ザ・グレート・展開予測ショー

蜂と英雄 第17話 〜赤い砂〜


投稿者名:ちくわぶ
投稿日時:(06/ 1/ 8)






「砂漠の魔女アンジェラか……こんな何もない場所で暮らしているとは物好きだな」



 ルシエンテスは塔の中から、黒ずくめの衣服に身を包むアンジェラに尋ねる。
 窓の外には、日の光を受ける黄金の髪と、深く静かな緑の瞳が輝いていた。



「昔は森の奥で暮らしていました。好きでこの地にいるわけでは――」

「では、なぜだ?」

「――他に行く場所がないからです」



 アンジェラは哀愁を瞳に浮かべ、静かにそう答える。



「追放されたか。何をした?」

「……何も。他人に危害を加えたことなどありません」

「――待て、話が理解できない。どういうことだ?」

「私には生まれつき強い力が備わっていました。
 遠くの景色を覗いたり、物を触れずに動かしたり、動物の言葉が理解できたり――そんな力が」

「だから理解できないと言ってる。
 私は他人の命を奪ったとかいう理由でここに閉じこめられたが……
 お前がこんな場所に追いやられる理由など見あたらんぞ」

「普通の人々には、私の力は理解できない異端であり驚異。
 そんな存在が身近にいては、安心できないでしょう……?」



 哀しみの色をさらに濃くした瞳で、アンジェラは呟いた。
 それを聞いたルシエンテスは、眉間にしわを寄せて考えを整理する。



「――つまり、お前が普通の人間達の近くで暮らしていると奴らは恐ろしいから……
 それでこんな場所に追いやられたと?」

「……そういうことです。でも、運が良いと思わなければ。
 本当なら魔女は処刑されて当然の存在なのですから。
 砂漠でも生活できるよう、ドクター・カオスに色々術を授けてもらえましたし――」



 半ば自分を納得させるよう、アンジェラは言う。
 その言葉と様子に、ルシエンテスはやれやれと盛大な溜息をついてから口を開いた。



「何かと思えば……まったく、くだらない」

「くだらない……ですって?」

「そうだ」

「偉そうに……あなたみたいな人殺しに何が――!!」

「奴らにとって重要なのは個人ではなく『魔女』の肩書きなのだ。
 つまりお前が誰であろうと、興味はないというわけだ」

「――!!」

「では、魔女とは何だ?それを誰が決めた?奴らはそれを知っているのか?
 所詮――周りがそう言うからと、いいかげんに納得しているだけだ」

「そ、それは……そんなこと――!!」

「そしてその理屈を仕方なく受け止めているお前も気に入らん。
 強い力を持つお前は、奴らより遙かに上等な存在のはずだ
 ――なぜ望むように生きない?」

「――考えたことがないわけじゃないわ……だけど!!」

「だけど……何だ?」



 アンジェラはうつむき、唇を噛む。
 握りしめられた白い手は、小さく震えている。
 エメラルドの瞳を涙で滲ませ、顔を上げて彼女は言った。



「ドクター・カオスが教えてくれたわ……力を持って生まれたのには意味があるって。
 自分にしかできないことをするために、この力があるんだって。
 だから……私はこの砂漠に迷い込んだ人が無事に帰れるようにここにいるの。
 誰かのためになることを続けていれば、きっとみんなもわかってくれる。
 辛いからと逃げ出したら、私は本当の魔女になってしまうわ……
 人は……この世界に生きる全ては……ひとりきりじゃ生きられないのよ――」



 それは切なく――寂しさに満ちた言葉。
 ルシエンテスもそれ以上は何も言わず、感情のこもらぬ目でアンジェラをじっと見つめ返すだけ。
 砂漠を吹き抜ける乾いた風。
 天高く巻き上げられた砂は、沈みゆく太陽の光を浴びて真っ赤に染まっていた――。






「久しぶりに人と出会ったので喋りすぎました。
 三日後にまた様子を見に来ます。それでは――」

「待て」

「――何ですか?」

「次に来る時は、粘土を持ってきてくれ」

「粘土?」

「退屈しのぎだ。だいぶキツくなってきたが、まだ当分は死ねそうにないんでな……
 それくらい構わないだろう?」

「いいでしょう……ただし、妙なマネをしたら二度と認めませんからそのつもりで」



 フードを深く被り、くるりときびすを返してアンジェラは塔から立ち去っていく。
 砂漠に続く足跡と彼女の背中が地平線に消えるまで、ルシエンテスはその姿を眺め続けていた。






 三日後、言葉通りアンジェラはやってきた。
 その手には、ずっしりと中身の詰まった麻袋が握られていた。
 小さな窓からそれを受け取ったルシエンテスは、中身を確認する。
 それは、彼がよく使っていたものに劣らない良質の粘土。
 ルシエンテスはその場に座り込み、さっそく粘土をこね始めた。
 彼の伸びきった爪はナイフのように尖っており、それで器用に粘土を切ったり伸ばしたりしていく。
 黙々と手先を動かすだけで何も喋らなくなった彼を、窓の外からアンジェラはじっと見つめていた。
 数時間も作業に没頭している表情は、真剣そのもの。
 道を極めた職人の表情を見るのは、カオスに続いて二人目だった。
 形を決め、修正し、ていねいに仕上げ……やがてそれは完成する。
 ルシエンテスは立ち上がり、窓から腕を伸ばしアンジェラの目の前に突き出す。
 その手には、小さいが精巧に作られた人間の像が握られていた。



「粘土の礼代わりだ。持って行け」

「これはもしかして……私……ですか?」

「お前の目や髪はなかなか美しい。美しいものを作り上げるのが私の仕事だ。
 美術品が好きな奴に売れば、それなりの値は付く」

「いえ……あの……」



 予想もしなかった展開にアンジェラは戸惑う。
 彼女にとって、幼い頃に死に別れた両親以外から贈り物をもらったのは初めてのこと。
 その力ゆえにどこへ行っても嫌われ、まともに相手にされたことなどなかった。
 それと知らず話しかけてくる者もいたが、魔女の噂を聞くと手のひらを返したように冷たくされた。
 そうして各地をさすらい、とうとう疲労と孤独に心が折れたアンジェラは深い森の奥で力尽きようとしていた。
 しかし偶然にも、研究に必要な薬草の採取に来ていたカオスによって彼女は保護される。
 カオスはアンジェラに眠る魔女としての才能を見いだし、様々な術と知識を与えたが、
 彼女の本心は普通の女として生きていたい――ただそれだけだった。
 しかしそれも、魔女の烙印を押された自分には単なる絵空事。
 この砂漠に暮らすことを余儀なくされた時も、それが魔女の運命なのだと――
 そう思い、諦めていた。
 だが、石壁の向こうに幽閉された男は今まで出会った誰よりも自分のことを認識してくれている。
 忌まわしき魔女としてではなく、ただひとりの人間として。



 ――胸の奥が、揺らぐ。



(いけない――惑わされては。これは彼の作戦かもしれないわ)



 心を静めるべく、アンジェラは話題を切り替えるべく言葉を選ぶ。
 そう、相手は殺人者。決して気を許してはいけない。
 カオスにもきつく言われた事ではないか――。



「――ひとつだけ聞かせて下さい。あなたは……なぜ人を殺したのですか」



 その問いに、ルシエンテスは抑揚もなく平然と答える。



「作品を作るためだ」

「作品……それで人を殺めたというのですか!?」

「そうだ」

「なんてことを……」

「――お前は魔族を見たことがあるか?」

「えっ?」

「あの力強さ、美しさ……そして心を惹きつけてやまぬ魔性。
 彼らこそ、全てにおいて人間を超越した芸術そのもの――」

「……」

「――それを再現することが、私にとって至上の喜びなのだ」

「あなたは――」



 最初この刑罰の話を聞いた時は、なんてむごいと思っていたが――ようやく納得する。
 今話をしている相手は、人の道を外れた男。
 その恐ろしい罪は、到底許されるものではない。
 やはりさっきの感情は気の迷いであったのだと、アンジェラは自らに言い聞かせる。
 塔の中に目をやればルシエンテスは次の作業に取りかかっていたので、
 その日はもう帰ることにした。



 さらに三日後、アンジェラは再び塔へとやってきた。
 そっと窓を覗いてみると、沢山の彫刻に取り囲まれるようにしてルシエンテスは座り込んでいる。
 しかし、その身体はピクリとも動かない。
 死んでしまったのか――そう思い声をかけると、ゆっくりと顔だけが動き振り返る。
 その顔を見た瞬間、思わず声を上げてしまいそうになる
 頬の肉はそげ落ち、眼窩は窪み――まるでミイラのように憔悴しきっていた。
 それでも、眼光だけは鋭さを失ってはいなかった。
 何があったのかと尋ねると、あれから三日三晩をひたすら作り続けていたのだという。
 芸術家というのは、皆このように全てを忘れるほど情熱を燃やすものなのだろうか――。
 半ば感心しながら立ち並ぶ彫刻に目をやると、首が妙に長い4本脚の生き物の像が目に入る。
 それはキリンという生き物で、遙か遠い灼熱の大地に住んでいた生き物だという。
 さらに隣には魚のような、しかしどこか違う生き物の像がある。
 これはクジラと言い、果てのない大海を渡った時に見た巨大な海獣らしい。
 尋ねれば語られるルシエンテスの記憶に、アンジェラはすっかり聞き入ってしまっていた。
 そして彼は言う――世界は広く、まだ見たこともないものが星と同じくらい散らばっていると。
 それを求め旅を続けたのが、自分の生き方だったと――。



「そのような生き方――想像もつきません……」

「私に言わせれば、自分を殺して生きることの方が想像もつかんがな――」









 死の砂漠に、たったひとつだけ存在するオアシス。
 だが、そのオアシスに湧く水は人体に有害な成分を含み、
 口にすればたちどころに死んでしまうことから皮肉を込めて
 『幻のオアシス』――と呼ばれていた。
 そしてそこは、アンジェラの住処でもある。
 彼女は異界にチャンネルを作り、砂漠の殺人的な環境から離れ暮らしていた。
 小さな畑で自給自足をし、家の周囲で採れる鉱石にまじないを掛け――
 死の砂漠に迷い込んでしまった旅人にそれを渡す。
 石をオアシスに投げ込めば、水は浄化され旅人は渇きを癒すことができた。
 そして二度とこの地に足を踏み入れぬよう言い、最寄りの街への方角を教える。
 それがアンジェラの暮らしだった。



 ルシエンテスと出会って、5日目の夜――。
 アンジェラは纏っていたローブを脱ぎ捨て、下着姿のままベッドに横たわる。
 そして枕に顔をうずめながら、思う。
 本当に自分は、今の暮らしに納得しているのだろうか。
 いつ報われるかもわからない、孤独な生活を続けることに――。

 違う――そうじゃない。そうじゃなかった。

 魔女の烙印は、こうやって生きていくことしか許してくれなかった。
 自分が一体何をしたというのか。
 なぜこんな思いをし、耐え続けねばならないのか。
 自分を置いてすぐに死んでしまった両親を恨んだ。
 異端でしかない自分の力を呪った。
 そして――生き方を決められない臆病な自分が嫌いだった。



 部屋にある1人用のテーブルには、ルシエンテスからもらった彫刻が置かれている。
 この数日、アンジェラは自らに送られた像を眺めてばかりいた。
 彼は悪人であったが、その生き方――魂は自由だった。
 羨ましかった――あるがままに理想を追い求めるその姿が。
 眩しかった――良くも悪くもその真っ直ぐさと強さが。
 そして気が付いていた。いけないと知りつつも、その眩しさに強く惹かれている自分に――。

 アンジェラは想い、決意する。初めて自分の意志で、自分の望むことをしてみたいと。
 まだ若く、孤独で寂しい人生を送ってきた彼女にとって、それは仕方のないことだったのか。
 だが、それが悲劇の引き金となってしまうことを、彼女が知り得るはずもなかった――。








 ――翌日。
 アンジェラが塔の中を覗くと、ルシエンテスは地面に横たわり身動きひとつしなかった。
 皮膚は乾燥し、手足は痩せ衰え――それと知らぬものが見たら間違いなく死体だと思ったことだろう。
 わずかに嫌な予感を感じながら声をかけてみると、か細い返事が返ってきた。
 まだ彼が息絶えていないことに、心の中で安堵した。



「……そろそろ……限界らしい……もう立つこともできない……」

「……」

「まったく……忌々しい話だ……結局、こんなくだらない最後を迎えるとは……」



 虚空を見つめたまま呟くルシエンテス。
 そんな彼を見つめ、アンジェラは静かに――そしてゆっくりと口を開く。



「――そこから……出たい……ですか?」

「……なんだと?」

「そこから出たいのかと……尋ねました」

「当然だ……だが、どういう風の吹き回しだ?最初にそう言った時は断っただろう」

「私の願いを聞いてくれるなら――」

「取引か……言ってみろ」

「あなたの旅に――ついていきたい。私も、いろんなものを見てみたいんです」

「……好きにすればいい」

「それから――」

「まだあるのか」

「もうこれ以上、彫刻のために人を殺めないと――約束してくれますか?」



 アンジェラの真摯な声が、狭い塔の部屋に響き渡る。
 ルシエンテスはしばらく沈黙していたが、やがて窓に顔だけを向けて言った。



「――わかった、約束しよう」

「……よかった」

「何か言ったか……?」

「いえ……それでは、壁を壊します。破片が飛びますが我慢して下さい」



 外側から収束した霊波を撃ち込むと、塔の壁はあっけなく破壊された。
 立ちこめる埃と瓦礫をかき分けて、アンジェラはルシエンテスの元へと歩み寄る。
 そしてひざまずいて彼の上半身を抱き上げ、その口に持ってきた水筒をあてがった。
 何度もむせつつ、ルシエンテスは水を全て飲み干してしまった。
 するとカサカサだった肌に、わずかだが生気が戻ってくる。
 一息ついて落ち着いた目の前に、ライトブルーの美しい宝石が差し出された。



「その水は、この石で飲めないものを綺麗にしたのです。
 この前の像のお返しに……差し上げます」

「わざわざこんなものを作ってきたのか」

「他にも必要なことがあれば、何でもおっしゃってください」

「何でも……だと?」

「はい。私はもう、ひとりじゃない。それを思えば、どんなことだって――」

「そうか……ならば早速だが、お前に頼みたいことがある――」

「何でしょうか?」


 嬉しそうに呟くアンジェラには、抱きかかえている男がどんな顔をしていたのか見えていなかった。
 死の砂漠よりも乾ききった眼の光を、気付く事ができなかった。



「人間はつまらん……何をするにも縛られて、自分を枠にはめて生きねばならん。
 掟、年齢、倫理、ひ弱な肉体……どれもこれも煩わしい。
 だから、そろそろ人間をやめようと思っていたのだ。
 魔族へと生まれ変わるため――お前の命をもらうぞ――」

「――え?」



 伸びきった爪を石壁で研ぎ澄まし、ルシエンテスはナイフ代わりに使って彫刻を作っていた。
 あくまで職人の、真摯な姿勢でそれは行われていた。
 アンジェラはそれを見ていた。見ていたがゆえに忘れていた。
 彼がなぜこの場所に幽閉されたのかを――
 そしてそれは、文字通り致命的な油断であった。
 彼女の左胸に、剣先と変わらぬ手刀が静かに滑り込む――。
 焼けた鉄が身体の中に入り込んだような熱さ。
 それを感じた瞬間、身体に力が入らなくなる。呼吸が詰まる。
 わけがわからず目線を動かしてみると、自分の胸元に鋭く硬い指先が突き刺さっている。
 驚くほど赤い鮮血が、胸元から止めどなく溢れては砂の上にこぼれ落ちていく。



「ど……どうし……て……?」

「――お前は言ったな。人はひとりでは生きられない、と」

「あ……」

「だがな――」



 ルシエンテスの指先には突き破った心臓の感触がハッキリと伝わってくる。
 熱く、強く脈を打っていた臓器は痙攣を起こし、次第に弱々しくなっていく。
 それを感じながら、血の気が引いて青白くなっていく女の耳元で囁く。



「私はひとりで生きていけるのだ――今までも、そしてこれからもな」



 返り血を浴びながら、どこまでも冷淡にルシエンテスは言う。
 そこにはもはや、人としての感情など微塵も残されてはいなかった。



「わ、私……あなたと……一緒に……いきたかった……だけ……なのに……」



 もうろうとした意識の中で、アンジェラはそう言うのが精一杯だった。



「安心しろ……約束は破っていない。これは彫刻のためではないし、
 お前の血は私とひとつになり生き続けるのだからな」



 言い終わり指先を引き抜くと、堰を切ったように大量の血が吹き出し流れた。
 そして、アンジェラは力なくその場に倒れ、動かなくなる。
 黄金の髪は真紅に染まり――
 ひとすじの涙は砂に吸われ――
 全てが消えていった――。



「――見ているだろう、死の砂漠に住まう悪魔ども!!我はここに供物を捧げる!!
 ゆえに、我が願いを聞き届けたまえ!!」



 両手を広げ虚空に向かって叫ぶルシエンテスの周りに、ザワザワと何かの気配が近付いてくる。
 それは砂に宿り、波打つようにして彼の周囲を取り囲んでいく。



「魔女の血と、私の肉体をくれてやる。浅ましいお前達にとっては特上のご馳走だろう。
 その代わり――私を不死の魔族として生まれ変わらせよ!!」



 その言葉を合図に、2人がいた場所に大量の砂が殺到した。
 砂を依り代にした悪魔達の群れが――。
 やがてそれが引くと、アンジェラの遺体と乾いた血の跡だけが残されていた。
 男の肉体は――影も形もこの世から消え失せていた。
 次の瞬間、真っ赤に染まった砂が音もなく宙に舞い始める。
 赤い煙のような、立ちこめる砂はやがて一ヶ所に集まり――
 赤茶けたミイラのようなものが、宙に浮いていた。



「ククク……ファファファファ!!実にいい気分だ!!
 魔族というのは、こんなにも清々しい気分になれるものなのか!!
 私は自由だ……もう私を縛りつけるものはない――死でさえもな!!」



 さらに高笑いを続けた後、ルシエンテスはふと足元に転がるアンジェラの遺体を見る。
 傍らに転がっていた宝石を拾い上げ、物言わぬ彼女に向かって呟いた。



「お前が何を求めていたのかは知らんが……この石ころと共にその名前だけは憶えておいてやろう。
 さらばだ――アンジェラ」






 それから数日後、アンジェラからの連絡が途絶えたことに不安を覚えたカオスが塔に向かうと、
 破壊された塔の中で砂に埋もれたアンジェラの遺体だけが見つかった。
 ルシエンテスの行方はようとして知れず、その後人間界で彼の姿を見た者はいなかった。









「それから100年ほどワシは魔界に住み着き、ありとあらゆる魔族の彫刻を作り続けておったのよ。
 魔族となったワシに、もはや人間の生き血は不要じゃったのでな。
 まぁ、取るに足らんザコはエサとして魔力と知識のコヤシになってもらったが……
 そんな時、遙かな太古に封じられた究極の破壊神テュポンの神話を知り――
 その前菜にと、一目置いていたアシュタロスの研究を見物に行ってあのザマだったというわけじゃ」



 まるで愉快な昔話だったかのように、ルシエンテスはそのどす黒い過去を語り終えた。
 ジークは改めて、この悪魔が芯から腐り果てているのだと実感する。
 全身の血が、細胞が怒りに震える。
 もはや一秒たりともこの存在を許しておきたくなかった。



「貴様こそ――本当の魔と呼ぶにふさわしいのかもしれん。だが――!!」



 どれほどの命が。どれほどの願いが――踏みにじられてきたのか。
 それを思うだけで、全身の毛が逆立つ思いがする。



「決して認めるわけにはいかないッ!!」

「相当アタマにきとるようじゃな小僧……じゃがな、勝負というものにはツキが必要じゃ。
 ところがお前さん、どうやらツキに見放されとるらしいなぁ」

「何……!?」



 ほくそ笑むルシエンテスが指をさすと、ジークの背後――地中海を真下に望む空に、空間のひずみが生じる。
 その向こう側から、ベスパと幼い少女――アンジェラが姿を現した。



「ベスパ!!それにあの少女――!!」



 ジークの姿を見つけたベスパは、彼がまだ無事だったことに安堵の表情を浮かべ、急いでそばに近付いた。



「ジーク!!」

「無事だったかベスパ……よかった」

「ごめん、私……ああするしか思いつかなくて――!!」

「気にするな……全てを敵に回すことを承知で、お前は我々を守ろうとしてくれたんだろう?」

「――ホントに、ごめん……」

「俺の方こそ遅くなってすまなかった……さあ――今こそケリを付けるぞ!!」

「了解!!」



 2人が頷きルシエンテスに目をやると、ルシエンテスは愉快そうに手を叩いていた。
 その傍らには、いつの間にかアンジェラも寄り添っていた。



「感動の再会、まずはおめでとうとでも言えばよいのかな……ククク」

「貴様……」

「そう怖い顔をするな……その小娘は美しいが反抗的でいかん。
 約束通り返してやるから好きにするがいい。ただし残念ながら――」



 ルシエンテスはアンジェラの肩に手を置き、冷酷かつ乾ききった笑みを浮かべた。



「――生きて帰れれば、の話だがな……」

「何だと……!?」

「さあアンジェラ……最後の命令を与えよう――」



 黄金の髪が、揺れていた。
 エメラルドの双眸に、蜂と英雄――2人の魔族が映り込んでいた。



「その2人を――殺せ」


    

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa