ザ・グレート・展開予測ショー

永遠のあなたへ(36)


投稿者名:馬酔木
投稿日時:(00/ 6/26)

ザワザワと、夜風に吹かれて不気味にざわめく木々の向こうに、パトカーの赤ランプや懐中電灯らしいその他の照明が、チラチラと見え隠れしている。
ベランダのガラス戸を少しだけ開け、風に乗って部屋に流れ込んでくる車の音やパトカーの聞きながら、加奈江は、静かに窓辺に佇んでいた。
(―――囲まれた・・・わね)
すでに人間を超えた超感覚を有している加奈江は、気配で外の様子を感じ取ると、心の中でそう呟いた。
家の表にはパトカー、裏や横手の森の中には、数十人の人員が配備されている。GSも来ているのだろう、普通の人間の気配の中に幾つか、飛び抜けて高い霊力を感じる気配が混じっている。
だが、別に困る事はない。今の自分には普通の人間など紙人形同然であるし、結界を張られている気配も無いので、逃げようと思えばこれぐらいの包囲など、すぐに突破出来る。
ベランダを閉めてカーテンも引き、窓から離れると加奈江は、自室に飾ってあるピートのパネル写真の中でも、一番大きなものの前に立った。
それは、文化祭の時に高校に入り込んで、写真部の男子学生から買った物であり、声をかけられて振り向いた時の様子を撮ったものらしかった。
親しい友人に呼びかけられたのか、とても自然な微笑を浮かべた柔和な表情で振り向いており、緊張や嫌悪と言った、人の表情に陰を落とす類の暗い感情は、そこには一切存在しない。かと言って、わざとらしい笑顔でも無い。
無邪気な赤ん坊の笑顔のような、見ているだけで、何となく心が和む類の表情。
そんな表情を浮かべたピートの写真を見つめ、自分も軽く微笑んだ後―――加奈江は、ふとその写真に寄りかかると、小さな声で、呟くように謝った。
「・・・ごめんなさいね。私は・・・貴方の優しさにつけこんでいたの・・・」
ほんの二、三時間前のやりとりを思い出して、静かに呟く。
あの時、手首をとってこちらの血を吸おうとしていたピートが、自分の悲鳴で何故動きを停めたのか―――加奈江は、分かっていた。
・・・彼は、本当に優しいから。
基本的に、ピートは暴力を好まない。女性や子供など、自分より弱い存在に対しては特にそうで、なまじ彼自身が強いために、何か自分に危害を加えられる事があっても相手の気持ちを必要以上に考えて我慢し、説得などで穏便に済ませようとするところがある。
そんなピートの優しさに、自分がこれまで何度もつけこんでいた事を、加奈江はわかっていたが―――
(ごめんなさい・・・でも、全部貴方のためなのよ。これは・・・)
パネルのピートに謝りながら、その頬を、そっと優しく撫でる。
その、彼の弱さにも、強さにもなり得る潔癖なまでの優しさがあったからこそ、加奈江はピートを好きになり―――そして、守ってあげなければ、と思うようになった。
(貴方は優しすぎるから・・・守ってあげる・・・守らなきゃ・・・そうよ。だから、誰にも邪魔されるわけにはいかないのよ!!)
ピートを守る―――今がいよいよ、その目的を達成するための正念場なのだ。
加奈江は軽く両手をあげると、自分の頬を、パシッと叩いた。
「・・・行ってきます」
写真のピートにそう言って笑いかけると、静かな足取りで部屋を出て行く。
カーテンの合わせ目の、ほんの僅かな隙間から射し込む満月の光だけが、白々とした一条の光を投げかけている、暗い部屋の中。
屋敷の内外で広がりつつある異様な緊張感を含んだ空気など全く知らぬげに、写真の中のピートは、ただ静かに微笑んでいた。

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