ザ・グレート・展開予測ショー

メリー・クリスマス(糖分大めVer.)


投稿者名:APE_X
投稿日時:(05/12/25)

 どこか浮ついた喧噪と、ソレを助長するようなポップスアレンジのジングル。

 クリスマス商戦にごった返すアーケードの中を、ひときわ目立つ金銀二色の少女たちが闊歩していた。
 吐く息も白く漂う寒さにも負けず、弾むような足取りも元気良く。


「―――横島には、どうしよっかなー…」
「まったく、いつものドロ縄かと思ったら…」


 金色のナインテールを揺らして、タマモが悩んでいる。
 その横では、ぱたぱたと銀色の尻尾を振る相棒が、眉を寄せた半笑いで応じていた。


「ゆーじゅーふだんにも程があるでござる。丸半日歩き回って、結局まだ何も買えてない…」
「うるっさいわね!…しょーがないじゃない、予算には限りがあるし、アイツ、今ひとつ掴み所ないし」


 軽く口を尖らせて、シロに言い返す。
 タマモのその言い分ももっともだ。

 彼女たちの場合、妖力はケタ外れでも、こと財力は人並みの女子中学生レベルでしかない。
 あまり潤沢とは言いかねるお小遣いの中から買うプレゼント、というのは、二の矢のない一発勝負である。

 ましてやその贈る相手ときたら。
 その辺の女子高生の平手と、鬼神級の霊波砲とに、まったく同じリアクションを返すし。
 美神さんの豊かな胸に誑かされた次の瞬間には、どちらかというとスレンダーなおキヌちゃんにデレデレするし。

 好みから何から、本能とその場のノリだけでコロコロ変わるのだ。
 まさに歩く理不尽、理解不能な矛盾の塊である。

 そりゃ、タマモだって否応なく慎重にもなろうというもの。


「やっぱり愛情の差でござるなっ。拙者なんか、もー何ヶ月も前から用意してるでござるよ!」
「あー、はいはい。たしかにアンタの根性が凄いってのは、認めたげるわ…。―――色んな意味で」


 何やら得意げに胸を張るシロに向かい、タマモはひどく投げ遣りに手を振って見せる。

 今年、人狼の少女が大好きな『先生』に用意したプレゼントは、毛糸のマフラー、しかも手編み。
 集中力の権化みたいな製作者の気質を反映してみっしりと目の詰まったそれは、実はちょっとごわごわしていたりするが。
 その分愛情が詰まっている、と言い張って押し切る所存。

 不慣れな編み棒相手に、やれ数え間違えたとか、よれちゃったとか、編んでは解き、編んでは解き。
 悪戦苦闘している相方の姿を何ヶ月も見てきたタマモは、肩をすくめて舌を出した。


「アタシだったら途中で投げ出してるわ、絶対。―――第一、師匠と同じ路線で勝負してどーすんのよ?」
「うっ…。ま、負けないモンっ!」

「や、無理でしょ。おキヌちゃん、今年はセーター編んでたわよ?…しかも二着お揃い」

「うぐぐ…!せ、拙者だって、来年は…!!」
「それまで、横島の隣が空いてればイイわね〜」


 口惜しげに唸る相棒をからかいながら、妖狐の少女はかすかに微笑んだ。

 ―――何のかのと言ったところで、結局、誰かと張り合ってまで、そういう関係を望んでいる訳じゃないのだ。
 シロも、タマモも。


(時間なら、まだたっぷりあるんだし―――)


 意地っ張りでワガママな、でも頼りになる長姉に、家庭的で世話焼きの次姉。
 ちょっとおしゃまな末妹に、頼もしい、とは言い難いけれど、底抜けに甘やかしてくれる兄。

 そして、いつもケンカばかりしている、でも気の置けない、お互いがいる。

 たとえソレが、与えられたモラトリアムでしかなくても。
 あえて、居心地が良い今を壊そう、とは思えない。

 その、見ようによっては臆病とも、怠惰ともとれる想いは、彼女たちだけのものではない筈で。

 だから、少女たちは揃って天を仰ぎ、祈る。


((『今』が、ずっと、ずっと続きますように…))





「―――って、シロ?、アンタ何して………ぅっ!?」


 ふと、隣を歩いていたはずのシロの姿が、視界の隅から消えた事に気づき、タマモは振り返った。
 特徴的な銀髪が立ち止まり、硬直しているのは、ペットショップの軒先。

 何事かと駆けより、その視線を追ったタマモもまた、小さく呻いて硬直した。


「タマモ…――ご、ゴ○タどのが、ゴン○どのがッッッ…!」
「しかもライブ…っ!」


 営業活動だろうか?
 そこには、TVCMでお馴染み、故・ローン屋さんのチワワと並ぶ演技派な芸能犬が。

 『ホ○ッコ食〜べぇて〜♪』という、例のBGMの中、実に美味しそうにホネ型のお菓子を囓っている。


「あああ…演技だと、演技だとアタマでは分かっているのに…!」
「―――くっ…!?だ、ダメよ、こんなトコロでムダ使いしたら、予算が、予算が…ッ!!」


 しかもこの犬、演技派なだけでなく、営業精神も旺盛な様子。
 思わぬ難敵出現に苦悩する少女たちに、『美味しいよ?』っと小首を傾げて見せるサービスまで。

 結局、二人が買い食いの誘惑から逃れ得たのは、彼の営業パフォーマンスが終了してからであった。



 ―――色気が食い気とがっぷり四つに組めてしまう辺り、たしかにまだまだ、時間はあるにちがいない。



***



「何してるんです、こんな所で…!」


 夕暮れ時の、レンガ造りの教会の門の前。
 窓からは、あまり明るさはないけれど、柔らかくて暖かそうな、キャンドル・サービスの灯り。

 すでに青味が勝りはじめた、路肩に残る雪化粧の照り返しの中、エミはくすっ、と微笑んだ。


「こんばんは、ピート。――…一人でぼんやりしてたら、急に顔が見たくなっちゃって…」
「―――だからって、こんな寒空に…!、…それぐらいなら、中で一緒に―――」


 バンパイア・ハーフの超感覚だろうか?
 気配に気付いて礼拝を抜け出してきたらしい、ピートのセリフに、エミは片眼を閉じて首を振る。


「こんな日に、アタシみたいな『呪い屋』がノコノコ入ってって良い場所じゃないでしょ。
 ―――そのぐらいの節度はあるつもりなワケ」
「………!」


 ごく軽い口調で、何でもない事のように肩をすくめるエミに、ピートは言葉を詰まらせる。

 たしかに彼女の言う通りには違いない。
 違いないが―――それは本来、排斥する側の論理である。
 エミ自身の口から紡がれるべきセリフではない、筈だ。

 だからどうした、という訳でもないが…。
 何となく、気まずい沈黙が宵闇の中に漂う。

 七百年も生きて来て、未だこんな時に相応しい、気の利いた言葉の一つも出てこない。
 人間、妖物手当たり次第な、あの親父とは似ても似つかない自身の武骨さに、ピートはこっそりと歯噛みした。

 その鼻梁をかすめて、小さな白い輝きが舞い落ちる。


「アラ、良いタイミング…神サマも、タマにはイキなマネしてくれるワケ」


 思い出したように雪を舞わせはじめた空を見上げて、エミが薄く微笑んだ。
 ピートにも会えたし、ちょっとロマンティックな演出もして貰ったし、今年のクリスマスはツイてる、と。

 彼女なら、本当は、もっと多くを望めるはずなのだろうに。


「―――どこか行くんですか?」
「ん。…――帰って寝るわ。もークリスマスはじゅーぶん堪能したワケ。…じゃーねっ」

「…って、ちょっと!エミさんっ!!」


 踵を返したエミを、思わず大きな声で呼び止めてしまってから、ピートは何やら恨めしげに天を仰ぐ。

 そも、彼女が、物で『籠絡する』のに最適な筈の今夜に限って、手ぶらで訪ねて来た、というのは。
 きっと、交換すべき何物も用意できない、彼の実情を慮ってくれたのだろう。

 彼自身はいまさら、その事で劣等感を抱いたりはしない。
 が、相手に申し訳ない、とはどうしても思ってしまう。
 そしてその考えを、隠し切れた試しがない。

 ピートの事情を知っている相手になら、本当は、礼を言って、一言詫びて、それで済む事なのに。
 そういった場面に上手く対応できないピートは、やはり、武骨者なのだろう。

 そして、多分エミは、ピートのそんな悩みにも感づいているのだ。

 こんな口下手で、不器用で、いつまで経っても頼りない半妖の、ドコがそんなに良いのだろうか。
 ピート自身には、まったくもって理解しかねる。

 だが、それでも。

 こんな風に想ってくれて、気を遣ってくれて。
 そしておそらくは、自分にとっても好もしい女性を。
 雪のちらつく夜道に、一人きりで放り出せと?

 ―――そんな真似など。


「……主よ、後で懺悔します…先生、ごめんなさい…!」


 ふんぎりをつけるように、勢いよく教会に向かって頭を下げてから。
 ピートは、ちょっと驚いたように眼を見開いているエミを振り返った。


「送って行きます。カサ取って来ますから、少しだけ待っててください!」

「―――って、教会はどーするワケ!?」
「…いーんですっ!」





 その教会の中では、駆けだして行く弟子の後ろ姿を窓越しにさりげなく見送って、唐巣神父が小さく頷いていた。

 行いが正しいものならば、主はきっと赦し、祝福して下さる―――。

 そう信じ、破門されながらなお、神に仕え続ける彼にとって、弟子の行動はけして責めるべきものではない。
 ピートの、そしてエミの事情を、想いを知る身なれば、なおのこと。

 むしろ、個人的には応援してやりたいとさえ、思う。

 神父という立場上、表立っては何とも言い難いところではあるが。


「―――…神は、そのひとり子を賜るほどに、この世を愛して下さった―――」


 気を取り直し、何事もなかったかのように説教を始める。

 今日は、主の恵み、神の御子なるインマヌエルが地に遣わされた事を記念し、感謝を捧げる日。
 この『喜ばしき報せ』―――《福音》を、人々に伝え、共に救われる道へいざなう事が、神父たる彼の務め。
 自身の助手と他の人々とを分け隔てするなど、主の御心に適う行いではあり得まい。



 ―――久々に一人きりで《生誕節礼拝》を取り仕切った神父が、週明けから三日ほど寝込むのは、また別の話。


「と、年齢かなー…」



***



 コンコン、っと窓を打つ軽い音に、香織は窓のロックを外した。

 二階、それもベランダがある訳でもない、日本家屋の構造をものともせず、寒風を巻いて人影が飛び込んでくる。
 窓枠に突いた腕だけで勢いを殺し、器用に尻餅を突いて、その場で靴を脱ぎながら、いつも通りの挨拶。


「―――よお」
「…サンタクロースのご登場にしては、少し時間がズレてるんじゃなくて?」

「……そーゆー事ぁ、煙突つきのウチに引っ越ししてから言え」


 ぽん、っと雪まみれの靴を屋根瓦に置いて、ぶっきらぼうに雪之丞が応じる。


「いつ戻って来たんですの?」
「ついさっきだ。成田から直行して来た。道場の連中に見つかると、まーた稽古だ組み手だって、うるせえからな」

「…それは、まあ…」


 弓の家が営んでいる道場では、雪之丞は事実上、非常勤の師範扱いをされている。

 実は割合い面倒見の良い雪之丞は、表立ってそれを拒んだりはしていない。
 が、同時に、そういった『足枷』を当人が望んでいない事もまた、事実だった。
 どうも、「香織のオマケだから、しょーがない」っと、どこかで諦めている様子である。

 そしてその思いに共通するものが、香織自身の内にも、ある。
 むしろ、自分では選べない『生まれ』によって設けられたその枷の重さには、香織の方が辟易しているかも知れない。

 その重荷を、わざわざ分かち合おうとしてくれる、その上で、自分を最優先してくれる。
 ひどく不器用で伝わりにくい、気をつけていなければ見落としてしまいそうな、心遣いが。
 正直、現代人としては色々と欠陥を抱え込んだこの男の、しかしそれらを補って余りある、得難い点だった。

 ―――などと言えば、悪友の一文字あたりには、贔屓の引き倒し、アバタもえくぼ、とでも評されるのだろうが。

 確かにそうなのかも知れない―――が、ごく自然に眼許が綻ぶのを、止めようとは思わない。

 そんな香織の表情に、少し照れたようにがりがりと頭を掻きむしりつつ。
 雪之丞は、一張羅の黒いコートの内ポケットから、小さな包みを取り出した。


「―――ん。…先にこれ、渡しておこうと思って、よ…」
「何ですの?…今ここで、開けて見ても良いかしら…?」

「………おう」


 雪之丞が持ってくるお土産にしては、紙包みなど珍しい。

 普段、彼が持ち帰ってくるモノといったら、奇妙なお面とか、変わった形のナイフとか。
 あまり趣味がよろしくない上に、明らかに土産物ではなく、当然、他人に渡すための包装などされていない物ばかり。

 こんな風に綺麗にラッピングされた贈り物など、彼から受け取るのは、実は初めてなのではなかろうか。

 一方、渡した雪之丞の方は、と言えば。
 何やら、先ほどまでよりもさらに落ち着かない様子で、しきりに窓の外を見たり、鼻の頭を掻いてみたり。

 その不審な様子につられて、香織の方まで、何だか少しドキドキしてきてしまう。


「―――!!、コレ…!」


 奇妙な緊張を紛らわそうと、丁寧に、時間をかけて剥がした包装紙の中から出てきたのは、ビロードの小箱。
 さらにその中からは―――あまり飾り気のない、銀色の、指輪。


「…まあ、その、何だ…そーいうつもり、なんだが…。その、年収の四分の一、とかっても、オレの場合、良く分からんし…」


 もごもご、っと居心地悪げに、言い訳だかなんだか、良く分からない事を口走る雪之丞。
 ここまで歯切れの悪い雪之丞、というのも、香織以外に見た事のある者はいないだろう。

 良く見れば、さほど汗っかきでもない筈の彼が、まだ外気の冷たさの残る室内で、びっしょりと顔を濡らしている。

 そんな、常にない雪之丞の取り乱しようを見て、香織は何故か逆に落ち着いてしまった。
 くすくすと忍び笑いをこぼしながら、後ろ手に机の引き出しから自分のプレゼントを取り出すと。

 そのまま、身を乗り出すようにして、窓辺の彼に顔を寄せる。


「―――アナタでも、そんな風に取り乱すんですのね?…ちょっと、カワイイかも」
「ぶッ!?…〜〜〜かっ、かわ…!?」


 思いがけない事を、思いがけないタイミングで言われた雪之丞が、眼を白黒させている。
 そんな彼の胸元に、そっと包みを差し出して。


「はい、クリスマスプレゼント。…――それから…」
「………」


 窓から差し込む月明かりの中に、屈み込んで。
 もっと、近づいて。

 お互いに、瞳の奥がのぞきこめるぐらいまで。


「年収の四分の一、っていうのは、結婚指輪の話なんですのよ?」
「―――…覚えとく」


 少々間を外したツッコミと、その応えは、とても、近く聞こえた。











 今も、ほら。


 扉が開いて―――――

 電話が鳴って―――――

 待ち合わせの場所で―――――



 百人に、百通り。

 千人に、千通り。

 一億人に、一億通りの。


 あなたにも、みんなにも。



 『メリー・クリスマス』



 幸せが、ありますように。

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