ザ・グレート・展開予測ショー

〜 【フューネラル】 第4話 前編〜


投稿者名:かぜあめ
投稿日時:(06/ 1/ 1)




〜pause.2 『殺戮者の肖像 T』




 白雪姫に出てくる王子様が、実は死体愛好家だったという話を聞いたことがある。



冷たいガラスの棺…その中にひっそりと横たわる氷のような屍…。

従順で儚げなその姿は、とある事件を境にして、若い王子の心を捉えてしまう。
どこからか新しい死体を手に入れては、それを部屋へと持ち帰る。柩のフタをそっと開け、人形のごとく愛玩する。

…そんな夜が、これまで何度続いたことだろう。

物語の一幕。
どうしても生きた人間を愛せなかったその青年は、あるとき全てを投げ出し、生まれ育った白い居城を後にする。

馬車もなければ、付き従うべき従者もいない……周遊とは名ばかりの、それは追放の道のりだった。

悪魔に魅入られた自身を呪い…自身を疎む世界を呪い…
彼はアテのない旅を続ける。


歪んだ心を抱えたまま。

深い、深い森の奥へと…


運命の男女が出会う、甘く優しい物語のラスト。
だとすれば、彼が小人の小屋で見つけた『モノ』を、彼の瞳は、一体どのように映していたのだろうか?

王子が永遠の愛を近い、口づけたのは―――――――…一人の可憐な少女?
あるいは、それは彼にとって……やはり、ただの物言わぬ死体にすぎなかったのか……。

 
………。


ここは血塗られた迷路の中。進んだ先に道はなく、振り向く背後に光は無い…。

それでも、ワタシは思うのだ。
王子様の求めたモノ、それが例え、呼吸を止めた人形であると分かっていても……


…きっと その人形は、彼に愛して欲しかったのだ、と―――――――――――…


                             



                              ◆





ガコン、ガコンと……と。

ほの暗い待ち合い廊下の片隅で、自販機の動く音がする。取り出し口に手を伸ばして、タマモは温かいココアを握りしめた。

夜の、人気を感じさせない入院病棟。自分がどうしてこんな所に居るのか…
彼女はその理由をつい先ほど見知り、なおかつ、まだ自分がこの場所を離れるべきではないと、経験的に理解している。

院内全体を包むのは……昏く、どこまでも重たい静謐(せいひつ)の空気。
病室の面会時間は、しばらく前に終わっていた。

「……。」

外来用のソファーに腰かけ、タマモは買ったばかりのココアに口をつける。
両手で子供のように缶を抱えて、ふぅふぅと息を吹くそのしぐさは、普段の彼女からは想像もできないくらい可愛らしいものなのだが…
あいにくと、それを目撃している者は誰も居なかった。

…頭上には、ぼんやりと緑色の非常灯が燈っている。

何気なく見上げた視線の先に、一瞬、彼女は廊下をさえぎる人影を見た。


(――――――――――…?)


女の人…。
濃い闇のせいで表情までは分からないが…それは確かに人間の女性だ。ゆるいウェーブのかかったブルネットの髪……何より、その服装に見覚えがある。
アレはたしか、事務所の同僚である氷室キヌの―――――彼女が通う、六道女学院の制服ではなかったか…?

(……こんな時間に……誰?……)

奇妙な疑念に駆られながら、タマモは静かに立ち上がった。足音を消し、意識を警戒時のソレへと切り換える。
それは本能的に感じる危険への警鐘……むしろ予感と言ってもいい。

唾を飲みこみ、タマモはゆっくりと…慎重に一歩を踏み出す。
暗がりに鋭く目を細め、広がる影に向き直り、そのまま遠ざかる気配に追いすがろうと――――――…


「―――――――――…わっ!」

「!!」

ちょうどその時。
死角になった真後ろから、弾むような声が飛び込んできた。ポン!と勢いよく肩に手を置かれ、タマモの体は硬直する。

…気づかれた?しかしこれは……気配が違う…。そもそも、さっきの女はアッチの方に……じゃあ、一体、誰が…

内心の動揺を押し隠し、振り返るとそこには、先刻とは別の少女が一人…。黒く長い髪に、何故か『机』を側に置き…
切れ長だが、穏和そうな瞳が…柔らかくこちらを見つめている。

「…え、えーと…ごめんなさい…もしかしたら、こういう掴みの方が打ち解けやすいかなぁって思ったんだけど…驚かせちゃった?」
「………。アナタ、は……」

毒気を抜かれ、タマモは呆然とつぶやいた。廊下の向こうに消えた少女は、いまや影も形も…それどころか、気配すらも感じさせない。
…もしかしたら、自分の見間違い?だとすれば、九尾の狐の第6感も、現世にまぎれて大分サビついてしまったということだろうか…。

「うーん…一応、何度か会ったことはあるハズなんだけど…やっぱり、覚えてないよね…?私は……」

「…覚えてるわ。この間、事務所に来てた人でしょう?たしか…横島の知り合いの…」

「!」

意識を目の前の相手に集中して、思い出すようにタマモが答える。
その言葉を聞いた瞬間、彼女の顔が、花が咲いたようにキラキラキラと輝いて…。
『青春…』そんなつぶやきが漏れたような気もしたが、タマモにはその意味が分からない。

「あ…そういえば、名前…。えぇと、私、机妖怪の愛子っていうの。もし時間があるなら、少しだけでいいからお話しない?タマモちゃん」

「……。」

ふわりと微笑む少女の顔に、タマモはパチパチと両目をしばたかせた。


                             
                               ◆                                 



「――――――血液?アイツの血がどうかしたってのかよ?」

横島の訝しげな声は、見舞い客でにぎわう食堂の雑音にかき消された。
彼のすぐそば。テーブルの一角を陣取って、対面に西条、それと隣り合う形でピートとタイガーが、それぞれ簡単な軽食を口に運んでいる。
食後のブラックコーヒーをすすりながら、西条はかすかな渋面をつくった。

「正確には、彼女の体液全般に関してという意味になるが……その『有効利用』に協会の一部が食指をそそられている。
そういうことになるかな…。」

言い置いて、西条はカップの底を卓上にのせた。眉をひそめる横島に、彼は気まずげな苦笑を浮かべる。
直接的な表現を避けたのが、逆に妙な誤解を招いたのかもしれない。


「…魔族の霊体を構成する組成液が、今、霊医学界で注目されていることは、知っているかい?
 ヴァンパイアの魔血に代表されるように、彼らの体液には高い治癒能力と、強力な蘇生作用が含まれている…」

「万病を癒し、死者の魂を呼び戻す……人工的なエリクサー精製の研究ですね…。
 だけどたしかその理論は…、摂取後、人間の魔族化が抑えられないという理由で立ち消えになったと聞いていますが…」

口にしながら、ピートは記憶に残るいくつかの伝承を思い浮かべていた。
竜の血を浴び、不死者となった中世の騎士…人魚の肉を食み、数百年を生きたと言われる古文書の僧尼…。
神魔の一部を肉体に取り込み、物語の主人公となったその者たちは、例外なく超人的な力を、五感を疑う大いなる奇跡を体現する。

しかし一方で、彼らはすでに、人として最も大切な部分を失くしてもいるのだ。
心の臓をえぐられ、全身を業火にさらされながら、なお生きる人間………そんなものは、もはや『ヒト』とは呼べない。

「…そう。不可能と言われていた。魔族の中で、たった一種の例外を除いてね…。
 彼らは魔物でありながら、自由にヒトの形を取り…人型でありながら、容易く獣にも変じることができる。人間と魔族の分岐路と呼ばれる種族…」

懐から煙草を取り出すと、西条はライターでそれに火をつけた。甘ったるく、尾を引く香り……おそらくは、外国産のものなのだろう。
横島は沈黙を保ったまま、彼の言葉に耳を傾けている。

「…?待ってください…。それは、もしかして…」

「想像の通りだよ。互いに霊体組成が近しいせいか…人狼族の体液は、人体に対して極めて弱毒性で、副次的な魔族化も最小限に押さえられると言われている。
 聖霊薬(エリクサー)とまではいかないが、加工すれば、これまでの技術を一新させる新薬になることは間違いない…」

紫煙に曇る視界……。隣り合う2人が互いの顔を見合わせた。

実際は、言うほど簡単なものではないはずだ。
実用を目的とした実験には、必ず「再現性」という概念がつきまとう。
満足のいく過程・結果を生み出すためには、徹底した環境条件の統御と観察対象の統御―――言ってみれば、檻(オリ)に囲われたラットのようなものが不可欠なのだ。

その点に関して、この現状の恵まれなさときたら、どうだろう?

古代から、人間との信頼を密にしてきた人狼族…。長い年月は、両者の対話を薄れさせることはしたものの、未だゼロへは至っていない。
人間と生をともにし、ある種、神聖視までされている一部族を、モルモット扱いになど出来るだろうか?

毒に薬にもならない…惰性のようにつづく友好関係。一部の人間は、それに歯噛みさえしていたのかもしれない。



「―――――――…だがそこにタイミング良く、『傾国の人狼族』が現れた…」


ぼそり、と…小さく横島が口を挟む。ピートとタイガーが息をつまらせ、西条は浅く嘆息した。
コーヒーの造る黒い波面に、ぼんやりと気泡が浮かび上がる。

「研究、といえば聞こえはいいが……九尾の狐の二つ名は、人狼族にとっても面汚しに近い。
 タマモ君がどんな扱いを受けようと、彼らが口出ししてくることは考えられない。それを見越しての今回の動きだ………意味は、分かるな?」

声を低くする西条を見据え、横島はゆっくりと頷いた。

どのような段階まで進み、どのような手段が講じられているのか……それは分からない。
しかし、おそらく西条はこう言っているのだ。

…タマモの身に、何らかの危険が迫りつつある……それもそう遠くない未来のうちに。

唇をかむ横島を見やり、彼はかすかに表情を弛(ゆる)めた。

「このことは…出来れば伏せておきたかったよ。…君にも、タマモ君にも…。身から出たサビとはよく言ったものだが…
 そんなくだらない僕たちの事情で、君たちの関係をわずらわせたくなかった。
 Gメンが一から十まで全てを処理して、企みを闇から闇に葬り去る…。…本当は、それが一番望ましい形だったのかもしれないな…」

やや、口調を崩して苦笑すると、西条は肩をすくめて3人を見やる。張りつめた空気がじょじょに和らぎ、どこか呆れたもの言いで頬をかく。

「…別件でここに来る途中、街中で偶然、彼女の姿を見かけてね…。一人では危ないから、ということで……
 なし崩し的に、本人にすべてを打ち明ける羽目になった……かと思えば、今度は君たちのあの騒動だ…。本当に、今日は何から何まで予定外だよ」

デザートのアップルパイを、4人分、器用に切り分けながら、西条は冗談めかしてそうぼやいた。
軽い談笑が漏れる中、横島が一人うなだれる。


…西条は薄く息を吐いた。


「――――――…心配か?…彼女のことが……」


彼がめったに見せない、真摯で、どこか気遣わしげな問いかけ。
横島は少し遠くを見つめて、


「……あぁ。かもな…なんだか、アイツのことは、ほっとけないんだよ……危なっかしくてさ…」


そう……つぶやいたのだ。

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