ザ・グレート・展開予測ショー

ジーク&ワルキューレ出向大作戦9 『LAST MISSION 聖夜の黄昏 3』


投稿者名:丸々
投稿日時:(05/12/27)

「横島君、来週のクリスマスパーティーで何か食べたい物ある?」

「え!?」


雇い主の言葉に書類を整理していた少年が慌てて振り返った。
事務所の他のメンバー達は、いきなり声を上げた少年を不思議そうに見ている。


「どうしたんですか、横島さん。去年もクリスマスパーティーしたじゃないですか。」

「クリスマスくらいは好きな物食べさせてあげるから、遠慮しないで言いなさいよ。
どうせ普段はろくな物食べてないんでしょ。」

「それが、その、何と言うか、ですね。」


横島は気まずそうに視線を泳がせ言葉を濁している。


「あんた、さっきから挙動不審よ?」

「どうかしたのでござるか先生。」


おかしな態度の横島が気になったのか、タマモとシロも寄って来ていた。
何かを決心するかのように目をきつく閉じると、いきなり雇い主に向けて勢いよく頭を下げた。


「すんません!
今年はちょっと予定があるので顔を出せそうにないんです!」


ぎょっと驚きの表情を浮かべる面々に慌てて言葉を続ける。


「あ、いや、実はですね、お袋にナルニアに顔を出すように言われてるんです。
前に帰国した時以来会ってなかったんで、色々と話さなきゃいけない事があるんです。」


いきなりのキャンセル発言に美神の眉がつり上がりかけたが、最後の言葉を聞くと、逆に暗い表情で目を伏せた。


「そう、わかったわ。
そういう事じゃ仕方ないわね。その代わり、忘年会には顔を出しなさいよ。
あんたがいないと盛り上がらないんだから。」

「……ありがとうございます。」













「意外ね。『あんたに断る権利なんてないのよ!』とか言い出すと思ったのに。
美神さんにしちゃ、今日は随分優しいのね。」

「タマモちゃん、駄目よ。」


軽口を叩くタマモを窘めるようにおキヌが静かに諭す。
書類の整理を終えた横島はすでに帰宅していた。
タマモは肩をすくめるとソファーに横になり、読みかけだったファッション雑誌の続きを楽しみ始めた。


「しかし、先生の母上殿でござるか。
いったいどのような方なのででござろうか。」


どうにもイメージが湧かず、シロが首を捻る。


「色々と凄い人よ。それに、とても怖い人……」


優しくシロの頭を撫でてやると、お茶の用意を手伝ってもらうためキッチンに連れ立っていった。
美神を一人にしてあげようという、おキヌの気遣いだった。

美神は一人背を向け、窓の外を眺めていた。
二年前のあの事件を思い出しているのか、その表情は暗く沈んでいた。

























「最低だな……俺……」


一人家路を歩きながら少年は静かに呟いていた。
ここまで来てしまったのだ。隠すしか無い。
それは理解している。

だが、美神が気にしている事を知りながら、それに付け込むような断り方は卑怯な手だった。
自分のやっている事は、暗に彼女達を信頼していないと言っているのと同義だった。


「本当にごめん、皆……それでも俺は……」



――――ルシオラに逢いたいんだ。



知らぬ内に溢れ出していた涙を拭い、少年は家路を急いだ。







































「それじゃ、そろそろ出ようか。ルシオラ。」


蛍の形をしたルシオラの霊気片をそっと布で包み、胸ポケットにしまい込む。


「カオスは九時までに妙神山に来いって言ってたしな。
少し街を見て回ろうか。クリスマスの街って綺麗なんだぜ。活気もあるしさ。」


ルシオラから返事はなかったが、横島は元気良く街へ繰り出した。








まだ昼前だったが、街はクリスマスムードに包まれ人々の笑顔が溢れている。

ぶらぶらと繁華街を歩くだけでもそれなりに楽しめた。
そろそろ妙神山に向かおうかと考え始めていると、何者かに突然腕を掴まれた。

驚いて振り返ると、そこには険しい顔をした事務所の面々が立っていた。


「……ナルニアに行くんじゃなかったの。」


尾けられた!?思わず横島の表情が固まった。

いや、違う。
彼女達が手に持っている紙袋から、ただの買物帰りだという事が窺える。
となると、ここで出会ったのは偶然。
こんな事になるなら寄り道せずに妙神山に向かうべきだった。


「……嘘だったみたいね。」


固まったままの表情の横島を見つめ、美神がうんざりしたように息を吐いた。
冷たい怒りが美神の身体から立ち昇る。
それは、普段のお仕置きの時の、冗談混じりの怒りでは決して無かった。


「ま、待って下さい美神さん!
横島さんにも何か事情があるのかもしれないじゃないですか。
そうですよね、横島さん!」


おキヌが横島と美神の間に必死で割って入る。
普段とは全く異質な怒りをおキヌも感じ取っていた。


「み、美神どの、街中でござるし、ここは一つどうか穏便に。」

「今でも既に充分人目を惹いちゃってるわよ。
とりあえず横島の言い分を聞いてあげたら?」


シロとタマモもなだめていたが、美神の冷たい眼差しは変わらない。


「どういうつもりか、言ってみなさいよ。」


皆の視線が横島に突き刺さる。
顔を伏せている横島の口元に自嘲するような薄い笑みが浮かんだ。

次の瞬間、何も言わずに美神達に背を向け、人混みの中を駆け出した。


「よ・こ・し・まァァァ!!」


魔族も裸足で逃げ出すような怒声をあげ、美神も横島を捕らえるべく走り出した。
その殺意に溢れた怒声は、興味本位で彼らの様子を伺っていた野次馬達が一斉に逃げ出すほどのものだった。
凄まじい速度で横島に美神が追い付く。

おキヌ達の制止の声にも耳を貸さず、背後から振り降ろされた神通棍が横島の脳天を打ち砕く瞬間――――










「うわっ!」


黒髪を腰まで伸ばしたスーツ姿の男が慌てて跳びのいた。
凄まじい霊力が込められた神通棍は地面に大穴を穿っていた。

地面に敷かれているはずのアスファルトは吹き飛び、その下の地肌が剥き出しになっている。


「れ、令子ちゃん、僕を殺す気か!?」


地面の惨状に思わず男が尻餅をつく。
もしも避けていなければ文字通り粉々になっていたかもしれない。


「あ、あれ、西条さん?」

「『あれ?』じゃないよ。
まったく。」


やれやれと溜め息をつきながら起き上がる。


「――え、どうして事務所の前に?」

「――うぅ、先生がいないでござる。おや、何故事務所に戻って来ているのでござるか。」

「――…………」


気付けば何時の間にか繁華街から事務所の前に移動していた。
首を傾げるおキヌとシロだったが、タマモは何かを感じたのか鋭い視線で周囲を警戒している。


「……恐らく文珠ね。やられたわ。」


状況を理解した美神が歯を軋ませる。
どうやら彼女達は事務所の前まで転移させられたようだ。

偶然事務所の前に居合わせたお陰で、危うく殺されかけた西条はタイミングが悪かったとしか言いようが無い。


美神が肩を怒らせながら事務所に入っていくのを呆然と西条が見送っていた。







































「来たか、小僧。」


机に向かったまま老人が振り返りもせず口を開く。
妙神山に特別に作られたカオスの部屋の扉を開き、少年が立っていた。


「……ぬぅ、浮かない顔をしておるのう。
やはり迷っておるのか?」

「いや、そんな事ない。ただ、プライベートでちょっと失敗しただけだ。」


振り返ったカオスは思わず目を疑った。
目を伏せた少年の姿からはちょっとどころの失敗だったとは思えない。
だがあえてカオスは詮索しなかった。


「……ここにいたのか。そろそろ準備を始めるぞ。
ドクター、頼む。」


振り返るとワルキューレが呼びに来ていた。
浮かない表情のままの横島を連れ、移植計画は遂に始まった。




転送ゲートを通り、横島とカオスが打ち合わせの空間に入ると既に今回の計画の参加者が集まっていた。

神界の武神斉天大聖、竜神小竜姫、調査官ヒャクメ。
魔界の軍人ワルキューレとジーク、さらにべスパを含むワルキューレの部隊の魔族10名、そして妙神山居候のパピリオ。

これだけの神魔族が集まれば凄まじい霊圧が渦巻いている筈だったが、斉天大聖の管理する空間は霊圧を抑えるよう設定されており、
普通の人間ならそれだけで押し潰されるほどの霊圧は完全に封じ込められていた。

ジークやべスパなどの顔見知りの中に、見た事の無い魔族の集団がいることに気付き、横島が身構える。
カオスも初めて知ったらしく、どういう事かと目でワルキューレに問い掛けていた。
ワルキューレが説明しようとした時、魔族の集団の中から豹頭の魔族が横島の方に進み出た。
その豹の魔族が腰に刺している二本の曲刀を警戒し、横島が何時でも文珠を造り出せるよう、掌に霊力を集める。

だがその魔族は横島の前に来ると、無防備にすっと右手を差し出した。


『君が横島殿だな。ワルキューレ隊長の命を救って頂き、感謝している。』

「え、あ、いや、ちょっと、何の話だよ。」


魔族にいきなり握手を求められ、横島が狼狽している。
今まで心を通わせた魔族は殆ど人間の姿をしていたので、今回の豹の姿をした魔族は敵かと思ってしまったのだ。


『私はこの小隊の副官を務めている者だ。
今日は君の、と言うか、ルシオラ殿の護衛のためにここに来た。』

「貴様は知らんで良い事だが、今日の計画にかなりのVIPも参加するのだ。
何も起こらんとは思うが、それでも一応警戒のために私の部隊を召集しておいた。」

「え、って事は、わざわざ俺達のために魔界から来てくれてるのか?」


今までカオスとの打ち合わせを主に行っていたので、今この時までここまで大事になっているとは知らなかったのだ。
まさか自分達のために護衛まで用意されているとは――

驚くと同時に、胸が熱くなる。


「なんだか、正直驚いたけど、あんた達の気持ちは凄く嬉しいよ。
わざわざ来てくれて、本当にありがとうな。」


差し出されていた右手を握り、固く握手を交わす。
豹頭の魔族も力強く握り返し二人は笑みを浮かべていた。









「あれ、ジーク。少し痩せたんじゃないか?」


何度も腕時計で時間を確かめている知り合いに横島が声をかけた。
二ヶ月ほど前に最後に顔を合わせた時はもう少し元気そうだったはずだ。
今日の彼は目の下には濃いクマができ、やつれていた。


「ああ、最近寝不足なので。
別にたいした事無いですよ。激しく眩暈がするだけですから。」

「なんだか知らんけど、相変わらず苦労してるみたいだなぁ。」


そりゃあ結構たいした事あるような、といった表情で横島が気を遣っていた。

ジークは今日の最高指導者の降臨を隠し通すために寝食を削りスケジュールを考えていたのだ。
斉天大聖や最高指導者本人を通し、邪魔になりそうな相手を事前に調べ上げ、対処法を考えていた。
ある者には特別任務が割り振られ、ある者は仕事量が何故かこの日に限って倍増していた。
何とかしてこの計画から目を逸らさせるため、出来る限りの手を尽くしていたのだ。

もちろんジークに命令する権限など無いので、これらの処理は全て最高指導者を通じて行われていた。
武闘派の連中もデタント強硬派の連中も、今この瞬間、全く別の任務に忙殺されていた。
そして神界や魔界の中立派の連中も、今日はクリスマスという事もあり、お祭り騒ぎだった。
別に魔界の連中にとってクリスマスは大した意味は無い筈だが、何のことは無い。
彼らとて何かを理由にして騒ぎたいのだ。

今この瞬間、最高指導者が何をしているかなど、気にする者は皆無の筈だ。
こうして考えてみると、確かに今日は一年に一度、唯一ルシオラ復活の条件が揃う日だった。

時計を睨みながらブツブツ言っているジークは置いておき、横島は久しぶりに顔を合わす相手に挨拶に行く事にした。








「お久しぶりッス小竜姫様、老師。」

「お久しぶりです横島さん。
元気にやっていましたか?」

「こら小僧、普通師匠であるワシを先に呼ばんか。
ま、そんな細かい事をお主に期待しとらんがな。」


慌てて謝る横島に老師が声を上げて笑う。
細かいことを気にする弟子は小竜姫だけで充分間に合っていた。

挨拶を終えると、二人の表情が穏やかなものから、真剣なものへと変化した。


「お主には随分長い間待たせてしまったな、すまぬ。」

「神でありながら、結局あなたの力にはなれませんでしたね。
私たちに出来る事があれば何でも言ってください。せめてもの償いとして。」


頭を下げる二人に驚き、慌てて遮る。


「ちょ、ちょっと何してんですか!
別にルシオラが犠牲になったのは二人のせいじゃないんですから、頼みますから顔を上げてくださいよ。」


そこでふと横島の表情が曇る。
考えてみればもう事務所に顔を出せそうに無いのだ。
嘘をついて美神達を騙したのが発覚してしまった以上、仕方が無かったが。


「あの、もし何か頼みを聞いてくれるんなら、しばらくここに置いてもらえませんか。
ちょっと美神さんと喧嘩しちゃって、帰れそうに無いんです。」


さっきは何とか逃げ切れたようだが次も逃げ切れるとは限らない。
ならば向こうの怒りが収まるまでの間、身を隠す場所が必要だった。

快く了承され、ほっと一安心しつつ、次の挨拶のためにその場を離れた。












「よ、ヒャクメ、久しぶり。」

「い、いくらなんでも馴れ馴れし過ぎるのねー。
ちゃんと私も小竜姫達みたいに敬って欲しいのね。」

「そう言われてもなぁ……あんた、役に立たんし。」

「あーー!それは禁句なのねーー!!
今日こそはちゃんと役に立つんだから、しっかり見てるのね。」

「って、何かしてくれるのか?」

「私の心眼で周辺に不審な動きが無いか、常にチェックしてるのね!
もう役立たずの汚名は返上させてもらうのねー!」

「ふーん、監視カメラみたいなもんか。」

「そんな物と一緒にされたくないのねー!
って横島さんまだ話は終わって無――――」


はいはい、と軽く手を振ると横島はその場を離れた。
相手は神様だと頭では理解しているのだが、何故か彼女は敬う気がしないのだ。
なんでかなー、と首を捻りながら横島は次の相手の所に移動していた。












「えーと、元気にしてたか、パピリオ。」


膝を抱えてうずくまっている少女に努めて明るく話しかける。
緊張しているのか、横島が話しかけるまで彼の存在にすら気付いていなかったようだ。
はっと横島を見上げると、いきなり彼の身体に抱きついてきた。

突然の事に驚きながらも、少女の身体が震えている事に気付く。
背中に手を回してやり、とんとんと背中を優しく叩き、落ち着かせる。


「どーしたんだよパピリオ。こんなに震えて大丈夫か、お前?」

「ヨコシマは不安じゃないんでちゅか?
もしも失敗したらルシオラちゃんにはもう絶対に逢えなくなるんでちゅよ!?」


不安でたまらない事を隠そうともしない少女に横島が優しく語りかける。


「そりゃあ、俺だってすっげー不安だよ。
でもさ、それと同じくらいワクワクしてるんだ。
だって考えても見ろよ。これが成功したら明日にはルシオラと逢えるんだぜ?」

「そうでちゅけど……でも、もし失敗したら!」

「そん時はそん時さ。言っとくけどな、例えこれが失敗しても俺は諦めるつもりなんて無いんだぞ。
カオスのじーさんが何と言おうと、どんな手を使おうとも、俺は絶対に諦めないね。
これに失敗したらルシオラの魂が壊れる?知るかよそんなこと。
それならそれで別の方法を考えるさ。あ、でも、そん時はお前も手伝ってくれよ?」


無茶苦茶な理屈をキッパリと言い切る横島にパピリオが目を丸くする。
パピリオの不安を根底から覆すような発言に、思わず少女の顔に笑みがこぼれる。


「そうでちゅね、ヨコシマなら絶対諦めないでちゅよね……」


その一念で彼女の創造主である魔神すら退けた男の言葉だ。
その力強い言葉は不安に怯えていた少女に何よりも力を与えてくれた。
気が付けば少女の身体の震えは止まっていた。


少女のそばにいた女性が、少女が落ち着いたのを見届けその場を離れようとした。


「あ、その、久しぶりだな、べスパ。」


振り返らずに女性が足を止める。


「……姉さんともう一度逢えるように祈ってるよ。」


それだけ言うと歩き去っていった。
横島もそれ以上言葉をかけられず、ただ黙って見送っていた。

彼女も横島と同様に大切な存在を失っているのだ。
そしてその相手は決して戻らない。
彼自身それを望まないし、この世界もそれを許しはしないのだ。

その大切な存在を直接倒したのが横島達だった。
その横島の想い人がこの世に戻ろうとしているのを、彼女はどう受け止めているのか。


「……あれ、あいつ髪切ったのか。」


歩き去るべスパを見送りながら横島がふと呟く。
以前は長く美しい髪が腰あたりまで伸びていた筈なのだが、今見てみると肩口で切り揃えられていた。








「……5……4……3……2……1……時間だな。」


腕時計を睨んでいたジークが呟いた。
それと同時に二人の人物が部屋の真ん中に転移してきた。

彼らが部屋に入った瞬間、霊圧を抑制する空間がぎしりと軋んだ。
斉天大聖の額に大粒の汗が浮かぶ。

(ぬぅ……フンッ!!)

空間に更に霊力を注ぎ込み力づくで安定させる。
次第に、軋んでいた空間も元の平穏を取り戻していった。


「大丈夫ですか、斉天大聖。」


神父服を着た長い黒髪の男がいたわるように声をかける。


「無理なようなら早めに言ってや?
まあ、そう簡単にあんさんがヘバるとは思えんけどな。」


美しい光沢の上物のスーツを着込み、金髪を撫で付けたビジネスマン風の男も声をかける。


「ふん、わしを誰だと思っておるか。
お主ら二人分の霊力など軽く支えて見せるわい。」


斉天大聖は平気な顔を装っているが、実際には彼の霊力は激しく消耗していた。
小竜姫やジークの霊格では気付けないが、この二人は正確に見抜いている。

以前に言っていたように、この空間を維持できるのも恐らく後数時間といった所だろう。





二人の男は部屋の中をぐるりと見渡し、一人の少年に近付いていった。


「やあ、君が横島君やな。君と顔合わすんは初めてやったな。」

「二年前は良く頑張ってくれました。感謝していますよ。」


突然現れた二人に声をかけられ、横島が首を捻る。
何の面識も無い相手にいきなり声をかけられても訳がわからない。
とりあえず何か答えようとしたその時、無意識のうちに彼の足腰から力が抜け、尻餅をついていた。

横島の霊能力者としての本能が、相手の力の大きさを直感的に感じ取ったのだ。
例え霊圧を感じない空間の中とは言え、彼の身体は萎縮して言う事を聞かなくなってしまっていた。


「あ、あんたら……いったい何なんだよ。」


緊張のあまり、喉はカラカラに渇き、声はかすれている。

そんな様子を見て、二人は残念そうに一歩下がった。


「何って、ただの通りすがりのサラリーマンや。」

「ただの通りすがりのしがない神父ですよ。」


それは絶対嘘だ。

頭ではわかってるのに身体が萎縮して突っ込めなかった。










「それでは、お二人とも準備を始めていただけますか。」


敬礼しながらジークが二人を呼びに来た。
二人は名残惜しそうにしていたが背中を向け横島から離れていった。

カオスと斉天大聖、そして遅れて来た二人が光に包まれどこかへ転移する。
残された横島が慌ててジークに話しかけた。


「お、おい!俺は行かなくていいのか!?」

「もうルシオラの霊基片は渡したんだろう?
なら君はここで手術が終わるのを待っていれば良いんだ。
こう言ってはなんだが、精巧な義体への移植手術は外科手術と殆ど変わらないからな。
正直、君がその光景に耐えられるとは思えないぞ。」

「そ、そうなのか?
なら、やめとく。大人しく待つ事にするわ。」


想い人の身体が切開されているのを見たいと思う男はいないだろう。
流石にちょっと想像してしまい顔色が悪くなる横島だった。






































妙神山の麓に一つの人影があった。
胸元から懐中時計を取り出し、時間を確認する。

ふむ、と小さく頷くと、膝をつき大地に掌を押し付けた。
地面についた手が輝き、まるで掌からインクが流れ出るように大地に魔法陣が描かれていく。

完成した魔法陣は半径10メートルにも及ぶ巨大な代物で、サークルの中に六芒星と細かい文字が書き込まれていた。
隅々まで描かれたルーン文字により発動の条件を満たした魔法陣は、鈍い光を放ち、地脈から霊力を吸い上げ始める。
吸い上げた霊力により、鈍い光を放っていた魔法陣が激しく光り輝きだした。

目が眩むほどの強い光を放っていた魔法陣が、突如闇色の円陣に反転する。
光を寄せ付けないかのような深い黒色の円陣がボコボコと泡立ち始めた。

泡立つ円陣からコールタールの様な粘り気の強い漆黒の物体が溢れ出す。
漆黒の物体は不気味に脈動しつつ、無数の人の形へと姿を変えていく。

瞬く間に妙神山の麓に光沢の無い黒い集団が現れていた。
円陣からはこの間も漆黒の物体が溢れ続け、さらに集団は際限無く増え続けている。

粘液状だった人形の表面が次第に硬質化していく。
黒真珠のような表面へと変化した人形から順に、妙神山そのものを包囲するかのように散開する。

既に百体以上もの人形が動き出したのを見届け、人影は満足げに頷き、再び懐中時計を取り出した。


「これで四箇所、そして奴が空間を固定するのが約15分後か……なら、そろそろ動くか。」


山を取り囲むように動く人形達から離れ、一人静かに山道を登り始めた。























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