ザ・グレート・展開予測ショー

皆本家の正月(絶対可憐チルドレン)


投稿者名:進
投稿日時:(06/ 1/23)

皆本家 リビング

 厳かな琴の音が流れ、着物で着飾った女性たちが町を彩る。今日は1月1日――元旦だ。天気は見事な快晴、小鳥がさえずり、すばらしい一年の始まりの日………
 ………の朝、皆本はリビングのコタツに座っていた。虚ろな目、憔悴した顔つきで、さわやかな空気が彼の周りだけ避けているかのようだ。
 昨日は大変だった、と皆本は、ほとんど停止しかけの脳ミソで思考した。大晦日だというのにチルドレンに一日中付きまとわれ閉口しているところに、緊急出動の連絡が入った。グズるチルドレンをなだめすかして現場に連れて行き、何とか処理が終わったのはもう夜遅かった。その後チルドレンを家に帰したり、報告書や、もはや定例となったチルドレン関連の始末書を書き終え、帰ってきたのはつい先ほど。要は、彼は疲労していた。

 とりあえず寝る前に何か食べようと思い、正月用に買っておいた御節を取り出しては来たものの、量は非常に少ない。これは、皆本が一人用だからと少ないのを選んできたせいもあるが、大半は彼の同居人達につまみ食いされてしまった為だ。
 ちなみに、チルドレンの面々は正月と言うことで実家に帰省している。
 静かで落ち着く、と思ってはみたものの、心のどこかでは少し物足りないような感じもしていた。いつもは騒がしく思うが、彼女たちが居ないと、なんと言うか寂しい。娘を嫁に出した親の気分とはこんなものだろうか、などとも考える。
――ばかばかしい。自分はそんな歳ではないし、自分に娘ができたら、もっと父親思いの優しい子に育つはずだ………なにを考えてるんだ僕は。
 皆本はレンジで焼いてきた餅をかじり、苦笑する。

 餅と御節の残りを食べた皆本は、自室に戻って寝ることにした。丁度ポストに投函された年賀状を取り、自室に入る。“ピッ”と小さな電子音がして自室のドアにロックがかかったことを知らせた。このロックは最近着けたのだが、チルドレン達には非常に評判が悪かった。しかし皆本には外すつもりは無い。この部屋だけが彼の唯一のプライベート空間なのだから。

 寝巻きに着替えてベッドに潜り込む――しかし、今日に限ってなぜか寝付けなかった。疲れすぎたせいか、それとも食事を取ったせいか、いやそれなら逆に眠くなるはずで――などと意味も無い思考が頭の中を回る。30分もしたころ、とうとう皆本は諦めて体を起こした。
 年賀状を手にとって見る。彼の数少ない友人や、故郷の家族や親戚からも来ているが、ほとんどはBABEL関係のものばかりだ。皆本は年賀状をしばらく読み耽る――そうしている内に眠くなるかもしれないし――ふと、その中の一枚が妙に目に付いた。
 目を引いた理由の一つは、他のものがパソコンを使用したと思われる印刷物であるのに対し、それは墨痕鮮やかな手書きで書かれているのだ。差出人は心当たりのある名前ではない………というより達筆すぎて彼には読み取れない。同じく本文も読めないので、結局意味がわからない。葉書は封筒状になっており、
中に小さなDVDが入っていた。一瞬、“ウィルス的なものかも”とも思ったが、まあ画像や動画の再生だけで感染するものでもないだろう、と考え直す。
 皆本がDVDをパソコンに入れてみると、直ぐに動画が再生された。画面に荒海の様子などが映し出され、それにかぶさるように三角形のマークに「兵映」とでてきた。ロゴマークだ。
「妙に凝ったDVDだな…」
 つい独り言が出るほど出来が良い。一体何が映っているのかと身を乗り出したところで、画面が切り替わる。
「やあ皆本君、あけましておめでとう。」
「兵…兵部少佐?!」
 驚く皆本だが、DVDの兵部は特に気にした様子は無く、こちらに話しかけてくる。
――再生を止めたほうが良いな。
 と思い、パソコンに手を伸ばしたところで、兵部は再び話しかけた。
「警戒しなくていいよ、僕も元旦からちょっかいかけるつもりは無いから。」
「信用できるかっ!」
 しかし、なぜかパソコンはそこに無かった。兵部はそこに映っているのだから、無いはずはないのだが…と焦る。
「いやほら、君、もうESPの影響下にあるから――――」

 そういわれて初めて自分が、自宅のリビングのコタツに座っていることに気が付いた。さっきまではベッドに座っていたはずだ。
「ここは君の夢世界…脳をつかったエミュレーション世界の中なんだよ。DVDを見たろう?」
 同じ手に引っかかるとは…と、皆本は顔をしかめた。
「まあ、安心しなよ。ところで”女王”達は?」
 皆本は、現実世界の自分はまた眠らされているのだろうか、どうすれば目が覚めるのか、などと考えつつも、とりあえず兵部の様子を伺うことにした。ここは自分の脳で作られた空間のようだが、その支配権を持っているのは彼のようだ。
「…彼女達は帰省してる。」
「そう、じゃあ、少し待たせてもらおうかな。」
「帰ってくるのは明後日だ。それまでずっと待つ気か?」
 兵部はイヤミなぐらいに余裕の表情で、コタツの上にあったみかんに手を出した。
「いや? 直ぐに帰ってきそうだよ?」


「皆本はん、ただいまー。」
 皆本家の玄関を開け、野上葵が入ってきた。彼女は新年を家族と過ごすために帰省し、東京に戻るのは明後日の予定…だった。ちなみに他の二人、明石薫と三宮紫穂も同じくその予定だ。
「先んずれば人を制す、やね。」
 何を制するのかは不明だが、葵はそんなことを言いながらリビングに入ってきた。部屋は散らかったまま、皆本が食事をしたままの状態で雑然としている。
「ウチがおらんとあかんなあ、あの人は。」
 散らかっている原因の1/4ぐらいは彼女にあるのだが、葵は額に手を当て首を振ったりする。とにかく、皆本はここに居ないようだ。次に彼女は皆本の部屋の前まで来た。ドアの小さなインジケーターは「Locked」と表示している。皆本は、外出するときには自室の鍵は掛けないはずなので、中に居るようだ。呼びかけても返事が無いところを見ると、寝ているのだろう。
「この鍵って、ウチには役にたたへんのやけど、もしかしてワザと?」
 ワザと自分だけ入れるようにしてくれているのか、などと想像して見たりする。そして、ちょっと頬を赤らめながらテレポートで部屋に入ろうとした。皆本としては、鍵を掛けることで言外に“入ってこないでください”という意味なのだが、言葉にしないと伝わらないものが世界には多い。
――ヒュ…パッ――
皆本の部屋に入った葵は、ベッドに腰掛け、壁にもたれかかって寝ている皆本を発見した。彼の正面においてあるパソコンからは、何か音楽が流れており、映画でも見ていたのかと思わせる。
「ホンマにウチがおらんと・・・」
 と言いながら皆本に布団を掛けてやろうとベッドに乗り出す。そのとき、パソコンの画面が目に入った――


「ただいま、皆本さん。」
 皆本家の玄関を開け、三宮紫穂が入ってきた。彼女の父親は警察庁長官であり、正月とはいえ多忙である。紫穂は午前中だけ家族で過ごし、仕事で出て行った父を見送った後、早々にここにやってきたのだった。
「先即制人、後則為人所制…よね。」
 どこで覚えたのか、難しい言葉をつぶやきながら、しかし何かを制するらしい紫穂はリビングに入ってきた。部屋は雑然としたままだ。
「手伝いは皆本さんが居るときにやったほうが効果的ね。」
 皆本はここには居ない。次に彼女は皆本の自室にやってきた。ドアの“Locked”表示から、皆本が室内に居るのがわかる。返事が無いから寝ているようだ。それぐらいはサイコメトリーを使わなくても判る。
 紫穂はポケットから小さなキーホルダーを取り出し、ドアのインジケーターに近づける。すると“ピッ”と電子音が鳴り、ロックが解除された。彼女は部屋に入る前に、キーホルダーをポケットに“隠す”。
「あら、鍵、開いてたのね。」
 紫穂はしらじらしく独り言をつぶやきドアを開けた。中にはベッドの上に皆本が座っており、その膝元に葵が寝転がっている。二人とも寝ているようだ。彼女の目つきが少し悪くなる。そして、皆本の座ってるベッドに駆け寄り――

 ドアは自動的に閉まり、ロック音を小さく鳴らした。


「帰ったぜー、皆本ー」
 皆本家の玄関を開け、明石薫が入ってきた。自宅で珍しく帰っていた母と姉とで――正月番組は取り溜めしたのだろう――正月を迎えていたのだが、“皆本家に年始の挨拶に行こう”という話になったところで、家族を振り切って逃げてきた。自分が一緒で無ければ皆本家に顔を出しにくいだろう、と思ってのことだ。それでなくても、そろそろ皆本家に帰るつもりだったし。
「早いモン勝ちって言うしな。」
 どうすれば勝ちなのかは不明だが、薫はリビングに入ってきた。当然、部屋は散らかったままだ。
「いないな。」
 散らかっている原因の1/2なのだが、部屋の状況にも気になる様子は無い。そして、次に皆本の部屋までやってきた。当然“Locked”なので部屋に入れない&中にはいるようだ。
 ドアを叩いて開けさせようとした――そこで薫のオヤジ回路に電流が走った。
――皆本 = 若い男 = 部屋に鍵を掛けて一人でナニかをしている。
 自宅で、少々おとそを飲んできたのも悪かったらしい。みるみる彼女の可憐で可愛い顔に、下品でいやらしい笑みが浮かぶ。
「皆本―! ナニしてるのかなぁーーーっ?!」
 バキッと、音を立てて開かれるドア。中でパソコンの画面を座って見ている――実は寝ている――皆本のところまで、一瞬で飛び込んだ。膝元で寝ている葵や紫穂に気が付く前に、DVDが移っている画面を見る。
「何見てんだ、あたしにも見せろー!」

ドアはもう閉じることは出来なかった。


「なんでお前たちは、勝手に僕の部屋に入ってくるんだ!大体、どうやって入った?!」
 皆本は自分の夢世界の中のコタツで、次々に入ってきたチルドレン達に怒鳴った。
「テレポートで。」
「鍵が開いてたから。」
「鍵が開いたから。」
 まあ、葵はともかく、紫穂も薫もウソは付いていない。“合鍵で開けたから”鍵が開いていた、とか、“サイコキでこじ開けたら”鍵が開いた。というのがより正確な返事なのだが。彼女たちはそんな些細な問題は気にせずに、皆本の隣(葵、紫穂)やコタツと皆本の間(薫)に収まっている。
「まあまあ、皆本君、正月からそんなに彼女たちを叱ってはいけないよ。」
「うるさいっ、大体、お前が僕の脳を勝手に使って、変な仮想空間を作るから!」
 兵部はお茶をすすりながら、にこやかに笑ってみせる。
「いやあ、さすがに天才と名高い皆本君だ。君の脳でエミュレーターを作ると、計算が速くて良い。」
 そして、何も無い空中から料理や飲み物を取り出して、コタツの上に並べた。
「ただ、味は最高とは言えないね。もうちょっと良い物を食べたらどうだい?」
「余計なお世話だ!」
 もうキレそうな声で皆本が叫ぶ。


「ところで“女王”。こっちに来ておくれよ…一人じゃ寂しいからね。」
 皆で――皆本以外――楽しく料理をつまみながら、歓談している途中で、兵部が言った。今はコタツをはさんで兵部と皆本が座り、その皆本の周りにチルドレンが座っている状態である。兵部は“自分の隣に来てほしい”と言ったのだ。
「えー? どうしよっかなー」
 薫はそんなことを言うが、それにかぶせて皆本が言葉を挟んだ。
「行かなくて良い! あんな変態!」
 にまあ、と笑い、薫はしなをつくって皆本にしなだれかかった。
「ごっめーん。あたしの彼、独占欲つよいんでー、だからNG―」
「あ、ずるーい。私も」
「それなら、ウチも」
「そんな意味じゃないッ!」
 じゃれているチルドレンとその担当官を見ていると、さすがの兵部も“ケッ”という気分になってくるが、さすがに80年の齢を重ねた彼はそんなことを顔に出したりしない。少々青筋を立てるだけですんだ。
「じゃあ、仕方ない。僕はそろそろお暇するよ。」
 スッと立ち上がって、どこかにある出口に向かう兵部。
「ま、待て。僕を起こして行け!」
 しかし、呼び止める皆本に意地の悪い笑顔を向ける。
「そのうち起きるさ。もう直ぐ友達が来るんだろう?彼に起こして貰いなよ。」
 あーはっはっは…などと笑い声を残して去る兵部。後には、皆本とチルドレンが残された。


 兵部も居なくなったので、コタツのそれぞれの面に座る4人。どうやってここから脱出するか相談する。
「友達が来るって、兵部さんが言ってたけど?」
 紫穂の言葉に、皆本が答える。
「夕方に賢木が来ることになっているんだ。あいつが来れば起こしてくれるんだろうが…家の鍵ってどうした?」
「たぶん、開けっ放しだと思う。あたしが最後だったけど、閉めなかったし。」
 最近は物騒ななんだから鍵を閉めろよ、と言いたいところだが、今はそんなことを言っている場合ではない。と皆本は頷いた。
「何故か、僕の部屋の鍵も開いているようだから、賢木が起こしてくれるかもな・・・お前たちのようにDVDを見なければだが。」
――賢木はあれでキレる男だ。4人が夕方から寝ていて、かつ声を掛けても起きないとなれば、原因にも気がつくだろう………………?
「…おい、3人とも、どこで気を失った。?」
「皆本はんのベッドの上かな。」
「同じく。」
「皆本の体の上。」
「何でそんなところで!?」
 そうは言っても今更場所を動かせない。何とか、賢木がやってくる前に目覚めなければ。
「ウチのテレポートで脱出とか?」
「今ESP使えるか? 大体、どこに出ていいか判らない。」
 テレポートを試して見ようとしたが、ダメだった。葵の精神が自分の脳を離れて皆本の脳内空間にあるせいかもしれない。
「このリビングを壊して見たら?」
「最悪、僕の脳ミソが壊れるだろうが!」
 考えるまでも無い。
「とりあえず、色々やってみるかなさそうね。」
「…そうだな。」
 皆本はコタツから立ち上がった。



「局長、急に押しかけては皆本さんにご迷惑では?」
「自分の上司が年始の挨拶に来て、なにが迷惑なものかネ。むしろ、彼が来るのが普通だ。」
 元旦から、政府関係者のところに年始回りをしていた桐壺局長とその秘書の柏木が、皆本家の玄関前にやって来ていた。桐壺はあれこれと理由をつけてはいるが、つまるところはチルドレンに会うのが目的だ。
「彼女たちは帰省してますから、ここには居ませんよ。」
「フッ…保安部からの連絡で、3人とも戻ってきているのは知っているのだヨ。」
 とどめる柏木を無視して、桐壺はベルを鳴らした――しかし、返事は無い。
「ほら、居ないようですよ。」
「いいや、居る! 人の気配がする!」
 無駄に鋭い桐壺の感覚は、皆本家で寝ている4人の気配を感じ取る。
「居留守を使いおって、皆本めぇぇぇ!」
 こうなればこじ開けてやる、とドアに力を込めようとした局長だが、それはあっさり開いた。鍵がかかってないので当然ではある。
「なんだ、空いているじゃないか。」
 玄関から廊下を見ると、中は薄暗い。しかし途中にあるドア――何故か壊れて閉まらなくなっている――から明かりが漏れ、中からは音楽が流れている。人の気配もその中からだ。
 桐壺がその部屋に入る、仕方なしに柏木もそれに続いた――


「奈津子、私の着物ヘンじゃないかしら?」
「あんた、何度聞いたら気が済むのよ?」
 BABELの受付嬢、ザ・ダブルフェイスの野分ほたると常盤奈津子の二人は皆本家の前まで来ていた。賢木に誘われたのだが、彼自身は急病人が出たため少し遅れるということで、後から来るそうだ。
「へー、結構良さそうなマンションね。だけど、なんで玄関が開けっ放しなのかしら?」
「ザ・チルドレンと同居しているってことだから、子供たちが開けたのかもね。」
 局長が開けっ放しで中に入ったからなのだが、この二人には知る由も無い。実はこのマンションにはBABELの警備が入っていて、玄関を開けていてもそうそう不審者は入れないのだが。
「おじゃましまーす。」
「ちょっと、勝手に入って良いの?」
「…そう言いながら、人を先に押しやるってどうなのよ?」
 薄暗い廊下の、唯一明かりが漏れているドアの壊れた部屋に二人は入った――


「薫ったら、携帯まで切ってる!」
「仕方ないわね、私達だけで行きましょう。」
 次にやってきたのは明石秋江、好美の二人だ。最初は薫をネタに皆本家にお邪魔する予定だったが、その薫に逃げられてしまった。まあ、日ごろ薫がお世話になっていますといえば、皆本は追い返したりはしない――出来ないだろう。そのあたりは計算済みである。
「あれ、玄関開いてるわ?」
「丁度良いわ、人の家の玄関前で立ってる姿なんて、あんまり見られたくないから。」
 二人はレベルの違いこそ有りすれ人気芸能人であり、このような姿を人に見られたり、ましてや写真に取られるのは好ましくない。それでなくても――人目につかないためだと思うが――着物にサングラスとマスクという珍妙な格好なのだから、ということで、これ幸いに玄関に入った。その先にあるのは、明かりの漏れる壊れたドア――


「おなかすいたよ、明。」
「仕方ないだろ、初音が買い置きを全部喰っちまったんだから・・・」
 手持ちの現金が底を付いてしまった宿木明と犬神初音のザ・ハウンドの二人は、東京では数少ない知り合いを頼ろうと、ここ皆本家のあるマンションにやって来ていた。正月用に大量の食材を買ってはいたのだが、年末に仕事をいくつか請けたせいか、初音の食欲が尋常ではなくなったため、それらは全て平らげられてしまった。
「皆本さーん、明です、お邪魔します。」
「ごはんちょうだーい。」
 二人の行く先にあるのは、壊れたドア――


「許さん、許さんぞナオミー!」
「挨拶周りに許すも許さないもねーんだよ!」
 新年の挨拶に回っていた梅枝ナオミは、イラついていた。この挨拶は自分が個人的に回っているのに、なぜこのオヤジは付いてくるのだろうか…おまけに、ちょっとスキを見せると腕を組もうとか、肩を抱こうとか寄ってくるのでその度にサイコキで締め上げるのだが、それすら、この担当官――谷崎は嬉しそうなのである。
「いいや、ここだけはダメだ。チルドレンは下品だし、皆本はロリコンだからな!」
「お前が言うな!」
 再び谷崎を締め上げながら、ナオミは玄関をくぐる。壊れたドアが、誘っているかのように明かりを漏らしていた――


「いやー、遅れた遅れた。」
 もう日もすっかり暮れたころ、賢木がようやく皆本家にやってきた。普段はチャラチャラしているように見えて、病人への対処に手抜きはしないナイスガイだが、そのおかげで少々遅れてしまった。おまけに患者には手を抜かないが、女性にはそれ以上に手を抜かない。変わりに男性にはややいい加減、という困った男でもある。今回も、ほたるや奈津子に対して熱心に誘ったのは良いが、それを皆本に伝えるのを忘れていた。きっと、彼は混乱していることだろう。
――チルドレンは居ないということだったが、居ればさそ面白かったに違いない。
 などと考えるあたり、ワザと伝えなかったんじゃないか?という気すらする。
「なんだよ、開けっ放しで。」
 玄関をくぐると、中はもう真っ暗でよく見えない。明かりの漏れているドアが一つあり、どうも皆そこにいるようだ。玄関の明かりをつけると、玄関には彼の想像以上に人が来ていることが判った。子供の靴もあり、チルドレンが帰ってきていることが判る。他はほぼ女性だが、男性の靴もいくつかある。賢木が触れば誰の靴かぐらいは直ぐわかるのだが、そんな趣味は無い。

賢木は廊下を進んだ。



「ご飯ご飯、もっとおかわりー」
「良かった………考えるだけで食事が出る。」
「でも、おなか膨らまないわ、ここのご飯」
「う………」


「姉ちゃんに母ちゃん、なんでここに!?」
「何でって、あんたを探しに来たんじゃない。」
「ウソつけ、皆本を誘いに来たんだろ!」
「まあ、9割ぐらいはそうかもね。」
「なんだよ9割って、ほとんどじゃん!」
「あら、私は10割よ。可愛い娘たちのために、父親は必要だものね。」


――皆本さん、あとで出かけませんか?私、良い店を知ってて…
「ほたるさん、“私達の”担当官を誘うのはやめてって言いませんでしたっけ?」
「あんたっていつもそう!」
「紫穂ちゃん、そろそろ寝たほうが良いわ。これからは大人の時間だから。」
「これだから…テレパスって油断ならないわ!」


「ここはいつも楽しそうで良いわね。」
「…まあ、楽しいっていや楽しいんやけど…今日はちょっと人多すぎやな。」
「私も皆本さんみたいな人が担当官なら良かったわ。」
「ゆ、許さんぞナオミ! あんなロリコンの若造に!」
「「お前が言うな このロリコンオヤジ!」」


「………」
「きょっ、局長、お願いですから、黙って追いかけてこないでください!」
「………………」
「誤解、誤解です。兵部少佐の罠で、皆、眠らされて!」
「………………………」
「柏木さん!なんとか止めてくださいよ!」
「ごめんなさい、私も怖いから…」



 賢木はドアの壊れた部屋――皆本の部屋の前までやってきた。中からは何やら大勢の人がいるらしい気配はするが、中から聞こえるのは、たまにうめき声のようなものが聞こえるのみである。声を掛けても返事は無いし、少々不気味だ。意を決して部屋に入った賢木が見たものは

見たものは――


「しゅ…集団シンクロナイズド睡眠!?」




皆本家の正月    了


*****
もう正月にはすっかり遅いですが、そこは許してください。
感想や批判など、お待ちしています。
*****

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