ザ・グレート・展開予測ショー

ジーク&ワルキューレ出向大作戦9 『LAST MISSION 聖夜の黄昏 5』


投稿者名:丸々
投稿日時:(05/12/31)

「さて、それでは義体への霊基片移植手術を開始する。
執刀はマリア、サポートはドグラとこのわし、カオスが担当する。
時間に余裕はあるので慎重に作業を進める事……それでは始めるぞ。」


マリアが向かい合う手術台の上には、黒髪のボブカットの女性が横たわっている。
どう見ても生きているようにしか見えなかったが、これはドグラが造り上げた義体なのだ。

プログラミングされた手順通り、マリアはメスを持ち手術を開始した。
機械の身体である彼女なら、万に一つのミスも起こり得ない。





































「やれやれ、やはり空間を封鎖されているか……上空からの攻撃は不可能だな。」


ワルキューレが空を見上げ溜め息をついていた。
夜空が広がっているはずの空は、緑の膜のような物に包まれ、上空には凄まじい霊圧が渦を巻いているようだ。
もしも上空に舞い上がれば霊圧に巻き込まれバラバラにされかねない。これでは低空飛行以外は不可能だ。

山を見下ろすと、凄まじい数の黒い大群が向かって来ているのが嫌でも目に入った。
それはまるで、巨大な砂糖の山を覆いつくさんとする蟻の群れのようだった。

――壮観だな。
鼻で笑いながら、静かに呟いた。

妙神山の唯一の入り口である鬼門の前でワルキューレ達が集合していた。
絶望的な戦力差を前に、士気を高めるため最後の檄を飛ばす。


「見ての通り、彼我の戦力差は絶望的と言わざるをえんだろう……
だがしかし!我らに負けは許されない!理由は諸君も知っているだろう!
我らの敗走は即ち、最高指導者の身を危険に晒す事になり、それは最終戦争への引き金となる!
現状はまさに世界滅亡への瀬戸際と言えるだろう……」


少し声のトーンを落とし、皆の表情を窺う。
一人たりとも臆していない事を確認し、続ける。


「世界の危機は数年前にも訪れた!諸君らも知っているだろう、魔神アシュタロスだ!
だが!世界は滅びず、我らもまたこうして生き長らえている!それは何故か!?
アシュタロスは人間に敗れたのだ!あの力無き、小さな存在だと思われていた人間にだ!
そして今この時、またもや世界は危険に晒されている!ならばどうする!?
今この場にいるのは我らのみ!誰が戦う!?誰が守る!?」


皆の瞳に、炎にも似た光が宿るのを確かめる。


「我らだ!今この時!世界を救えるのは我らしかいないのだ!!
今までの厳しい訓練は、今この瞬間のためにあったと思え!!
諸君らの奮戦に期待する!!以上だ!!」


『イエス・サー!!!!』


一糸乱れぬ動きで敬礼し、隊員が声を張り上げ、演説に応えた。
わずか10人足らずにも関わらず、その号令は大地を揺るがす程に力強かった。
皆、荒ぶる魂を抑えきれないかのように、猛然と駆け出していった。








無線機を通し、配置についた隊員たちの耳にジークの言葉が響く。


「……横島君からの要望を伝える。
決して誰も己を犠牲にしないで欲しい、との事だ。
私からも頼む、全員生き残り、ルシオラの復活を祝福してやってくれ。
それでは皆の健闘に期待する。」


ブツッと音を立て無線機が切れる。
豹頭の魔族はくくっと喉を鳴らした。

なんとも甘い事を言う。軍人が命を惜しんで任務を遂行できるものか。
命を惜しむ人間の考えそうな事だ。なんとも軟弱な。

浮かぶ言葉とは裏腹に、彼の顔には笑みが浮かんでいた。

だが面白い男だ。想い人が懸かっているにも関わらず、我等の身を案じているとは。
ああ、了解だ。その頼み聞き入れるとも。あのデミアンから隊長を救ってくれた君の頼みだ。
生きて戻り、君と彼女を祝福してやるさ。ああ、約束だ。


昂ぶる霊力を腰に差した二本の曲刀に纏わせる。
豹頭の魔族の心の奥底に潜む、全てを粉々にするかのような破壊衝動を解放する。
魔族の闘争本能を剥き出しにした壮絶な笑みを浮かべ、眼前に迫った黒い集団に斬り込んでいった。






















「こいつら……!
あーもう!しつこいでちゅ!!」


戦場には不似合いな少女の声が響き渡る。
遊軍として戦場を駆け回り、高出力の霊波砲で謎の敵を吹き飛ばしていた。

正直言って、敵は拍子抜けする程弱かった。
見た目と同様、まるで敵はマネキンのようだった。
人の形をしているが関節は存在せず、その動く姿は硬質な流動体を連想させる。
顔には表情どころか目や鼻、ましてや触覚すらなく、どこで情報を受け取っているのか全く理解できなかった。

不気味な外見をしているが、力や速さにそれほど見るべき所も無い、大した事のない相手だった。
上級魔族の力を持つ少女にとって屠るのは容易かった。
他の戦っている者達も同様だった。

だが、その数に頼った戦術が厄介だった。
しかも、相手は多少身体が吹き飛ばされても、まるで気にせずに突っ込んでくるのだ。
吹き飛ばされた箇所からは血液はおろか、体液すらも流れていない。

彼女の眷属を使い、毒で動きを止めようとも試みてはいたが、神経が通っていないのか、毒は効果が無かった。
結局は力に任せた高出力の霊波砲で粉々にするしかないのだ。

もしもこんな調子で攻められ続ければ、疲れて動けなくなった所をやられてしまうかも知れない。
何度吹き飛ばしても吹き飛ばしても、その度にゾロゾロと集まって来るのだ。
無限に続くのではないかと思わせる程の敵の数に、ほんの少し集中力が途切れてしまった。


「うわ!?離すでちゅ!
この……!」


一瞬の隙を突かれ、背後から近付いていた敵に羽交い絞めにされていた。
力尽くで振りほどこうとした時、少女の背中にぞくりと寒気が走った。

自分を押さえ込む相手からは何も感じないのだ。
命はおろか、意思や、思考、感情すらも。
ゴーレムや兵鬼ですら何某かの力の流れを感じるはずなのだ。

硬質な感触だった敵の表面がぐにゃりと歪み、粘性の物へと変化する。
まるでコールタールのようにパピリオの身体を包み込み始めた。


「う……うわぁぁぁぁぁ!!」


肉体に浸入されるような不快感に、思わず全力で霊波を放出し、周囲を吹き飛ばす。
荒い息を吐きながら背中を確かめると、不快なヘドロのような敵の一部がこびりついていた。
ヘドロはまた硬質な物へと変化し、パピリオの背中から剥がれ落ちた。

この時初めてパピリオは敵の戦法を理解した。
ただひたすら数で包み込み、自分の肉体を使い相手を拘束する。
取り付かれたのが一体だけだったので今回は難を逃れることが出来たが、もしもこれを集団でされていたら。
しかも長い戦闘の果てに、心身ともに疲弊していたら。
まず間違いなく捕らえられ、その後は相手の好きなように嬲られてしまうだろう。

今までは只の数が鬱陶しいだけの相手だと思っていたが、どうやらかなり危険な敵のようだ。
パピリオは気を引き締め直し、敵についてわかった事をジークに報告した。























人影は懐中時計を眺めながら、山の上から聞こえてくる爆音に耳を傾けていた。
魔族の戦闘本能が渦巻く戦場を哀しげな表情で見上げる。
その間も横を黒い集団が駆け抜け、次々と戦場に向けて走って行った。
既に数百体の仲間が倒されているというのに、黒い人形の足取りに迷いは無かった。

戦闘が始まりそろそろ30分が経とうとしていた。
手術の開始から30分後に開戦。そして現在戦闘開始から30分が経過していた。

懐中時計の針は逆方向に回転し、残り時間が2時間になった事を伝えていた。


「そろそろ良いか……」


呟き、何かに想いを馳せるように目を閉じた。























「べスパ、こんな所で何をしているのですか。」


建物の中を見回っていた小竜姫は、戦場にいる筈の人物と出くわし驚いていた。


「私は遊軍だから。」


素っ気無く答えると、小竜姫とすれ違い通路の奥に消えていった。
何となく妙な感じがしたので気になったが、今はそれ所では無い。警戒を続けなくてはならない。
小竜姫は何か妙な気配は無いか、神経を尖らせると再び見回りを開始した。



















「――了解した。良くやったな、パピリオ。」


無線を通じてパピリオの報告を受けたジークが褒めている。
パピリオの話によれば、敵は一体一体は手強いとは言えないが、どうやら油断すれば危険な相手のようだ。
皆に気を引き締めるように改めて伝える。

目の前の敵を吹き飛ばし、破片として飛び散った腕を拾い上げる。
断面図には骨や神経といった物は存在していなかった。
まるで何らかの目的のために行動する、ゴムの塊のようだった。
ヒャクメの言っていた通り、確かにこれは生き物ですらなかった。

記憶の底から敵の正体として有り得そうな物を拾い上げる。

ゴーレム?
違う。これは操られているという感じではない。それにゴーレムにしては数が多すぎる。
製造過程における手間を考えると、ここまで大量に投下するのはむしろ効率が悪い。

兵鬼?
それも違う。魔族の肉体を使って造り上げた戦闘兵器が兵鬼と呼ばれる物なのだ。
このゴムのような肉体は魔族の物ではない。それに、やはり兵鬼にしては数が多すぎる。


残る可能性は――――


ホムンクルス、か。


結論として残った以上、これが一番可能性が高い。
ホムンクルスとは、触媒に術者が霊力を注ぎ込み、プログラムした行動を行わせる事が出来る魔法生物だ。
奴らは魂がなければ精神も無い。目の前に群がるこの虚ろな敵の特徴とも一致する。
自分の意思を持たないため、複雑な戦闘をこなせないという点も一致する。

だが一つ問題がある。肝心のホムンクルスの『触媒』をこれほど大量に製造する事が出来ないのだ。
今現存している魔界の技術では精々一度に造り出せるホムンクルスは10体程度だろう。
何故か?複雑な命令をこなせないホムンクルスは使い勝手があまり良くないのだ。
そのため、召使には使い魔を使役する事が主流となった今では、完全に過去の遺物となった筈なのだ。

だが、今自分達に襲い掛かっているのはホムンクルスと思って間違いないだろう。
しかし何故使い魔を使わない?これだけの数のホムンクルスを操れるなら、かなり手強い使い魔も使役できるはずなのに。

陽動にしろ、何か目的があるにしろ、どうにも効率が悪いやり方としか思えなかった。
何かを見落としているような不快感に襲われながらも、身体は目の前の敵を屠るべく動いていた。























『霊基片・生体コアに・移植完了。
これより・霊基片と義体との・接続を開始します。』


胸骨の奥、人間で言う心臓の位置に埋め込まれた義体の中枢部の最も深い場所にルシオラの霊基片は埋め込まれた。
ここまで約一時間掛かっているが、何層にも積み重ねられた中枢部の装甲を一枚ずつ解除しながらの作業を考えれば、かなり手際良く進んでいると言えるだろう。


『カオス、こっちは順調じゃ。何時でも起動できるぞ。』


義体に繋がれたモニターを睨みながらドグラがカオスに声を掛ける。
カオスも場の霊圧が一定に保たれていることを確認し、頷く。

最高指導者の結界により、室内の霊気は恐ろしく澄み切っていた。
どれほど高名な霊峰であろうと、ここまで清浄は霊気は存在しないだろう。
霊基片と義体を順応させるには最適な環境だった。

カオスにとっても、この二年間はこの瞬間のためだけに費やされていた。
二年前の事件の負債を清算するために、そしてあのどこか憎めない少年のために。
失敗は決して許されない。


『それじゃ、行くぞ!』


掛け声と共にドグラが義体を起動させる。
中枢部がまるで心臓のように鼓動を刻み、全身に張り巡らされた神経と接続されていく。

霊基片の様子をモニターで監視しているカオスの額に大粒の汗が浮かぶ。
拒絶反応で霊基片が粉微塵にならなければ、この手術は成功したも同然なのだ。


(嬢ちゃん……耐えてくれ……!
小僧が待っておるんじゃ……まだお主は戻る事が出来るんじゃぞ……!!)


義体の稼働率を示した数値が80%を超えようとしていた。

――82%

――88%


――91%


まだじゃ、まだいける!

カオスの手の平が汗で濡れる。


――96%


――97%


――99%


頼む、いってくれ!!

大粒の汗がモニターに落ちる。


――100%







無機質な電子音が室内に鳴り響く。

目を見開き、モニターを振り返ったカオスの目に飛び込んだのは――――








異常なく中枢部に収まっている、ルシオラの霊基片だった。










『おお!成功じゃー!!』

ドグラが飛び上がり喝采していた。

カオスもぐったりと椅子に深くもたれかかり、大きな溜め息をつく。

「ふぅ、寿命が100年は縮んだぞ、まったく。」

その疲れた声色とは裏腹に、その表情は見事やり遂げた満足感に溢れていた。




「さて、これですぐ目を覚ますじゃろう。
目を覚ましてくれればもう安心じゃ。」

『ルシオラの奴驚くぞ〜。なんせ、また現世で活動できるんじゃからな。』


マリアが手術道具を片付ける横で、ドグラとカオスの緊張の糸が切れ、椅子から動けなくなっていた。
てきぱきと手際良く作業を進めるマリアの表情も、今この時ばかりは微笑んでいるように見えた事だろう。






















「……妙だな。」


戦場を駆け巡るワルキューレがぽつりと漏らした。
考え事をしながらも、身体は群がる敵を引き裂き、打ち抜き、粉々にしている。

あまりに手応えが無い相手に、百戦錬磨のワルキューレは違和感を抱いた。

彼女はこの事件の背後には神話クラスの存在が潜んでいると考えていた。
だがこの攻め方は何なのだ?一体何がしたいのかわからない。
玉砕覚悟の特攻が通じるほど、上級魔族は弱くない事くらい少し考えればわかるはずだ。

これは陽動だと今ではほぼ確信していたが、それでも腑に落ちない。
まるで、無駄な犠牲を避けるために命の無い人形を使っているようなのだ。

それは魔界軍の考え方では無いし、まして神界のやり方でもない。
どちらも己に敵対する者は一切の容赦なく叩き潰すのが基本なのだ。
ワルキューレ達が邪魔なのなら、それこそ神話級の魔獣や神獣をけしかけて来てもおかしくない。

戦のプロを自任するワルキューレにとって、全く理解できなかった。


新たに現れた黒い人形達を吹き飛ばしたその時――――







「――――小竜姫!?」






彼女が信頼する数少ない神族の霊圧が、大きく弾けるのを感じた。
























『ドクター・カオス・手術器具の収納・全て終了しました』

「おお、すまんなマリア。ところで嬢ちゃんの様子はどうじゃ?
もう目を覚ましとるじゃろう。」

『ノー、ミス・ルシオラは・まだ目覚めていません』

「なんじゃと!?」


椅子から慌てて立ち上がり、手術台に向かう。
そこにはさっきと変わらぬ姿で女性が横たわっていた。


「おいドグラ!そっちはどうなっておる!?」


異変を察し、ドグラも慌てて計器と向かい合う。


『か、稼働率は100%じゃぞ!?
なんで目を覚まさんのだ!?』

「くっ……いったいどういう事じゃ……!」


ぎりと歯を噛み締めるカオスを嘲笑うかのように、時計の針は進み続けている。
彼らに残された時間は、後1時間に迫っていた。





















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