あるふぁ・しんどろーむ
投稿者名:詠夢
投稿日時:(06/ 1/ 7)
松の内も今日が最後。
門松や注連縄飾りも、徐々に片付き始める一月の朝。
「さて、松納めも済んだことだし。今日からまた、バリバリ稼ぐわよ─ッ!!」
美神除霊事務所のデスクについて、大きく伸びをしながら美神が抱負を述べた。
が。
「あぁッ!! 先生、その肉はッ!! その肉だけは拙者が─ッ!!」
「ええい、やかましいッ!! おせちの残りも、貴重な俺の栄養源じゃ!! 摂取、セッシュ─ッ!!」
「おキヌちゃーん!! 稲荷寿司、もうないのー?」
「ごめんね、タマモちゃん。もう、油揚げなくなっちゃって…後で買ってくるから。」
誰一人として聞いちゃいねぇ。
美神のこめかみに、青筋が浮かぶ。
だが、一人だけは聞いていたようだ。一人と呼べるのかはともかく。
『美神オーナー。どうやら、早速お客様が見えられたようです。』
「そうなの? じゃあ、お通しして。人工幽霊壱号。」
とりあえず矛を収め、仕事の顔に戻る美神。
まずは、騒ぐ従業員らを静かにさせねばと考えつつ、美神は笑う。
「新年最初のお客…いったいどんな上客かしら♪」
『神族の方だそうです、オーナー。』
人工幽霊壱号の返答に、上機嫌な表情が一気に渋いものになる。
その落差は控えめにいっても、かなりの見ものではあった。
「えぇ〜…あいつらからの依頼って、大抵割に合わないのよねぇ。上手いこと言って、帰ってもらおうかしら…。」
神様が訪れたというのに、この言い草。
美神の美神たる所以と言えばそれまでだが、ここまで不信心な態度は如何なものか。
「なーんか、途端に面倒くさくなってきたわ…。」
『あの…オーナー。』
「なーに?」
少々、口ごもりながらも進言してきた人工幽霊壱号に、美神はやる気の欠片も見えない口調で、ぞんざいに返す。
さらに言いにくそうに、人工幽霊壱号は言葉を続ける。
『その…すでにそちら、部屋の入り口におられるのですが…。』
「信頼と実績の美神除霊事務所へようこそ!!」
横島のセクハラスピードもかくやの勢いで豹変。にこやかな笑みを浮かべて振り返る美神。
これがプロというものなのか。
が、その営業スマイルが驚きにとってかわられる。
「って、アンタ確か─。」
「……相変わらずじゃのう、お主。」
長い白眉と白髭。
多くのしわが刻まれた顔に大きな鉤鼻をもった、好々爺が呆れ顔で立っていた。
「年神様!?」
◆◇◆
すっと差し出された、お茶と黒豆。
年神はそれを運んできたおキヌを見て、しわを深くして微笑む。
「おお…よかったのう、お嬢ちゃん。生き返ったんじゃなぁ。」
「はい! 年神様も大事なさそうで。」
おキヌが嬉しそうに応じると、年神はほっほっと笑って、それからふいに目を細める。
「いや、ほんに懐かしいのう…。もう、あれから一巡りしたわけじゃ。にしては、お主らあまり変わっとらんような…ぶぉッ!?」
懐古に満ちた目で語っていた年神に、お盆が、神通棍が振り下ろされた。
突如として揮われた暴力に為す術なく沈んだ年神を、美神が何やら切羽詰っているような雰囲気すら漂わせて恫喝する。
「仮にも神様なんだから、禁止コードには気ィつかってほしいもんだわねぇ、じーさん。」
「す、すんません…!!」
触らぬ神に祟りなし、とは言え、触れれば神さえ祟られるとは、事実とはかくも恐ろしき。
それはともかく、と気持ちを切り替えて。
「で? 今回の用向きは?」
「う、うむ…それなんじゃがな。あ〜…実は、またコマイヌの奴がのう…。」
今年の干支『戌』たるコマイヌが、また逃げ出したのだという。
前回は、正月だからと振舞われていた酒に酔ったのが原因だったが…。
「あ奴め…前回のことがあったせいか、わしの言うことを聞かん様になってしもうてのう…。」
「それで松の内も最後だってのに、うろうろしてるわけか…情けなー。」
美神の言葉に「ほっとけ!!」と怒鳴り返したい年神だったが、自分でもそう思っているので反論のしようもない。
かわりに大きな溜息を吐き出して。
「すまんが…今回も助けてもらえんかのう…?」
「しょーがないわねー。今年一年の金運。それで引き受けてあげるわ。」
そう言うと、立ち上がって美神はくるりと振り返り。
「あんたらも、いつまでも馬鹿やってないで支度なさい!!」
未だに繰り広げられていた横島とシロの攻防戦は、さらにタマモを加えて苛烈さを増していた。
◆◇◆
事務所にすぐ近くにある、神社の境内にて。
『ウガッ!? ガウガァ─ッ!!』
「さあ、アンタの自由もここまでよ。」
ほどなくして、美神らはコマイヌの姿を探し当てる。
こちらには、追跡能力に長けた人狼と妖狐がいるのだから、あっけなくともまぁこんなものだろう。
じりじりと警戒態勢をとるコマイヌを見ながら、美神は不敵な笑みを浮かべる。
その横に進み出た年神が、半ば諦め顔で。
「ほれ。いつまでも我侭言うとらんと、こっちゃ来。」
『グル…? …ガァッ!!』
年神の姿に、小馬鹿にしたような驚いているような表情を浮かべたのも刹那。
続く威嚇と同時に、口から火球が吐き出されて、年神の袖を焼く。
「のわッ!? 熱ッ、あちッ、あ、あッ熱───ッ!!」
「き、きゃ─ッ!! お水、お水─ッ!!」
『シシシシッ!!』
ばたばたと暴れまわる飼い主の姿がよっぽど滑稽だったのだろう。
どこぞのアニメ犬よろしく、コマイヌは前脚を口にあてて笑う。
「完全にこっちを馬鹿にしてるわね…。」
「よし!! ここは一つ…目に目を!! 犬には犬を!! さあ行け、シロ!!」
「犬じゃないもんッ!!」
さも名案といわんばかりに、意気揚々とコマイヌを示す横島に、シロが猛然と抗議する。
だが、横島はそれをふっと笑って受け流し。
「まあ、聞け。奴は前回、酔って獅子舞を仲間と思い込んだ…つまり、奴は仲間に飢えている。
そこで、お前が狼形態で近づいて、少し話を聞いてやれば、奴の気も落ち着くって寸法だ!!」
「ふーん…一理あるかもね。シロ、行きなさい。」
「うううぅ〜…犬じゃないも〜ん…!!」
師匠と雇用主に揃って言い含められ、しぶしぶと精霊石を外して渡すシロ。
ぼんっと軽い音を残して狼形態に戻ると、年神に向かって舌を出してるコマイヌに近づいてゆく。
ふと、コマイヌがそれに気づく。
『ガウ? ガァウ。ガウガウ?』
「ワンッ! ワウワン、ワウワァウワンワンッ!!」
どうやら、ファーストコンタクトは成功。
コマイヌは話を聞く気になったらしく、シロに向き直る。
その様子にとりあえず、安堵する美神たち。
「よかったぁ…これで、何とかなりそうですね。」
「何言ってるかはわかんないけどねー。」
『ガウガウガウッ! ガウ、ガウガァウ。』
「ワフ…ワンワンッ、ワン!」
確かに、何を話してるのかはわからないが、当人達の話は弾んでるよう。
「今回はシロのおかげで、一件落着っスね。」
「─…それはどうかしらね?」
「へ?」
やれやれと皆が胸を撫で下ろした時、それまで面白くもなさそうに成り行きを見ていたタマモが、小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
と。
『ガウガウ? クゥ〜ン…。』
「ワウッ!? ワン!! ワウワウワウッ!?」
コマイヌの肩をすくめるような仕草に、シロの雰囲気が一変、何かを問いただす様に吠え立てる。
対するコマイヌは、嘲るような視線を投げかけながら。
『ガウガウ。ガウガウガウ、ガァッ! シシシシシッ!!』
「ワ…ッ!? ガァァァ──ッ!!」
「わ、こらッ!! 馬鹿、シロッ、おすわり!!」
口から霊波刀を出現させ、コマイヌに踊りかかるシロを、横島がダイブして取り押さえる。
その様子に、コマイヌは再び『シシシッ!!』と笑い、シロはさらに興奮して暴れる。
それを苦労して捕まえながら、横島が精霊石をつけてやる。
「ええいッ、落ち着け!! 何がどうした!?」
「だって…だって、アイツがぁ〜ッ!!」
悔し涙を浮かべながら、横島に泣きつくシロ。
本当に一体何を言われたのやら。
「…つまり、どういうこと?」
「馬鹿犬に説得なんて器用な真似、所詮ムリだったって話よ。」
さも愉快気に、美神に説明するタマモ。
しかし、そんなタマモをちらりと見たコマイヌが何事かを呟いた瞬間。
「な…ッ!? ちょっと、コラァッ!! アンタ、もういっぺん言ってみなさい!!」
「ちょ、タマモ!? アンタまでどうしたのよ!?」
瞬く間に表情を嚇怒に染めて、今にも飛び掛らんとするタマモ。
コマイヌは改めてタマモに向き直り、そこにはシロに向けられたものに等しい嘲笑。
『ガウガウガウ! ガウッ!! シシシシシッ!!』
「…骨の髄まで焼き尽くしてやるッ!!」
「え!? ちょ…キャ─ッ!! タマモちゃん、落ち着いて!!」
ひゅぼぼぼっという音ともに浮かぶ狐火に、おキヌが慌てて宥めようとするが、すでにタマモは聞こえていない様子。
完全に目が血走っている。
「おのれ…この馬鹿犬がぁ〜ッ!! 思い上がりおって、増長しとるなぁ〜ッ!!」
「日々の躾は、ちゃんとしときなさいよ!!」
年神が半ば髭を焦がしながらぷるぷると怒りに震え、美神が神通棍を構えつつ悪態をつく。
一触即発。そう思われたとき。
「何やってるの、あなた達…。」
「ママ!?」
ひのめを抱いた美神美知恵が、境内に入ってきた。
恐らくは、事務所に寄ろうとして、この場に渦巻く霊圧に気づき顔を出した。といったところだろう。
美知恵は美神の隣にいる年神と、シロやタマモと向かい合うコマイヌの姿を交互に見、事情を推察したのだろう。
一つ頷くと、美神のもとまでやって来る。
「はい。ひのめ預かっといて。あと…神通棍、借りるわよ。」
「え? ま、ママ!?」
美神の声も気にせず、すたすたと無造作にコマイヌに向かって歩いていく。
その余りにも泰然とした雰囲気に押され、シロやタマモも毒気を抜かれたように大人しく道をあける。
コマイヌも気づいたか、一瞬たじろいだものの、すぐに威嚇の唸りをあげる。
『ガウ!? グルルル〜!!』
「ちょ、隊長!? 危ないッスよ!!」
横島の忠告もスルーして、美知恵はコマイヌと数メートルの距離をおいて立ち止まる。
すっと射抜くような視線。
それにわずかに怯えたようなコマイヌ。だが、そんな自分を恥じたか、次の瞬間牙を剥いて美知恵に襲い掛かる。
『ガ…ガアァァ───ッ!!』
振り上げた爪が、無防備な態勢の美知恵に振り下ろされる。
誰もがそう思った瞬間。
「ステップ・バァ──ック!!」
裂帛の気合と共に美知恵の腕がしなり、神通棍が手近な木の幹を叩く乾いた音が響いた。
と同時に、コマイヌが数メートル跳び退った。
その光景に、呆気にとられる美神たち。
コマイヌ自身も、何故自分がそんな行動に出たのかわからない様子。
だが、ふたたび小さく唸ると四肢に力を込め、美知恵に向かって跳躍する。
その勢いは砲弾の如く。質量を考えればその比ではない。
しかし。
「シッッ・ダ──ウンッ!!」
再度、空気を震わす怒号と神通棍の乾いた音。
コマイヌは見えない力に押さえつけられたかの如く、地に伏せる。
怯えの浮かんだ表情のまま、身動ぎ一つしない。
そんなコマイヌに、こつこつと靴音を鳴らして近寄っていく美知恵。
その手がすっと伸ばされ─。
「─…いい子ね。」
この瞬間、事件は終結を見た。
◆◇◆
礼を述べて、コマイヌの背にまたがり帰っていく年神。
それを見送りながら、美知恵はうーんと伸びをする。
「さて、と。それじゃ、いつまでも寒いところにいないで、戻りましょう。」
「あ、うん。そうね。」
はっと我に返ったように、美神が頷く。
その腕の中で、ひのめは何が面白いのかきゃっきゃっと笑い声を上げていた。
「……お前ら、何やってんだ?」
「いやッ、先生…これはその…ッ!」
「タマモちゃんまで…。」
「だ、だって、何だか言うこと聞かなきゃいけない気がして…!!」
呆れ帰る横島とおキヌが見ているのは、しっかりと『おすわり』の姿勢をとっているシロとタマモ。
真っ赤な顔で、慌てて立ち上がる。
「ほらほら、皆も風引かないうちに。それに、もうお昼よ?」
「あ、それじゃ、七草粥作ってありますから、早速食べましょう!」
くすくす笑いながらひのめを抱きなおす美知恵に、おキヌが微笑んだ。
いつもと同じ。
いつもと変わらない。
それでも、少しずつ変わっていく、新たな年の幕開け。
今までの
コメント:
- え〜…まず、この話は、実は元旦に投稿するつもりでした。
が、機会を逸ししたため、さてどうするかということになり、急遽松の内最後の話にしてしまいました。
少しの手直しで済んだので、大して変更はしてませんが。
ただ、どうしても今年という機会を逃すわけにはいきませんでした。
逃せばまた、12年後ということに…。
コマイヌとシロやタマモの会話は、作者にとっても謎です(笑
何言われたんでしょうね? よっぽどプライドを傷つけられたんでしょうが…。
では、今年も一年、がんばっていきましょう!! (詠夢)
- からくりの猛獣使いのごとし。いずれは美神さんが鞭でやるようになるんでしょうか
横島は魂レベルで服従してますが。いや実際ほんとにエミさんの呪いと一体化してても逆らえないですからね (九尾)
- 明けましておめでとうございます。今年もお互いに頑張っていきましょう。
なんかもーGS世界から離れすぎてしまった話ばかり書いている自分にとってはこの『らしさ』が眩しく羨ましいです。
それにしても美智恵ママン……頼もしくもあり恐ろしくもあり、やはり素敵なお方です(笑) (ちくわぶ)
- コメント、ありがとうございます。
この話を思いついたのは、商店街にて休業している店の張り紙を見たときです。
「…あー…今年は戌年かぁ。あれ? そう言えばGSの原作に戌年の時の話がなかったっけ?」
で、確認。そこには『1994』の文字が入ったタスキをかけた年神の姿が。
そして構想3分で、出来上がったのがこの話。
それだけ早く出来たのに、元旦という機を逃していては意味ないんですけどね(泣
カウントダウン後、すぐに寝正月。美神さんじゃないんだから…(哀
九尾 様:
リー●ロッテ嬢、いいですよね(笑
最初は、美神さんに鞭でやらせようかとも思ったのですが、あの人はまだそのレベル(何の?)には達していないのではと思い、隊長にご登場願いました。
うん。やはり、こちらのほうがしっくりくる。
次の機会(があれば)には、美神が鞭でやるんじゃないですかねぇ。
現在のところで他に出来そうなのは…百合子さん?
ちくわぶ 様:
ママンは素敵に無敵です。もう一人のママンも含め(笑
原作片手に書きましたので、自分でも『らしさ』を強く出せた話だと満足しております。
とはいえ、美神や横島たちはいつも書いてる通りに。
年神も原作では出番が少なかった割に、その不甲斐なさっぷりが印象に残っていて書きやすかったです。
やはり、椎名先生は凄い。
コマイヌは、実際に台詞を考える必要がなかった割に、犬の鳴き声をどう会話のように読ませるかと、実は一番台詞に気を使ってたり(笑 (詠夢)
- あれから一回りしたのか、という現実が重くのしかかりつつ
さすがな美智恵さんに賛成。 (ししぃ)
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