ザ・グレート・展開予測ショー

2月15日


投稿者名:美尾
投稿日時:(06/ 2/ 3)

部屋の中に寝息が一つ。その主は、ベッドの上の、頬を少し赤くした少女。
額に濡れタオル、枕元には空になった薬のフィルム。

ギィ

静かに戸が開く。そこには少女より若干年上の女性が一人。
少女が眠っていることを確認し、ベッドに近づいていく。女性の手の中で洗面器の氷水の水面が静かに揺れる。
ベッドの傍に立ち、少女の額からタオルを取り上げ洗面器の中の氷水に浸す。それを、ゆっくりと絞り少女の額に戻した。

「まったく、余計な心配かけて」

言葉とは反対のいたわるような口調で呟き、少女の髪を優しくなでる。
昨日、少女は風邪を引いているにも関わらず、ちょっとした不運(半ば自業自得ではあるが)に見舞われた同僚の少年を心配し、こっそりと抜け出して町を捜し歩いたのだ。
二月の寒空の下、風邪をひいた体で外を歩き回った代償として、ガチガチと歯を鳴らし、歩いているのが不思議なくらい真っ青な顔をして帰ってきた。
優しさはこの少女の美点でもあるが、危うく思えてならない。

「んっ」

頭をなでられたことに反応したのか、少女が体を少し動かす。パサリとタオルが落ちた。
苦笑しながらタオルを少女の額に乗せなおし、女性はまた足音を立てないように部屋から出ていった。

自室に戻り、女性は時計を見やった。

「まっ、本職に任せたほうが無難か……癪だけどね」

そう呟くと、自らのデスクに置いてある電話の受話器とチラシを手に取り、とあるレストランの番号をプッシュした。

「もしもし。そう、私。これから…」















暗い部屋の中、目覚めた意識はハッキリしない。どうしてだろう?
……そうだ私は風邪ひいてたんだ。
おでこに手を当ててみると眠る前よりだいぶ熱はひいていて楽になったけど、節々はまだ少しダルい。
まだ少し冷たい。きっとさっき濡らし直したばかりなのだろう。
美神さんに迷惑かけちゃったな。
そうだ横島さんはちゃんと食べてるのかな?……それより、あんな宇宙服みたいな格好でちゃんと生活できてるのかな?

コンコンッ

そのときノックの音がした。
誰だろう?美神さんかな。

「はい」

寝起きのせいか掠れた声になってしまったけど、どうやら伝わったらしくドアが開く。

「えっ?」

入ってきた人影に、驚いて思わず声をあげてしまった。
目に飛び込んできたのはトンガリ帽子に黒いドレス、そこに立っていたのは現代の魔女・魔鈴めぐみさん。

「えっと、あっ…おはようございます」

『どうしてここに魔鈴さんが?』という軽い混乱のせいで、どこか間の抜けた口調になってしまった挨拶に、魔鈴さんは笑って返事をした。

「フフッ、もう夜よ」

言われてみれば窓の外の世界は真っ暗で、アスファルトは太陽ではなく街灯に照らされている。
私、だいぶ寝てたんだなぁ。

「おかゆなんだけど、食べられる?」

そう言って持ち上げたお盆の上には、湯気をモウモウと立てるお茶碗。

グーッ

考える間もなく、お腹の鳴る音が声より先に返事。
クスクスと笑う魔鈴さんに、私もアハハと照れ笑いを浮かべるしかなかった。




「熱いから気をつけてね」

差し出された茶碗からは、魔鈴さんの言葉どおり熱い湯気。中には半熟卵の黄色と、薬草の緑色に彩られた白いお粥。

「いただきます」

塩を一振り、思ったより出なかったのでもう一振り。
れんげにすくったお粥にフーと息を吹きかけ口に運ぶ。
食べた瞬間、どうしてかわからないけど涙が出そうになった。

「あ、あの、おいしいです」

口から漏れたのは、自分のボキャブラリーに呆れるぐらいに単純な一言。
泣きそうになった理由じゃないけど、これも本当のこと。
そんな私の言葉に、魔鈴さんは笑顔でこう答えた。

「一応、プロですから」

おどけて胸を張る魔鈴さんの目は、とても嬉しそうだった。
私も食事中にみんなが食べてるのを、あんな風に見てるのかな?






「ごちそうさまでした」

昨日今日とあまり食欲がなかったこともあって、ほとんど休みなくれんげが動き、あっという間にたいらげてしまっていた。

「はい、お粗末さまでした。……それにしても本当に好きなのね」

食後の番茶受け取りながら答える。

「ええ、とってもおいしかったです。今度作り方を教えてくださいね」

「ちがうちがう」

「へっ?」

魔鈴さんの言葉の意味が分からず、持ち上げた湯飲みを止めて少し首を傾げる。

「お粥じゃなくて、横島さんのこと」

「えっ、いや、その」

顔は真っ赤に、言葉もしどろもどろに、こんな時どう言葉を返せばいいのだろう?
そんな私をいじめたくなったのか、魔鈴さんはイジワルに言葉を重ねてくる。

「あら違うの?クリスマスのときだって、すごく心配そうだったじゃない」

「そ、それは、ほら、みんなのことも心配でしたし」

「本当かしら。あら、もうこんな時間」

時計を見て、立ち上がり呟く。

「じゃあ、そろそろ帰るわね」

「はい、今日は本当にありがとうございました」

お盆を持ち部屋から出て行こうとする。
ドアへの足をピタリと止め、再び私のほうに近づいてきた。

「どうしたんですか?」

聞くと視線を本棚のほうに向けた。
ただ、その視線は本棚にではなく、部屋の外の誰かに向けているみたいで。

「本当はここにきたのはね…」

そこで言葉を一旦切り、顔を近づけて短く耳打ちをする。
それで、ようやく魔鈴さんがここに来たことの疑問が解けた。
そうか、あの人が呼んでくれたんだ。

「…そうだったんですか?」

「そうだったの。それに今回のことについては私にも責任があるもの。ごめんなさいね。
じゃ、あったかくして寝てくださいね。おやすみなさい」

そういい残し魔鈴さんは部屋から出て行き、部屋は再び暗くなった。



温くなった飲み残しの番茶を一口飲んで、体を横たえる。
夜空には月が、そして珍しく星が見える。少しの間優しい光に見とれた後、重たくなってきた目蓋を閉じた。

心配してもらうのは少しだけ情けなくて、そしてとても嬉しい。

そんなことを思いながら。


















おまけ



「どうだった?」

キヌの部屋から戻ってきた魔鈴に声をかける。

「食欲もありましたし、明日には起きられるようになると思います」

「そうわざわざ悪かったわね……まっ、元々アンタが悪いのか」

「すいません」

「ああ、そういえば中和薬のことだけど…」

「ええ、なるべく急ぎます」

「急がなくていいわ」

「へっ?」

「横島クンは自業自得だし、西条さんにはいい薬でしょ?」

見かけるたびに、西条の隣にいる女性が違ったイギリス時代のことを思い出したのか吹き出した。

「そうですね、まぁのんびりやります…ああ、そうだ」

「なにこれ?」

魔鈴が懐から薄緑色をした封筒を取り出す。

「割引券です」

「タダ券じゃないの?」

受け取りながら美神。

「ちがいますよ」

「アンタ意外とケチね」

「美神さんに言われる筋合いはないです」

目を閉じさらっと返す魔鈴。美神令子に対してこんな態度をとれる人間も稀有であろう。

「なによ、ったく」

言葉とは裏腹に棘のない声で抗議する。

「それじゃあ、お店で」

部屋の隅に立てかけていた箒を手に取る。

「しょうがないわね、行ってあげるわよ…気をつけて帰んなさいよ、タダ券使われる前に死なれちゃ困るし」

「割引券です」

せこくタダ券にしようとする令子の言葉を苦笑しながら訂正する。
「はいはい、わかりました」と回転イスをグルリと回し、魔鈴に背中を向け手を振った。
それを見てクスリと笑い、「それじゃ」と言い残し、魔女は外へクルリと身を翻した。

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa