ザ・グレート・展開予測ショー

帰りたい声 懐かしい人。


投稿者名:アストラ
投稿日時:(05/12/20)

 足の動きがもどかしかった。
 一歩でも早く、前へ進みたいのに足は意に従わない。
 雨が身を打つ。体は凍えていても止まる気などなかった。
 止めて休めることなど考えられなかった。

 一度でも歩を止めてしまえば、再び足を踏み出すことは叶わないかもしれない。
 そんな不安が寒さでない理由で身を震わせる。
 過ちを繰り返すことだけはしたくなかった。同じ苦しみをまた味わうなどごめんだった。
 弱音を吐く腿に拳を入れて、奮い立たせてなおもまた走る。

 つい先刻。

 ルシオラが戻ってきた。その言葉を伝えるがために事務所にヒャクメがやってきた。
 話し半ばでいてもたってもいられず飛び出した。
 かつてに自らの手で見捨ててしまった人を、今度こそ見捨ててしまいたくなかった。
 雨が身を打つ。目の前に靄がかかり、視界が朧になる。
足はもう、感覚が消えかかっていた。かじかむ指先は痛みすら忘却していた。
 それでも走っていた。走り続けていた。求めているものを手にするために。

「ルシオラっ・・・!」

 疾駆の果てに辿り着いた妙神山。門を開くことすらもどかしく、半ば押し入る形で中へ進んだ。幾度も訪れ、中の機構は存分に熟知しているはずなのに、どうしてか探している人の姿は全く見えない。焦燥の自分を理性が謗る。冷静になれ、と。解ってはいた。だが振り切れそうな感情を抑えることがどうしてもできなかった。
 嘘だろ・・・?
 恐れとも怒りとも取れる言葉を口にし、捜しまわる。どうしても会いたいのに。どうしていない? 絶望で諦めかけ、表門へ戻った時。

『ヨコシマ・・・』
 その声に思わず振り返った。聞き違えることない、正真正銘の声だった。
「ルシオ・・・ラッ・・・・・・」
 だが。
「どうして・・・」
 そこにはルシオラはいなかった。
「パピリ・・・オ? お前・・・」
 たしかに声はルシオラそのものだった。けれども目の前にいるのは彼女の妹。パピリオ。信じられないという思いが胸を染めていく。
『ごめんね・・・がっかりさせて・・・』
「・・・ルシオラ・・・なのか?」

 迂闊だった。第一に、ヒャクメの話半ばで飛び出した故に、状況をまるで知らなかった。そして。
『傷つけちゃったよね・・・』
 何より彼女――ルシオラに――その表情をぶつけてしまった事が。
「違うんだルシオラ・・・いや、違わないか・・・どんなに言い繕っても、今の俺はそんな顔してお前の前に立っているんだからさ・・・」
『気にしなくてもいいの。こうなってしまうって、想像できてたから・・・ヨコシマは素直だから』

「違う・・・我が儘なだけだ、ルシオラ・・・」
 声は本物、外見は別物。理由や原因は解らないが、魂だけが一時的憑依を果たしたのだろうとは横島にも推察できた。
「ルシオラごめん・・・お前を復活させるために色々と手は尽くしたんだ。でも、どうしても出来なかった。過去へ遡行することも考えた。でも無理だった。最近はもう諦めかけていたんだよ、卑怯だよな、しょうがないだなんて言い繕って・・・」
『気にしなくていいの』

 彼女は膝をつき、うなだれる彼の頬に手をあて顔を上げた。
『ヨコシマと居た時間・・・短かったけど、その時だけは私が私でいられた。アシュ様の部下としてとか、そういうのじゃない、本当の私で・・・』
「ルシオラ・・・」
『本音で言えばね、こんな形で会うことにためらいはあったの。でも、どうしても会いたかったから。私はヨコシマを責めてなんか無いし、短かった時間を後悔することも決して無いって伝えたくて』
 雨は益々強くなり、雨ざらしのままの体から熱を奪っていく。二人の顔に雨とはまた違う水滴が流れていたのだが、目視する事は叶わないだろう。だが、目視は出来なくとも、互いにその事を認識していた。

『ヨコシマ・・・ほんの少しだけだったけど、また会えてよかった・・・ありがとう』
「待ってくれ・・・ルシオラ・・・!」
『さようなら』
 雷鳴が轟いた。雷光に照らされた顔は幻のような刹那、ルシオラの顔になっていた。

 雷鳴が共に去っても、横島は顔をあげる事が出来なかった。受け入れるべき現を見つめるにはまだ覚悟が出来ていなかった。
 だが、悔やんではいなかった。ほんのひと時会えたことがうれしかったのだ。
「ありがとう・・・ルシオラ」
 弱まった雨空に向かって、横島は呟いた。

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