ザ・グレート・展開予測ショー

ジーク&ワルキューレ出向大作戦9 『LAST MISSION 聖夜の黄昏 7』


投稿者名:丸々
投稿日時:(06/ 1/ 5)

(敵の気配は無いな……)


敷地内に入ったワルキューレが油断無く周囲を見渡す。
門の外からは部下達が戦っている爆音が届いているが、敷地内は静まり返っていた。

だが小竜姫に何かがあったのは確実なのだ。
気配は無くとも何者かが潜んでいると考えるべきだろう。

壁伝いに移動しながら銃身に消音機を取り付ける。
複数の敵が侵入しているのなら静かに行動しなければならない。
敵を集めかねない銃声は極力抑えなければならなかった。

事前に頭に叩き込んでおいた見取り図を思い浮かべる。
小竜姫の霊圧が弾ける直前、彼女は居住区に居たはずだ。
今の状況で居住区に理由も無く向かうとは思えない。
恐らく敵の反応を察知して向かったのだろう。
そこまで考え、またもワルキューレの脳裏に疑問が浮かんだ。

敵がそこに現れたとして、それは一体何のためなのだ?

居住区はその名の通り、ここで暮らす神族や魔族が住むためだけの空間なのだ。
貴重な神具や魔具も置いていないし、横島や最高指導者が居る空間から最も離れている。
わざわざ何らかの作戦の途中でそこに向かうとは思えない。

考えれば考えるほど相手の目的がわからなくなる。

消えない違和感を抱えたままワルキューレは小竜姫の元へ急いだ。





















「おーい、ヒャクメー。しっかりしろってー。
お前がそんな調子だから俺まだ何も通信してないんだぞ。」


妙神山の最奥部、横島が無線機の前で頬杖をついていた。
遠視能力で情報を伝えてくれるはずのヒャクメが全く使い物にならないのだ。
さっきからうずくまったまま、何かに怯えるように身体を震わせていた。


「ち、近付いて……くる……うう……ああ……」


遠視能力で何かを見ているのだろう。
より一層、震えが激しくなる。


「おいおい、本当に大丈夫か。
あ、そうだ、ちょっと待ってろよ。」


部屋に用意されていた毛布をヒャクメに掛けてやる。
部屋は適温だったが、後一週間で年が明けようとしているこの時期。
一応、防寒具も用意されていた。

彼女は寒さに震えていた訳ではないので毛布はあまり意味が無い。
だがその横島の優しさが彼女に勇気を与えた。


「よ、横島さん、早く……ここから、逃げるのね……」

「――え?」


何かに耐えるように必死で言葉を紡ぐヒャクメに呆気に取られる。
ようやく喋ったと思ったのに、いきなり『逃げろ』では訳がわからない。


「まさか、ジーク達がやられたのか!?」

「違う……違うのね……彼らは大丈夫……きっと、誰もやられない……」

「なら何も問題ないだろ。
あと一時間なんだから俺はここで待つぞ。」


腰に手を当て、憮然とした表情で横島が口を尖らせる。
ルシオラが復活しようとしているこの瞬間に、自分がここを離れてどうするのか。


「外は、囮……本命は……敵はもう中に……だから、逃げて……」

「おい、それマジか!?なら急いで知らせないと!」

「無理なのね……もう建物の外と中は、切り離されているのね……」


ヒャクメの言葉を無視し、横島が通信機を荒々しく掴み取る。
マニュアルの手順通りに通信を試みるが誰にも繋がらない。
無線機自体の故障ではない。確かにちゃんと動いている。
だがその電波は何かに阻まれているのか、相手に届かないのだ。


「敵は今何処にいるんだ!?
いや、そもそも相手は一体誰なんだよ!何でこのタイミングで襲って来たんだ!!」

「それは……うっ――!」


答えようとしたヒャクメの顔が蒼白になり、必死で毛布を握り締める。
何かを喋ろうにもこれだけ歯がガチガチと鳴っていてはとても喋れないだろう。

尋常ではないヒャクメの様子から事態の重さを察する。
だがそれでも横島はその場を動こうとしなかった。

ジーク達を助けに行きたかった。
ワルキューレに敵が侵入していると伝えたかった。
べスパやパピリオが心配だった。

だがそれでも彼は歯を食いしばり耐えた。
あの時と同じ過ちを繰り返す訳にはいかなかったから。

自分達を信じてここで待っていろ――別れ際、そうワルキューレの表情には浮かんでいた。


(わかってるさ、ワルキューレ……俺は、皆を信じる……!)


もはや文珠も精製出来ない以上、自分はこの中で一番戦闘力が低いのは間違いない。
あの時、ルシオラを失う直接の原因となった自分の負傷を繰り返す訳にはいかなかった。

ぎりと歯を噛み締め、握り締められた拳からは紅い雫が滴っていた。





















ワルキューレは小竜姫の元へ向かっていたが、その心境は穏やかではなかった。
相手が隠密戦闘を得意とする者なら、倒した相手をそのままにしておく訳が無いのだ。
目撃者は全員始末する。それは特殊部隊で訓練を受けたワルキューレにとって常識と言えた。
まして小竜姫は超加速を使いこなす神剣の達人。敵にとっても真っ先に始末したかった筈なのだ。

最悪の事態が頭に浮かび、低い姿勢で壁伝いに急いでいたワルキューレの鼓動が激しくなる。
戦場で長い時を過ごす内に、いつしか人が死ぬ事に慣れてしまっていた。
だがそれでも何時までたっても慣れないものもある。

戦友との別れ。
これだけはきっとこれからも慣れる事は無いだろう。



開かれたままの道場の扉の脇で中の気配を探る。
何も動く気配が無い事を確認する。

戦友の変わり果てた姿を半ば覚悟しつつ、ワルキューレは道場に足を踏み入れた。


12月の冷たい空気が道場の中を支配していた。
明かりが消された道場内はほとんど見通しが利かなかった。


明かりを点ける事も一瞬考えたが、どこに敵が潜んでいるかわからないのだ。
わざわざ自分の位置を明らかにするのは愚かな事だった。


息をするたび白い煙がワルキューレの口から漏れる。
冷えきった空気はあたかも死体置き場のようだった。


道場の壁にもたれかかるようにして倒れる人影に気付き、ごくりと唾を飲む。

倒れた人影はまるで動こうとしない。夜目が利くワルキューレにはその人物が誰か既にわかっていた。

事実を受け止めるため、拳を堅く握り締め覚悟を決める。


「くっ……小竜姫……!」


悲哀に眉を歪ませ、動かない戦友の元へ歩み寄った。





















『くはぁぁぁぁ、こりゃきっついな……!
キーやん、そっちはどないや。』

『くっ……これはかなり霊力を消耗しますね……!』


ルシオラの手術空間を維持する最高指導者達が荒い息を吐く。
既に二時間以上も空間を固定しているのだ。彼らの疲労も半端では無かった。

小竜姫やメドーサが得意とする超加速は、己の霊力で周囲の空間に干渉し、時の流れを遅らせるというものだ。
時の流れを無理矢理遅らせるため、術者はかなり霊力を消耗する上、強靭な精神力と集中力を要求される高度な術だった。
遅らせられる時の流れは術者の霊力に左右され、霊力次第では完全に時を止める事も不可能ではない。

だが時の流れはまさに砂時計と同じだった。
降り注ぐ砂を一時的に皿で受け止める事は出来るかもしれないが、次第に降り積もっていくのだ。
加速度的に増大していく霊力の消耗は、絶大な力を誇る最高指導者と言えど、長くは耐えられない。
時の流れを支えられるのも後一時間が限界だった。


『あんだけ大見得切った手前、後一時間はもたせんとなぁ……!』

『そうですね……しかし、ここまで霊力を消費するのは何時以来でしょうか……!』


あの事件で、究極の魔体の一撃を受け止めた時もここまでは消耗しなかった。
久しぶりに本気で霊力を行使するのは負担も大きかったが、それと同じくらい良い気分だった。


『きっついけど……わしらが頑張っとるおかげで空間内には異常なしや……!』

『ええ……手術が終わるまで、何としてでも維持しなければ……!』


ルシオラの異変を彼らは知らない。
ただ自分達の役割を全力で遂行していた。





















『やべぇな副長。少尉と隊長が抜けたのがかなり痛いぜ。』

『こっちもかなり不味いわ。守るのもそろそろ限界っぽいのよね。』

『そろそろ何か手を打たなければ、いずれ押し切られそうです。』

『これではジリ貧ですな。早急に手を打つべきでしょう。』


東西南北に散っている部下達から通信が入る。
今はまだ何とか抑えているが、何時までも耐えられるものではない。
部下達から言われずとも、彼自身作戦の変更が必要だと考えていた。

だが問題がある。人手が足りないのだ。
僅か九人では出来る事にも限りがある。

曲刀を振るいながら最も有効な手を考える。
今の時点での敵の攻撃力を冷静に見極め、遂に一つの結論を出した。


『……敵の補給路を断つ。それしか現状を打破する手は無い。』


無線機の向こうでは部下達が次の言葉をじっと待っている。
少なくとも否定する声は聞こえてこない。


『各自、敵の補給路である魔法陣を目指せ。
余計な戦闘はしなくて良い、魔法陣の破壊が最優先だ。』

『……ねぇ、その間建物の守りはどうするの?』


少し間を置き、部下から質問が届く。
だが質問をした彼女自身、その答えは既にわかっていた。


『ここの守りは私が引き受ける。
今の敵の攻撃力なら妙神山の結界を破るのは難しいだろう。
恐らく、最も結界が弱い正門に押し寄せるはずだ。そこさえ守れば何とかなる。
門を背にすれば囲まれる事も無い。後は時間との勝負だ。』


無線機の向こうから部下達の呆れたような言葉が飛び込んできた。
今まで九人で防いでいたのを一人で引き受けると言っているのだ。
流石に無謀な策に聞こえた。


『一対千だぜ、正直分が悪いと思うけどな。』

『副長の事だからそう言うと思ったけどさぁー』

『……何か他に手は無いのですか。』

『やれやれ、止めても無駄でしょうな。』


止める者、諦める者、反応はそれぞれだが皆同じ事を考えていた。
彼が出来ない作戦を立案した事は、これまで一度も無いのだ。


『我らは一騎当千のワルキューレ小隊だ。こんな人形どもに遅れはとらん。
わかったら行け、もう振り返るなよ。』


その彼がこう言っている以上、それは出来るという事なのだろう。
無線機を切ると各自武器を構えなおし、魔法陣までの活路を切り開くべく、敵の群れに飛び込んだ。






















「小竜姫……」


膝をつき、動かない戦友の顔を覗きこむ。
ワルキューレの顔には何の表情も浮かんでいない。
ただ怒りに耐えるかのように拳を握り締めていた。

ワルキューレはそっと両手を差し出すと小竜姫の頬に手を添えた。
小竜姫の冷たい頬の感触が両の手の平に伝わってきた。

ふぅ、と溜め息をつく。
次の瞬間、思い切り頬をつかみ引っ張った。


「――ひ、ひはい!(い、痛い!)」


目を覚ました小竜姫が悲鳴を上げる。


「……『痛い』じゃないだろうが。
建物内を警戒しているのかと思えば、毛布にくるまってお休み中か?
なかなか良い度胸をしているじゃあないか、あーん?」


小竜姫は暖かそうな毛布にくるまりスヤスヤと気持ち良さそうに眠っていた。
心配していた分だけ余計に腹が立ったのか、ワルキューレの表情はとても険しい。
眉間には深く皺が寄り、目も怒りのあまりつりあがっている。


「ひ、ひはうんへふ!(ち、違うんです!)
っへ、はへ?ほのほうふはあははは?(って、あれ?この毛布はあなたが?)」

「そんな訳あるか!貴様が自分で用意したんだろうが!」

「ひはいはふほ!(違いますよ!)
はほー、ほろほろははひへふははい、ひはいへふほぅ(あのー、そろそろ放して下さい、痛いですよぅ)」

「ほぉお、放してくれ?居眠りしていた割に文句だけは一人前じゃあないか。」

「ふう、ほんはぁ〜(うう、そんなぁ〜)」


頬をぎりぎりと力いっぱい引っ張られ、小竜姫は涙目になっていた。
不機嫌そうに鼻を鳴らし、最後にもう一度頬をつねってから解放してやる。
赤くなった頬を押さえながら小竜姫がべそをかいていた。

ようやく気を取り直すと、ワルキューレが腰に手を当て見下ろしていた。
その表情は仁王の如く憤怒の炎を吹き出し、背中に背負った怒りの業火が目に見えるようだ。
これ以上ワルキューレを怒らせないためにも、小竜姫は慌ててさっきの出来事を話し始めた。










「…………信じられんな。」

「そんな事言われても。」


話を聞き終えた第一声がこれである。
小竜姫が泣き出しそうな顔でワルキューレの表情を窺っていた。

小竜姫は毛布にくるまれたまま、道場の壁にもたれかかっていた。
流石にそのまま放って置かれた訳ではなく、小竜姫の霊力は限界近くまで吸い取られていた。
これでは当分まともに動く事さえ出来ないだろう。当然彼女は戦力外として考えるしかない。


「では何か?貴様は突然現れた正体不明の敵と交戦して気絶させられた。
貴様を気絶させた敵は貴様を殺さなかったばかりか、風邪をひかないように毛布まで用意してくれたと、そう言いたいんだな?」

「その、何と言うか……その通りです……」


最後の方はほとんど聞き取れないくらい小さな声になっていたが、恐る恐る頷いた。
上目遣いでワルキューレを見上げる小竜姫の姿は、まるで宿題を忘れて教師に叱られている子供のようだった。

正直に言うなら『ふざけるな馬鹿者!』と怒鳴ってやりたかったが、そうもいかない。
どう考えても無茶苦茶な話だが一応筋は通っているのだ。

仮に小竜姫が見回りをさぼろうとしていたとしても、わざわざ道場で眠る必要は無い。
それにこっそり居眠りするつもりなら、霊圧を開放する必要性など皆無なのだ。
苛立つ心を無理矢理落ち着かせ小竜姫に尋ねる。


「実際に接触してみて相手の目的に察しはついたか。」

「いえ、正直訳がわかりません。ですが……」


言い難そうに言葉を濁す。
煮え切らない態度にワルキューレが眉を顰める。


「なんだ、言ってみろ。今はどんな考えでも分析する必要がある。」

「……あくまで可能性の話ですが、我々の中に内通者がいるのではないかと思うんです。
そしてその者が犠牲を出さないように配慮しているのではないかと。
私も無茶な話だと思いますけど、そう考えれば辻褄があうんです。」


ちらりとワルキューレの表情を窺うと、口元に手を当て今の発言を吟味していた。
小竜姫はさらに続ける。


「どういう手を使ったのかは不明ですが、結界に包まれたこの妙神山に難なく侵入した事。
最高指導者の方達が空間を展開した直後に、これ以上無いタイミングで襲撃が始まった事。
敵は目の前にいたはずなのに、私は背後からの一撃で気絶させられた事。
どう考えても相手が今日の段取りを完全に把握していたのは確実です。
何より敵である筈の私に危害を加えるどころか、毛布まで用意しているのです。
私には他に納得のいく答えを思いつけません。」

「……私もな、敵の襲撃を知った瞬間、実は同じ事を考えたのだ。
確かに敵の煮え切らない攻撃を考えても……貴様の言う通りかもしれん。
――だが、誰だ?今この建物の中にいるのは横島とヒャクメだけだぞ。
あの二人では、例え背後からでも貴様の意識を奪う事は不可能だろう。」

「いえ、実は――――」


小竜姫は道場に向かう直前、べスパとすれ違ったのだという。
そしてべスパが歩いてきた方向は敵がいた場所と同じだったのだ。


「奴を遊軍扱いにしたのは戦う事に迷いがあったからなのだが……まさかそんな事が。
だが、確かに奴には心に隙があった。そこを狡猾な奴に付け込まれたのだとしたら……」

「自分の想い人を消滅させた男の恋人が生き返る……彼女も複雑な心境でしょう……
そしてルシオラはべスパの姉でありながらアシュタロスを裏切った……付け込まれる隙は……ありますね。」


小竜姫が哀しげに目を伏せる。
苦悩するべスパの様子が目に浮かぶようで辛かった。


「……やれやれだな。」

「撃つのですか。彼女を。」


腰に差された銃を見ながら小竜姫が問い掛ける。


「いや、まだそうだと決まった訳ではない。
上官として、私は部下を信じるさ。」

「けれど、もしそうだったなら――――」


トレードマークの真紅のベレー帽を押さえながら、ワルキューレは遠い目で呟いた。


「その時は――――私がひと思いに楽にしてやる。」






















『マズイ、マズイぞ……もう一時間を切っておる。』

「ぬう……もしもこのまま時間切れになれば……」


カオスとドグラが考えられる可能性を探し、資料やデータを引っ繰り返していた。
もしもこのまま時間切れになれば、目覚めないまま外界に放り出されたショックで霊基片が壊れる可能性が高かった。
そうなっては今までの苦労が水の泡になるどころか、ルシオラは横島の子供として転生する事すら不可能になるのだ。

資料を漁っていたドグラがその手を止めカオスに問い掛けた。


『……おぬし、本当は何か心当たりがあるんじゃろう。』

「…………」


真剣な表情で見つめられ、無言を貫こうとしたカオスがとうとう口を開いた。


「――ああ。」


先を続けろというドグラの視線に負け、ぽつりぽつりと話し始める。


「もしかしたら嬢ちゃんの深層心理は……生き返る事を望んでおらんのかも知れん……」

『そんな馬鹿な――――!!』

「黙って聞けぃ!!」


カオスの一喝が静かな手術室に響き渡る。
所在無げに佇むマリアは次の指示が下されるのをただじっと待っていた。
ドグラもカオスの鬼気迫る表情に圧倒され何も言えなくなった。


「小僧の話から察するに……あの時嬢ちゃんは、小僧から身を引いたのかも知れん……
小僧と美神令子の絆の強さを知り……小僧を守る事で、満足して身を引いたのではないか……」

『…………』

「嬢ちゃんにとって、今生き返る事は……小僧と美神令子との絆を見せ付けられるだけになりかねん……
深層心理は……また辛い思いをするくらいなら……生き返らない事を望んでいるのやもしれん……」


恋愛感情がプログラムされていないドグラにはその理屈は理解しかねた。
恐る恐るドグラが口を開く。


『だ、だが、他にも生き返る理由はあるじゃろう。
何もあやつに限らんでも他に男はおる訳だし……』

「……果たしてそうかな?
元々魔神の眷属として生まれた彼女じゃ……その主を裏切った以上、小僧以外に彼女には何も無いのじゃ……
お主なら、頼れる者もいない、たった一人で生きていかなければならない孤独な世界に……舞い戻りたいと思うのか……?」


いきなり話を振られ、ドグラが言葉を詰まらせる。
想像するのは難しいが、それが辛い選択だという事はドグラにも理解できた。


『そ、それは……』

「無論、彼女の姉妹達は生きておる……じゃが、嬢ちゃんにとって……小僧以上に大切な存在は……」


口惜しげに歯を噛み締める。
その表情には深く苦悩の色が刻み込まれていた。

その時手術室に重く鈍い音が鳴り響いた。
驚いたドグラが目をやるとカオスが壁に拳を叩きつけていた。
白い壁面に赤い雫がゆっくりと流れていく。

マリアが包帯を取り出しカオスに寄り添う。


「自分達の立場でしか考えていなかったわしのミスじゃ……すまぬ、小僧……!」


カチコチという時計の無機質な音だけが手術室に流れていた。


























「なかなか快適そうな所じゃないか。
……色々見て回ったし、そろそろ終わらせるとするか。」


居住区の見物を終わらせた男が、とうとう最奥部への道に向かい始めた。
顔を隠していたフードは何時の間にか外され、素顔があらわになっている。
その時一人の人影が彼の前に姿を現した。


「…………」


無言で佇む女性に男が快活に声をかける。


「やあ、久しぶりだなべスパ。
おや、髪を切ったのか……でも似合ってるぞ、うん。」


美しい髪を肩口で切り揃えた女性魔族がそこに立っていた。
女性の視線は男が手に持つ物に注がれている。


「ああ、これか?
さっきそこでワルキューレに会ってね、記念にもらってきたんだ。」


男の手にはワルキューレのトレードマークの真紅のベレー帽が握られていた。























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