ザ・グレート・展開予測ショー

そんな師匠と相変わらずの弟子


投稿者名:竹
投稿日時:(06/ 1/22)

「はい、今月分のお給料ね」
 月末31日、横島忠夫は雇用主の美神令子女史から細長い茶封筒を手渡された。


「ありやっす! ふふふ、これでラーメンに卵を落として食えるぞ」
「相変わらず、貧しい生活してるわね。あんまし無駄遣いすんじゃないわよ」
「……善処します。って、あれ?」
「? どうしたの」
「ひぃ、ふぅ、みぃ……一枚多い!? そんなっ、美神さんが――」
「それは、もういいっ!」
「がふっ!?」


 給料の前借など、一切認めない美神。決して吝嗇と言う訳ではないが、特に自分の金銭の管理については非常に細かい。もはや家族同然に気心の知れた仲であると言うに、きっちり月の最終日に手ずから渡すと言うのだから徹底している。これも、唐巣神父の下での修行の成果か。反面教師とはこの事であるが、少しばかり極端に学んでしまったようだ。聖人とは、現代社会では生き難いものらしい。
 原因はともあれ、美神は金の使い方を知らないと言うのを許せない性質である。所謂お金持ちと言われるような、生まれながらの勝ち組連中とあまりお近付きになろうとしないのもその証左であるし、業界トップレベルの経営者であり結構な名門の出であるにも関わらず、お偉方との付き合いを極力回避しようとするのも、勿論余計な勢力争いに巻き込まれたくないのもあるし、気遣いも面倒臭いからなのだが、一流の道具で身を飾れば自分も一流であると思い込んでいる連中と気が会わないからでもある。
 彼女とて金は力を信条としているが、それは前述の方々より更に直接的な意味でである。使う金の桁は大違いであるが、彼女の金銭感覚は庶民のそれだ。たま〜にギャンブルに嵌っちゃったりするのも、ご愛嬌と言ったところか。まだ二十歳そこそこの女性らしく、しっかりしているようで我儘な部分も持ち合わせていたりする。


 とまあ、そんな訳で。横島が親から渡される仕送りは本気で生活費以上にはならない額らしく、現代社会を生きる以上、横島の生活は美神の支払う賃金に懸かっていると言っていい。そうでなくとも、横島は美神の一番弟子。もはや臨時雇いのアルバイトではなく、一生付き合っていく仲である。
 素材はいい。霊能力も経営能力も、相当の才を持っているのが判っている。恐らく、行く行くは独立させて自分の事務所を開かせる事となるだろう。自分のように、成人したてで業界トップになれなどとは求めないが、せめて一流を名乗れる程度には育って欲しい。弟子の成長は師の評価にも繋がる、自分の門下ならばそれくらいには当然なってもらわなくては。後、犯罪はやめれ。覗き痴漢でも、前科持ちは洒落にならんから。
 今は技術も知識も人格も生活能力も不足しているが、横島は磨けば光る珠だと言う事が、自分の中のある感情を認める事によって、最近漸く美神にも解かってきた。それこそ自分のパートナーが務まるようになるまで、お望み通り扱き抜いてやろうじゃないかと腹を据えた訳である。だから、セクハラに対する報復の拳も、お使いの釣り銭をちょろまかしたのに対する雷も、全ては愛の鞭だ。そう思えば、以前はうんざりしていたこれらの行為にも、今では心中でにやけながらな美神である。
 それは何か、激しく違うような気がしないでもないが。




「んじゃ、お疲れ様でしたっ」
 鼻歌さえ歌いながら、スキップでもせんかと言う勢いで家路に着く横島。これだけ素直な反応を返してくれると、渡す方もつい嬉しくなってしまうと言うものだ。


「……ったく、ちゃっかり夕飯まで食べてったわね、横島の奴」
 それを素直に表現できるかとなれば、また話は別であるが。
「いいじゃないですか、美神さん。ご飯は、みんなで食べた方が美味しいですよ」
「それは、まあね……」
「ふふっ」


 いつも通りの、ほっとするような柔らかい笑みを向けてくれる、もう一人の弟子。そう言えば、この子の将来についても考えとかなきゃいけないわねぇなどと、らしくも無くぼやいてみる。とは言え、若い自分には横島だけでいっぱいいっぱいな訳で、その為の六道女学園編入だったのだから、取り敢えずは六道を信用するしかない。無論、最低限の監督はするにしても。
 妹のように可愛がっているこのもう一人の助手も、なんだかんだで優秀である。自分とも横島とも正反対の性格や能力は、美神も正直頼りにしている。のんびり屋の割には堅実で、家計の管理も含めて家事一般を任せ切ってしまっている。ただし、その分「攻め」の気概が弱く、発想が良識と常識の範囲を脱せないのが、弱点と言えば弱点か。横島に足りない部分を持っており、横島が持ち過ぎているものを持っていない。
 横島と足して二で割れば丁度いいんじゃないのなどと思わないでもないが、そんなものは横島でもおキヌちゃんでもないだろう。と言うか、それを認めてしまったら、それは即ち横島とおキヌちゃんがくっついちゃえばいいじゃんと言う事になる訳で……。
 それは駄目だ、認められない。いや、そうなったらそうなったで祝福しない訳はないけど、でも……。
……そう、彼女も「ライバル」なのだ。それも、恐らくは最も手強いと思われる。あれで、意外と手段を選らばないところもあるし。






 一方、帰宅した横島は、洗面器を抱えて銭湯へ向かっていた。
「ははは、一週間ぶりの風呂だぜ〜」
 普段あまり身嗜みに気を使わない横島だが、流石に一週間も入浴しないのは辛かった。散髪なんてそうそう頻繁に行けないから、髪の毛も伸びているので尚更だ。夕飯は食わせてくれる除霊事務所も、何をされるか分からないから流石に浴室は貸してくれない。


 と言う訳で銭湯にやってきた横島であるが……。
「ふうむ……、さて、どうするか」
 中に入らず、マンダムのポーズで考え込んでいる。何故か。
 別に、今更400円程度が惜しくなった訳ではない。と言うか、いい加減臭いから今日は風呂に入れとは美神にも言われている。何でそんな事を美神に言われるかと言えば、浪費癖を矯正する為と言われて横島は彼女に家計簿を提出させられているからだ。プライバシー法とかそれ以前の人権侵害だが、生殺与奪を握られている以上、横島は美神に逆らう事は出来ないし、美神とてそこまで厳密には調べずあくまで指導の参考にすると言った程度である。お小遣い帳を配布するとか、小学校かよ。ただ横島はそう言うのを誤魔化すのが下手なので、缶ジュース一本を買うにも戦々恐々の日々を送っている。何故にいきなり美神がこんな事を言い出したのか、心境の変化に気付けない故に尚更にである。とは言え、何かお母さん(奥さん?)みたいでちょっと嬉しい横島でもある。


 そう言う訳で、横島が悩んでいたのは別の事についてである。即ち……
「……このまま風呂に入るべきか、先に女湯を覗きに行くかっ!」
 である。
「う〜ん、久々に風呂に入ってさっぱりした後に覗きと言うのは、ちぃと気分が乗らねぇなあ。やっぱ勢いがある内に……って、でももし風呂に入る前に敢行して覗きがばれたら、その後風呂に入りにくく……ってか、入れてもらえないだろうし……」
 まあ、自分ほどの手練ともなれば、そう簡単に見付かる事もないだろうが、いやしかしなどと、本気で詰まらない事に頭を抱える横島。


「い、いや、ここは矢張り多少の冒険は覚悟して、特攻すべきか。若いリピドーは、リスク如きでは抑え切れん! ……でもなぁ〜、銭湯ってこの辺だと他にスーパー銭湯しか無いんだよなぁ〜」
「別に、そんな事でそこまで悩まなくてもいいじゃない」
「そんなとは何だ! わざわざ、若いねーちゃんも入りに来る時間帯を選んで来たってのに。そうでなきゃ、広く入れる閉店間際に行くわい!」
「だから、別に覗いてもいいんじゃない? 鈴女も見たいし、裸。まあ、したら美神さんに言いつけちゃうけどねっ」
「何だそりゃ! ――って、え?」
 誰と会話してるのか、と振り返った横島の鼻先を飛んでいたのは。
「やっほー」
「鈴女! い、いつから居たんだ?」
 美神除霊事務所に巣を作っている、妖精・鈴女であった。


「いつからって、最初からよ。お給料貰った横島が無駄遣いしないようにって、美神さんからお目付け役を頼まれたの」
「し、信用ねぇなあ、俺……」
「日頃の行いでしょ」
「うるせいっ。て、でも今までどこにいたんだ?」
「あんたの見えないところよ」
「見えないところ?」
「頭」
 鈴女の飛ぶ速度はさほど速い訳ではないし、横島の周りを飛んでいたら羽音で感付かれる。何より疲れるし、妖精は希少種だから人目に付かないに越した事は無い。
 と言う訳で今まで、鈴女は横島の死角であり、また人目につかない頭の上――髪の毛の中に隠れていたのだった。


「にしても、あんたの髪の毛、臭いわね〜。もうちょっと清潔にしよーよ」
「わあってるわい! だから、今から風呂入ろうとしてんじゃねーか」
「覗きしようとしてたくせにっ」
「……頼む、美神さんにチクるのは止めてくれ」
「え〜? どおしよっかなあ〜」
「てめぇ……っ! ――……分かった、こないだおキヌちゃんの一斉処分を免れた、俺の秘蔵のエロ本をくれてやるよ」
「え、いいの? おっけー、おっけー。そしたら鈴女、バリバリ黙っててあげるよ!」
「くっ、足元見やがって……」
 生き返ってその意味が分かった途端、おキヌちゃんの目は横島が「そう言うもの」を所有する事に対して厳しくなった。美神と違って、男の子とはそう言うものだとはなかなか割り切れないらしい。おかずにするなら見ず知らずの方じゃなくて私をごにょごにょとか、まあ、そう言う事のようだ。


「て言うか、何で覗いてもいないのに、こんな……」
「いや、だから、別に幾らでも覗きなよ」
「したらお前、美神さんにばらすんだろ?」
「ん〜、私も鬼じゃないしね。口止め料くれるって言うのに、チクったりしないよ。て言うか、鈴女も見たいしね」
「……じゃあ……、やっちゃうか?」
「うんっ! やっちゃえ、やっちゃえっ」
「おうっ、ばれなきゃいいんだよな!」
「そうそう!」
「そうだ、これは霊力補給なんだッ!」
 煽動するお目付け役、これでは駄目だ。美神が彼女に頼んだのは、浪費阻止だけではなかったのだが……しかしこれは、人選を誤ったと言うべきだろう。尤も、他に適任が居たかと言えば、どうしようもないのだが。




 ――まあ、結局。
ばれてはしまったものの、お巡りさんからは何とか逃げ切れたので結果オーライと言う事が出来るか。その後、別の銭湯を探して隣町まで歩いた横島であった。



 師の心、弟子知らず。
 師も若ければ、仕方の無い事だろうか。兎にも角にもそんなこんなで、少しずつ成長はしているものの、横島忠夫は今日も相変わらずでありましたとさ。

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