ザ・グレート・展開予測ショー

ジーク&ワルキューレ出向大作戦9 『LAST MISSION 聖夜の黄昏 1』


投稿者名:丸々
投稿日時:(05/12/25)

規則正しく靴音を響かせながら青年が歩いている。
赤い絨毯が敷かれた廊下はまるで豪奢な邸宅のようだったが、青年とすれ違う者の殆どが人の形をしていなかった。
いや、正確には体格は人間のそれであったが、獣の頭部や、翼や尻尾を生やしている者が大部分だった。

そう、ここは人の住む世界ではなく、魔界でも北欧の魔族が所属する第二軍の総司令部であった。

久しぶりに総司令部に顔を出した青年――ジークフリードに気が付き、
親しげに声をかける者もいたが、当のジークフリード本人はぎこちなく手を振って応えていた。
ジークフリードの額にはうっすらと汗が浮かび、顔色も優れているとは言い難かった。

青年は、まるで中世のヨーロッパの城のような、贅を尽くした廊下を歩いていく。
最奥の扉の前にたどり着いた時、彼の緊張は限界まで高まっていた。
扉の向こうから漏れ出す霊圧に圧倒され、頬を流れ落ちた汗が絨毯に染み込んだ。

深く、静かに息を吸い込み気持ちを落ち着かせる。
意を決して扉を叩き、声を張り上げた。


「魔界第二軍情報部所属、ジークフリード!
特務の報告に参上いたしました!!」


小さく蝶番が軋む音がし、扉が静かに開かれた。
緊張で喉が張り付いてしまいそうになりながら扉が開かれていくのを待っていると、
紫陽花の花びらのような淡い水色の髪の少年がひょいと顔を出し、ジークフリードの顔を見上げ微笑んだ。


「おかえりなさい、久しぶりだねジーク。」


少年の微笑みにつられたのか、それとも同じくらいの背丈のパピリオを思い出したのか、
ジークの頬が緩みかけたが慌てて表情を引き締める。
ジークのそんな姿が可笑しかったのか、少年はくすくす笑いながらジークの手を取り室内に招き入れた。

室内は書棚と机だけという、魔界軍の司令官の部屋にしては実に簡素な内装だった。
部屋の主は勲章や賞状にあまり興味がないのか、部屋の隅に積み上げられ埃をかぶっていた。

古今東西の魔道書が種類ごとに分類され書棚に並べられている。
既に失われた筈の古代の知識さえも納められた書棚は、持ち主であるこの部屋の主が
どれほどの膨大な知識を持つ存在か、見る者に容易に想像させていた。

綺麗に片付けられた――というか殺風景な――室内とは裏腹に、唯一置かれている机の上だけは生活感にあふれていた。
机の上に置かれた書類が、まるで主を隠すかのように、幾つも高く積み上げられている。
書類の山が目隠しの役を果たしていたので見えなかったが、高く積み上げられた書類の向こうから静かな寝息が聞こえていた。

「せっかくちゃんとアポを取ってくれたのに、マスターは居眠りしてるんだ。
ごめんね、ジーク。」


少年がぺこりと頭を下げる。


「いえ、閣下がお疲れという事なら、また後日に改めて。」

「んーん、いつもの昼寝だよ。すぐに起こすからちょっと待っててね。」


少年の言葉に慌ててジークが制止しようとしたが、言い終わらぬ内に少年は机の向こうに回り込んでいた。
少年は何やら声を掛けたり体を揺すったりして相手を起こそうとしているようだ。
ハラハラしながらジークが待っていると、突然室内に鈍い音が響き小さな叫び声とともに机に衝撃が走った。
机の上に積み上げられた書類が、雪崩のように向こう側に崩れ落ちていく。
文字通り書類の山に飲み込まれたが、たいした被害は無かったようだ。
書類の下から呑気に欠伸をする声が上がる。

書類の山をかきわけ、少しウェーブのかかった金髪の青年が姿を現した。
目を覆うほどに伸びた長い前髪を右手でかきあげると、アクアマリンのような透き通る青さの右目があらわになる。
ひっくり返った椅子の隣で、床に座り込んだまま眠そうな眼でうらめしそうに少年を見ている。


「いきなり向こう脛を蹴るなんて酷いじゃないか、スレイ。」


脛をさすりながらスレイと呼ばれた少年を見上げると、スレイは特に反省するでもなく黙ってジークの方を指差している。
どうしてよいかわからずバツの悪そうな表情で立ち尽くしているジークに気がつくと、男は慌てて飛び起きた。


「ああ!すまないジーク、君と会う約束だったな!」

「マスター、ローブを着てください。
霊圧が漏れていますよ。」


スレイの言う通り、この青年から放たれる霊圧でジークはまるで深海の底に放り込まれたかのような凄まじい重圧と息苦しさを感じていた。
思い出したように青年が机の上から丸められた白い物を拾い上げた。

丸められていた物が青年の執務服だと気付いたジークが引きつった笑みを浮かべる。
青年が丸められていた白いゆったりとしたローブに袖を通すと、
先程まで感じていた凄まじい霊圧が、嘘のように消え去っていた。


「これ、丸めると枕にちょうど良くてさ。」


青年は気さくに笑っている。
袖口や裾にルーン文字が刺繍され、
ローブに組み込まれた術式が青年の霊圧が外に漏れないように抑制しているようだ。
重圧から解放されほっと一息ついているジークに笑いかけながら、青年が宙に指先を走らせる。

何も無い空間にルーン文字が浮かび上がり、
次の瞬間、閉めきられている筈の室内に一陣の風が舞い上がった。
風は床に散らばった書類を巻き上げ、元通りに机の上に高く積み上げていた。


「相変わらず魔術の腕は流石の一言ですね、閣下。」


心からの賞賛の声を上げるジークに青年が誇らしげに胸を張る。


「その立派な魔術を雑用にしか使わないなんて、僕は使い魔として恥ずかしいですけどね。」


スレイのじっとりとした視線を肩をすくめて軽く受け流す。


「それにしても閣下、今の魔術はどういうものなのですか。
差し支えなければ聞かせて頂きたいのですが。」


尊敬の念と好奇心に満ちた瞳でジークが尋ねた。
青年は悪戯っぽく微笑むと、大げさに咳払いをして解説を始める。


「ああ、今のは時間の流れを巻き戻して元の状態に戻したのさ。」

「さ、流石は閣下。時間の流れにも干渉出来るなんて……」


驚きのあまりジークが目を丸くしている。
青年は楽しそうにそんなジークの表情を眺めていた。


「悪趣味ですよ、マスター。
ジークはマスターの言葉なら何でも信じるんですから。」


スレイの咎めるような視線に、もう一度青年が笑みを浮かべる。
今の言葉の意味がわからず、ジークが首を傾げた。


「今のは空気の流れを操ってそれっぽく見せただけだよ。
いくらマスターでも時間の流れを操るなんて不可能なんだから。」


おいおい、ネタばらし早過ぎるぞー、と口を尖らせながら青年がジークに手を振る。


「悪い悪い、ついからかってみたくなってな。」


悪びれる事なく青年が笑みを浮かべた。


「貴方という人は……」


ジークが眉間を押さえ、あきれたようにため息をついていた。


「でも、ま、変わってないみたいで安心したよ。」


席を立ちジークに歩み寄る。


「三年ぶりだなジーク。良く無事に帰ってきてくれた。」


優しく微笑みジークの肩にそっと手を置いた。
そこには先程までのふざけた様子は全く無かった。
それはまるで、親が子を慈しむかのような表情だった。






























「――――そうか、まさか人間の機転が我々の知識の上を行くとはなぁ。」


ある作戦の報告を受けた青年が難しい顔をしている。


「ま、改めて考えてみれば、我々にとって眷属は必要に応じて創り出す物であって、
修復して再利用するなんて今まで考えた事も無かったからなぁ……」


椅子に深く座り、腕を組んで一連の流れを冷静に分析する。
三年前この世界から消滅した魔神アシュタロス。
彼が引き起こした一連の事件は神魔の両界に様々な波紋を投げ掛けた。

下手をすれば最終戦争すら引き起こしかねない魔神の暴挙を食い止め、
三界の均衡を保ったのが、最も脆弱な存在だと思われていた人間達だった事。

この事実は神魔が今まで抱いていた人間という存在への認識を大いに改めさせる結果となった。

簡潔に言ってしまえば、人間は神魔に一目置かれるようになったのだ。
もっとも、一目置かれるといっても好奇の目が寄せられるようになっただけかもしれないが。

ある上級魔族の姉弟が、神族にたいした反対もされずに人間界で活動出来たのにはこのような背景があった。

神魔には果てし無く長い年月をかけて積み上げた膨大な知識がある。
だが知識があるが故に未知の物への対応や、新しい発想というものが不得手なのも確かだった。

もしもあの時横島がルシオラ本人を生き返らせるのでは無く、見た目や能力が完全に同一の
『何か』で良いと妥協していたならば、一日も経たぬ内にその願いは叶っていた事だろう。

大半の神魔は『魔神を退けるとは人間も意外とやるもんだな』程度にしか考えていなかったが、
神魔の中でも特に飛び抜けた力や知識を持つ者は、ある事に気が付いていた。
アシュタロスがいくら技術者タイプの魔神だったとは言え、人間がどれだけ束になって挑んだ所で相手になる訳が無いのだ。

だが結果を見てみればアシュタロスは消滅し、世界は救われていた。

何故だ?矛盾しているではないか。
そこまで考え、ふと気付く。
絶望的な戦力差すらも軽々とひっくり返す存在に。



――――宇宙意志――――



そういうものが存在する事は以前から囁かれていた。
だが永遠とすら思える長い神魔の歴史の中でも、これほどはっきりとその存在を感じたのは初めての事だった。
アシュタロスの敗因に宇宙意志が関わっている事は、両者の戦力差を考えれば明らかだった。
アシュタロスは世界から消滅する事を望んでいた節があったが、最初から負けようと思って行動するとは思えない。
勝つための宇宙処理装置であり、究極の魔体だった筈なのだ。

魔神ですら宇宙意志を乗り越える事は出来なかった。

この事実は、神魔両界の武闘派の連中の戦意を消失させるには充分過ぎた。
結果、デタントは盤石の態勢になりつつあった。


「ん、わざわざ報告に来たって事は私にも何か役割があるのか?」


兵鬼の義体にルシオラの霊基片を埋め込むだけなら、わざわざ今このタイミングで報告に来なくても、
全てが終わってからまとめて報告すれば良い。
ジークの方に目をやると、真剣な表情で頷いていた。


「実はこれを実行する日、サタン様も人間界に降臨されるのです。」


人目をはばかるように声を潜める。
途端に青年の表情が険しくなる。


「……それは神界側は了承しているんだろうな。」

「いえ、この事は神界側には伝えません。」

「だがそれではバランスが大きく狂う事になる。
そもそも主神クラスの存在が降臨すればどれだけ巧妙に身を隠しても数時間もせんうちに必ずバレてしまうものだ。
もしも事前に了承も得ずに降臨した事が表沙汰になれば……いくら今がデタントの世の中とは言え、ただではすまんぞ。」


青年の厳しい言葉に気圧され、ジークの額に汗が浮かぶ。
だがそれでもジークは目を逸らさなかった。


「……詳しく申し上げる事は出来ませんがバランスが崩れる事はありません。
閣下の懸念はもっともです……ですが、どうか信じては頂けないでしょうか。」


しばらく目を合わせていたが、決して退こうとしないジークの頑なな態度に、青年がやれやれと首を振った。


「わかった。お前がそこまで言うのなら信じるよ。
それで、具体的に私は何をすれば良いのかな。」


降参するかのように両手を挙げ、椅子に深くもたれかかる。


「閣下にはサタン様が不在の間、おかしな行動に出る輩がいないか目を光らせて頂きたいのです。
恐らくデタント反対派の連中にとって、これが最後の好機だと思われますので……」

「……確かにな。
それこそ不在の間に『実はサタンは現在人間界にいる』と暴露するだけで、戦争一歩手前まで関係が悪化しかねん。」


最高指導者には具体的な職務というものは特に割り振られていなかった。
ならば何のために存在しているのか?

最高指導者の役割とは両界の方針を体現する事なのだ。

そのため、もしも勝手に人間界に降臨している事が明らかになれば、
魔界が人間界に侵攻しようとしていると見なされても文句は言えなかった。


「やるべき事は理解したよ。
サタンが留守にしている間、私が上手くごまかせば良いんだな。」


最高指導者を呼び捨てにする上司に、ジークが勘弁して下さいと言わんばかりに視線を送る。
神界のキリスト、ブッダ、アッラー達が同格なのと同様に、北欧の最高神であるこの青年とサタンも同格の存在だった。
ただ各々の立場と役割が違うだけなのだ。
二人は同格の存在なのだからお互い無闇にへりくだる必要は無い。
ジークも頭では理解していたが、それでも何となく居心地が悪かった。


「で、いつ決行するのかな。」

「今日より一週間後、12月24日の21:00に作戦開始です。」


ジークの言葉に青年が笑みを浮かべる。


「なるほどな。なかなか洒落たクリスマスプレゼントじゃないか。」

「私も同感です。」


ジークも嬉しそうに微笑んでいた。


























「しばらく見ないうちに立派になったもんだ……」


ジークが立ち去った後、青年が髪をかきあげながら呟いていた。
結局最後までジークは目を逸らさなかった。
霊圧を抑えているとはいえ、北欧の最高神である自分と対峙するのは心身ともに疲弊するはずだ。
それを表に出さずに乗り切るのは並の精神力では無理な話だった。


「嬉しいような、寂しいような……」


子が自分の手から離れてしまったような寂しさを覚え、椅子にもたれかかり深く溜め息をつく。

その時、青年の隣に黒い小さな染みのようなものが浮かび上り、その大きさを広げていく。
染みの大きさが人が通れるほどまで広がった時、水色の髪の少年が盆にティーカップをのせて姿を現した。
温かい紅茶の香りが部屋の中に満ちていく。


「あれ、マスター。ジークはもう帰っちゃったんですか。」

「ん、ああ、惜しかったな。一足違いってやつだ。」


きょろきょろと辺りを見渡す少年に、青年が肩をすくめている。














「でもマスター、本当に良いんですか。」


ジークからの報告の内容を教えてもらった少年が不安そうに主人を見上げている。
やはり少年もリスクの大きさが気になるようだ。


「だいたいサタン様が人間界に出向いてバランスが取れる訳が――――って、まさか!?」

「……かもな。」


レモンの香り漂う紅茶を一息に飲み干す。


「やれやれ……最後のチャンスってやつか。」


溜め息をつくと机の中から一冊のファイルを取り出す。
そのファイルにはデタント反対派や危険思想の魔族のデータが事細かに記載されていた。


「フギンとムニンにこのファイルに載っている馬鹿どもの調査を行わせろ。
もしも何か不穏な動きがあれば私に知らせるんだぞ。」


使い魔の少年にファイルを手渡すとローブを翻し机に向かい合う。
鋭い眼光の右目は先程までのジークとの対談とはまるで違っていた。
北欧の最高神に相応しい、全てを見透かすかのような冷たい光が青年の瞳に宿っていた。





















―後書き―

ようやくここまで辿り着きました。

ちなみに実はこれ、クリスマスSSです。

一日一本ずつ投稿するので、完結するのは来年になるかもしれませんが(泣)

では。

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa