ザ・グレート・展開予測ショー

いくとせ ふるとて


投稿者名:斑駒
投稿日時:(06/ 1/ 1)

「1000年経っても、ここは昔のまま……か」

 おおみそかの晩。
 人里離れた山奥にひっそりと建つ社。
 ぽつりとたたずむ人影が、懐かしそうに目をすがめながら社の鳥居を見上げていた。

「でも……」

 人影が、はたと目を落として背中越しにうしろを振り向く。
 その目に映るのは、独り登ってきた山道と、山腹に茂る森の木々のみ。

「いまは僕ひとり…か………」

 うつむいて呟く人影の背中に、遠くかすかに除夜の鐘が鳴り響く。
 人間の持つ百八の煩悩を打ち払うために衝くという、昔から変わらぬ日本のおおみそかの伝統。
 その108回目の鐘の音が、ちょうどいま残響と共に消えてゆくところだった。


 かすかな鐘の音も止み、あたりに完全な静寂が訪れた刹那……

 ゴ ゴゴゴ…  バッ バリバリッ

 社の鳥居が、地響きのような音と共に輝き始めた。
 ほとばしる電光が、目の前で様子を見守る人影の姿を照らし上げる。
 銀髪に碧眼、黒いマントに身を包んだ青年。
 それは、ICPO勤続1000年を間近に控えた現役ゴーストスイーパー、
 ピエトロ・ド・ブラドーの姿だった。

 








 ―― いくとせ ふるとて ――(幾年 経るとて)










「よく来た………わらわがおぬしの求める者じゃ」

 洞窟のような空間の最深部、ストーンサークルの上にまばゆい光が降り注ぎ、その中から人影が姿を現す。
 そこは1000年に一度だけ通路が開かれるという異界空間。先ほどピートが居た鳥居は、その入り口だった。
 そしてその奥に最初にたどり着いた者にだけ古代の神秘が与えられる。今がその瞬間だった。しかし……

「…………」

 神秘を授けるべく、せっかくヒミコが荘厳に登場して見せたというのに、目の前に居る人物は全くの無反応だった。
 なんかこう、もう少し驚くとか期待するとか有り難がるとかの素振りが有っても良さそうなものなのに、目の前の青年はただ押し黙って暗い顔を上げているだけなのだ。

「なんじゃおぬし。これから神秘を授けようというのに、新年早々から陰気でテンション下がるのう」

 青年はそう言われて、ハッとしたように苦笑いを作って顔に浮かべた。

「あ。すみません。ちょっと以前に来たときのことを思い出してまして……」


 ピートはこの最深部に至るまでに、1000年前を思い出す様々な場所を目にして来ていた。

 厄珍の差し金で、大勢のGSが集まった鳥居の前。

 殺到する人々に怯えて冥子さんが暴走し、今もその時の瓦礫が転がる異界の入り口。

 ドクター・カオスが追いすがる人々に意気揚々とマリアをけしかけ、その弾痕の残る洞窟の壁。

 そして、エミさんに引っ張り込まれた暗がり。


 全てが1000年前のままだった。

 異界の中では、時間の概念も存在しないのかもしれない。

 本当にみんなで集まって騒いだ、あの直後に居るようだった。

 今にも洞窟の陰になっているところから、あのときのみんなが飛び出して来そうな錯覚にとらわれるくらいに。


 でも、実際にはそんなことは無い。

 こうして一番奥まで来てみたけれども、人っ子一人出会うことは無かった。

 この場に立ったとき、あのとき居たはずの美神や横島やおキヌの面影がふと脳裏をよぎったが、

 実際に出てきたのはそのうちの誰でもなく、神秘を授けてくれるとかいう顔も名も知らぬ巫女だった。


 あのとき居た人たちが、今は居ない。

 当たり前のことだけれど、どこか無意識に何かを期待していた自分に、ピートは苦笑を禁じえなかった。


「ほう。以前ということは千年前か。……ということはおぬし、千年以上生きておるのか?」

「そう……ですね。ヴァンパイアの血が混じった僕の種族は、普通の人間より長命なもので……」

 ヒミコの質問に改めて千年という年月に思いを馳せ、ピートの目が遠くなる。
 過ごしている間は長かったけれど、振り返ってみると千年前も昨日の事のように短く感じる。
 この千年の間、地道にオカルトGメンの仕事を続けて来て、もちろんそれなりに印象的な出来事もたくさんあった。
 しかしそれらも過ぎ去った今となっては、この洞窟に残る思い出と同じく二度と戻らぬ過去のものでしかなくて……

「なんじゃ。おぬし、人間ではないのか。ま、相手が誰だろーがかまわん。わらわは約束を果たすのみじゃ」

 もの思いにふけるピートだったが、ヒミコはそれには興味を示さず、投げやりに言い放つと精神を集中し始めた。

「サラマク ノーマンダ オバサラ ムッシュムラムラ………………」

 ものものしい雰囲気に、ピートもしばし物思いを中断し、息を飲んで成り行きを見守る。
 そして……

「だ――――ッ!!」

 ひときわ高い気合の声と共に、訪れる沈黙。
 少しタメを置いたあと、ヒミコがおもむろに口を開いた。

「今年のそなたの運勢は末吉と出た! 金運は実入りが少ないので倹約が必要そうじゃな。仕事運は上々で、面倒事は多いがその分得るものも多いであろう! ラッキーワードはテレビ・熱血♪」




「………………」

「………………」

 しばし時が凍りついた後、ピートがぎこちなく言葉を紡ぐ。

「あ、ええと。神秘って、おみくじの事だったんですか」

「『おみくじ』? よく知らぬが、最近ではわらわの真似事をする者がそう呼んでおるのか?」

「え、ええ…真似事というか日本全国どこでも……」

「まあ、良い。確かに神秘は授けたぞ。縁があればまた千年後にでも会おう!!」

 やっつけぎみに役目を果たしたヒミコは、ピートとの会話もそこそこに、さっさとどこかへ飛んでいってしまった。


「…………はぁ」

 独り残されたピートは、なんだかどっと疲れたような気がして深いため息をついた。

 そして、おもむろに来た道を振り返る。

 道はずっと先まで、しんと静まり返っていた。

「まあ、こんなものかな」

 胸に寄せ来る言い知れぬ寂寥感を振り払い、帰りの一歩を踏み出す……と、

「おおっ、そうじゃった!!」

「わっ……と!?」

 突如として背後に再登場したヒミコに、ビクリとさせられる。

「言い忘れておったが、おぬしのラヴ……いや、これは出会い運じゃな。思いがけず懐かしい心温まる出会いがありそうと出ておったぞ。では、改めてさらばじゃ!!」

「は、はぁ…わざわざありがとうございま………」

 ピートが振り向いて礼を言うころには、ヒミコは既にどこかに消え去った後だった。
 本当にどこまでもマイペースな性格らしい。

 ピートは再び深いため息をつき、気を取り直すように軽く首を振ると、背中を丸めて元来た道を引き返し始めるのだった。










「最後のは、少し余計だったかのう。後からの思いつきでつけたしたのじゃが……」

 異界空間を自分の居処へと向かって飛びながら、ヒミコはひとりごちた。

「まあ、正月早々不景気なのもつまらんし。どうとでも取れる内容だから間違いではないじゃろ……」










「おおっ、ピート。やはりおぬしも来ておったか!!」
「ハッピーニューイヤー! ピートさん」

 ピートが鳥居を出たところで、ちょうど山道を登ってくる人影に声をかけられた。

「カオスさん! マリアも! あけましておめでとうございます!」

 この二人とは仕事でちょくちょく顔を合わせているのでピートにとってそれほど久しぶりというわけではなかったが、懐かしいこの場所でこの時に会えたのにはちょっとした喜びがある。

「いや、でも、少し遅かったですね。異界への入り口は残念ながらもう閉じちゃいましたよ」「しかしおぬし、少し早かったのう。日の出まではまだしばらくあるぞ」
「「え゛………!?」」

 勢い込んで二人同時に話し、二人同時に顔を見合わせる。

「異界への通路って…こー、なんじゃ。初日の出の朝日が鳥居に差し込むと、それが光の道になるとかじゃなかったかのう?」
「いえ、それもすごくそれっぽいんですけど、違いますよ。真夜中の0時に開くんです。いま僕が行って来たんですから確かですよ」
「しまったぁぁあぁぁぁ!! なんということだ!! ドクター・カオス、一生の不覚じゃ!!」

 ピートの話を聞いて、カオスはその場で大仰に頭を抱え込んだ。
 そんないつも通りの仕草に少しホッとするような気がしながら、ピートが声をかける。

「大丈夫ですよ。僕らにはまた1000年後があるじゃないですか。それに神秘って言っても実際の内容はほとんどおみ……」「神秘だと!? いまはそんな事はどうでも良いッッ!!」「えぇえ? でも、ぅ…………」

 カオスは鬼気迫る形相でピートを黙らせ、なぜか慌てた様子でマリアを呼びつけた。

「おいっ、マリア! ここからずらかるぞ! 全速力じゃ!!」
「イエス・ドクター! カオス!! グッバイ、ピートさん」

 カオスがマリアの背に乗り、マリアが足のジェットをふかす。しかしその瞬間。

「待て〜〜〜い!!」
「話は聞いたわよ、このクソジジイ!!」
「ヘーイ、ゴーツクジーサン。チョットマツデース!!!」
「話がちげーじゃねーかー!!」
「あんたこれサギよ! サギ!!」

 大勢の人間が山道を登ってきて、ドクター・カオスに殺到した。
 巫女の格好をした者。商売道具らしき大きな荷物を背負った者。異国風の妖しいいでたちをした者……
 それは1000年前に厄珍の情報を買って集まったGSたちと、ちょうど同じような感じだった。

「だぁぁ。待てッ! ちょっと待てッ! これには深いワケがあるのだ!! 騙したわけではないのだ!! だから落ち着け!!」

「何がワケよ! 聞いてたわよ。アンタ、ただ忘れてただけじゃないのよッ!!」

「千年前のことじゃぞ。そんな昔のこと、ハッキリ覚えとらんわい。数時間の誤差くらい、多めに見ろ!」

「ふざけんなっ、ガセネタ掴ませやがって。金返せ!ジジィッッ!!」


 いきなり目の前で始まった乱闘に、ピートは呆気に取られた。
 そこでふと自分の横に所在無さげに立っているマリアに気づき、聞いてみる。

「マリア。これはいったい……?」

「ドクター・カオスは・自筆の古文書・多くのGSに・売りました。1000年前の・ミスタ・厄珍と・いっしょ」

「マリア〜〜〜! なにをしておる!! 早く助け出さんかっっ!!」

 殺到する人々に飲まれかけながらも、カオスが助けを求める声を上げる。

「イエス・ドクター・カオス!! マリア・援護します!!」

 即座に応じたマリアが、さっそく腕の銃をぶっぱなす。

「ゎ――――ッッ!! わしの居る中に向かって撃つな〜〜〜ッッ!!」

「銃ごときに怯むなッッ! ゴーツクジジィから金を取り戻せっっ!!」
「「「「おぉ〜〜〜〜!!!」」」」

 山奥の社に悲鳴や怒声が響き渡り、超常能力や呪的アイテムが飛び交う。


 ピートはその喧騒から一歩引いた場所で、最初はただ呆然と目の前に事態を眺めていた。

 しかし、その顔に次第に笑みのようなものが浮かんでくる。

「変わらないなぁ。なんか、こういうのも懐かしい……」

 そこでふと、さっきのヒミコの言葉を思い出す。

「そっか。懐かしい出会いって、人じゃなくて、こういうことだったのかな……? でも……」

 はたともう一度、目の前の喧騒に目をやる。
 この中にはカオスとマリア以外に、ピートの顔なじみは居ない。
 にもかかわらず、その雰囲気はずっと前からの馴染みのように、心休まるものがあった。

「この懐かしさは、いつでも得ることができるんだ。たとえ何年が過ぎ去っても、たとえ知り合いが居なくなっても、僕がこの仕事に関わる限り。この世界にこの仕事がある限り……」


 すっきりした表情で顔を上げたピートは、目の前の状況を収拾しようかとも思ったが、思いなおしてそのまま喧騒に背を向けた。
 このバカ騒ぎもGSなりの楽しみの一つ、わざわざ自分が水をさすこともないだろう。

 去り際に一瞬だけ立ち止まり、同業者たちに向けてそっと呟く。

「来年も…いや、これからも。よろしくお願いします」

 ピートが去っていく山道の正面、東の空からはちょうど初日が顔を出し、
 集まったGSたちも社も鳥居も、千年前と変わらぬ光で照らしあげんとするところだった

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