ザ・グレート・展開予測ショー

フォールン  ― 18 ―  [GS]


投稿者名:フル・サークル
投稿日時:(06/ 2/ 9)





「やあすまないね。またお邪魔するよ」

 ノックの音にどうぞと答えると、ドアを開けて入室する二人の人物。
 先頭に立つ中年男性が、静かな足取りで奥の執務席の前へと進んだ。

「今度は、いかがされましたか」

「何、大した用じゃないんだが。これらにちょっとサインを頂きたくてね」

 彼が差し出した分厚い紙束に、さすがの神内も目を見張った。

「これはまた・・・随分と作りましたね。ご苦労様です」

 半分は皮肉だが、半分は本心からの労い。神内は目の前に立つGS協会からの使者、唐巣和宏に軽く頭を下げた。

「これでも昨日よりは大分楽になった方さ。プラント回った時はこの倍以上だったからね」

 そう言って苦笑いを浮かべる唐巣。だが神内は、唐巣の背後から向けられているもう一つの視線の方を気にし始めていた。



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



 朝早くに西条は名前を呼ばれ、留置場から出された。
 刑事に囲まれながら連れて行かれた廊下の一室。そこには彼の上司、美神美智恵が待っていた。

「――思ってたよりも早く出られましたね」

 警察署を出た所で微妙な顔の西条が呟くと、美智恵は軽い口調で答えた。

「これでも君が一番最後よ。他のみんなはカツ丼食べる時間もなかったみたい」

「警察でも朝からカツ丼は出ませんよ。それに僕も朝食は食いっぱぐれました」

 美智恵の軽口に力なく笑って返す西条。美智恵は小首を傾げ、そんな彼の横顔を見つつ提案する。

「あら、じゃあこれからどこか行きましょうか? 話す事も色々とあるわ」

 迎えに来たのは美智恵一人だったらしい。駐車場から美智恵の車を数分ばかり走らせると、二人は近くのレストランに入った。



「朝から晩まで事情聴取ですよ。それも同じ事を何度も何度も・・・」

 西条はレストランのテーブルにつくなりそうこぼす。

「人間相手の捜査はそういうものでしょ? うちにはあまり縁のないやり方だけどね。まあ、お疲れ様」

 本当に空腹だった彼はすぐさま、ボリュームのあるセットメニューを注文した。
 しかしながら、彼も英国紳士の端くれ。待ちかねてる仕草など見せたりはせず居ずまいを正すと、そこでようやく貯め込んでた話題を切り出し始める。
 話す事は色々ある。美智恵はそう言ったが、西条にも聞きたい事は山ほどあった。

「これから・・・どうなるんでしょうかね、この件。釈放はされても、ICPOの捜査権が認められないとなっては手も足も出ません」

「そうねえ・・・あ、捜査続けるのは大丈夫よ。これ以上の介入はもうないわ」

「―――は?」

 考え込んでみせた美智恵だったが、次の瞬間、西条が思っても見なかった事をあっさりと言ってのけた。

「大丈夫でなければ、君を出してあげられる訳ないじゃない。正確に言えば、大丈夫に“なった”んだけどね」

「・・・どう言う事です?」

 今日の朝刊よ。そう言って美智恵は新聞を西条の前に差し出した。それを手に取り広げると、ある見出しの上で視線を止める西条。
 美智恵が微笑みを浮かべながらうなずいて、その記事の大筋を話す。

「そう、その記事。神内コーポレーション系列の霊具プラントで昨夜小さな爆発事故があったのよ。負傷者は出なかったけど、製造工程に問題があり製品にも重大な欠陥がある事が分かったんですって」

「何、だって・・・・・・?」

「夜明け前にはもうGS協会主導で調査委員会が立ち上がって、コーポレーション全体の騒ぎになってるわ。あれじゃ御曹司の都合で小細工かけてる余裕なんてもうないでしょうね・・・」

 ガラスウィンドウの外を斜めに見ながら他人事の様に――不自然なくらいに――呟く美智恵。それなりに付き合いの長い西条なら、どんな時彼女がそうするのか良く分かっていただろう。
 顔の横を伝わる冷汗を感じながら、あえて尋ねてみる。

「先生・・・それって、もしかして・・・」

「ちょうど良いタイミングってあるものねえ。こんな時にこんな事故が起きて、こんなに早く問題が露呈して、こんなに早く外部が動くなんて、そうめったにあるものじゃないわ」

「そう・・・ですね・・・・・・全く・・・良いタイミング、です・・・」

 微笑んだまま西条に向き直って言う美智恵。西条には分かっている。そんな自分達に都合の良いタイミングの重なりなんてある筈がない。
 現状に合わせて事故は起こされたのであり、問題は露呈されたのであり、外部は動かされたのだ。誰にかは言うまでもないだろう。

「言っておくけど、爆弾なんか仕掛けてないわよ? 元々あった欠陥で、いつか起き得た事故で、それがたまたま今だったって事は誰が見ても明らかだわ」

 つまり・・・それを「たまたま今」にした人間がいるのだ。向こうに。
 そういうやり方は神内とかの専売特許ではないのだと今更ながら思い知る。
 注文したメニューがテーブルに届き、西条はそれにナイフとフォークを当て口の中に運んだ――味は、よく分からなかった。



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



「まったく・・・してやられましたよ」

 ふとサインする手を止め、神内は上目遣いで唐巣を見ながら苦笑いを浮かべる。

「え? あ・・・はははは・・・」

 少し間があって言葉の意味に気付いた唐巣が乾いた笑い声を出す。薄々は気付いていた。このプラント事故騒動が美智恵の仕組んだものだと。

「まあ、貴方も今回は動かされた側の人なんでしょうけれど。さすがに貴方までこの件で誰かと組んでるとは、想定していませんし、想定したくもありませんがね」

「貴方にしては珍しい言葉だね・・・誰をも怖れていない、誰でも敵に回せるともっぱらの評判だが」

「そんな事を・・・それではまるで美神さんみたいではないですか。僕の様な凡人が」

「――どっちの、だね?」

 名目上はまだ唐巣は一GSでしかないし、カトリック教会をも破門された貧乏神父でしかない。しかし、彼が貧乏なのはあくまで「報酬を殆ど取らない」からであり、国内トップクラスのGSである事は知る者なら知っている事だ。
 その隠れた実力と他のトップGSの大半に著しく欠けている良識や人徳とをもって、アシュタロスとの戦いとその戦後処理で失態と責任逃れを演じ続けた現上層部に代わる、GS協会の新しいリーダー候補としても注目され始めている人物である。
 いや、今既にGS協会の顔として多くのオカルト関係者は現会長ではなく唐巣の顔を思い浮かべるまでになっていた。
 日本GS協会とは明確な組織ではなく、オカルトGメン職員をも含む国内で認可された全GSを意味する。神内が数々の違反行為でGメンから追われている横島の囲い込みを画策するのも、彼の存在を前提にしての事だった。
 最終的に彼が除名に同意しなければ横島が除名される事はない。そして彼は同意しないだろう。彼個人の横島への好意が度外視されていたとしても自分かあるいは美智恵がそう働きかけるからだ。
 ただし、彼がどっちに働きかけられ、その時どっちの味方であるか。それによって話が違ってくる。
 横島だけではない。彼がオカルトGメン寄りになるなら、GSビジネスにおいて神内コーポレーションは更にGメンの後塵を拝む事になる。
 かと言ってこの神父が今、素直に神内側につくとは考え難い。ならば、せめて今は中立を保っていてほしい。

「私も困っている友人の力になりたいとは、常々考えているが・・・果して美智恵君や貴方が“困っている”のかね?」

 ある意味、神内にとって理想的な返事。だがその返事ついでにもう少し聞かせてもらおう。

「では、横島忠夫さんは? 美神令子さんは?」

 サインの続きを始めながら神内が尋ねると、唐巣はあからさまに困惑した表情を浮かべる。
 唐巣の背後の視線がいささか剣呑さを増したようにも感じられた。

「僕は貴方と同じですよ、唐巣さん。“困っている友人の力になりたい”のです」

 唐巣にもその背後にも構わず、神内はそう言って薄く笑って見せる。

「ですが、あの人達も強い・・・そうそう誰かの助けなど求めない程にね。自分で道を切り開いて進むタイプだ・・・親切の押し売りなど通じません。手助け一つにも気を遣います、そうじゃありませんか?」

「それはそうだが・・・ね・・・」

 唐巣は顔をしかめて目を伏せた。あまりこの男の薄笑いを見ていたくないと言うのもあったが、改めて“友人の力になる”と言う事について自分で考えてみたかったのだ。
 ――そうでもしないと、ぼんやりしている内に取り込まれそうな気もしていたからだ。神内の論理に。
 この男が普通の意味でその言葉を使っているとは考え難い。ピートや美智恵からの話を思い出すまでもなくその事は十分理解出来た。

「しかし・・・横島君が、彼が恋人の死を引きずって虚脱し、道に迷っているのは分かる。しかし、そこで死んだ恋人を生き返らせてあげましょうなどと言うのが、力になる事だと思うのかね? 私にはどうも・・・」

 始めに引っかかっていた疑問、神内にする質問としてはいささか的外れだ。そんな事はむしろここにいない横島や雪之丞達に尋ねるべきだったろう。
 しかし、どこからでもこの薄笑いの裏にあるものを明るみにする糸口がほしい。
 神内は機械的に筆を走らせながら僅かに肩を竦めた。

「まあその気持ちはお察ししますよ。カトリックでいらっしゃいますからね」

 再びサインの手を止める。ペンを置くと書き終えた分の束を揃えながら顔を上げ、神内は唐巣を見上げた。

「しかしそれは普通の人間同士・・・“死んだ者が帰ってこない”前提での話です。この件では通用しません。ええと、確か氷室、キヌさんでしたっけか・・・」

 ゆっくりと、思い出すみたいに――本当に思い出すのに時間が掛かったのかもしれないが――神内がその名前を出すと唐巣が驚きを顔に浮かべる。
 この場でその名が出た事への単純な驚き。続けて彼女がどうしたのかと言う疑問。

「唐巣さんは、死津喪比女の事件の後、彼女の身体を処分して魂を成仏させた方が良いとでもお考えでしたか?」

「―――なっ!?」

「死んだ者は帰って来ない、帰って来ると思っちゃいけない・・・帰って来ちゃいけない、と言うのならそうですよね」

 あまりにも極端で馬鹿げた質問に、唐巣は瞬時言葉を詰まらす。
 いや、いやしかし。
 本当に自分にとって、彼女が生き返った事は正しい事だと感じられただろうか?
 破門された身。今更カトリックの世界観にそれ程の固執はしていない。
 しかし。それでも。
 精神に根深く染み付いていたキリスト教的死生観。それが神内の質問に答えている・・・「YES」と。
 「身体だけがずっと生き続けていた」などと言うイレギュラーを受け入れてはならない、彼女の生は三百年前に終わっているべきだった、後は死者として行くべき所に行くべきだった・・・と。
 しかし、GSとしての自分がそれにNOと言っている。
 人を助ける力を身に付ける為に、神父でありながら破門を覚悟で仏道修行も受けた自分が。

「そ、それは・・・それは全然事が違うじゃないか。だって、あの子の場合ちゃんと生きて・・・」

 葛藤を振り払い、極めて「常識的な判断」で唐巣は返答した。
 神内は唐巣の返答を静かに首を振って否定する。全て見透かされていた。
 もっとも、葛藤も葛藤の隠蔽も、その一瞬においては神内でなくとも容易に見透かせるものだったろう。元来隠し事や嘘は大の苦手という朴訥な人柄の神父だ。

「同じなんですよ。普通の人間の生死においては考えられない特殊な条件下でしたね。彼らは彼らの基準で、この業界の基準で、永遠の別れの条件を満たしていない。つまり、再び会う事を望む資格がある訳です」

「危険な召喚装置を作って作動させてでも、かね・・・?」

「その辺りは、彼に尋ねて頂きたいですね。私は力になりたいとは申しましたが、彼の力になれた訳ではありませんから」

 微妙な所で横島達の計画への直接関与を否定する神内。
 神内にとってもGS協会の者を前に言質を避ける為の言葉でしかなかったが、彼の中においていくばくかの真実味も含まれていた。
 結局私は本当に、“彼の力”になどなってはいなかったのだろうな。“彼の力”たり得る者など今となっては一人しかいないのだろう。
 そう、ここには存在してもいない彼女だけが。
 それでもきっと、それさえもない私よりは―――



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



「えっと・・・では引き続き、横島君の追跡を・・・」

「もう追わないわ」

 気を取り直し、話を続けようとした西条にまたも美智恵はあっさりと重大な事を言った。

「―――え?」

 このあっさりぶりは、考え様によっては「それだけ自分が留置されていた間に、あるいはそれ以前に色々考え抜かれていた」という事でもあるが、急激な状況の変化に理解はなかなか追いつけない。

「勿論、捜査は続けるし網も張っておきます。だけど、積極的に追跡出来たのはあれが最初で最後のチャンスだったのよ」

「申し訳、ありません・・・そもそも僕が」

「謝る事はないわ。“チャンスだった”と言ってるでしょう? 西条君が横島君の信頼を得ていなかったらチャンス自体がなかった訳。スタートラインに戻っただけよ」

 頭を下げようとする西条を制して、美智恵はそう言って頷いた。続けて目線だけを上げるとちらっとだが、鋭く西条を見据える。

「どうして、今“こちら”に戻って来たかは本当の理由を聞いておきたい所だけどね・・・・・・報告にあった、Gメンとしての職務がどうとかなんて話じゃなく」

「・・・・・・」

 横島とパーキングで会う2日前、西条は美智恵に自分の横島への協力を洗いざらい話して、その上で検挙作戦を申し出ていた。解雇も覚悟の上の行動だった・・・ただし、その前に何としても自分の手で横島を止め、それによって・・・神内の悪ふざけを挫いてやりたかった。
 そんな西条に美智恵は咎めもせず――この件が片付くまでの事かもしれないが――自分の思惑も大筋を伝え、検挙作戦にGOサインを出した。
 既にGメン署内での横島の協力者となっていたシロとまとめて押える事にして、横島との密会に彼女を同行させ――結果、彼女もろとも逃げられた訳だった。

「基本的にね・・・装置の凍結を間に合わすか、その前にやって来た所を押えるか・・・で決着付ける事を考えたいの」

「―――! 向こうは、我々がいつ装置を無効化出来るか・・・知っています」

「そうね。と、言う事は・・・・・・」

 西条は唾を飲み込んだ。つまり後者だ。それしかない――彼らも、我らも。
 そして彼らは、廃ホテルをGメンが固めていると知った上でやって来るのだ。強行突破、実力占拠となるのだろう。
 横島、雪之丞、タイガー、シロ。国内有数の――自分と同レベルの、あるいはそれ以上の実力派GSが、少なくとも四人。
 そこにカオスやマリアが、エミが加わる可能性もあるみたいだ。更なる予想外の助っ人が現れる可能性については、考えたくもない。

「それに、潜伏の手助けが全く入らなくなったから、向こうが見つけ易くなってるかもしれないわね」

「全く・・・・・・?」

 西条は聞き返す。確かにこれで自分は横島達と切れたが、まだ神内が残っている。系列会社の不祥事くらいでは彼を完全に押える事など不可能だと西条は思った。

「そう。全く、よ」

 西条の疑問に応じる様に、美智恵は答えを繰り返した。西条が理解するにはそれで十分だった。
 神内への仕掛けは、これで終わりじゃない。まだ何かあるのだ。



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



「・・・いいかげんにしろ」

 ふいに掛けられた声で、神内は物思いを中断した。唐巣の声ではない。
 声の主である唐巣の背後の視線がすっと動く。それは冷ややかに神内を見据えていた。
 その金髪の青年には神内だけではなく、唐巣も振り返って注目する。

「ピー・・・ト? 同行しているとは言え、これはGS協会の仕事だから、君は・・・」

「えっと・・・ピエトロ・ド・ヴラドーさん、でしたね。ああ、Gメンの方はお休みでしたか」

 本当は知っている。横島達を不本意ながら黙認してきた彼も謹慎処分を受けていた筈。その期間の監督責任者は唐巣だった。
 唐巣が動かなければならなくなったので、それに同行する事になったのだろう。

「君は何故、横島さんの自殺に、それと分かっていながら付き合う?」

「――自・・・殺?」

 一歩踏み出しながら神内へそう尋ねたピートに、その不穏な単語を聞き返したのは唐巣。

「君に分かってないとは言わせない。横島さんはルシオラを生き返らせたいと言い続ける事で、ごまかしてるに過ぎない・・・本当は、終わりにしたいだけなんだって事を」

 ピートは唐巣以上にゆっくり、唐巣と神内がいる方へと足を進める。無表情の中で青くぎらつく氷の様な眼差し。

「今背負ってる自分の孤独を終わりに出来れば何だって良い。ルシオラが生き返ろうが・・・自分が消えようが」

 彼の口から語られる内容に、唐巣の顔色が青ざめた。

「何だって・・・そんな馬鹿な・・・じゃあ、横島君は・・・・・・」

 唐巣とうってかわって、神内は静かににやついている。但し、その内心を読み取る事は出来ない。
 その眼差しはピートに負けず劣らずの冷たさで彼を見つめ返していたから。

「彼の目にはルシオラしか見えてないんじゃない、自分しか見えてないんだ―――そして君は、そんな今の横島さん以下だ」

 ピートがついに唐巣の横をすり抜け、神内の前に立つ。氷の目はそのまま彼を見下していた。
 立ち止まったピートは断言する。

「“友人の力に”? 冗談じゃない。君が言うなよ。君に友達だと思える人なんて一人もいないじゃないか」

 見上げた神内も、本気かふざけてるのか真意の見えないにやつきは引っ込め、代わりにさっきも浮かべた薄笑いを取り戻していた。
 全てを嘲笑う様な薄笑い――少なくとも、彼なりの本気だとは言えただろうが。

「君は誰かを好きになった事もない。せいぜい、そんなつもりになるだけ。君はずっと自分の事だけを愛してるんだ・・・自分しか愛せないのだから」

「そういう人間には、それを自覚してるかしてないかが重要なんですよ。ヴラドーさん」

 神内は間髪入れず答え、肩を竦めつつ両手を挙げると席を立ち、正面からピートを見返した。
 いかにも、そう言われるのには慣れている風だ。そして、それは恐らく見せかけではないのだろう。

「――そうきちんと自分で自覚してるなら、この世界で生きるのに何の支障もないんです」

「それは―――どうかな?」

 次の瞬間、視界からピートの姿が掻き消えた。そして自分の背後に突如現れた気配。
 同時に唐巣が大きめの声でこちらへ呼びかけて来る。

「ピート!? 一体、何を・・・・・・」

「これは何の真似です? ヴラドーさん」

 唐巣の絶句を次いで神内は振り返りもせずに後ろの気配へ質問する。
 振り返る事はあまり意味がなかった。気配は首の脇すぐ近くに顔を寄せ、横目でその口元から覗く牙まで見る事が出来る程だったのだから。

「動くな。動けば・・・とは言わない。このまま、君を噛ませてもらう」

「それでは脅迫の意味がありませんね。文字通り、脅しじゃないって訳ですか」

「ピート、何のつもりだ・・・これは・・・どういう事なんだ・・・?」

 怒りと緊張のまじった顔でこちらを睨み付けながら、かつての弟子に問う唐巣。神内からは見えなかったが、その首筋に牙を向けていたピートは済まなそうな顔を唐巣に向けた。

「申し訳ありません、先生。だけど、彼には来てもらわなければならないんです」

「さて、どこへ・・・ですかね?」

「君が今知る必要はない」

「貴方に噛まれた人間は一時的に、貴方に従順な吸血鬼になる。情報通りですね・・・僕を従順にするのは貴方でも、従順になった僕を貴方一人で連れ回しても意味がない。違いますか?」

「―――美智恵・・・君か?」

「・・・非公式通達です」

 神内の口よりくくくと笑いが洩れる。苦渋の表情を浮かべた唐巣が片手でこめかみを押えるのが見えた。
 プラント事故ならともかく、その上で更にこう来るとは。全くの予想外だった―――彼らにしては上出来だ。
 そんな事を考えた次の瞬間、激しいが痛みのない衝撃を首筋に感じる。
 そのまま、神内の意識は遠のいて行った。









   ― ・ ― 次回に続く ― ・ ―

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