ザ・グレート・展開予測ショー

ジーク&ワルキューレ出向大作戦9 『LAST MISSION 聖夜の黄昏 11』


投稿者名:丸々
投稿日時:(06/ 2/ 5)

「少佐、ジークが!」


ワルキューレが駆け付けた時、ジークは死んだように眠っていた。
声をかけても身体を揺さぶっても、何の反応もない。
どうしたら良いかわからず、ベスパがうろたえていた。

ベスパが目を覚ました時には、全て終わってしまっていた。
周囲を見渡すと、さっきの戦いは夢だったのかと錯覚しそうになった。
自分が吹き飛ばしたはずの廊下は元通りに修復されており、自分の身体にも傷一つなかったのだ。
意識の無いジークの姿だけが、あれは夢では無かったと証明していた。

倒れているジークを見たワルキューレは不意に湧き出した違和感に目を擦った。
ジークはどこも異常無いように見える。

だが普段から身近で接していたワルキューレはすぐに気がついた。
漠然とだが、ジークの存在感が希薄になっていたのだ。

見た目には何も異常無いように見えるが、間違いなく何かがジークの身体から失われていた。


(まさか――!)


ワルキューレの背筋に冷たいものが走った。
恐る恐るジークの頬に手を伸ばす。
指先が触れた途端、電流でも流れたのか、弾かれたように手を引き離した。


「しょ、少佐?」


ワルキューレの妙な動きにベスパが理解できず声をかける。


「なんでも――なんでも無いッ!」

「嘘だ!
ちゃんと説明してよ、少佐!」


食い下がろうとするベスパに一喝する。


「なんでも無いと言っている!!」


気圧され、怯んだベスパに間髪入れずに指示を飛ばす。


「わかったらさっさとジークを医務室まで連れて行け!
目を覚ますまで絶対に目を離すなよ!!」


呆気に取られているベスパに背を向けると、拳を震わせながら歩き去っていった。


(あの時撃てなかった私の甘さがお前を犠牲にしてしまった……許せ、ジーク……!)


ワルキューレが念を飛ばすとニーベルンゲンの指輪が手元に転移してきた。
指輪を握り締め、溢れる激情を隠そうともせず、ワルキューレは魔界行きの転送ゲートへ向かった。





















「どうじゃ、嬢ちゃん。身体に違和感はあるか?」

「いえ、まるで本当に自分の身体みたいです……」


素直に驚いているルシオラにカオスが自慢げに解説する。


「はっはっは、そうじゃろうそうじゃろう。
人が脳からの電気信号で身体を動かすように、お前さんの念を感じ取り身体を動かすように造っとるからのう。
念波の送受信を増幅する装置が仕込んであるから、身体のすみずみまで感覚が通っとる筈じゃ。」


手を握ったり開いたりしながらルシオラも頷いている。
しかし何かが気になったのか、ふとカオスに尋ねた。


「あの、念波の増幅はアシュ様の技術には無かったと思うんですけど……」

「うん?まあ、気にせん事じゃ。」


そ知らぬ顔で流してしまった。
デミアンから奪ったカプセルが技術の出所なのだが、それを説明するのは話が長くなりそうだったのだ。


「そろそろ小僧のいる部屋に転移される頃じゃが、お前さんは本当に良いのか?
色恋なんぞ、結局は相手を手に入れた者勝ちじゃと思うがのう。」


さっきの頼みが理解できぬ様子のカオスにルシオラが微笑む。


「良いんです。私は勝ち逃げじゃなく、ちゃんと戦って勝ち取りたいんです。」


迷いの無いその答えに、カオスがやれやれと首を振る。


「ま、わしもこれ以上口出しするほど野暮ではないしな。
口裏は合わせてやるから安心せい。」

「ありがとう、ドクター。」


その言葉を終えた途端、手術空間は消滅し、カオス達は転移していった。





















「もうすぐ三時間たつなぁ……
なんか外も静かになったし、もう終わったのかな……」


がらんとした部屋に一人残された横島がする事も無く立ち尽くしていた。
座っていても構わないのだがそわそわして落ち着かず、座って待つなどとても出来そうになかった。

だがその時――――




少年の隣を風が通り抜けた。

転移の気配を感じ、何気なく振り返る。

カメラのフラッシュにも似た一瞬の閃光。
目を閉じてやり過ごす。

光りが収まる頃を見計らい、目を――開ける。


――――ヨコシマ


幾度と無く夢に描いた。
ずっと、もう一度逢いたいと思っていた。

もっとたくさん話したかった。
もっと一緒に居たかった。

言いたい事がたくさんあった。
聞きたい事がたくさんあった。


「あ、ああ――ああ――」


想いが溢れてきて言葉にならない。
まばたきも忘れ、ただただ見つめあう。

目を離したくなかった。
一度でも、一瞬でも目を離せばまた消えてしまうのではないか。
なのに視界はぼやけて彼女がよく見えない。

だがそれでも少年は拭おうとはしなかった。
彼女が見えるのなら、ぼやけた視界でも構わなかった。
それより、涙を拭っている間に彼女がまたどこかへ行ってしまいそうで、それが怖かった。

そっと彼女の手が少年の頬に添えられた。


――――背、伸びたね


背が伸びた少年に優しく微笑む。
少年も肩を震わせながら無言で頷いた。


――――ごめんね、こんなに待たせちゃって


歯を食いしばり、しゃくりあげそうになるのを堪えながら、少年が首を振って否定する。

また逢えたら言おうと思っていた言葉があった。
だが今この時、少年の頭には何も浮かばなかった。

止まらない感情の波に押し流されそうになるのを、必死で耐えていた。


――――ありがとう


少年の背中に手を回す。


――――本当にありがとう、ヨコシマ


少年の胸に顔を埋め、優しく抱きしめながらそっと囁いた。


「くっ、ううぅ、ルシオラ――ルシオラ――――!!」


とうとう堪えきれなくなり、少年も彼女を抱きしめた。
激しすぎる想いはとても言葉に出来なかった。

だが言葉のかわりに幾千幾万の想いを込め、強く抱きしめる。
本当にそこにいると確かめるように強く抱きしめた。

力強い抱擁は息苦しいほどだった。
だがその痛みさえ自分がここにいるという何よりの証だった。

伝わってくる少年の温もりが彼女を優しく包み込む。


「ずっと……ずっと、言わなきゃいけないと思ってたんだ……!」


鳴咽を漏らしながらも、どうにか少年が言葉を紡いだ。
見上げる彼女の瞳をとらえ語りかける。


「あの時、助けてくれたのに……俺、お前にちゃんと礼の一つも言わないで……」


この三年間、ずっと心に引っ掛かっていた言葉を遂に口にする。


「ありがとう、ルシオラ――――助けてくれて、ありがとう――――」


三年前に欠けた歯車が戻り、再び時が動き出そうとしていた。





















「うむ、わしらも頑張った甲斐があったというものじゃのう。」

『イエス・ドクター・カオス。
横島さん・嬉しそう・マリアも嬉しい。』

『ふ、ふん。まあ、悪い気分じゃ無いな。』


少し離れたところでカオス達が抱き合う二人を眺めていた。
満足げに胸を張るカオスの隣で、マリアも嬉しそうに二人を見ている。
表情に乏しい彼女だが、今はまるで慈しむように優しい表情を浮かべていた。
ドグラは素っ気ない言葉とは裏腹に鼻をすすりながらハンカチで目元を拭っている。

三人の傍にもう一人誰かが転移してきた。


「御、御苦労じゃった、のう……神界を代表して、祝福させて……もらうぞ……」


荒い息を吐きながら転移して来たのは斉天大聖だった。
息も絶え絶えに、なんとかそれだけ口にすると、精魂尽き果てたように倒れ込んでしまった。
マリアが蘇生のために手を伸ばそうとしたしたが、すぐに穏やかな寝息が聞こえてきた。
何の事は無い、疲れて眠ってしまっただけなのだ。

眠りについた斉天大聖は放っておき、ようやく落ち着いた二人に声をかける。




「小僧、すまんがちょいと邪魔するぞ。」


すっかりカオス達を忘れていた横島が慌てて服の袖で涙を拭う。
カオスが何か言う前に、いきなり腰を曲げ勢い良く頭を下げた。


「お、おい小僧。」


カオスが面食らっていたが横島は頭を上げようとしない。


「あんたには……どれだけ感謝してもし足りねぇ……
俺に出来る事なら……何でも言ってくれ……!」


予想外の反応にカオスが困った顔で頬をかいている。


「その、まあ、なんじゃ。
礼を言うのはわしの話を聞いてからの方が良いと思うがのう。」


その言葉に横島が不思議そうな表情で顔を上げた。
取り敢えず座るように促すと、カオスは最後の注意事項を話し始めた。


「さて、初めに言っておこうかのう。
移植は成功じゃ。よかったな、小僧。」

「あーざーす!(ありがとうございます!)」


にやりと笑うカオスに、もう一度頭を下げる。
あぐらをかいているカオスの前に、隣り合って横島とルシオラが座っていた。
特に理由は無いが二人とも姿勢を正し正座している。


「嬢ちゃんの身体じゃが、アシュタロスがデータを遺しておったからのう。
以前の肉体と寸分違わぬはずじゃが、どうじゃ?。」

「ええ、これなら本当の身体と言われても頷けます。」


ルシオラの言葉に横島が顔を向ける。
ルシオラは入院患者が着るような薄手の白い服を着ていた。
飾りっ気の無いデザインなので、服の上からでもスタイルがよくわかる。

昔と同じほっそりとしたスタイルの良い身体に、横島が鼻の下を伸ばす。

横島の視線に気付き、ルシオラが恥ずかしそう頬を染め、目を逸らした。
その反応がまたなんとも艶っぽくて、頭の先から爪先までじっくりと視線を這わせる。

前と変わらない綺麗なサラサラの黒髪。
前と変わらない整った顔立ち。
前と変わらない無駄な脂肪が無いバランスのとれた肢体。
前と変わらない慎ましいサイズの胸。

ふう、と横島は小さくため息をついた。


「こら!今ため息ついたでしょ!」

「そ、そんな事してないしてない!」


残念、しっかりルシオラに聞かれていたようだ。
問い詰められ、必死で首を振って否定しているが、その目は決して合わせようとはしない。








「なんならもう少し乳を大きくしてくれても……
いえ何でも無いです!ホンマスンマセン!」


キッとルシオラに睨まれペコペコと頭を下げる。
その左頬には真っ赤な紅葉が咲いていた。


「うむ、お主の事じゃからそう言うと思ったわい。
だが拒絶反応を抑えるためにも、元の身体からデザインを変える訳にはいかんかったのじゃ。
そこは諦めろ、と言いたい所じゃが――――」

「なんだよ?」


カオスが不敵な笑みを浮かべる。


「嬢ちゃんの身体は人工のものじゃが、人間と同様に細胞分裂で成長するように設計されておる。
肉体年齢は人間でいえばだいたい18前後といった所じゃ。
成長するよう促してやれば、将来的にはどうなるかわからんよ。」


カオスの言葉に横島が目を輝す。


「マジでか!?
つまり俺が育ててやればいいって事だよな!
ならば早速――――!!」

「ちょ!こら、ヨコシマ!
待って――――んっ!」


音よりも速く横島がルシオラを押し倒していた。
反応が遅れたルシオラの身体に手を這わせる。


「こっちゃー三年近くもお預け食ってたんだ!
これ以上一秒たりとも我慢出来るか――――ゴッフゥゥ!?」


『ノー・横島さん。
ドクターの話・まだ終わってません。』


カオスの後ろに控えていたマリアのロケットパンチが火を吹いた。
鋼鉄のツッコミは無防備な脇腹に炸裂し、横島が紙のように宙を舞っていた。










「人の話しを最後まで聞かんのは感心せんのう。」


「ス、スンマセンデシタ……」


脇腹をさすりながら横島が頭を下げた。


「まあ、お主に難しい話しをしても理解出来んじゃろうから簡潔に説明してやろう。
今の嬢ちゃんはあらゆる面から見ても『人間』と変わらんのじゃよ。
腕力や霊力は言うまでも無く、腹も空けば年も取る。
傷つけば血を流すし身体が弱れば熱も出る。
どうじゃ、わかりやすかろう?
あ、そうそう、言い忘れていたが子を作ることも可能じゃぞ。」


カオスの言葉に、目から怪光線でも撃てそうなくらい横島が目を輝かせた。


「マジっすか!?
ようし、ならば早速――――!!」

「待、待って!きゃっ!人が見てる――じゃなくて!
あッ!空気を読めと――うんッ!――言ったでしょ――!」


今度は光よりも速く横島がルシオラを押し倒していた。
上級魔族クラスの力を持っていた頃ならともかく、今は平均的な成人女性程度の力しか無いのだ。
慌てて抵抗するが、煩悩の化身と化した横島を止めるには残念ながら荷が重い。


「えーやないか!えーやないか!――――カッハァッ!!」


『ノー・横島さん。
ドクターの話・まだ終わってません。』


カオスの後ろに控えていたマリアのロケットパンチが再び火を吹いた。
鋼鉄のツッコミは無防備なテンプルに炸裂し、横島の首が有り得ない方向に曲がっていた。










「何度も言うが、人の話しを最後まで聞かんのは感心せんのう。」


「ハイ、オッシャルトオリデス……」


おかしな方向に首を曲げたまま、横島が平伏する。
右頬にも綺麗な紅葉が咲いていた。

その隣ではルシオラが赤い顔で乱れた着衣を直している。


「さて、ここからが大事な所じゃ。
嬢ちゃんの身体は、我ながらマリアと並ぶ最高傑作じゃと思っとる。
しかし、少々不安が残るのも確かじゃ。」

「不安?」


首を無理矢理元に戻しながら聞き返す。


「うむ、構造的には人間と言って良い程の完成度じゃが、基本的に造り物の肉体じゃ。
四季の変化、時間の経過による影響、何がどんな事態を引き起こすか全くわからん。」


深刻な話しになる気配を感じ、横島が姿勢を正す。


「かといって部屋に閉じこもっておれば良いという訳でも無い。
むしろ適度に身体を動かした方が早く馴染むじゃろう。
しかし、あまり大きな変化は望ましくない。
自分の事だけで精一杯の状態で、もう一つ命を抱えるなど危険極まりない。」


黙って聞いていた横島だったが、話がどこへ向かおうとしているかさっぱりわからない。
カオスもそんな横島の様子に気付き、単刀直入に結論を話す事にした。


「まあ、一言で言うなら『一年間性行為禁止』という訳じゃ。」


いまいち伝わってないのか、それとも理解しようとしていないのか、横島は首を傾げている。


「……えーと、つまり?」


どうやら理解していないようだ。
カオスがもう一度、今度はもっと砕けた言葉で説明してやる。


「うむ、つまりは『もう一年お預け』、という事じゃな。」


カオスが事もなげに言い切った。
ようやく理解した横島の身体がガクガクと激しく震え始める。


「な、な、な、な、な――――」


わなわなと何かを呟いている。


「ヨ、ヨコシマ?」

「どうした小僧?」


カオスとルシオラが恐る恐る横島の顔を覗き込んだ。
突然横島が立ち上がり、クワッ!と目を見開く。

そのまま血涙を滝のように流しながら魂の咆哮をあげた。






「ぬぁぁぁぁんでじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」





































地球から遥か離れた月面。

命の気配が無いこの星にも住んでいる者がいる。
それすなわち月に住む神々、月神族である。

そしてここは月神族の長、迦具夜の寝室。
ベッドに横になりまどろんでいたが、何かが聞こえたような気がして眠気をおして起き上がった。


(うーん……女しかいない月で殿方の声を聞いただなんて……きっと気のせいだと思うんだけど……)


一応確認するため手を叩いて人を呼ぶ。

すぐに官女の朧が現れた。
迦具夜が何か聞こえなかったか尋ねる前に、朧の方から興奮した面持ちで口を開いた。


「迦具夜様も聞こえました!?
宮殿の皆も聞いたんですけど、今男の方の声がしたんですよ!」


月神族には女しかいないので、男の存在はとても珍しいものなのだ。
それこそ、声を聞く事すら滅多に出来ない程に。

もともと朧は男性に興味があるタイプなので、その興奮ぶりは一際目立っている。
目を輝かせて女学生のノリで迦具夜に話しかけていた。

ハッキリ言って無礼極まりないのだが、迦具夜も苦笑するだけで咎めるような事はしない。


「ほら、落ち着きなさい、朧。
きっと気のせいだと思うのだけど、神無に連絡して宮殿を見回ってもらえますか。」

「もう皆で手分けして探してます!
という訳で、私も見回りに行ってきまーす♪」


回れ右すると猛ダッシュで走り去っていってしまった。
もし本当に男がいれば早い者勝ちという事なのだろう。

冷静に考えれば、地球から隔絶された月面に男が本当にいるとは考えにくい。
しかしそこは恋愛に興味がある女の子としては、じっとしていられないのだろう。


「ふぅ、女しかいないというのも困ったものね。
それにしても、さっきの声、以前どこかで聞いた事があるような……」


首を傾げながら人差し指を唇に当て、んーっと考え込む。



果たして、横島の魂の叫びが宇宙空間を超越する程の物だったかは定かではない。
もしかしたらサンタクロースが月面まで出張していたのかも知れない。

結局謎は明らかにならなかったが、この一件は伝説として月神族の間で長く語り継がれる事になった。





































「どぉぉいうことだぁぁぁぁじじぃぃ!!話が違うじゃねぇぇかぁぁ!!」


「貴ッ貴様、さっきの殊勝な言葉はどこへやった!?」


豹変した横島にカオスが抗議する。
どうやらあまりのショックに、恩やら何やら大切なものが色々と吹き飛んでしまったようだ。


「んなもん無効じゃーーい!!やっぱりあれかぁぁぁぁ!!
たとえ原作が終わっても彼女がいる横島なんか横島じゃないとかぬかすんかぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「お、お、落ち着け小僧!」


背中に、今は亡きコンプレックスの幻影を背負い、横島が気炎を吐く。


「俺なんか一生一人でカリカリしとれとでも言うんかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


尽きていたはずの霊力が横島の身体から怨念とともに吹き上がった。
そのとんでもない出力に思わずカオスもたじろいでいる。

凄まじい霊力が圧縮され、もはや霊波刀と言うより抜き身の日本刀にしか見えないものをカオスに突き付ける。


「ちょ、おい!本気か小僧!!」


「カァァァオォォォスゥゥゥ!!」


唸り声をあげながら日本刀を両手で握り締める。
血涙を流しながら鬼気迫る表情でじりじりとにじり寄る。


「ちょっと!興奮しすぎよ、ヨコシマ!」


慌ててルシオラが背後から横島を抑えるように抱きしめた。
もし、もう少し彼女の胸にボリュームがあれば横島の怒りをなだめる事も出来たかもしれない。
しかし残念ながら、それには彼女の身体では役不足だった。

血涙を流しながらぐるりと首を回し、ルシオラに吼えた。


「二十歳を童貞で迎えにゃならん男の気持ちが……女にわかるかぁぁぁぁぁぁ!!!!」


(それが怒りの原因か!)


横島の叫びにカオスがこけそうになっていたが、本人にとっては大問題のようだ。
現在横島忠夫19歳。一年待てば確実にヤラハタ(死語か?)を迎える事確定である。


背中のルシオラを物ともせず、じりじりとカオスに近付いていく。
別にカオスに非がある訳ではないが、取り敢えず誰かに怒りをぶつけなければ気がすまないのだろう。

ちなみにドグラはさっさと逃げ出していた。


(あー、もう!何でそんな小さな事にこだわるのよ!
でも私のせいでドクターを犠牲には出来ないし……うう、恥ずかしいけど、こうなったら……!)


これから言う事を想像し、ルシオラの頬がかーっと赤くなる。
少しためらっていたが、意を決し、横島の耳元で囁いた。


「お願い、ヨコシマ……焦らないで……私、心の準備が出来てないの……」


出来るだけ切なく、そして甘い声で囁く。
耳に吹きかけた吐息が効いたのか、横島の前進がようやく止まりかける。

この好機を逃さず、駄目押しとばかりに耳元に囁きかけた。


「私も初めてだから、ね……
わかって、ヨコシマ……お・ね・が・い。」  


言ってる本人が一番恥ずかしいのだろう。ルシオラが耳まで真っ赤になっている。
足りない胸のサイズを補えたのは、高まった体温のお陰なのだが、それはルシオラにとって幸運な偶然だった。
背中で感じる体温にこれほど破壊力があろうとは、神ならぬ横島には今まで知る由も無かった。

男を興奮させるには勿論スタイルも重要だが、それ以外にも大事なポイントはいくつかある。
その一つが『恥じらい』である。何故それが良いのか?そんな事はわかりません。良いモノは良いのです。

そして『恥じらい』という一点に限れば今のルシオラは満点だった。
理屈抜きで横島の脈拍が急激に上がっていく。


(やべぇ、なんか今のルシオラ見てたらメチャクチャにしてやりたいんですけど……
それにしても、あったけー!柔らけー!乳は物足りんが……ああ、もうあかん…………)


何時の間にやら横島が立ち止まり、先程の底無しの怒気が霧散していた。
だが今度はカタカタと細かく身体を震わせている。


「あ、あれ?ヨコシマ?」


ルシオラが怪訝そうに声をかけた。

その瞬間――――




――――ドバババババババババッッ!!――――





興奮して頭に昇った血液が、横島の目・鼻・耳・口から噴水のように噴出した。




















「く……」


小さく呻きながらジークが体を起こした。
周囲を確認すると、どうやら妙神山の医務室のベッドに運ばれたようだ。
霞がかかったようにハッキリしない頭で何があったのかを思い起こそうとする。


「ジーク、体は何とも無いの?」


かけられた言葉にハッと振り返る。
ジークの脳裏には瀕死の重態で血の海に沈むベスパの姿がよみがえっていた。
だがジークは信じられない光景を目にする。

ベスパの身体からさっきの怪我が嘘のように消え去っていたのだ。


「ベスパ曹長、君こそ身体は何とも無いのか……?
さっき、確かに君は……」

「ああ、目が覚めたら治ってたんだ。
壊れたはずの建物も直ってるし、正直、私も狐につままれた気分だよ。」


その言葉に懐を確かめると、残しておいた文珠が無くなっていた。


(そうか……閣下、ありがとうございます……)


ジークが小さく息を吐いた。
気を失った後何があったかを察し、心の中で頭を下げる。

彼がキリストと共にすでに消滅しているなら、何らかの異常を肌で感じるはずだ。
だがそのような感じはしない。
つまり自分の説得を聞き入れ、退いてくれたという事なのだろう。

霊圧を探ってみると全員無事な事も確認できた。


そして新たに増えた一つの霊圧――――


「全て問題無く任務完了、だな。」


ようやく肩の荷が降りたのか、晴れ晴れとした表情で立ち上がる。
勢い良く立ち上がったジークがふらりとよろめいた。


「――――あれ?」


慌ててベスパが肩を貸して支えてやる。


「本当に大丈夫なの?
まだ横になっていた方が……」

「ちょっと立ちくらみがしただけだ、問題無い。
それにしても、この部屋は寒いな……」


肌寒さを感じ、ぶるりとジークが体を震わせた。
だがベスパは首を捻っている。


「私は別に寒くないと思うけど……
あ、それなら熱いお茶でも飲む?
さっき沸かしたのがまだ残ってるし。」

「すまない、曹長。」


湯飲みにお茶を注ぎジークに手渡してやる。
湯飲みからは温かそうな湯気が立ちのぼっている。

だが、しっかり受け取ったはずのジークの手から湯飲みが滑り落ちた。
湯飲みはカシャンと音を立て、呆気なく小さな破片に砕けてしまった。


「あれ、滑ったの?気をつけなよ。」

「す、すまない。」


呆れたようにベスパが割れた湯飲みを片付ける横で、ジークが己の手をじっと見つめていた。



















妙神山を下界から切り離していた結界は解除され、空には満天の星空が戻っていた。
そして妙神山の門の前で荒い息を吐きながら二つの影が横になっていた。

一つはヒビが入った曲刀を握る豹頭の魔族。
そしてもう一つは道化のような帽子をかぶった小さな女の子だった。


「――――そうか……よくやった……
こちらでも確認したが、どうやら敵は退いたようだ……
皆に戻ってくるように言ってくれ。」

『了解、副長もお疲れ様。』


豹頭の魔族が部下からの報告を受けていた。
二人の周囲を文字通り、山のように取り囲んでいたホムンクルスの群れは、
突然何の前触れも無く霞の如く霧散してしまっていた。


「つ……疲れたでちゅ……」


たった二人で押し寄せる千以上もの大群とやり合ったのだ。
あれ以上のホムンクルスの進化は無かったとはいえ、肉弾戦しか通じないため二人の体力はほとんど限界に近かった。


「そっちも……無事のようだな……」


曲刀を支えにして立ち上がろうとするが、膝が笑って言う事を聞かなかった。


「老師の稽古は……伊達じゃないでちゅ……」


二人とも傷つき泥にまみれていたが命に関わるようなものではなさそうだった。


『パピリオ、動けるか?』


鬼門が大の字になっている少女に呼びかけた。


「うー……無理でちゅ。
指一本動きそうにないでちゅ。」


『そうか、ルシオラの手術は成功したそうだから一応伝えておこうと――――』


「本当でちゅか!?」


勢い良く飛び起きると、門をくぐり建物の中に飛び込んで行った。




『伝えておこうと思ったんだが……』

『右の、もうおらんぞ。』


久しぶりの台詞すら最後まで言えなかった右の鬼門であった。


『……たいした体力だ。
あの子は将来良い戦士になるだろう。』


子供の無尽蔵の体力を目の当たりにし、豹頭の魔族が舌を巻いていた。



















「わ、わ、どうしよう、ドクター。」


自分が撒き散らした血の海に沈む横島の傍らでルシオラがあたふたしていた。
だがカオスは素っ気なく切り捨てる。


「ほっとけ、嬢ちゃん。
どうせ五分もせん内に起き上がるわい。」


長い付き合いの経験上、横島の見た目のダメージは信用する必要が無い事は熟知していた。
そうでもなければ、彼は両手の指では足りない程命を落としていただろう。


「ん、なんじゃ?」


だんだん近づいてくる慌ただしい足音に、カオスが扉の方に目をやる。
いきなり扉が荒々しく開かれ、小さな影が飛び込んで来た。


「ルシオラちゃん!」


真っ直ぐにルシオラ元に駆け付ける。
目の前で立ち止まり、肩で息をしながらじっとルシオラを見つめる。
まるで本当にルシオラがそこにいるのか見極めるように。

ルシオラは少女に優しく微笑みかけると、膝をついて相手の目線に合わせた。
片手を少女の頭に、もう片方を背中に回し、ぎゅっと抱きしめる。


「ただいま、パピリオ……」


少女の体から力が抜け、ルシオラにもたれかかった。
疲労の限界に加え、安堵のあまり緊張の糸が切れてしまったのだ。

静かな寝息を立てる少女の頬には一筋の涙が光っていた。




「パピリオ、軽傷だけど怪我をしてるわ……それに、服も泥だらけ……」


眠る妹を抱きかかえながら、顔についた泥を拭ってやる。


「そういえば、何かが攻めて来てたらしいんだ。
ワルキューレ達が迎撃に出て追い払ったみたいだけど。」

「相手の正体はわかったのか?」

「いや、ヒャクメなら何か知ってると思うんだけど、あいつ急にどこかへ行っちまったんだ。」


カオスの問いに横島が肩をすくめて答える。


「今は特に何も感じんしのう。
恐らくワルキューレ達が上手く撃退したんじゃろう。
さて、お主らはこれからどうするんじゃ?」

「その前に、パピリオを医務室に運ばないと……」

『お手伝いします・ミス・ルシオラ。』


マリアが手を差し出したが、ルシオラは静かに首を振った。


「ありがとう、マリア。
でも、私にやらせて……この子の姉として、せめてこれくらいしてあげたいの。」


ルシオラの言葉にカオスが笑みを浮かべる。


「ふむ、マリアよ。
どうやらわしらの出る幕ではないようじゃぞ。」


カオスが笑いながらマリアの肩に手を置いた。
マリアも納得したのか素直に一歩下がる。

パピリオのぬくもりを感じながら、ルシオラは自分が戻って来たという事を実感していた。




































冷たい眼差しでワルキューレが魔界への転送装置を操作している。
だが、もしも彼女の瞳を覗き込めばすぐにわかっただろう。
激しく燃え上がる怒りの業火に突き動かされているという事に。

手慣れた動きで暗記している転送座標を打ち込んでいく。
精霊石の原石から削り出したナイフを腰に差し、背中には精霊石ライフルを背負っている。

その他にも炎の精霊であるサラマンダーを封入した焼夷グレネードや、
大口径のカスタム精霊石銃を動きを阻害しないだけのギリギリの量を見極め携帯している。

その火力の総量は、下手をすれば小国の軍隊程度なら問題無く殲滅出来るだけのものだった。

転送先は魔界第二軍の本部。
狙いは最高司令官、つまりは彼女の上司だった。
今この瞬間、軍人にとって鉄の掟である上下関係すら振り切るほどの怒りが彼女を動かしていた。


だが転送装置のエネルギーが臨界点に到達する瞬間、突然装置が強制的に停止させられた。
舌打ちしながら室内を見渡すと、ヒャクメがブレーカーを落としていた。

ワルキューレが無言の殺意を乗せて邪魔者を睨みつける。
びくりとヒャクメが怯えるように体を震わせたが、その視線は逸らそうとしなかった。


「……邪魔をするな。」


ブレーカーを落としたヒャクメに一歩近づく。
ワルキューレの纏う殺気に押し潰されそうになるが、それでもヒャクメは引こうとしない。


「行っちゃ駄目なのね……」


フンと鼻で笑い、引き止めようとするヒャクメを一蹴する。


「ジークがどうなったか、お前は知っているのか?
私が姉としてケジメをつけねばならんのだ……!」


カツカツと靴音を響かせながら、ワルキューレがブレーカーを上げるベく近づいていく。


「全部『視』てたから知ってるのね……」


目を伏せながら呟かれた言葉に、ワルキューレの姿がかき消えた。


「あう――!」


ヒャクメが苦痛に喘ぐ。
一気に間合を詰めたワルキューレがヒャクメの胸元を掴み、壁に叩きつけたのだ。


「全てを見届けながら、何故ジークを止めなかった……!」


「止められる訳無かったのね……!
ジークの決意と覚悟をこの目で見てるのに……止められる訳が無いのね……!」


「貴様――――!!」


開き直ったかのようなヒャクメの言葉に、激昂して腰に差したナイフを抜き放つ。
だが怯む事無くヒャクメが叫んだ。


「全てを見ていたからこそわかる事もあるのね!
ワルキューレが知らない事も私は知ってるのねー!」


ぎりと歯を軋ませると、荒々しく掴んでいた手を放した。


「それが真実だというのなら、私を納得させられるだけの話をするがいい。
だがそれが出来ない時は……私は貴様を行動不能にしてでも魔界へ行くぞ。」




そしてヒャクメは語り始めた。
彼女が見届けた、この事件の顛末の全てを――――

























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