ザ・グレート・展開予測ショー

クリスマスソングス


投稿者名:ライス
投稿日時:(05/12/25)

 


 1.ラストクリスマス



 去年まで。
 私にはクリスマスなんて、無いに等しかった。
 世間がどうであれ、うちはうち。
 そんな定型句が耳タコだった。
 町中に鳴り響く、クリスマスソング。
 白と赤が乱立し、通り過ぎてく。
 特徴のある鈴の音も。
 彩られた、もみの木も。
 全て、全てだ。
 関係なかった。
 寒さが厳しくなるにつれて、街は騒がしく、関係のない私にはうるさく聞こえるだけ。
 周りに人間が賑わっているというのに。
 私だけ置き去り。
 寂しかった。
 家の決まりを守らなければならないとはいえ、
 人と同じように楽しめないのは、すごく寂しい。
 子供の頃から、今もなおそれは変わらないはず、だった。
 でも、今年は違う。
 お気に入りの服を着て、
 うっすらと化粧もして、
 白い息を吐きながら、街の中で待ち合わせている。
 日は沈み、もう空は真っ黒。
 腕時計を見た
 もう三十分も過ぎている。
「まったくなにをやっているのかしら」
 こちらは寒い思いをして待ってると言うのに。
 来たら、小言の一つでも言ってやらないと。
「よお」
「きゃあ!?」
 唐突に背後から肩を叩かれる。
 私は驚いて、肩を竦めてしまった。
「な、なんだよ」
「びっくりするじゃないの! 誰かと思いましたわ」
「悪い悪い」
「それだけ?」
「は? なんでだよ」
「30分も遅刻しておいて、それだけですか?」
「おれは約束した時間にきっかり着いたつもりだが。違うのか?」
「嘘ですわ」
「信じないなら結構。だが周りを良く見てみろよ」
 言われて、周りを見てみた。
 繁華街で人が賑わっている。
 高層ビルや広告などが狭い空を支配する中、
 デジタルの時刻表示も二三、見かけることが出来た。
 確認してみると、今ちょうど待ち合わせの時間。
 腕時計は三十分、進んでいたのだ。
「まさか、そんな」
 呆気にとられる私を、彼は横で笑った。
「あんたみたいな、お高くとまった女が時計の時間を合わせ忘れるなんて。まったく笑えるぜ!」
「ほっ、ほっといてください!」
 くくくっ、と笑いを堪える声。
 いつも無愛想なくせして、こういうときに限って笑うんだから。
 いやみな人。
「まぁ、いいや。さっさと行こうぜ、弓」
「えぇ」
 可愛げのない態度。いつもの彼らしい。
 私もやれやれと頷いて、歩き出す。
 二人して話しながら雑踏にまぎれていく。
 雪之丞のほのかな感情に触れつつ、私も自分の感情を送る。
 それが楽しく、喜びでもあった。
 今を彼と過ごす事がとても特別な気がした。
 それは多分。
「好き、だからかしら?」
「なんか言ったか?」
「別になんでもありませんわ」
「嘘つけ」
「嘘じゃありません……あ、雪」
 空から振りまかれる白い粉。
 はらはらとそれは静かに。
「ホワイトクリスマスって、やつだな」
「そうね」
 素敵な光景。
 思わず嬉しくなった。
 雪は積もりそうなくらい、たくさん降ってきている。
 私は空に感謝した。
 おかげで最高のクリスマスになりそうだから。
 クリスマス。
 私には無意味な行事だったけど、それも去年まで。
 初めてのクリスマスは楽しく過ごせそうだ。

 <了>


 
 2.恋人はサンタクロース



「なんだよ、その格好」
「いや、その、なんじゃノー、サンタクロース……」
「見りゃ、わかるさ」
 私、一文字魔理は今、偶然、道端でタイガーと出くわしている。
 彼は何故かサンタの衣装を着てつっ立っていた。
 手にはプラカードを持っている。
『クリスマスケーキ、20%割引!!』と書いてあった。
「なんでまたクリスマスケーキの販売なんか?」
「よくぞ聞いてくれましたノー、これは深いわけが……」
 寒空の中、彼は涙ながらに30分も話してくれた。
 こっちはいい迷惑だ。
 まぁ、要約すると彼の雇い主であるエミさんがいきなり、
 住み込みの家賃を請求してきたことに端を発するらしい。
 仕事を美神さんに取られっぱなしで云々かんぬん。
 そのせいで、金の請求がタイガーに回ってきた。
 家賃を稼ぐため、アルバイトをしなければならないと言うわけなのだ。
「というわけなのじゃ〜〜っ!」
「で、売らなきゃいけないわけか。クリスマスケーキを」
「そうなんですけん」
「しかし今日中にこの量は無理じゃない?」
 彼の背後には相当に山積みになったクリスマスケーキの箱。
 ざっと二百はあるだろうか。
「でも、魔鈴さんの手製じゃけん、上手くいけばすぐに売れるはずなのじゃがノー」
「売れれば、だろ? 一つも売れなけりゃ、どーにもならないってば」
「そうですノー、うう」
 また泣き崩れるタイガー。まったく見ていられない。
「ったく、しょうがないなあ。かわいそうだから手伝うよ」
「えっ」
「これを売り切れば、家賃が払えるんでしょ?」
「まぁ、そうじゃけんども」
「なら、手伝うよ。ごつい男一人だけじゃ、なにかと売るのにも苦労するだろうし」
 こうして、私はクリスマスケーキの販売を手伝う事になった。
 元々、予定がなかったといえば聞こえがいいが単に暇だった。
 弓もおキヌちゃんもなんか予定があるみたいだったし。
 他に友人もあまりいない自分だけが残されてしまった。
 だからこういうクリスマス当日もいいかもしれない。
「でもだ。分かっていたけど、なんで」
「一文字さん……」
「そりゃ手伝うって言ったのは、私だけどさ。なんで、なんでこんな衣装しかないんだーーーーっ!!」
 クリスマスだからサンタの衣装を着なければ雰囲気が出ないだろうとは思っていた。
 けど、ヘソ出しはないだろ、ヘソ出しは。
 しかも上は半袖だし。スカート短いし。
 どこの南半球だよ、ここは!
 フェイクファーなんて申し訳程度に縁にしかついてないしさ。
 あぁ、寒い。
「無理だったら、手伝ってくれなくてもいいですけん……」
 ええい。この一文字魔理、口に出したことには二言は無い。
 こうなればヤケだ。
「やるさ、やってやる……はっくし!!」
 北風の寒さに堪えながら必死に、売り子を頑張った。
「く、クリスマスケーキはいかがですかー。今なら20%引きでーす!
 いかがですかー。
 ケーキ、20%引きですよー。
 おいしいクリスマスケーキ、販売中でーす」
 以上を繰り返し、繰り返し。
 声を枯らしつつ、精一杯の愛嬌を振りまく。
 こんな衣装だから、人の目が恥ずかしいけれどすぐに慣れた。
 服装につられて、買って行くお客もいたみたいだし。
 まぁ、よしとしよう。
 おかげで売れ行きも上々。
 寒さも動き回ったせいか、体がぽかぽかして気にならなくなっていた。
 こうしてケーキを順調に売りさばいていき、辺りはいつの間にか真っ暗になっていた。
 ケーキの箱もほとんどなくなり、残るは一つ。
 これを売ってしまえば、タイガーの生活もしばらくは安泰だ。
「いかかですかー」
 夜になってしまい、人足が遠のいてゆく。
 気温も下がり、寒さも厳しくなってきた。
「うう、冷えてきたなぁ」
 露出した部分が多すぎて、体温もすぐ奪われてしまう。
 けど、ケーキはあと一つだ。
 これを売るまで帰れない。
「人、来なくなりましたノー」
 タイガーの言うとおりだった。
 繁華街の通りとはいえ、中心から随分と外れたところだ。
 人通りがなくなるのも無理はなかった。
 あと一個とは言え、売れるかどうか。
「でも、これで最後だし。もう少し頑張ってみようよ、ね?」
 励ましてはみるものの、実際、私も不安だった。
 そして、一時間が経過しても状況に変化はなかった。
 おまけに雪が降ってきた。
「どうりで寒いわけだ」
 大粒の雪がゆっくり落ちてきた。
 音もなく、幻想的な光景が広がる。
 ロマンティックでさえあるが、ケーキが売れなければどうしようもない。
「一文字さん」
「なに?」
 すると、タイガーは自分の着ていた長袖の上着を私に掛けてくれた。
「ちょっと、いいよ」
「いいんですけん、手伝ってくれているのに風邪でも引かれたらもうしわけないですからノー」
「タイガー」
「それにさっきから寒そうにしてたじゃろ? わっしは胸板厚いから、このぐらいの寒さはどってことないですけん!」
 うそ。
 どうみても彼はランニングシャツ一枚だけしか着てない。
 明らかに寒そうだ。やせ我慢してるのが見て取れる。
「馬鹿……」
 まったく男ってヤツはどうしてこうなのだろう。
 見栄ばっか、張る。
 こいつだって、さっきは泣き崩れたし。
 でも、なんか心強く暖かいものを感じる。
 それは決して上着の温もりだけではない。
「ケーキ、それで最後だよね?」
「そうですノー、これが最後じゃ」
「私が買うよ。そのくらいの金は持ち合わせてるし」
「でも、それは……」
「いいんだよ! 私が買ったって、売れることに変わりないんだから!」
「なんか悪いノー……」
「ただし、条件があるよ」
 ぱっと頭に浮かんだが、言おうかどうか躊躇した。
 しかし、ここまで言いかけて、言わないもなんだ。
 言っちまえ。勢いだ。
「あんたと私で、半分こ。文句は受け付けないからね!」
 あぁ、恥ずい。
 なに口走ってるんだ、私ったら。
 やばい、急に後悔してきた。
「サンタクロース」
「は?」
「一文字さんがサンタクロースに見えて、しかたないんジャーーっ!!」
 タイガーの目から大粒の涙、涙、涙。
 家賃のメドがたったので、涙腺が崩壊したみたいだ。
 なんだよ、サンタクロースって。
 私だって女なんだから、幸運の女神とか言ってくれてもいいのに。
 ま、いっか。
 彼には最高のプレゼントになったみたいだし。
 サンタクロースでもいいか。
「あー、泣くな、泣くな。ケーキ、一緒に食べようよ」
 街灯の光に照らされて、雪が積もっていく。
 タイガーと私はケーキを分け合って食べた。
 とても美味しかった。
 魔鈴さんの作るケーキは最高だと二人で言い合い、笑った。
 今年のクリスマスは多分、これだけ。
 けど、かけがいのない思い出にはなりそうだ。
 そういう意味では楽しいクリスマスだったのかも。

 <了> 



 3.クリスマス・イヴ



 二人きり。
 二人きりったら、二人きり。
 私と横島さんで二人きり。
 なにがなんでも二人きり。
 夢に見た二人きり。
 しかも今日はクリスマス・イヴ。
 恋人たちの聖夜っ。
「あっ、雪だ」
 横島さんが空を見上げたので、私もつられて。
「うわあ……」
 見上げると、視界は空と一面に降り注ぐ雪で支配される。
 私たちは街中を歩いていた。
 暗闇の中から、降りてくる白い雪。
 街の明かりに照らされて、まるでシャンデリア。
 格好のクリスマス日和になりそうな予感がしてきた。
「けど、良かったのかな?」
「なにがですか?」
「美神さんのことさ」
「しょうがないですよ。ちょうどいい時にお父さんが帰って来るんですし」
「まあ、なあ」
「多分、シロちゃん、タマモちゃんも追い出されてますよ。あの調子だと」
 タイミングよく、美神さんのお父さんがクリスマスに帰って来ることになった。
 それを受けてなのか、事務所全従業員に緊急の休暇が出された。
 裏には隊長さんのごり押しがあったみたいで、美神さんはずっとぶつくさ言っていた。
 一家団らんを見られたくないようだ。
 美神さんらしい。
 でも、おかげで横島さんとデートしてるのだから、感謝すべきだろうか。
「しかし、人が多いなぁ」
「クリスマスですから」
 今は魔鈴さんの店で食事をした後の帰り道。
 商店街の中心にある、クリスマスツリーを見に行こうとしている。
 ここのクリスマスツリーといったら、ちょっとした名物だ。
 この時期になると、ツリーの下はカップルで一杯になる。
 かくいう私たちもそうなのだけど。
 今日はほんの少し、大人っぽく着飾ってみた。
 横島さんも喜んでくれたようで、こっちも嬉しかった。
 料理と一緒に、内緒でお酒もほんの少し。
 なので、横島さんも私も少し顔が赤い。
 酔っ払っては多分、いない。
「はぐれないように気をつけて。おキヌちゃん」
「はい、ちゃんと握ってますから」
 商店街は人でごった返していた。
 ちょっと道の開けた繁華街なので、その手の人々が大勢いるせいだ。
 私は横島さんの手をしっかり握り締めて、あとに付いていく。
 しかし、ツリーへの道は混雑していた。
 すし詰めとは行かないが、道に人がびっしりといてすごく進みづらい。
 道がようやく開けて、ツリーの前に出てられたかと思うと、
 いつの間にか、私と横島さんははぐれてしまっていた。
「横島さん?」
 いつはぐれたか分からない。
 急に不安になってきた。
 クリスマスソングのスタンダードが鳴り響く中、
 私はどこかに行ってしまった横島さんを探し続ける。
 もみの木を一回り。
 やって来た道を戻り、また来て、そしてまた一回り。
 けど、見つからない。
 どうしよう。
「ひとりぼっちになっちゃった……」
 雪降る夜空の下、光り輝く樹が風に揺らされている。
 舞う雪は地に落ち、溶けていく。
 今の私はまるで、雪のような気分。
 クリスマスの定番ソングの歌詞が私の心へ響く。
 心はすっかり穴が開いてしまったみたいで、通り抜けていってしまう。
 気付くと、私は泣いていた。
 あれ? なんで? どうして?
 涙が、止まらない……。
 さっきまでの嬉しさが嘘のよう。
 なんで泣いているんだろう?
 得体の知れない悲しみに襲われている。
 お願い。
 誰か助けて!
「おキヌちゃん?」
 呼ぶ声がした。目の前に横島さんの姿。
「どこ行ってたの? 心配したよ」
「横島さんこそ、どこへ……」
「いつの間のかいなくなってるから、ツリーを一回りして」
「来た道をまた戻って、最後にもう一度ツリーを一回りしたんですか?」
「そうだけど、なんで分かったの?」
「内緒ですっ!」
 なあんだ、横島さんも同じことしてたんだ。
 どおりで見つからないわけね。
 馬鹿みたい。
 涙目を拭いて、私は照れ隠しにぎゅっと横島さんをきつく抱きしめた。
「ちょ、おキヌちゃん! 人が見てるって!」
「ここじゃ、当たり前ですよ」
「で、でも」
「私を泣かせた罰です」
「そんな」
「で、これはお仕置きです」
 自分の唇を横島さんの唇に押し付ける。
 そして、舌を滑り込ませた。
 いわゆるディープ・キス。
 私の舌と横島さんの舌がたどたどしくも絡み合う。
 数秒後、口を離すと私たちの唾液が糸を引いて、地面に落ちた。
「変だよ、おキヌちゃん。もしかしたら酔っ払ってるんじゃ……」
「かもしれませんね。でも、いいじゃないですか」
 抱きしめたまま、私は腕を横島さんの首へ。
「お酒は横島さんも飲んでるんだし、もう少し酔っ払った気分を味わいましょう?」
 そしてもう一回、私たちは絡み合った。
 二度ならず、三度も。
 私はもちろん、横島さんも恋人気分を味わった。
 このあと、どうなったか、ですか?
 それは私たちだけの秘密です。

 <了> 



 4.ホワイトクリスマス



 夜も更けると、雪は本降りになり吹雪いてきた。
 都市部では交通が麻痺している事だろう。
 みんなは大丈夫だろうか。
「……心配なのか?」
「ちょっと」
「すまない」
「別に気にしてないわ」
 私は今、初めての家族団らんを過ごしているのかもしれない。
 親父が珍しく帰国してきた。それもクリスマス・イヴに。
 こうなると、黙っていないのはママ。
 押しの一手で私は家族と過ごす羽目になってしまった。
「にしても、大分積もったな」
 ぱちぱちと暖炉に燃える火。部屋の中は暖かい。
 私たちはコーヒーを飲みながら、食後を過ごしていた。
 外の天気を見ていると、皆が心配になる。
 今日の日のために休暇を与えた。
 同居している三人にはもうしわけないがなんとか出払ってもらい、やり過ごした。
 なので、今のこの家にいるのは私たち、家族四人だけ。
「こんなに降るのも久しぶりよね」
「あぁ、そうだな」
 ママと親父は窓の光景を見て、懐かしそうにしている。
 ひのめはもうおねむの時間のようで、ベッドの上でうつらうつらしていた。
「令子」
 親父に呼ばれた。相変わらず、気色の悪い鉄仮面をしている。
 しかし、仮面がないと本人の意志に関わらず、人の思考がなだれ込んでくるらしい。
 仮面はそれをセーブする役目で、人といる時は常に被ってないといけない。
 けど、能力を完全に抑えると言うわけではないので被っていても入ってくるのだ。
 親父がこの世で思考が読めない唯一の人間。それがママ。
 神父から聞いた昔話。親父とママになにがあって、どうして結婚をしたのか。
 今まで疑問だったけど、なんとなく理解できた気がする。
 だからこうして、今の状況がありえるわけだけど。
「こっちに来て、もっとよく顔を見せてくれ」
 私は親父の座る椅子の前に立つ。彼はまじまじと私の顔を見つめている。
「すまんな、もう少しだけ見せてくれ」
 また思考を覗かれた。仕方ないとは分かっているはずなのにどうしても好きにはなれない。
 鉄仮面が嫌いだった。
 どうにもこうにも鉄仮面を被った父親と言うのが他とは違って、嫌だったのだ。
 今でこそ納得はしているが、子供心に抱えたトラウマは生理的嫌悪として残っている。
「大きくなったな」
「馬鹿にしないでよ、何歳になったと思ってるのよ」
「なあ、美智恵」
「二十歳よ。自分の娘の年くらいちゃんと憶えておいて」
「そうか、すまん」
 親父はふむ、と鼻息を鳴らした。
 まったくなんて親よ、自分の子供の歳も覚えてないなんて。
「それにしても、綺麗になったな。まるで若い頃の母さんみたいだ」
「あら、私は今だって綺麗よ」
「ははは、そうだったな」
 笑う親父。
 仮面から垣間見える皺。親父の手も痩せこけて、老人のそれへと近くなっている。
 最後に会った時から随分と経っている。
 大分、老けてしまったなと心底感じた。
 なぜだろう、遠ざけていたはずなのに寂しく感じてしまう。
 自ら機会を潰していたはずなのに。
 どうしてなにも話さなかったんだろうか。
 今さらになって、後悔し始めた。
 親父なんて、といっていられる歳でもない。
「素直になればいいんじゃないか」
 まただ。
「あなた」
「美智恵は黙っててくれ、これは僕と令子の問題だ。
 令子、お前にはなにひとつ父親らしい事はしてやれなかった。
 だが、それは母さんも分かっている。
 こんな事、僕みたいな親が言う資格はないかもしれない。
 けどだ。もしお前が本当に後悔しているなら、今ここで話してくれないか?
 なにもしてやれなかったのはすまないと思っている。
 いつまでも過去の事を引きずっていても仕方ないじゃないか。
 僕は今、お前の父親としてなにかしてやりたい。
 いい機会だろう?」
 朴訥に話す親父の声。私は何か肩の荷がすっと下りた気分になった。
「なによ……結局、私の考えなんか筒抜けじゃない。だからいやなのよ、親父といるの」
「悪い」
「確かに、私は親父を好きになれないわ。けど、分かりあっていきたいとは思う」
「そうか」
 それ以上、親父は何も言わなかった。
 三日後、親父はまた南米に戻っていった。相変わらず研究に忙しいらしい。
 けど、今までとは違うなにかが私の中に生まれていた。
 あの吹雪の夜。
 根雪に積もった新雪のように、それは新しいもののように感じた。
 でも、たぶん以前から持っていた大事なもの。
 それが私と親父にとってのクリスマスプレゼント。

 <了> 



 5.きよしこの夜



 雪は風の中で荒れ狂い、白い悪魔と化す。
 この教会の屋内は蝋燭だけが点され、神秘的な雰囲気が醸し出されている。
 七百年生きて、雪を見るのは指折り数えるくらいにしか憶えていない。
 もともと雪の降る地域に住んでなかったせいもあるが、いつ見ても珍しく思えた。
「雪見かい、ピートくん」
「先生」
 窓を見ていると、師である唐巣神父がやって来た。
「えぇ、それにしても凄いですね」
「うん、こんなに吹雪くのはたぶん珍しいよ」
「そうですか」
 教会内に流れる聖歌。
 正体は祭壇の下に隠されたカセットデッキだが、ずっとエンドレスに流されている。
「どうしたんです、今日は聖歌なんて流したりして」
「クリスマスだからね、イヴとクリスマスくらいはうちも教会らしくしなきゃ、格好がつかないだろう?」
「あぁ、そうだったのですか」
 クリスマスと言う言葉を聞いて、僕は気が沈む。
「どうしたのかい」
「いえ、あることを思い出してしまって……」
「ほう」
「僕、クリスマスと言うものが駄目なんです」
「それはどうしてまた」
「おそらくは父の影響だと思います。
 カトリックは目の敵にしていましたから。
 僕や村人たちは後になって、彼らの施しを受けたので抵抗はあまりないのですが。
 やはりどこかに親の敵のような感覚が残っているのかもしれませんね。
 あんまりクリスマスと言うものを祝う気になれないんです」
「それは初耳だね。
 前に横島クンたちとクリスマスパーティもしてたし、普通に楽しんでるかと思ったよ」
「分かってはいるんですけどね、そういう日だって言うのは。
 素直に喜べないんです。
 歳を取りすぎているせいかもしれませんね」
「なるほど」
 そこで会話はぷっつりと止まる。
 僕と先生は窓から外の吹雪く景色をしばらく眺めていた。
「しかし、ピートくん。
 いくらきみが長生きだとしても、
 楽しめると言う事はいつになっても変わらないんじゃないかな」
「そうかもしれませんね」
 がたがたと窓が鳴った。外の風は強いようだ。
「でも、もうクリスマス・イヴも終わりですよ?」
 本番のクリスマスはこれからだが、日本ではイヴの方が盛り上がる。
 これからなにをするにしても、遅すぎる気がした。
「そう来ると思っていたよ。実はさっき、電話を受けてね。
 お客が来る事になったんだ」
「えっ」
 すると呼び鈴が鳴った。
 天井の高い礼拝堂で音は反響する。
「ほら、やって来た」
「神父どのー」
 入ってきたのは、寒暖着を身に纏った二人組。
「やぁ、来たね。連絡は受け取っているよ、入りたまえ」
「あとこれ、なんだか知らないけど、持ってけって」
「おいしそうな匂いがしているでござる」
「ありがとう。君たちの分も入っているよ。
 今日はここに泊まるように言われているのだろう?」
「えぇ」
 二人組は狼と狐の女の子。
 シロとタマモだった。
「やあ」
「ピートどの」
「先生、これはどういう」
「美知恵くんの旦那が帰ってきているんだよ」
「ということは、美神さんの」
「ご名答。美知恵くんの頼みで一晩だけ、彼女たちの世話をすることになったんだ。
 この料理のおまけつきでね」
 二人の持ってきたものは重箱。
 でも、中からはクリスマス料理の品々の香りが。
「ささやかだが、クリスマスの晩餐が楽しめそうじゃないかね?」
「えぇ」
 僕は穏やかに頷いた。
 なんだか暖かい。
 心から暖かな優しさに触れた気がした。
 これが慈愛なのだろうか。
「ここに居ても仕方ない。さっそくご馳走を食べる事にしようか」
「賛成でござる!」
「どうでもいいから、早く暖まらせて……」
 急に場が賑やかなになってきた。
 僕は三人が家の奥へ向かうのに続こうとすると、
 どこからか聞き覚えのある歌が流れてくる。
 きよしこの夜、だった。
 耳を澄まし、その小さな歌声に聞き入ってみた。
 外では風の音も止み、外の雪もまた静かに降り注いでいる。
「早く来ないか、ピートくん。始めるよ?」
「あ、はい」
 しんしんと雪は積もる。
 そして、僕はクリスマスをほんの少し好きになれた。

 <了>


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