〜 【フューネラル】 第4話 後編〜
投稿者名:かぜあめ
投稿日時:(06/ 1/ 1)
―――――――――…。
「…貴方が九尾の狐の転生で、以前、人間に命を狙われていたって……そう聞いたときからずっと、気にはなってたの…」
ぼぅ…っと陽炎のように光り続ける、遠くの街の街路灯。
窓に映った雪を見つめて、タマモが小さく顔を上げた。10月に降る雪……サラサラと空を舞い散る白銀が、冷たい土へと積もってゆく。
「…いやだよね、そういうの。自分の居場所がどんどん無くなってくみたいで……息がつまるもの…」
「……。」
ジュースの缶を握ったまま、愛子は少し寂しげな微笑を浮かべた。
何かずっと……遠い昔の記憶をたぐりよせるように…。彼女は静かに目を閉じて…
「私ね、こう見えても昔は、けっこう悪い魔族だったんだよ?横島くんたちに出会う前は…本当に、呼吸するみたいに他の生徒を飲み込んで、
みんな、教室の中に閉じ込めてた…」
「……?何の、ために?」
タマモがわずかに小首をかしげる。あけっぴろげな好奇心が感じられたが、不思議と不快ではなかった。
…無感動に見えるこの少女にも、こういった年相応な部分は存在する……なんとなくだが、それが分かる。
「……友達が欲しかったから……かな」
つぶやいて、愛子は目を伏せた。
「…トモ…ダチ?」
「私、自分のことがよく分からないから…。本当はいつ、どこで生まれたのか…とか、お父さんやお母さんは居るのかな…とか…。
気づいた時にはもう、クラスの片隅に置かれた机の一つで…
だから、教室でふざけあってるみんなのことが羨ましかったの…。もの心ついたときから、ずっとクラスの風景にばかり目を奪われてた…
……ドキドキした。少し手を伸ばせば、私の知らない世界がそこにあるみたいで…」
…届くわけ、ないのにね…。
弱々しく首を振ると、愛子は屈みこんで、タマモを見上げた。彼女のヒスイ色の瞳が、思いがけないほど近くにある。
「自分の欠落してる何かを、取り戻せると思ったのかな…。私はずっと、教室に居る人間たちを見つめ続けた。
本当にずっと……見つめ続けて…。…それで、ある日突然気づいたの。『あぁ…私は一人ぼっちなんだ』って…
ココに居る人たちは、誰も私のことなんか見てくれないんだって…」
無理に明るい口調を作って、愛子が言った。うつむくタマモからは目をそらし、つぶやく。
何故か頼りない、震えた声音で…。
「…もともと何も持ってなかった私には、その日からもっと…何もなくなった。
それならいっそ、無理矢理にでも欲しいもの全部を手に入れるのも、悪くないんじゃないかって…そう思ったの。
力ずくで友達を作って、自分の居場所を作って……あとで全てがバレて、みんなに嫌われたって構わない……だって私には、初めから何もないんだから…」
…風が吹く。愛子は振り返り、病院の中庭を見下ろした。
「――――…今のタマモちゃんの目……あの頃の私と、少しだけ似てる気がする…」
深い、静寂が満ちる。
意外にも、タマモは否定しなかった。ただ無言のまま……表情を動かさず口を開く。まるで、すがるような眼差しで…
「…今は違うの……?アナタは…」
「………ううん」
愛子はゆっくりと首を振った。
「私はあの頃から、何も変わってないよ…。ただ知ってるだけ。例え住む世界が違っても、私のことを見てくれる人はちゃんと居るって…
私が誰であっても……人間じゃなくたって、決して変わらない人は、ちゃんと居る……」
わずかに…。
ごくわずかにだが、視線が動く。まばたきもせず見開かれているタマモの瞳に、愛子は淡く笑いかけた。
「…今、タマモちゃんの周りに居るのは……そんな、素敵な人たちばかりだと思う。
美神さんも、おキヌちゃんも……もちろん、横島くんも…、だから少しだけでいい…信じてあげてほしいの、みんなのことを…」
祈るような気持ちで愛子が言った。動きを止めて、タマモは一度だけ大きく瞬きする、
彼女の視線は、愛子が立っている場所のさらに向こう…。闇の羽先にポツポツと積もる、氷の欠片(かけら)…。
視線を合わさず、タマモが尋ねる。
「……アナタが昔、信じられなかったものは……本当にそれだけなのかしら?」
「…え?」
「きっと、それだけじゃないと思う…。誰かを信じる前に、私は自分が信じられない…。
今は此処でこうしていても…人間を殺そうと思ったことは、一度や二度じゃない…。一秒後には、あの時と同じことを考えてるかもしれない…。
何気ない言葉で、近づく相手を傷つけて……私は、自分が変わってしまうのが、怖い…」
タマモはそれきり口をつぐんだ。雪風が、彼女の色素の薄い、柔らかな髪をサラサラと揺らす。
そして、次に愛子の口から漏れ出た言葉に………タマモははっと息を止めた。
「…それでも構わないって……横島くんが言ったら?」
「――――――――――…。」
タマモはぼんやりと考え……やがて、ゆっくりと首を振った。自分が息を止めたままだったことにようやく思い至り、微苦笑とともに深呼吸する。
「……………そんなこと、考えたこともなかった…。」
余計な虚飾がすべて抜け落ちた……それはあどけない、妖精のような笑顔。
白い歯を見せて、愛子も笑った。
「そっか……。でも良かった…タマモちゃんが、思った通りの優しい女の子で…。
安心したら、私なんだか気が抜けちゃった…」
「…?何を――――――――?」
愛子の指先が、タマモの白い手のこうへ、そっと触れる。震える声…。この少女は、他人の温もりを感じることに慣れていないのだ。
戸惑いおびえるヒスイの瞳を、愛子は屈託ない笑顔でのぞきこんだ。
「…友達になれそう……私たち――――――――――――…」
◆
〜pause.3 『季節外れの雪が降る街で...』
『その男』が食堂に足を踏み入れたのは……時計の針がちょうど午後7時を指し示す頃。
したたるような闇が堕ち、粉雪がしんしんと降り積もる……痛いほど冷えきった夜だった。
患者用の手術服に身を包み…フラフラとおぼつかない足取りで、前へ、前へと進んでゆく…。
その姿はさながら、病室を抜け出た夢遊病者か?土気色に変色した肌からは、生気とおぼしき気配が、全くと言っていいほど感じられない。
枯れ枝のように細い爪先…。
「―――――?彼は……」
その顔立ちに既視感を覚え、西条が軽く腰を浮かせた。
横島が振り向く。場違いな闖入者の立ち居ふる舞いに、周囲の注目が集まる中……ふと、院内の職員が声を上げた。
「?あはは…眠れないんですか?だけど、ダメですよ、こんな所まで歩いてきちゃ……。ナースコールを押してくれれば、ちゃんと担当の人が病室に…」
人懐っこい笑みの似合う、まだ幼さが残る青年だった。
彼の片手が、男の肩口に何げなく触れる。同時に青年は、眼前の相手が放つ、奇妙な違和感に戸惑いを覚えた。
(アレ………?)
眉をひそめて、手のひらの感触を確かめる。違和感が確信へ…。ズブリと沈んでゆく5本の指。
その感覚を彼が実際に口にすることは…ついになかったが…
不意に視界が黒く染まる。
どうして、この人の体には……腕から下の肉が付いていないんだろう?
彼の脳裏を最後によぎったのは、そんな淡白な疑問だった―――――――――…。
―――――――…。
ゴキュ……ポキ……
渇いた音が、室内に響く。二度、三度……握り絞めたものをはさみ潰すと、『男』はソレを無造作に放った。
ねじれ、壊れた人間の『残骸』。まるで冗談のような速度を伴い、視界の中心を吹き飛んでゆく。
…耳をつんざく衝突音。メキメキと崩れる壁のきしみ…。
完全に停止した世界の中で、いち早く横島が動きを取り戻した。
「…お、おい……!」
地を蹴って、倒れた青年へ走り、駆け寄る。抱き起こした彼の表情は、思いの外、安らかなものだった。
…しかし、それだけだ。彼の呼吸は、削り取られた右半身とともに、すでにこの世から消失している。
「………………………うそ……だろ……?」
愕然とした面持ちで、横島がつぶやく。瞬間、凍てついた刻が氷解した。
人から人へ……あたかも伝染するかのように広がる、悪寒…。怒りの表情をあらわにして、横島が反射的に顔を上げた。
「――――――――――…てめぇっ!!」
――――次の半瞬、目の前を覆ったものは、手…。鋭いフォルムを内に宿す、大鎌のような黒い甲手。
横島の瞳が驚愕に染まる…。速い―――――!!
横殴りの衝撃が空間を切り裂き、部屋全体を揺るがした。
爆音が、走る。ぐちゃぐちゃに引き裂かれ、吹き飛ぶ扉、軽々と粉砕される、幾本もの柱。
ほとんど壊滅状態に陥る食堂の中、恐慌をきたした客たちが、次々に悲鳴を上げて逃げ惑う。
「…くっ!みなさん、落ち着いてください…!このままでは返って……」
「かまわない…!ピート、タイガー!!他の奴らを連れて、お前らもなるだけ早くココから離れろっ!食堂を出たら、絶対に後ろを振り向くんじゃねぇぞ!」
「―――――――…っ!?横島さん…っ!?」
壁と壁の間に生じた、深い断層…。崩れかけのコンクリートを片腕で掴み、横島がしなだれるように佇んでいる。
奇跡的に回避が間に合ったのだ。駆け寄ろうとするピートの動きを、横島は素早く右手で制した。
「…大丈夫、なんですか…!?」
「いいから早く!今度ばかりは…本気でシャレになんねぇぞ…。この霊圧……下手をすると、コイツは――――――…」
『ア…ア゛……ア゛……アァアアア!!』
その時。人間が発したとは思えない声で、『男』が唸った。
額や喉に血管が浮き立ち、全身の筋肉が膨張している。袖口や襟のボタンが、圧力に耐えかね飛び散った。
そして、彼の胸元から顔を覗かせたものは……
「………っ!?」
2メートルを越す巨体へと変貌した男の半身……それを突き破り、四肢が『生える』。
ラピスラズリを連想させる硬い表皮と、人体標本のような筋肉の束が、ゼリー状の脂肪層で固められた……『肉の鎧』。
グロテスクにぬめる長大な腕が、再び横島の首筋に殺到する―――――!
(…っ…)
避けきれない…。先ほどの一撃で砕かれた肋骨が、激痛のシグナルを全身に放つ。
振り下ろされる狂爪。彼は吸いよせられるように、その様に見入り……
「―――――――何をしている…!殺されたいのかっ!」
刹那、空隙に高速の斬撃が閃いた。甲高い金属音が鳴り響く。
刀身で腕を受け止め、視線を走らす西条に、横島は思わず叫びかけた。
…違う……と。早くソイツから離れろ、とも……。
現実に呼気が漏れ出る前に、『男』の顔が………ひどく、ワラった。
『……アハァア……♪』
ギョロギョロとした両眼。突き立てられた霊剣ごと、指を弾く。轟音。横島に分かったのは、西条の長身が突然、宙を舞ったということだけだ。
ダンプトラックが人間を跳ね飛ばしたような……それは、ひどく馬鹿げた光景だった。
「…っ…が…は…!?」
「西条!」
寒気がするほどのスピードをなんとか殺し、横島が西条の体を引き倒す。壁に激突すれば、おそらくは即死を免れない勢いだった。
致命傷自体は回避したものの、片ヒザをつく西条。傍に立つ横島の息も荒い…。
シン、と静まり返った沈黙の空間。ピートたちの先導により、すでに人気は完全に途絶え、その場に残されたのはわずか3つの人影だけ。
両者を見据え、肉の獣が立ち上がる。しっかりと2本の脚で歩行しながら…そろえた片掌を胸元に添え……
まるで、女性へダンスのパートナーを申し込むかのように、優雅に一礼を拝してみせる。
『面白イ……壊レニクイ人間……面白イィィイ白面……』
―――――――『Urrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr!!!!』
ぎこちない発音が寸断され、凶悪な咆哮が周囲に満ちた。
発散される莫大な霊気。部屋中のガレキが浮き上がり、歪んだ空気が光を曲げる。
呆然とたたずむ横島は、戦慄とともに一つの事実を理解した。
…やはり間違いない…。先刻も、そして今も……自分は何一つとして油断などしていなかった…。
ただ…強すぎるのだ…。眼前のこの存在が…。自分や西条をしてさえ、虫ケラ程度にしか映らないほどに…。
そして、このような絶大な力を持ち得る生物を、自分は現状で一つしか知りえていない…。
「―――――――…高位、魔族……」
熱病に浮かされたように、横島がつぶやく、獣の顔がさらに嗤った…。
氷りつく時間…。
鮮血の海を反響してゆく自身の声を、横島はほとんど死の宣告のような心地で耳にしたのだ。
『あとがき』
葬列の夜…。
と、いうわけで明けましておめでとうございます。かぜあめです。
いやはや、年始早々『死』だの『血』だの『葬』だの不吉極まりない作品、フューネラル(笑
『原作時系列』『今回は熱血要素を極力廃するという作者の意向』。2つの苦境を背負った横島くんは生き残ることが出来のでしょうか(爆
高位魔族に人間が勝てるわけありませんので、今後の展開が前半部の見所だったりするんですが…。
実はその…。申し訳ありません…(汗)実は作者、前にも書いていた通り、2月に国試が控えておりまして
ここからはしばらくの休載後、再開ということになりそうです。
…せめて、あと一話……ようやく『横島×タマモ』フラグが立ち始める次回まで書きたかったのですが…
ちなみに再開の目処は、
国試に落ちる→することがないので3月に再開(オイオイ
国試に受かる→研修で引越しをするので4月ごろ再開。 ということになると思います。
読者の皆様には本当にご迷惑をおかけ致します。きっちり完結させる予定ですので、どうかしばらくの間、見捨てないで…(汗
何はともあれ、ここまで読んでくださりありがとうございました〜
今年が皆様にとって良い年でありますように…。それでは〜
今までの
コメント:
- 色々と感じたことはあるんですけど今回衝撃を受けた箇所が一つ。
愛子がしっかりとシリアスな役割を演じている…!w
いや、自分の中で彼女は完全にギャグ&ラブコメ担当の人だったんですが
書く人が書くとシリアスキャラにもなれるんですね…。
・・・国家試験、頑張ってください。 (mature)
- なんだか凄いことになっていますね…。
ダークダークw愛子とタマモが仲良しでなかなかいい感じですな。色々と伏線が散りばめられているようですので今後の展開が楽しみです。 (緑の木々)
- 高位魔族の出現と不吉な少女の影…
こうなると、タマモと愛子が無事なのかが気になります。
冒頭部の白雪姫のくだりが何を暗示しているのか。再開を楽しみにしています。
あまり読者側のことは気にせずに…。オフラインの方に専念してくださいね。 (厳米)
- 中世には大分、多かったそうですね死体愛好家。後編の方がなかなか良かったと思います。 (ぽぽ)
- 面白くなってきましたね。愛子の台詞が切なくて良いです。
matureさんもおっしゃられてますがこういう役回りで愛子が書かれる作品ってなかなか数が少ないのですよ…。殺されてしまった青年の冥福を祈りつつ……
しかしラピスラズリの色ということは青ですよね?
透明な青に筋肉の束、ゼリー状の脂肪というのはなかなかグロテスクな容貌ですね。
再開をお待ちしております。 (Fa♪)
- お久しぶりっす!!。かぜあめさん。
忙しくてコメントできなかったけど、全て
読ませてもらってます。しかし、この時の西条と
横島って戦闘に関してはキツネシリーズより前だから当然、キツネシリーズの
時の二人より劣っている状態なのに、これほど強力な相手に出会うなんて
本気でアブないいですね・・・・。でも苦戦をしいられる横島と西条って
のもカナリ見てみたいです!ではでは。 (GTY)
- いつも楽しみにしています(^^
愛子とタマモの交流があったかかったのと、後半の魔族シーンが違和感なく同居してて、すごいです。
試験頑張ってくださいませ。 (とおり)
- タマモの体液……何ともダークな題材ですが確かに医学的には魅力的だと思います。
超回復や超感覚を使えるなら人類は新たなステップを踏み出せるかも、と思いつつも、やっぱりそれは人間じゃないような気も。
人間は自然なままが一番だと思うのですが、偉いさんにはわからんのでしょうなぁ……
最後に、試験の成功を心よりお祈り申し上げます。
そして何の気兼ねも無くこの続きを是非(笑) (丸々)
- お久しぶりです。私のこと覚えていらっしゃるでしょうか・・・?
久々にこちらに登場しました。
タマモの体液・・・・・・、マッドサイエンティストにはかなり魅力的ですね。
試験頑張ってください。
それでは・・・・・・。 (曽根村)
- お久しぶりです。
第2話の老人と今回の愛子の回想は何か相通ずるものがあると感じたのは私だけでしょうか?相変わらずお見事でした。来春の再開を楽しみにしています。 (T)
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