ザ・グレート・展開予測ショー

ジーク&ワルキューレ出向大作戦9 『LAST MISSION 聖夜の黄昏 9』


投稿者名:丸々
投稿日時:(06/ 1/15)

「か、閣下……」


ワルキューレが呆然と立ち尽くしている。
信じられない物を見るかのように、その目は大きく見開かれていた。
ワルキューレがショックを受けている様子に男が悲しそうに溜め息をついた。


「多分、そういう顔をするだろうと思ったんだ。
だから本当は、最後まで隠し通すつもりだった。」


本当は今にも崩れ落ちそうだったが、何とか踏みとどまる。
例え聞くまでも無いとしても、それでも確かめなければならない事があったからだ。

彼女自身、すでに答えがわかっている問いを投げ掛けた。


「この襲撃は、閣下の仕業だったのですか……?」


問い掛けるその声は微かに震えている。


「その通りだ。」


男が穏やかに肯定する。
その表情に後ろめたさや後悔といった感情は一切浮かんでいなかった。
その答えを聞き、とうとう堪えきれなくなったワルキューレが叫んだ。


「何故です!何故あなたがこのような暴挙を!
あなたは誰よりもデタントを――平和を望んでいたではないですか!!」


だが男は首を振って否定した。


「ワルキューレ、それは違う。違うんだよ。
私がデタントを望んでいたのは戦いが嫌だからではないんだ。」


「馬鹿な!ならば何故あの時、美神令子を守るよう命じたのです!
あなたの命令だから私は――!」

「もし最終戦争が勃発すれば犠牲になるのは前線で戦う君達だ。
それはだけは何としてでも避けたかった。
だから私はデタントに協力していたんだ。」

「ならば何故このような!」

「わからないか?」


話しながらワルキューレに向けて近付いていく。


「私にとって世界など別にどうなろうと構わないのだ。
私が守りたいのは常に一つ。大切な仲間だけなんだよ。」


男が一歩近づくたびにワルキューレが後ずさる。


「その言葉が真実だというのなら……今すぐ退いて下さい!
あなたのこの行動は争いの火種どころの話ではないのですよ!?」


だが男は穏やかな表情を崩さない。


「さて、それはどうだろう。」

「最高指導者に手を出してただで済む訳が――!」


男がゆっくりと首を振る。
にこりと笑みを浮かべるとワルキューレに問い掛けた。


「ここに彼らが居ると、誰が知っているのかな?」


その言葉に思わず口を抑える。
ワルキューレも気付いた。
彼らがここに居る事は最重要機密なのだ。
自分達以外に知る者は存在しない。

勝手に降臨している事を明らかに出来ない以上、例え何が起ころうと『無かった事』にするしかないのだ。


「幸運な事に今回の段取りを組んだのはジークただ一人。
外部の者に漏れている可能性は皆無だ。
ま、もしも漏れてたら即座に中止になっていた筈だしな。」


――トン


後ずさっていたワルキューレの背中が壁に触れる。
何時の間にか追い詰められていた。

男がゆっくりと手をかざす。
咄嗟に両腕を交差させ防御の構えを取り、気を限界まで張り詰め攻撃に備えた。

だが男は何もせず、ひょいとワルキューレのベレー帽をつまみ上げた。


「記念にもらっていくぞ。」


楽しそうに屈託の無い笑顔を浮かべ、くるりと背を向け歩きだした。
ハッと我に帰ったワルキューレが予備の銃を取り出し男の後頭部に突き付ける。


「まだ理由を聞いていません!
何故このような愚かな事をされたのですか!
答えによっては……私はあなたを撃つ!!」


ワルキューレの決意を感じ取ったのか、男が足を止める。
何かを思案していたようだが、小さく息を吐きゆっくりと振り返った。

その表情は先程とは打って変わり、深い悲しみに覆われていた。
だがその宝石のような蒼い瞳の奥には底知れぬ激情が渦巻いている。


「……そうだな。お前には話しておこう。」


口調すらも一変させ、男は語りだした。
北欧の神々であった彼らが、その身を魔に堕とした――あの日の事を。





















ジークが最奥部へ続く廊下に辿り着くと、周囲には巨大な瓦礫が散らばり粉塵が舞い上がっていた。
床はひび割れ、すり鉢状に深くえぐれている。
どうやらかなり大きな力がここで炸裂したようだ。

破壊された建物の惨状に思わず息を飲む。

すり鉢状のクレーターの中心部――恐らくは爆心地――に倒れている仲間に気付き、急いで駆け寄った。
ぐったりと動かない女性を慎重に抱き起こす。

ジークが小さく呻いた。

声を掛けようとした所で、彼女のダメージに気付き絶句してしまったのだ。
まるで内側から破壊されたかのように身体の至る所に大きな裂傷を負っており、今この瞬間も生温かい血液がジークの腕を伝っていた。
さらに最悪な事に霊的中枢もズタズタに破壊されてしまっている。


「クッ!死ぬな、ベスパ!」


ためらう事無く文珠を取り出し、その内に秘めた霊力を解放させる。
だが傷が深すぎたのだろう。出血を止めることは出来たが完治には程遠い。
霊的中枢を破壊されたままでは動く事すら出来なかった。

もう一つ文珠を取り出そうとした時、背後の瓦礫が崩れ、男が這い出てきた。


「いきなり自爆するとは……失敗だったな。」


何事も無かったかのように立ち上がり、汚れた法衣を手で払う。
法衣や手袋は埃で汚れてしまっていたが、その整った顔立ちには傷一つ無かった。
背中を向けた青年の姿に気付き、服を叩いていた手が止まる。

悲しそうに、そして少し疲れたように声を掛けた。


「お前も、私を止めに来たのだろうな。」


背を向けたまま何も答えようとしないジークに、ばつが悪そうに頭をかく。


「怒ってるのか。それはそうだよな。
信頼して今日の計画を打ち明けたのに、あっさり裏切られたんだからな。」

「……ベスパ曹長に、何をしたのですか。」

「なに、ちょっとトラウマを突いてみたんだが……どうやら急所だったようだ。
いきなり霊力を暴走させて自爆されてしまったよ。
しかし事実を指摘されて荒れるとは、まだまだ青いな。」


髪をかきあげながら楽しそうに声を上げた。
無言のジークの背中に話し続ける。


「仇の恋人が生き返る事に何の疑問も無いのか聞いてみただけなんだが、実に良い反応をしてくれたよ。
強気な態度だったのが一瞬で弱々しいものに変わるんだからな。
あーいうのを征服する悦びって言うのかな?」


堪えきれなくなったのか、喉を反らして大声で笑い始めた。
静まりかえった廊下に男の笑い声が響き渡る。

ジークの姿が陽炎のように揺らめいた。


「クハハハハハ!!――グゥッ!」


突然男の笑い声が途切れた。
男の身体が折れ曲がり、ジークの拳が腹部にめり込んでいた。


「あなたに何がわかると言うのですか……
苦悩しながらも、それでも前に進む事を選んだ……彼女の何がわかると言うのですか!」


身体を捻りながら鼻筋に肘を叩き込み、そのまま身体を回転させ遠心力を乗せた蹴りで頭部を打ち抜く。
男は糸の切れた人形の様に瓦礫の山に倒れ込んだ。
そのまま馬乗りになり、霊力を纏わせた拳を振り下ろす。

ジークは怒っていた。
誰よりも信頼していたのに裏切られた。
もちろんそれは許せ無い。

だがそれ以上にベスパの想いを踏みにじられた事は我慢できなかった。
破壊された廊下に骨と骨がぶつかり合う音が響く。

絶望的な実力の差も、敬うべき上下関係も忘れ、ただ怒りのままに拳を振るっていた。





































――ベスパ曹長、少し良いか。


まだ具体的な作戦の日程が決まる前、ルシオラを義体で生き返らせる事だけを話していた頃。
ドグラに頼まれ、ジークはベスパの部屋に足を運んでいた。

部屋とは言っても軍の宿舎なので生活に必要な物しか置かれていない。
殺風景な内装は女性らしさの欠片もなかった。


――ジークフリード少尉、何か用。


ジークの階級はベスパよりも上だ。
にも関わらず、敬礼をしないどころかベッドに腰掛けたまま立ち上がりもしない。
元々ベスパは軍人ぽくなかったが、前はもう少し要領よく立ち回っていた。

だがルシオラの件を話して以来、どこか自暴自棄になっているように見えた。

用件を話そうかと思ったが、べスパをこのままにしておくのはためらわれた。
軽く溜め息をつき、べスパの隣に腰掛ける。


――べスパ曹長、もしかして君は反対なのか。


ジークの問いには答えず黙って顔を背ける。


――あの時、君はルシオラの霊基片を必死で集めていたじゃないか。
何で今更そんなに不機嫌になるんだ。君だって彼女を生き返らせてやりたいんだろう?


――そんな簡単に割り切れないんだよ。


顔を背けたまま小さく呟く。


――僕には良くわからないんだが。


ジークの呟きにべスパが振り返り、声を上げた。


――少尉にわかる訳ないだろ。私にもわからないんだから。
姉さんが生き返ったら、私はどうすれば良いんだ。
偽物の身体に押し込められてるってのに祝福でもすれば良いのか?


何と言えば良いかわからずジークが言葉を詰まらせた。
一度口にしてしまい止らなくなったのか、畳み掛けるようにべスパが叫んだ。


――私だって姉さんに戻って来て欲しいさ!
戻って来てくれるなら何だってするさ!
でも私達がやろうとしているのは姉さんの姿をした偽物で誤魔化そうとしてるだけじゃないか!


――……確かにな。


ジークも目を伏せ肯定した。
それは彼も考えていた事だった。
だが敢えて目を向けないようにしていたのかもしれない。


――だが、それを決めるのは僕達なのか?

――少尉!そういう問題じゃないだろ!?
どうせ私たちに出来るのは姉さんに偽物の身体を押し付けるくらいなんだから!
それならまだ横島の子供として転生した方がマシじゃないか!


ジークは今度は目を伏せなかった。
彼も問題を直視し、この機会に消化しようと覚悟を決めていた。


――君がルシオラの事を想っているのは良くわかった。
だが、もう一度聞くぞ。義体を使うか、横島君の子供として生まれ変わるか。
それを決めるのは僕達なのか?


さっきまでとは違うジークの論調にべスパが言葉を詰まらせる。
今はジークも本気で話しているとべスパも気付いていた。


――あの時は横島君の子供として転生するという選択肢しか存在しなかった。
だが今は違う。例えベストでは無いとしても、もう一つの選択肢があるんだ。
もしもあの時、この選択肢があれば彼女はどうしただろうな?

――そんな事ッ……!
私にわかるわけないだろう!?

――なら質問を変えようか。
もしもあの時、アシュタロスの傍に居るという選択肢が君にあれば、君はどうした?
そんな選択肢があれば君は全てを捨ててでもそれを選んだんじゃないのか?


べスパが目を逸らした。

答えこそしなかったがそれは認めているのと同じだった。


――それこそ……その体を捨てる事になろうと、力を失おうと、悔いは無かったんじゃないか?
残念ながらその選択肢は無かった訳だが、もしもあったならば君はどうした?
そんな事、考えるまでも無いんだろ。


もうこの辺にしておくべきだろう。
そう思ったが、一つだけ気になる事が残っていた。
彼女自身、気付いているのかどうかはわからないが、ジークには確かめたい事があった。
だが正直なところ、言葉にするのはためらわれる。

それでも、後の事を考えると今言っておかなければならないだろう。
ジークも気が進まなかったが、うつむくべスパに向け、口を開いた。


――君は……本当はルシオラに責められるのが怖いんじゃないのか?


ハッとジークの顔を見上げる。
その青ざめた顔色は彼女の心の底の本音を如実に語っていた。












室内は重苦しい沈黙に包まれていた。
ジークも今の言葉は言うべきではなかったと後悔していた。

これから自分がする事を考えると胸が痛む。
だがこの機会を逃せば解決できないだろう。
仕方なく口を開いた。


――確かにな。君さえいなければルシオラは死なずにすんだ。
君さえいなければルシオラが横島君と離れる事も無かっただろうな。


ビクリとべスパが身体を震わせた。
普段の勝気な表情は完全に失せ、今にも零れ落ちそうなほど瞳に涙を湛えている。


――彼女が生き返ったら真っ先に君を責めるかもな。
なんせ自分を殺そうとしただけじゃなく、横島君もその手にかけたんだからな。
考えれば考えるほど、君は疫病神そのものだ。


容赦の無いジークの言葉に、ついに両手で顔を覆う。
指の隙間から涙が零れ落ちた。


――けど、もしかしたら感謝されるかもしれないぞ。


いきなり責めるような重い口調から楽観的な明るい口調に変化する。
呆気にとられたべスパがポカンと口を開けジークを見上げていた。
口調もそうだが、『感謝される』という言葉は最も今の状況からかけ離れていたのだから。

構わずジークは続ける。


――結果を見てみれば、彼女の犠牲が無ければ横島君の文珠の進化はあり得なかった訳だし。
文珠の進化が無ければアシュタロスが勝利し、この世界は消滅していたのかも知れないぞ。
それこそ彼女が一番望まない結末だろう。そうは思わないか?


無理矢理なジークの話にべスパが瞳をまたたかせた。
そういう捉え方も出来るのかもしれないが、ルシオラがそう考えてくれるとは限らないのだから。


――そ、そんなの……わからないよ。


その言葉にジークがにこりと微笑んだ。


――ああ、その通りだ。彼女がどう思うかなんて誰にもわからないんだからな。
それなら悩まずに行動した方が良いとは思わないか?


涙で赤くなった目元をこする。
予想もしなかった話に少し混乱していた。


――き、急にそんな事言われても。


混乱してオロオロしているべスパの肩にぽんと手を置く。


――僕と姉う……少佐が人間界に出向に行ってるのは君も知ってるだろ。
最初は少佐も渋っていたんだが、いざ行ってみると楽しそうに任務に励んでいたぞ。
やはり何事もやってみないとわからないよなあ?


実際にはワルキューレが楽しんでいた分、彼にシワ寄せが行っていたのがこの際それは置いておく。
脳裏には無茶な命令の苦い思い出がよみがえっていたが。


――それに、別に怒られたって良いじゃないか。このままだとそれすら出来ないんだぞ。
何なら僕も一緒に謝ってやるからさ。なあに、こう見えても僕は謝るのは得意なんだ。


明るく話すジークにつられたのか、ようやくべスパの顔に微かに笑みが浮かんだ。


――少佐にいつも謝ってるから、だろう?

――たはは、バレてしまったか。


ジークが困った顔で苦笑しながら頭をかいている。
それがおかしかったのか、それとも緊張の糸が切れたのか、べスパが吹き出していた。

やっと笑ってくれたべスパにジークが満足そうに頷いてた。












――と、そろそろ本題に入ろうかな。


笑い疲れてベッドに手足を投げ出しているべスパに、思い出したように話しかけた。


――ああ、そう言えば何か用があったんだっけ。


べスパも無論忘れていた訳では無いが、あえて今思い出したフリをする。
お互い、今の一件は無かった事にしたかった。

別に後ろめたい事は無いが、それでも何となく気まずかった。


――兵鬼を造るのに魔族の肉体を使う事は知ってるな?
少しでもルシオラの拒絶反応を抑えるために、出来れば似通った霊基構造を持つ君かパピリオに協力して欲しいんだ。


それを聞き黙り込むべスパに慌てて付け加える。


――あ、いや、何も腕一本とか無茶な事を言うつもりはないぞ。
勿論肉体からでも培養できるが、血液からでも培養できるので献血して欲しいんだ。


少し考え込んだ後、べスパが口を開いた。


――うん。わかった、協力するよ。
ジーク、そのナイフを貸してくれないか。


ジークが腰に差しているナイフを指差す。


――な、何もここじゃなくても、医務室に行って注射器を使えば……

――いいから、貸してよ。

――しょうがないな……
でも切れ味はかなり鋭いから気をつけてくれよ。


最後に念を押すように注意してからナイフを渡す。
ジークは持参していた試験管を取り出し、血液を集める準備をする。

だがべスパはナイフを手に取ると、髪を後ろで纏めた。


――べスパ曹長?

――これは、私なりの決意の証ってヤツさ。


怪訝な顔をするジークの目の前で、躊躇う事無く、ナイフを背中に回しその長く美しい髪を切り落とした。

呆気にとられているジークに、切った髪を差し出す。


――これだけあれば充分だろ?

――それは、ああ、充分だが。
いや、そういう問題じゃなくて……


受け取った髪とべスパを交互に見比べる。
べスパの腰まで伸びていたた髪は、今は肩のあたりまでしか無かった。


――さ、もう行きなよ。
ジークにはまだする事があるんだろ?


最高指導者降臨のための準備を進めているジークは確かに多忙な日々を送っていた。
誰の手も借りる事ができないため、彼の仕事量は限界を超えていた。
何時までもこうしては居られない。

目の前で髪を切られたショックが抜けないまま、ドグラに髪を届けるため追い出されるように部屋を後にした。

ジークが手の中の細くしなやかな髪を握り締める。
髪に重さなどほとんど無い筈なのに、それは何故かとても重く感じた。





































「オオオオオォォォォォ!!!!」


猛り狂ったジークの拳が何度も何度も男の顔面を捉える。
白銀のローブはすでに魔族の血の色に染まっていた。

ジークに殴られている男の顔は紫の鮮血にまみれている。

荒い息を吐きながら、ジークが男の胸元を掴み持ち上げた。
そのまま渾身の力を込め、男の鼻筋を打ち抜く。


吹き飛ばされた男は壁に叩きつけられ、激しい音をたててめり込んだ。


静まり返った廊下にジークの荒い息だけが響いている。
霊力を纏わせた全力の拳をあれだけ打ち込んだのだ。
並の魔族なら間違いなく消滅させられるだけの威力はあった。


だが――


「――気は済んだか?」


男はめり込んだ壁から難なく抜け出すと、血にまみれた顔を法衣の袖で拭う。
血を拭い終えた男の顔は、傷一つ無かった。


荒い息を吐くジークの両拳は砕け、鮮血が溢れていた。
返り血を拭い終え、男がゆっくりとジークに近付いていく。


打撃は無意味と悟り、ジークは懐から五角形の薄いプレートを取り出した。
プレートに霊力を込め、膝をつき地面に押し付ける。

男の周囲を取り囲むように五枚の漆黒のモノリスが出現する。
ジークの持つプレートには『火』の文字が浮かんでいた。

五枚のモノリスには『十』と表示されており、一秒ごとに数字が少なくなっていく。


(情報部特別製の業火角結界……これならば……!)


手持ちの、というか現状で存在する最高威力の結界兵器を展開させる。
囲い込む範囲を僅か3メートルに設定したので10秒という短い時間で起爆させる事ができる。
解除コードも知らずに無理に解除しようとすればそれだけで爆発する。

倒す事はできなくとも、これで動きを止める事くらいなら出来るはずだと期待していた。


残り3秒を切った時、男の隣に黒い霧のようなものが立ち込める。
男はその霧に飛び込むと結界の中から姿を消していた。


中に誰もいなくなった結界兵器が起動する。
あまりに膨大な熱量のため、白い閃光となった炎が天を貫いた。



床と天井に3メートル程の穴を穿ち、結界兵器は力を失い消失した。
万策尽きたジークの背後に男が立っていた。


「……そうか……スレイ、君も……加担していたのか。」


荒い息を吐きながら振り返らずにジークが呟く。
その言葉に応えるように男の隣に黒い霧が立ち込め、中から小さな少年が現れた。
紫陽花色の淡い水色の髪の少年は辛そうに目を伏せている。


「当然だな。スレイは私の使い魔なのだから。
あらゆる次元を踏破する、名馬スレイプニル。
この子の能力で侵入できない場所など存在しない。」


空間同士を直結させ、あらゆる場所に転移する。
神話では駿馬と呼ばれる少年の真の能力だった。
任意でワームホールを造り出せるなら、どのような場所にも文字通り一瞬で到達できるのだ。

堅牢な結界に包まれた妙神山に気付かれる事なく侵入できたのも、これが理由だった。
神話クラスの存在の血を引く彼の霊力はかなり高く、小竜姫の背後に転移し気絶させる事も可能だった。
少年が男に付き従っている以上、あらゆる結界兵器は通用しない。


「聞いて、ジーク!
本当はマスターも――――!!」

「……余計な事は言わなくていい。」


何かを言おうとした少年を男が凄みのある声で黙らせる。
少年はびくりと身を縮め、黙り込んでしまった。

だが次の瞬間には男は楽しげな口調でジークに話しかける。


「スレイが居てくれて良かったな?
この子が居なければ、あの少年はここに来る前に死んでいたかもしれないぞ。」

「……どういう……事です。」


相手が話を続けている間に呼吸を整える。


「実はな、あの少年が土壇場で逃げるかもしれないと思ってこの子に監視させていたんだ。
彼が逃げる素振りを見せれば強引に妙神山に転移させるように命じてな。
もしも彼に諦められてはこの計画も水泡に帰す訳だからな。」


隣に立つ少年の頭を撫でる。
少年は目を伏せ、されるがままでいた。


「何が理由かはわからんが、彼の雇い主の女性が彼を撲殺しようとしてな……
咄嗟にスレイが彼女達を事務所に転移して事無きを得たんだが、いやぁ危ない所だったよ。
街中で必殺の一撃を繰り出すとは、最近の人間の女性は恐ろしいものだ。」


美神は文珠の力だと思っていたが、実際はこの男の差し金だった。
あの時、鋭敏な感覚と直感を持つタマモだけがスレイの気配を微かに感じ取っていた。


「話はこれくらいにして、そろそろ行かせてもらうぞ。」


男の言葉に、機先を制そうと振り向きざまに拳を振るうが、手首を掴まれあっさりと止められた。
男はジークの砕けた拳から流れる紫色の血液を哀しげに見つめる。


「――ぐぅッ!」


ジークのうめき声が廊下に響く。
男の空いている方の拳がジークの腹部を打ち抜いていた。

男は格闘系の魔族ではないが、それでも元々の霊力量が半端ではない。
ただの一撃でジークは床に崩れ落ちた。


「お前ならどの軍に配属されても通用するさ。」


倒れ伏すジークの肩に手を置き、別れの言葉を送る。


「――――こんな馬鹿な司令官の事は忘れて、強く生きてくれ。」


その言葉を最後に最奥部に進もうとしたが、法衣の裾をジークが握り締めていた。
倒れたまま男を見上げ、苦しそうに言葉を投げかける。


「あなたは……そこまでして、何をしようというのですか……?」


ジークの問いに柔らかく微笑む。


「復讐さ。
北欧の神々の座にいた我らを魔へと追いやった、
あのイエス・キリストを消滅させてやりたいのだよ。」


「ぐっ、何故……そのような無意味な事を……」


ジークが弱々しく呻く。

確かに空間の固定により疲弊している今ならイエス・キリストを簡単に倒せるかもしれない。
だがあれほど高位の存在なら、すぐにバランスを取るために復活させられるのだ。
釣り合いを取ろうとするこの世界の仕組みこそ、あのアシュタロスの苦悩の一端だった。

それを覆す事は例え北欧の最高神であるこの男でも不可能だ。

だがその時、それを解消する唯一の方法がジークの脳裏に閃いた。


――ああ、そういう事か


全てを理解し、ジークの身体を覆っていた怒気が急速に薄れていく。
あの気丈な姉がこの人と戦えなかったのも、今なら頷ける。

ホムンクルスから読み取った事実、そしてこれまでの言動から、男の真意を遂にジークは理解した。
怒りとはまた違う感情がジークの胸に湧き起こり、動かない肉体に活力が漲る。


「ジーク……元気でな。」


そう呟き、倒れているジークに霊波を放出した。
殺すためではなく、あくまで突き放すための攻撃。

瓦礫が吹き飛び埃が舞い上がり、周囲の視界を覆った。



男が背を向けて歩き去ろうとした時、舞い上がる埃の中で凄まじい霊力が凝縮しているのを感じ取る。
その正体を見極めるべく、男が足を止め振り返った。

高出力の霊力が辺りを覆う埃を蒸発させていく。
視界が晴れた時、男の前には青く輝く大剣型の霊波刀を構えたジークが立ちはだかっていた。

一瞬男が驚愕の色を浮かべたが、すぐにそれは怒りの表情に変わる。
堅く握り締めた拳を怒りに震わせながら、怒鳴りつけた。


「馬鹿な事を……!
こんな所でバルムンクを抜けばどうなるか――わからんとは言わせんぞ!」


激昂する男とは対照的にジークの表情は落ち着いていた。
そこに先程の怒りの感情は欠片も存在しない。
崩壊へと進む己の肉体を感じつつ、静かに言葉を紡ぐ。


「馬鹿な事をしようとしているのは、あなたの方です。
俺は何としてでも、あなたを止めて見せます。」


ジークの右手の中指にはめられた髑髏の指輪が光を放つ。
ワルキューレから渡された魔具、ニーベルンゲンの指輪の力を解き放った。

ジークが構える霊波刀が、柄元から強い光を放ちながら宝石のような青い結晶へと凝縮していく。
霊力を増幅し、さらにはそれを物質化するこの指輪の力によりジークの霊波刀は完全に実体化していた。
神話の時代、宝剣と讃えられたジークフリードのバルムンクが現世に具現化していた。

上級魔族の全ての力を注ぎ込んだ大剣は吸い込まれそうな美しい輝きを放っている。
準備を終えたジークが躊躇う事無く男の間合いに踏み込み、大剣を振り下ろした。

男は身をかわしたが、男の動きに付いて行けなかった法衣の裾を斬りつけられていた。
法衣に金糸で編みこまれていた魔法陣が切り裂かれる。

ニーベルンゲンの指輪の力により、僅かな霊力の漏洩も存在しない。
そのため広範囲の破壊は出来ないが、引き替えに刀身自体の破壊力は比べ物にならない程高まっていた。

魔法陣が破壊された影響か、男が妙神山に張り巡らせている結界が軋んだ。
どうやら法衣に編みこまれた複数の魔法陣で最上位結界の維持を補助しているようだ。

ジークの狙いを察し、男の顔色が変わる。


「まさか、お前は全てを暴露するつもりか!?」


男の張っている最上位結界は、妙神山を外界から完全に切り離し内部の様子が漏れないようにしている。
その結界が崩壊すれば、今ここで神話クラスの存在が妙神山に侵攻している事が明らかになってしまう。
そんな事になればデタントに壊滅的な悪影響を及ぼす事は間違いない。


「お願いです!退いてください……!!
俺は、もう誰かが犠牲になるのは見たくないんです!!」


更に間合いを詰め、水平に男の胴体をなぎ払う。
流石に二度は通じず、今度は男も後方に跳び、完全に身をかわした。


「犠牲が見たくない、か。
知ってはいたが、つくづくお前は軍人には向いていないんだな。」


無駄の無い動きで着地しつつ、男が溜め息をつく。
呆れたような口ぶりだがその顔には微笑が浮かんでいた。

だが男の表情が引き締まり、眼光が鋭くなる。


「……ジーク、お前といえど邪魔をするなら排除するまでだ。
安心しろ。殺しはしないがしばらく眠ってもらうぞ……!」


男が宙に指先でルーン文字を走らせ、攻撃の術を発動させようとする。
だが何故か途中でその指の動きは止められた。


「いくら閣下と言えど、最上位結界を維持したままでは力加減は出来ないでしょう。
さあ、俺を止めたいのなら――この命を奪ってからにしてもらいましょうか!!」


男は舌打ちし、手袋の手の平に編みこまれた魔法陣に霊力を集中させる。
金糸で編みこまれた魔法陣が黒い光を放った。
男の手の平に黒い球体が姿を現し、ブラックホールのように周囲の霊力を猛然と吸い上げ始める。

だがジークは怯む事無く黒い球体ごとバルムンクで横なぎに斬り払う。
小竜姫の霊力を奪った術は破壊され、編みこまれた魔法陣を男の手の平ごと切り裂いていた。

ボロボロになった床に赤い鮮血が飛び散った。
滴る血を目にした時、ジークは妙な違和感を抱いた。

傷つけられた事を気にもせず、ジークに静かに声をかける。


「これが何色に見える?」


すっと切り裂かれた手の平を掲げる。
高い再生能力により、すでに傷はふさがり出血は止っている。
だが純白だった手袋は真紅に染まっていた。

問い掛けられ、ジークも違和感の正体に気付く。
男の血液は魔族でありながら『赤い』のだ。

今まで穏やかな表情だった男の顔が、怒りに歪んだ。


「この赤い血を見るたび……!
この金色の髪を目にするたび……!
奪われた大切なものを思い知らされる……!」


怒りに震える男の霊力が圧力となりジークに襲い掛かった。
バルムンクを盾のように構えそれをやり過ごす。


「故に――私は奴を許せんのだ!!」


男が両手を胸の前で合わせる。
何かを引き抜くように渾身の力を込めつつ、徐々に手の平を引き離していく。
呆気にとられるジークの眼前で、バルムンクの霊力が霞んで見える程の霊力が具現化していく。

閃光と共に、男の手に光り輝く長槍が握られていた。
男はジークと同じ、己の霊力を武器へと具現化する能力者だった。


これこそがこの男の真の霊力。
銀色の蔓が寄り集まったような節くれだった握りに、激しく輝きを放つ螺旋型の先端部。

一撃必滅の最強の神具――神槍グングニルがその姿を現していた。



































手術空間を固定している最高指導者たちが荒い息で霊力を放出している。
霊的な疲労が深刻な状態になるにつれ、次第に口数も減っていった。
今では完全に無言になり空間の維持に全力を尽くしていた。

その時、どちらともなく目を見合わせた。
二人が固定している空間内に何かが出現しようとしているのだ。


『サタン、これは……!』

『そんな、まさか!この気配は!』


いつもの愛称で呼ぶのも忘れ、キリストが声を上げた。
サタンも出現しようとしている存在に気付き驚愕の表情を浮かべる。

強引に空間内に出現した気配は、止める間もなくルシオラの義体へと憑依した。

残された時間は僅か30分。

何かが始まろうとしていた。




















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