ザ・グレート・展開予測ショー

不器用なあなたへ(前編)


投稿者名:ちくわぶ
投稿日時:(06/ 2/ 7)










 遠くからは大きく見える。近付けば、それほどじゃない。
 明るく照らす灯りでも、その足元には影がある。
 この世界の全ては、近付いてみなければ本当の姿は見えてこないもの。
 ふとした拍子に何かが目に止まったなら、一歩近付いてみてはどうだろう。
 もしかしたらそこに、今まで気付かなかった大切なものがあるかもしれない――。












 ICPO超常犯罪課――通称オカルトGメン。
 西条輝彦はその日本支部に配属され、日々の公務に励んでいる。
 彼の仕事は基本的に民間のGSと大きな違いはないが、
 ICPOの特徴として悪霊や妖怪に関するデータを収集、編纂(へんさん)する事が加わる。
 そしてその作業には、多くの時間と労力を必要とする。
 事件がない場合は、ほとんどの職員がデータとの格闘を続けるか、靴の底がすり減るまで足で情報を集めているのである。
 こうして蓄積されたデータは、心霊事件が発生した際に素早く正確な対応をするための材料として活用されていく。
 オカルトGメン日本支部にも既存の情報が提供されてはいるが、
 事件というのは時間や場所、背景となった時代によって多様に形態を変えていくものである。
 そしてここ、日本支部は発足して間もないこともあり、データはまだまだ不足していた。



 西条はこの日も、民間GSを尋ねては情報の提供を求めていた。
 その範囲は広く、他県にまで足を伸ばすことも珍しくない。
 言ってしまえば、外回りの営業のような地味で疲れる仕事である。
 だが、彼は決して不満を口にしたりはしなかった。
 西条にとってこの仕事は誇りであったからだ。


 誇りとは、自分の活躍や栄華を誇示することではない。
 自分の行動が未来に繋がることを信じ、積み重ね持続すること――
 やがてそれは自身の姿と重なり、揺るぎない誇りとなっていく。
 彼はこの言葉を胸に刻み、忘れたことはなかった。


 美神除霊事務所へ訪れたのは、腕時計の針が3時も半ばを過ぎた頃だった。
 今は二月。学生達は三学期を迎え、受験や就職活動に忙しい時期。
 空気はまだ冷たいが、春へと向かう日差しは少しずつ温もりを増している。
 その温もりを背中に感じながら、西条はクラシカルな事務所の前に立つ。
 ここの訪問を終えれば、今日の仕事は終了となる。
 そして、Gメンの事務所のすぐ傍にあるここを最後にしたのにも理由があった。
 師匠の愛娘であり、妹のように気に掛けてきた美神令子。
 令子もまた、西条のことを兄のように慕ってくれている。
 そんな彼女の顔を見れば、多少の疲れも吹き飛んでしまうというものだ。
 ささやかな楽しみに口元をほころばせながら、ドアを数回ノックした。



「はい、どちら様……あ、西条さん。こんにちは」



 そう言いながら姿を見せたのは、この事務所で暮らす令子の助手、おキヌだった。



「やあ、おキヌちゃん。令子ちゃんはいるかい?」

「すみません、美神さんは留守なんです」

「そうか……それは残念だな。心霊事件の情報提供を頼みたかったんだが……」

「情報提供、ですか?」

「これもGメンの仕事でね、朝からこうやってGSを尋ねて回っているんだ。
 特に令子ちゃんのような一流の扱う事件は、我々にとって大いに参考になるからね。
 しかし、いないのなら仕方がない。また日を改めて――」

「あ、待ってください」



 残念そうに引き返そうとした西条を、おキヌが呼び止める。



「じきに美神さんも帰ってくると思いますから、それまで少し休んでいってください」

「それはありがたいが……いいのかい?」

「お掃除も終わっちゃいましたし、横島さんは単位が足りなくて学校で補習。
 シロちゃんとタマモちゃんもどこかに遊びに出かけちゃってて……
 ちょうど話し相手が欲しいなーって思ってたところなんです」

「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」



 おキヌに誘われ、西条は事務所で一休みさせてもらうことになった。
 穏やかな日の光がほのかに温かい、午後のことだった。






 オフィスにあるアンティークな丸テーブルと、おそろいの椅子。
 西条はそこに腰掛け、ノートパソコンを開いてデータを再チェックしている。
 そこへ、おキヌが白い陶製のティーセットをトレイに載せてやってきた。
 フルーツコンポートの絵柄を、リボンで結ばれたローレルのリースが囲む、可憐でシンプルなティーセット。
 それを見て、西条は「おっ」と少し表情が明るくなる。



「へえ、スポード・コープランドか。なかなかいい趣味をしているね」

「このティーセット、デザインが気取りすぎてないから良いって美神さんが言ってました」

「お金を持っていても、センスを見失わない彼女らしいな」

「でも、西条さんもさすがですね。ひと目見てすぐにわかっちゃうんですもの」

「前にも話したと思うが、僕はイギリスで暮らしていた事があるからね。
 お茶の席にも何度か呼ばれたものさ。だから一通りのことは知っているつもりだよ」



 おキヌはソーサーを置き、カップを乗せる。そこに白いポットが傾けられ、透き通る鮮紅色が満ちてゆく。
 立ちのぼる湯気と共に、爽やかな香りが鼻腔を心地よく刺激する。
 少々疲れた身体に、紅茶の香りはなんとも嬉しいものだった。
 西条はまず、砂糖もミルクも入れずにカップを口元に近付けて、香りを堪能する。
 そうした後でひと口飲み、静かに息を吐きながらおキヌを見た。



「ふうっ……おキヌちゃんは紅茶の入れ方をちゃんと知っているんだな。
 こんなに美味しい紅茶を飲むのは久しぶりだよ」

「えへへ、ありがとうございます。お料理もお茶も、美味しいほうがいいじゃないですか。
 幽霊の時から、いろいろお料理は勉強してるんですよ」

「おキヌちゃんの手料理を毎日食べられる男は、幸せ者だよ。
 うむ……横島君が少しうらやましい気がしてきたな」

「や、やだ西条さん、何を言い出すんですか……もう」



 軽口の冗談に、顔を赤くしてあたふたしてしまうおキヌ。
 それを見て、カラカラと笑う西条。
 お茶菓子を口に運びつつ、ゆるやかに休息の時は流れていく。



「――あの、ひとつ聞いてもいいですか?」

「何だい?」

「西条さんは、どうしてオカルトGメンになろうと思ったんですか?」

「Gメンになった理由、か。これはよく聞かれる質問でね……」

「あ、ごめんなさい。立ち入ったことでしたら――」

「いや、そういうわけじゃない。ただ……」

「ただ……どうしたんです?」

「困ったことに大抵の人は、その理由を聞いても信用してくれないんだよ」



 苦笑いをしながら、西条は言う。
 西条がその場しのぎのつまらない言い訳をする男でないことは、おキヌも知っている。
 一体どんな理由で、そんな風に思われるのだろうかと彼女は気になった。
 そして、いたって真剣な顔つきで西条はその理由を答えた。



「僕はね……正義のヒーローになりたかったんだ」

「へっ?」



 予想もしていなかった答えに、おキヌはつい間の抜けた声を出してしまった。
 というより、言っている意味がいまいち理解出来ない。
 彼の表情を見れば、笑いを取ろうと冗談を言っているわけではなさそうだし、
 それはどこかで聞いたような言葉でもあった。



「えーと……正義のひーろー、ですか?それはどういう――」

「話せば長くなるんだが……それでも聞きたいかい?」

「はい、お願いします。なんだか気になっちゃいますし」

「わかった。それじゃあ、話すよ――」



 どこか遠くを見つめるように視線を泳がせ、西条はゆっくりと語り始めた。












 西条輝彦の実家、西条家は古くから続く名門の家柄だった。
 家系図によると先祖は高名な陰陽師だったらしく、時を経て名字は多少変化したが、
 その強い霊能は子孫に代々受け継がれてきた。
 優しい父と母、裕福な家庭。足りない物など何もなく、全てに恵まれた環境。
 さらに一流の血筋は、彼に優れた頭脳や身体能力、高い霊力をも授ける。
 小学生の頃から勉強や運動にその優秀ぶりを発揮し、大人達からは将来が楽しみだと絶賛された。
 生来より正義感が強く、不正や理不尽には敢然と立ち向かう、文武に明るい秀才。
 絵に描いたような優等生が、西条少年に与えられた評価だった。
 幼い頃は友人達もそんなことは気にせず、TVヒーローの真似事をするなど子供らしい遊びに興じる毎日。
 優等生だからと、目の敵にされたり特別扱いされることもなかった。
 悩みもなく背負うものもなかった小学生時代は、そうして穏やかに過ぎていく。



 西条が中学校に進学し思春期を迎え始めた頃、変化は唐突に訪れた。
 背が伸び体格が大人のそれに近付くにつれて周囲の、とりわけ女子から向けられる視線が変わってきた。
 元々女性受けのする整った顔立ちであることに加え、名門の家柄で文句なしの優等生。
 気付けば周りの女子達は彼を取り巻き、憧れの眼差しで西条をうっとりと見つめ、話題にしていた。
 最初は戸惑っていた彼も、ちやほやされているうちに調子に乗ってしまった。
 女性との接し方を憶え、複数のガールフレンドを作り、デートを重ねる。
 男子から嫉妬の眼差しを向けられようとも、もはや優越感しか感じない。
 何しろ勉強もスポーツも、大した努力をせずとも器用にこなせてしまうのだから。


(僕は凡人とは違う。僕は何をやっても上手くいく。そう、それが当然なんだ)


 まだ若すぎる心に、うぬぼれという名の根が深く静かに張り巡らされていった――。






「西条さんって、おうちも立派だし何でもできる凄い人だったんですねぇ」


 おキヌは西条の話に素直に感心し、相づちを打つ。
 はたして大事な部分が伝わっているのだろうかと少し苦笑しながら、西条は続けた。


「……あの頃は僕もそう思っていたよ。自分は出来の違う特別な人間だ、ってね。
 だが、すぐにそれは愚かな虚像だったと思い知らされることになるんだ――」






 唐突に訪れた変化というものは、綻びを見せるのもまた唐突である。
 二年生に進級しても、その人気ぶりはまだまだ健在だった。
 いつものように女子に囲まれ談笑していた西条は、ひとつみんなを笑わせようとギャグを口にした。
 それは当時、TVで活躍していた関西のお笑い芸人が流行させていた一発ネタ。
 勢いだけのバカな内容のものだったが、それを中学生が口にすることは別に珍しい事ではない。
 しかしその瞬間、場の空気が凍り付いた。
 スベったかな、と気まずい思いで周囲を見た彼の目に映ったものは、
 信じられないといった表情で自分を見つめる女子たちの刺すような視線だった。
 彼女らは真剣な――というよりむしろ鬼気迫るほどの顔と声で言う。


 あなたはそんな低俗なことを言ってはいけない。
 言わないで欲しい。
 言うべき人ではない。
 でないと『理想的なイメージ』が崩れてしまうじゃないの。


 形容しがたい違和感が、西条の背筋を走り抜けた。
 彼女達は何を言っているのだろうか。
 小学生でも口にする程度の軽口を言っただけなのに、なぜここまで本気で否定されるのか。
 面白くなかったからではなく、発言そのものを否定された。
 イメージが崩れるから、と。


 ちょっと待て。
 イメージって何だ。
 彼女達には、一体僕がどんな風に見えているというんだ。
 僕は今まで、どれだけ僕自身を彼女達に見せただろう。
 そして彼女達は僕の何を見て集まっているのか――。


 その後、注意深く取り巻きの女子達の会話に耳を傾けると、その答えはすぐに明らかになった。
 彼女達が自分のことをウワサしている時、聞こえてくる言葉はいつも決まっていた。

『顔が良くて、成績もスポーツも優秀。そのうえ名門の家柄でお金持ち』

 そのことだけが、いつも話題に上がっていた。
 理想的だと、うっとりしながら彼女達は語っている。
 肩書、外見、数字。
 つまり、ブランド物のバッグに憧れるのと何ら変わらぬ感覚。
 彼女達の瞳に、西条輝彦という本人の姿はまるで映っていなかったのだ。
 おだてられ、調子に乗って舞い上がっていた西条の心に、大きなひび割れが走っていった。






「あの年頃は特に憧れを抱きやすいからね……ファン心理というやつなんだろう。
 しかし、有頂天になっていた僕にはずいぶんショックだったよ」

「自分を見てもらえないっていうのは、本当につらいですよね……
 って、なんだかちょっと違ってます?」

「いや、少しでもわかってもらえて嬉しいよ。
 でも、本当にショックな出来事は、その後にやってきたんだ――」






 学校の帰り道、西条はイラついていた。
 おだてに乗せられ、いい気になっていた自分がひどく間抜けに思えた。
 言葉では言い表せない感情を足元の空き缶にぶつけてみても、虚しさが響き渡るだけだった。
 通学路には、帰る方向が同じ同級生やクラスメイトの姿がたくさんある。
 そして道路脇に目をやると、同じクラスの男子生徒が上級生数人に囲まれていた。
 上級生達はガラの悪い不良で、どう見ても楽しいお喋りという感じではない。
 クラスメイトは学校ではあまり目立たない方で、いつも前髪で目元が隠れていて表情がわかりにくい。
 そのせいで、不良に目を付けられたのだろうか。
 態度が気に入らないだの、金を出して詫びを入れたら許してやるだの、お約束の言葉が耳に飛び込んできた。
 その状況を見ていたのに、西条はその場を通り過ぎた。
 いつもなら持ち前の正義感で仲裁に入っていたはずが、それをしなかった。
 クラスメイトと一瞬視線が合った気がしたが、気付かないフリをした。


(そうさ、目を付けられる方が悪んだ。あれくらいどうにかできない方が悪いんだ……)


 ささくれた心は、いとも簡単に自分自身を裏切ってしまう。
 生まれて初めて、西条は罪を犯した。
 通り過ぎた後、胸がきしりと痛むが、同時にいい気味だとも思った。
 自分だけが悩み苦しむのは不公平じゃないか、と。
 知らぬ間に、卑屈で矮小な心が彼の中に広がっていた。



 帰り道も半分を過ぎて住宅地を歩いていると、あるものが西条の目に映った。
 人の形をしてはいるが、霊能力の強い者にしか見る事のかなわぬ存在。
 初めからここにいたのか、どこかから流れてきたのか――それは幽霊だった。
 しかも、全身から暗い感情のエネルギーを放出している。
 このまま放っておけば、やがて悪霊へと変わり果て人々に危害を加えるだろう。
 古くから続く霊能者の家系である西条は、悪霊払いの手ほどきも教え込まれている。
 まだ単独で除霊することを認められてはいないのだが、苛立つ彼にその戒めを守ることはできなかった。
 たかが幽霊一匹、なんて事はない――そう思い込んでしまっていた。
 お守りとして学生服の懐に入れてあった破魔札を取り出し、西条は幽霊に挑みかかった。

 ところが、幽霊は手強かった。
 刺激したことが引き金となって完全に悪霊化し、予想を遙かに上回る力で暴れ出す。
 電柱をへし折り、アスファルトの地面をえぐり、コンクリートの壁を破壊した。
 近付くことができず、戸惑っている西条に鋭い爪の一撃が振り下ろされる。
 どうにかそれをかわしたと思った瞬間、同時に切り裂かれたコンクリートの破片が頭に直撃してしまう。
 頭蓋を揺さぶる鈍い衝撃。
 鮮血が流れ落ち、視界が歪む。
 凍り付くような憎悪を剥き出しにした悪霊は、目の前に迫っていた。

(やられる――!!)

 そう思った瞬間、恐怖が肉体を支配した。
 もはや声を上げることも、逃げ出すこともできなかった。
 



「おーい、こっち見ろや悪霊さんよ」



 ふと、悪霊の背後から声がした。
 声の主に目をやれば、そこに立っていたのはさっき上級生に囲まれていたクラスメイトだった。
 だが、その口調にはずいぶん余裕がある。
 そして、足元にあった石を悪霊に投げつけて挑発を始めた。
 悪霊はきびすを返してクラスメイトの方に向き直ると、うなり声を上げて襲いかかった。



「な、何してるんだ……はやく逃げろ――!!」



 そう言った後で、西条は自分の目を疑うような光景を見た。
 クラスメイトはまったく慌てる様子もなく、悪霊の突進をかわしていく。
 そして壁に突っ込んで隙だらけになったところに、ポケットから取り出した破魔札を慣れた手つきで貼り付ける。
 悪霊は断末魔の悲鳴を上げ、霧散して消えた。
 それは、まさにあっという間の出来事だった。
 クラスメイトは西条に近付くと、ニッと笑って手を差し伸べた。



「やられたなぁ、西条。大丈夫か?」

「ちょっ……待て、君は一体……」

「俺ぁビンボーだし勉強はからっきしだけど、霊能だけはガキの頃からみっちり鍛え続けてるんだ。
 これだけは唯一、胸を張って誇れる特技なんだぜ」

「ぜ、全然知らなかった……それだけの実力があるのに、どうして普段は――」

「こんな半人前が目立ってもろくな事ねーよ。調子に乗って恥かいたらカッコ悪いだろ」

「――!!」

「それにしても、お前みたいな有名人が怪我してたらまずいだろ。
 もうちょっと自分を大事にしたほうがいいぜ」

「どうして――」

「ん?」

「僕はさっき、君のことを見て見ぬふりをして通り過ぎたのに……どうして助けてくれたんだ?
 わざと素通りしたことに気付いてたんだろう!?それなのにどうして――!!」

「あのくらいどーってことないし、俺は将来、必ずGSになるって決めてるんだ。
 GS志望が悪霊に襲われてる人を放っておくわけにはいかねーだろ」

「……ううっ……ぼ、僕は……ぐっ……!!」






 涙が溢れた。
 周囲が見ている自分。
 自分が自分だと思っていたもの。
 それらはすべて、実体のない幻。
 指先で剥がれ落ちるメッキに覆われ、いい気になっていた。
 クラスメイトを見捨てる愚行を犯し、逆に救われる始末。
 現実を知り、罪を犯し、プライドはズタズタに引き裂かれて。
 西条は泣いた。
 自分がみじめで、からっぽで、格好悪かった――。






 勉強も運動も、それひとつだけを比べれば自分より成績のいい連中はたくさんいる。
 特殊な才能である霊能も、目の前で実力の違いを目の当たりにしたばかりだ。
 しかもあのクラスメイトは自分の進む道を見つめ、すでに歩き始めていた。

 ――自分はどうだろう。

 確かにある程度は何でも器用にこなせる。
 こなせるがゆえに、何かひとつに打ち込むことをしなかった。
 全ての水準が高いというのは、もちろん自慢できることだ。
 だが、それは同時に個性に乏しくなることを意味している。
 それを誰よりも実感し意識するのは、やはり本人だろう。
 西条は自分を見つめ直してみる。
 自分には何ができるのか、何があるのか。誇れるものは何か。
 ところが――
 いくら探しても、胸を張って人に見せる自分がどこにも見あたらなかった――。






「――何かをしたいと思っても、何をしていいのかわからなくてね。
 あの頃はずいぶん悩んでいた。正直、苦しかったよ」

「わかります、その気持ち。私には……よくわかるんです」



 おキヌは西条の目を見つめながらも、どこか遠い記憶に思いを馳せるように呟く。
 その瞳の輝きは懐かしむものではなく、哀愁を帯びた寂しいものだった。



「それからしばらくして先生……つまり美智恵さんに出会って、僕は本格的に霊能者としての道を歩むことに――」



 ふと西条が目を窓の外にやると、太陽は西に沈み始め、空は真っ赤に燃え上がっている。
 腕時計の針も、夜が近付く時間を正確に指していた。



「――と、ずいぶん長いこと喋ってしまったようだ。そろそろ失礼しなければ」

「あ、もうこんな時間なんですか。ごめんなさい、美神さん、帰ってきませんでしたね」

「いいんだよ。もう日も暮れるし、令子ちゃんにはまた今度来ると伝えておいてくれないか」

「はい、わかりました。でも、ふふっ……」

「どうしたんだい?」

「西条さんにも、いろんな事があったんだなぁって。
 雲の上の人じゃないってわかって、なんだかホッとしちゃいました」

「ははは、それほど大層な人間じゃないってバレてしまったかな」

「よかったら、また休憩に来てくださいね。話の続きも気になりますし」

「ああ、機会があれば是非。それじゃ、おやすみ」

「おやすみなさい、西条さん」


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