雪のよう。触れれば砕ける様はまるでシャボン玉のよう。
 しみこむわけでもなく、ただ、はじけて消える。
 わけがわからないまま、私は記憶に振り回されて、頭を抱えてその場に蹲った。夢、ってのは、本当に自分の思い通りにならない。
 ―――夢の中でさえ、私はその記憶を眺めたいと思っているのに―――



 そんな時、肩を叩かれた。『大丈夫?』と、尋ねられる。
 私は頷きながら身を起こす。視界を塞ぐ着物の袖のくすんだ模様を振り払った。
 目の前にいた少年は微笑んだ。烏帽子姿。私は戸惑いながら微笑み返す。
 さして長くもない回廊。広くもない部屋。忍び込んだ少年。
 いとおしく思えたのは何故か。解らない。
 解けるような幼く弱い優しさがしみこむように伝った。
 狂おしいほどに愛した。


 

 場面が次々と切り替わる―――コマ切れの景色。記憶が蘇り、そして、あっさりと消えていく。




 成長した少年が唇を震わせている。

 『・・・どうやら、ここまでみたいだな』

 『・・・』

 そうね、と答えようとする。深い深い森の中。小雪がちらついている。


 白。白一色。見上げる空。翠の天蓋。針葉樹は葉を落とす事はない。
 振り返る。紅色が点々。それは私が『後で見た』景色。


 『今』の私は―――。
 傷だらけの少年に縋りながら、私は涙をこぼして何か叫んでいる。

 『あなたらしくもない』

 彼は笑った。いつものような、見ているこちらを力づける笑みはもう浮かぶ事は無い。生気の無い眼差しが、死期を見ている。

 『・・・』

 私は髪を振り乱して泣く。彼は頭を振った。

 『いつか、逢えるさ。きっと。そう、遠くない未来。いつか―――』

 




 『また、逢おうな』









 空を見上げた。
 雪がどさっ、と音を立てて落ちた。






 生きなければいけないのだ。
 そして、また、巡り逢おう。
 時間はさして必要ではないだろう。

 亡骸を抱いた。酷く冷めている。身が震えた。寒さの所為に違いなかった。







 















 ―――夢の終わり。目覚め。周囲を見回す。事務所の一室。
 額から冷たい汗が伝った。身体が震えている。身を抱いた。すぐに震えは止んだ。


 隣で横島が鼾を掻いて寝ている・・・よくよく聞いてみると、鼾じゃなくて御腹の虫の音だった。
 溜息を吐きながら身を起こす。本当に、冴えない人間―――苦笑する。
 軽侮ではない。ただ、少しだけ驚いた。
 私が半ば呆れながら、半ば、その無防備さに微笑ましい部分を感じていることに。



 私はきっと、これからもずっと、人と関わりながら生きていくだろう。たとえ、酷く醜い部分を見ることになったとしても、それでも、関わらざるを得ないのだ。
 ―――今見た夢の記憶は消えてしまうだろう。えてして、夢、と言うのはそういうものだから。目覚めたばかりの今でさえ、もう、おぼろげにしか覚えていない。情景も、感情も、なごり雪のように消えていく・・・紙に書き留めたとしても、意味の無い言葉の羅列にしかならないに違いない。

 ただ。
 忘れられそうにもない事も、ある。







 窓の外を見た。まだ、雪は降り続いている。

 「これ、いつまで降るんだろうな?」

 囁くような声音だった。独り言なのかもしれない。
 空は重い雲に覆われ、その色は濁っている。
 降り止む兆しは見えない。

 「さぁね」

 聞こえてきた声に、私は眼を閉じて答えた。



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