ザ・グレート・展開予測ショー

笑顔


投稿者名:ノ定
投稿日時:(05/12/25)

 何種類もの薬品が混じり合い、何とも言えない臭いが部屋の中に充満していた。
 安アパートの一室で、カオスは慎重に薬を混ぜていた。
 窓の外には雲一つなく、満天の星空が広がっていた。時々夜空を見上げては、錬金術の深さに思いを馳せる。不老不死の身体を得ても、錬金術を究めたと思えたことはなかった。
 突然、手許のフラスコが爆発し、カオスは煙にまかれた。急いで窓を開けて、煙を逃がした。
「また失敗じゃ」
 げほげほと咳き込みながら、呟いた。この失敗で、資金繰りがまた苦しくなってしまった。
 金のために研究するなど、学究の徒として忸怩たる思いはある。しかし、家賃の問題は切実だった。
「ヨーロッパの魔王と言われていても、世の中思うようにはいかんものじゃのぉ」
 傍らで助手を務めていたマリアに、愚痴をこぼした。しかし、いつもなら即座に返答する、マリアの声は聞こえなかった。
 どうしたのかと、彼女の方に向き直ろうとした瞬間、激しい爆発音が響き渡った。
「霊体の墜落。ポイントは・アパート正面」
 どんなのが落ちてきたのかと、玄関から飛び出した。急ぎ出てきた先で見たものは、赤いコスチュームを纏った老人と、トナカイだった。
「なんじゃ、サンタクロースか」
 一目見て興味を失い、部屋へ帰ろうとした。
「あんなスモーク焚きよって、何のまねじゃい。これどないしてくれるんじゃ」
 部屋から微かに立ち上る煙を見て、赤ら顔の老人は声を張り上げた。落ちた衝撃で痛めたらしく、腰を押さえている。
「年に一度の大仕事が……。世界中の子供が待っとんのに。ど、どないしてくれるんじゃ」
 やむを得ずマリアにサンタを担がせて、部屋へと連れて行った。
「えらく無表情なねーちゃんやな」
「マリアは人造人間だからな。そういった機能はつけとらん」
 サンタは、部屋で寝ながらもプレゼントを配りきれないことを気にしていた。そのプロ意識には、感服した。
「ミスター・サンタクロース・よろしければ・代わりに・やりましょうか?」
 見かねたらしいマリアが、進み出て言った。人造人間ではあるが、しばしば感情のようなものを見せる。特に日本に来てからが、顕著だった。
 カオスの思惑を超えて、成長していくようだった。
「ねーちゃん、ほんまけ?ほな時間がないさかい、すぐ行ってくれ。行き先はトナカイが知っとるさかい、心配いらん」
 マリアの優しさに感心しつつも、面倒なことになったと思った。
「プレゼントをベッドのそばに置いたったらええんや。袋に手突っ込んだら、その子が欲しいもんが自動的に出てきよる」
 マリアが言い出したこととはいえ、こうなっては引っ込みもつかない。諦めて行くことにした。
「全部の子供のプレゼント配ったら、自分の分も出してみい。ええもん出てくるで」
「マリア、さあ行くぞ」
 サンタクロースの恰好になって、カオスは言った。現金な自分に苦笑しつつも、誘惑を断ち切ることはできなかった。
 寝たままのサンタには目もくれず、トナカイが引くそりに飛び乗った。
 冬空の風はやはり冷たく、身を切るようだった。それでも、目の奥にちらつく金を思えば耐えられた。
 だんだんと高度が上がってくる。それに伴い、寒さは容赦のないものになっていった。身体の感覚が失われていき、もはやこの寒さを何と形容すればよいのかも解らなかった。
 二十四時間かけて西回りに地球一周して、東京に帰ってきた。服のあちこちに霜が降り、顔は寒気に焼けて真っ赤であった。
 マリアは顔色一つ変えていない。
「おお、お疲れさん。さすがに人間にゃしんどかったやろ」
 ぼろぼろになったカオスを見て、サンタが声を掛けてきた。のんびりと酒を飲んでいる姿は忌々しかったが、そんなことよりもまず袋に駆け付けた。家賃は目の前だった。
 慌てて突っ込んだ手に触れた物は、冊子の形状をしていた。不思議に思い引っ張り出してみると、錬金術を志した少年時代、欲しくても手に入らなかった魔法書だった。
「この袋は、子供の願いしか叶えへんのや」
 意地悪く、サンタクロースが笑った。
 この道に踏み出した、遙かな昔を回顧する。全ては知的好奇心のため、どの様な苦労も厭わなかった。初心を忘れてしまった自分に、ただただ恥じ入るばかりである。
 どんなに苦しかろうとも本道に立ち返り、果てなき道を突き進もうと、思い直した。
「ねーちゃん。遠慮せんで、自分の分をとってみい」
 サンタの声で、我に返った。見ると、マリアも袋からプレゼントを取り出すところだった。
 袋から出てきたのは、箱に入った本だった。見てみると、シャーロックホームズの活躍を描いたものばかりである。
 格別優秀だった、かつての教え子を思い出す。今思えば、彼こそがマリアの初恋の相手だったかもしれない。マリアに感情らしきものが芽生えたのも、その頃からだった。
 引き出した本を眺めるマリアの顔には、とうの昔に削除したはずの微笑みが浮かんでいるようだった。

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