ザ・グレート・展開予測ショー

相合傘


投稿者名:すがたけ
投稿日時:(05/12/24)

                     ―― 天に星はなく、されど、地に星は満ちる。







 分厚い雲に切れ目はなくて。

 だけども雪を散らすには、少し寒さが足りなくて。

 歌の文句にあるように、雪に変わるような気配もちょっと足りない。

 だけど二人が並んで歩く、それにはちょうどいい雨が降る。

 天気予報は見たけれど、わざと忘れて電話で呼んで。

 並んで歩くこの帰り道。












 人待ち顔で窓の外を眺めていたその少女は、卓上に置いた携帯電話のディスプレイに視線を投げる。

「……20分か」


 ―― ここであいつに出会って……もうすぐ一年になるんだなぁ。

 少しの感慨を込めた金色に染めた髪を逆立てた少女は、カップに口をつける。


 やや温みを帯びてきた、赤みを帯びた琥珀色の液体は、覚醒を促すかすかな渋みとともに、その『時』を凝縮したかのような酩酊感を彼女にもたらしていく。

「来てくれるだろうけど……笑うかなぁ?」
 呼び出した相手に願うのは、あまりに子供っぽい……一足早いクリスマスプレゼント。

 我ながら似合わない申し出だというのは判っている。

 だけど、叶えてくれたら何より嬉しい。

 焦りながらも望みを叶えてくれる『サンタクロース』の姿に、彼女は目尻を下げた。




 それから数瞬の間が開いた後―― 『魔法料理魔鈴』の扉が開かれた。




































「一文字さん、どうかしたんですカイノ〜?」
 と、どこかにトリップしていた箒頭の少女の顔を、心配そうに覗き込む山のような大男。

「うわっ!?」
 2m近い体躯と横幅にして常人の三倍ほどの大きさを有する大男……タイガー寅吉の問いかけによって、ようやくあっち側から帰ってきた一文字さん……『箒頭』こと一文字魔理は、思わず座っていた椅子から後ろに大きく2mほど飛び退って驚く。

 たとえあと数日で出会ってから一年に迫ろうという付き合いであろうとも、縦横に大きく拡がった、山というか壁のような体格を誇るタイガーに顔を覗き込まれては、流石に驚きもするらしい。

 仲間内では日頃『影が薄い』だの『いるのかいないのか判らない』だの言われているが、目の前にその岩のような顔が突き出されればそのインパクトは強い。

 ……というか、インパクトで言うと反則じみた破壊力すらある。







 問題は、そのインパクトが脳にではなく、むしろ心臓に影響を与える類の衝撃……つまるところ、覚悟もなく見たら心臓が機能を停止するか、もしくは逆にオーバーペースに陥るかのどちらかという類のものだということだろうか。


「そんなに……そんなに驚くことカイノー」
 ずぅん……そんな効果音が聞こえてきそうな風情で落ち込むタイガー ―― やはり、本人もそういう反応をされてばかりの自分の風貌を気にしているらしい。

 ましてや、恋人である魔理にまでそんな反応をされては、落ち込みぶりも並ではない。

「あ、ゴメンゴメン―― せっかく迎えに来てもらったってのに」
 その巨体を沈み込ませるかのように落ち込んだタイガーに、魔理は軽く頭を掻きながら笑顔を交えて詫びると、注文を取りに来た黒猫にダージリンを注文する。


 『―― この雨じゃ原チャリで帰るのが億劫だから』


 そういう理由でタイガーを呼び出したが、実のところは違っている。

 ただ単純に“想い人と並んで帰る”ということを実践したかっただけだ。

 切っ掛けは、つい先日に親友である弓かおりと伊達雪之丞の二人を偶然見たことだった。

 日頃は撥水性の高い黒のコートに帽子という出で立ちを好み、傘を持ち歩くことがない雪之丞が、弓に差しかけられた番傘を照れ臭そうに奪い取り、頭半分高い恋人に差しかけている、という姿を見たその偶然が、魔理の心に淡い羨望を生み出していた。

 以来、『夕方から雨が降る日』を待ち望んではいたが、美神令子のように天神に知り合いを持たない魔理には、文字通り『神頼み』以外に出来ることはない。

 前日の予報と違い、朝から雨が降った時には、『早すぎる』と神を恨みすらした。

 しかし、あと二日で冬休みに入る、というこの日……学業の神という側面を持つ天神は彼に対して恨みすら持った少女に絶好のシチュエーションを与えてくれた。

「ありがとう、神様!」と嬉し涙を流しながら、握り拳でガッツポーズを作る少女の耳に『合格祈願ばかりの中で珍しい願いだったから手を貸してやるが……次は、そういったことは布袋殿に頼むのだぞ』という囁きが流れてきたが、喜び勇んで携帯電話に手を伸ばす魔理の耳には入らなかった……というエピソードもあるのだが、これは余談―― 兎にも角にも、絶妙のタイミングで降り注いでくれる窓の外の雨に内心では頬をほころばせつつも魔理はタイガーに席を勧めつつ、言う。

「って訳で……悪いけど、傘に入れて欲しいんだよね―― 送ってって、くれない?」
 顔を朱に染め上げながらのその言葉。

 ……プラス上目遣い。


 何かに反応したのか、タイガーの岩のような顔が一瞬虎のそれに変化しかけるが、暴走しかけたその何かを押さえ込み、タイガーは魔理に告げる。

「そ、それが……ワッシには無理なんジャー」
 その手元には、雨に濡れた超特大のレインコートと、包装されたままの真新しい一本の傘。

「せっかく一文字さんが『迎えに来て欲しい』と言ってくれたのに、こういう時に限って都合のいい傘が手に入らなかったんジャー!!」

 その言葉とともに『うぉおーん!』……と、獣の咆哮にも似た雄叫びを上げて泣き喚く虎男。






 ……とても喧しい。






 顔馴染の二人に挨拶に来たのか……はたまた、その喧しさが他のお客様のご迷惑になる、とでも思ったのだろうか……いつもならポットのみが現れるか箒のウエイターが運んでくるはずの注文の品―― ダージリンのポットとオレンジのマーマレイドの添えられたスコーンが盛られた皿を微笑みながら持ってきた店主……魔鈴めぐみは、くすり、と笑みながら二つのカップに暖かい紅茶を注ぎ……二人の年若い恋人達に声を掛ける。


「んー……それなら、こうしたらいいんじゃないかしら?」





「ご馳走様―― お茶、美味しかったです」

「ありがとうございました♪」

 笑顔で二人を送り出した魔鈴は、コート掛けの脇に立てかけられた一本の傘……包装も解かれていない傘に気付き、追いかけようとしたが、止めた。

 その大きな懐に抱くようにして氷雨から守るタイガーと翼に身を寄せる雛のように冷たい雨から守られる魔理……その寄り添う二人を邪魔するほど、野暮ではないと自負しているから。


 ―― 西条先輩もあんな風に八方美人じゃなかったら……靡いていたかも知れないわね。

 かつてロンドンで通り雨に見舞われた彼女の天秤を大きく揺るがした、紳士を自認する男のフェミニズムを、名前を明かすことなく若い恋人達に披露した魔鈴は、雨のヴェールに包まれ、夕闇に遠ざかる後姿を見送り、溜息一つを漏らす。

 青春の感傷をそれで吹き消した現代の魔女は―― 新品の傘をレジの脇に立てかけた。
























「ありがと。ここでいいよ」
 駅に辿り着いた時、雨は既に小止みになっていた。

 寄り添うことで忘れていた寒さが、風とともにそれぞれの身体の火照りを攫う。

「そういや、傘忘れちゃってたけど……明後日にでも、また魔鈴さんのお店に行かない?さっき魔鈴さんが言ってたけど、まだ、あたし達の席くらいなら……どうにか融通は利くってさ」

 目の前では、イルミネーションがまだ咲き残る傘の花とともに街角を彩る。

 だが、それ以上にタイガーには魔理の笑顔が輝かしい彩りを放っていた。

「い……一文字さん――!
 ワッシは……ワッシは―― ウォオーーーン!!」

 叫びとともに、タイガーの顔が……腕が……制服から見える限りの全身が二足歩行の虎へと変じた。

 その心象を現すかのように、満天に星よりもなお強い輝きを放つ光が無数に溢れ、弾ける。

 突然顕れた光は細い銀色の雨粒によって乱舞し、奇跡とも言うべき万色のシャワーとなって、夜の街に降り注いだ。




















 そして二日後――。

「で、何なの?冬だというのにそのビーチパラソルは?」
 一旦家に帰り、私服で改めて駅に降り立った魔理の笑顔の問いが、タイガーに突き刺さった。

 ただし、目は笑っていない。

 気圧されつつ応じるタイガー。
「仕方なかったんジャーッ!!ワッシも一度でいいから、一文字さんと相合傘をしてみたかったんジャーッ!!」

「ふぅん……ちょっと耳貸して?」
 変わらぬ、殺気すらも滲む笑顔で手招く魔理。

 その恐ろしさに苛まれながらも、タイガーはおずおずと身を縮めてその耳を魔理の頭の高さへと持って行く。

「だからって、晴れてる日にまで持ってこなくてもいいでしょーがっ!!雰囲気ないったらありゃしないわよ」
 その耳を抓り上げながら殊更に大声でやり込めると、それで気が済んだのか、くるり、と軽い足取りで店への道行きを歩む。



「……女の人というのは、判らんノー」


 首を傾げながら、男という種類の生き物が抱く、永遠にして大いなる疑問を呟いたタイガーは、日本でも唯一の魔法料理店への道を恋人とともに歩むべく、振り返る魔理の後を追った。









 一方その頃、遠く大宰府では――。

『ミズキくん……また天神としての仕事かね?』

「はい……今日この日に雨を望むというのは珍しいので受け付けたんですが……それが、また東京の方でして―― 」

 東京が、天気予報になかった雨に見舞われるまで……あと、3時間――。

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