ザ・グレート・展開予測ショー

手をつないで!後編 (絶対可憐チルドレン)


投稿者名:とおり
投稿日時:(05/12/14)




「「「かんぱーい!」」」



賢木、奈津子、ほたる、そして皆本。
本部からほど近い、丸の内高層ビルにある洋食店。
窓際の、東京駅が良く見える落ち着いた程よい調度の個室で、彼らは皆本の快気祝いを開いていた。





あの時の【普通の人々】の襲撃は結局失敗に終わった。
だが、それはあくまでも結果であって実の所かなり際どい場面までチルドレンチームは追い込まれた。
【普通の人々】は先の陽動作戦の成果を見せんとばかりに、限られた人数ながら力のある人材を送り込んで来た。
攻め立てる彼らに対して、かろうじてチームを救ったのは皆本の機転だった。
【普通の人々】がECMをも装備していることを見越し、出来る限りトレーラーで走り交通量の多い地域まで近づいたが、結局全てのタイヤが破られ速度が落ちた所を挟み込まれ、停止してしまった。
これに際し防御が固められたカーゴ内にて時間を稼ぎ、小型ECCM(対超能力妨害兵器)を駆使し攻撃を凌ぎつつ、救援を待った。
血気盛んな薫はいつくるか分からない救援を待つよりは打って出ようと主張したが、皆本はそれを退け、ひたすらに守る戦術を取った。
なにより皆本が優先すべきだったのは彼女達の命であり、彼自身の感情も彼女達が生き残る一番確立の高い方法を選択させた。
小出力でECCMを作動させバッテリーの消耗を防ぎつつ紫穂にトレーラーの外を透視させ、敵がなにかしら行動を起こそうとすれば出力を上げ葵と薫の瞬間移動能力、念動能力で外部の敵に対抗し、撹乱した。
ECCMを使い突破する戦術というも考えられなくもなかったが、敵の布陣がどの様な物か全く不明である以上、下手に動くことは出来なかったし、なによりチルドレンを危険に晒す。
いつくるかも分からない救援。
外の見えない状態で攻撃を凌ぐのは心理的な負担が想像以上に大きく、常に四方八方から響く重い金属音がチルドレンを消耗させていった。
動力部が破壊され、内部の電気も消えまさに闇に落ちた時、彼女らは悲鳴を上げた。



「大丈夫だよ、こんなの押入れに閉じ込められるようなもんだろう」



皆本は彼女らを背後に回らせると、おどけた様に言う。
するとすぐに返事が返ってきた。



「…あたしは無いわよ、そんなの。薫ちゃんはよくお母さんにされたかもしれないけど」



調子のいい紫穂が、しれっとつぶやく。
当然黙っている薫ではない。



「紫穂〜、後で覚えとけよ」

「でも薫なら散々わるさしてそうやもんなあ」

「葵まで…、ふん」



葵まで言葉を足してふざけて、暗がりでくすくすとささやき合う様な笑いが起こる。
皆本は、こんな状況であるのにひどくおかしく、頼もしい気分だった。



「でも皆、悪い事をしていないのに閉じ込められたら、次はどうする?」

「「「…思い切りやり返す!」」」



よし、これなら大丈夫。
子供達を落ち着かせようとして、同時に子供達から落ち着かせても貰った皆本は、明晰な頭脳でカーゴの外のテロリストと渡り合う。
しかしECCMも自由に使えない状況で、形勢は徐々に押し込まれていく。
いくらかのやり取りの後ついにカーゴのドアが開かれ光と共に【普通の人々】が飛び込んできた。
皆本は残ったバッテリーを使いECCMを作動させ、葵の瞬間移動でやり過ごそうとした刹那。
彼らの銃弾が皆本の肩を貫き通す。
見る間に赤く染まる白いシャツに動揺した葵が、瞬間移動の機を逃す。



「…っく」



これまでか。最後のフル稼働でもう小型ECCMのバッテリーは残っていない。
ここまでの作戦を仕掛けてくる以上、彼らはチルドレンを捕らえてそのままにはしないだろう。
チルドレンに危害が及ぶ、それだけはなんとしても避けなければならない。
こちらにはまだ一丁の銃がある、が、外の敵と対等に渡り合えるとはとても思えない。
場所が頭と心臓に近い事が悪かったのだろう、出血で体が急速に冷えていく事を感じながら、なんとか思考を纏め上げようとしていたが、決着はついたとばかりに敵はにじり寄ってくる。
逆光で見えないが、黒く染まったその顔はきっと笑っていることだろう。
だめか、もう手はないか。
思考がまとまらない。
意識が沈んでいこうとする、その時。



「キシャーッ!!」

「いけ、初音!」




大型の動物がカーゴ内部に走りこみ、背後から敵を次々に打ち倒す。
いや、これは。
皆本に見えた狐、それは複合能力で狐化した初音の姿だった。
外には、明と一緒に護衛隊が展開していく様子が見て取れた。
これはなにより一つの事実を意味した、敵ECMは沈黙したという事実を。
すばやく察したチルドレンは、残敵掃討に加わる。



「よくもやってくれたなぁぁ!?」

「ゆるさへんで!」

「二人ともファイトー」



あたりを吹き飛ばし、怒りのまま全開で力を解放する薫。
次々に彼らを上空にほうり飛ばし、落下寸前で止める葵。
威力を目の当たりにした【普通の人々】はちりじりに四散する。



「逃がすな、追えっ!」



野太い男性の大きな声。
これは局長の声か。
だとしたらもう安心だ…。
張り詰めた糸は、ついにぷつんと音を立てて切れた。



「っ?! 大丈夫ですか、皆本さん」

「皆本!」「皆本さん」「皆本はん!」



そんなに大声を出さなくても聞こえているよ。
耳をつんざく、でも良く聞こえない遠くの声に皆本はぼんやり答えた。
どさり。
自身が作った血の海に、倒れこんだ。





「…はい、了解しました」



奈津子が局長室からの電話を受けた。
強張った面持ちに、ほたるも緊張が取れない。
少し前からの警戒態勢は未だに解除されず、ただ待機しているだけ一層不安が強くなる。



「事件は無事解決したって。
 でも皆本さん、ヘリで搬送されてくるそうよ。医療室で緊急手術」

「なっ…」



ほたるは絶句する。
ただでさえ情報が錯綜し混乱していた本部で、特務エスパーとはいえ受付業務の二人には詳しい情報は降りてこなかった。
無理も無い。



「ほたる、あんたここはいいから、手術室のとこへ行きなさい」

「何を言うのよ、奈津子。こういう時の…」

「あああ、もうごちゃごちゃ言わない!
 大体、そんな心配でたまりませんって書いた暗い顔をしてるあんたがいた所で
 大して役にたちゃしないのよ」

「……でも。
 でも、あたしが行って出来ることなんか、無いし…」

「…何も出来なくていいのよ」

「えっ?」

「皆本さんだけじゃなくて。チルドレン、あの子達のそばにいてあげなさいな。
 …あの子達だって、きっと皆本さんの側を離れない。
 いてあげるだけ。それでいいの」



言葉を切ると、奈津子はほたるの目を捕らえる。
ここで動かなければ、絶交だと言わんばかりの厳しい目で。
じっと二人は見詰め合って、そしてほたるは席を立った。
勢い良く、駆け足で。手術室目指して登っていく。



「…ったく、あたしがいないと何にも出来ないんだから、あの子は」



やれやれと奈津子は背もたれに体を投げ出す。
どうせ客は閉じ込めてある。
玄関すら封鎖している状況で、受け付けになにをやる事があろうか。
特務チームとしての守備業務にしても、出入り口や階段全てに屈強なエスパー警備員が配置されている状態で、しかも女性の自分達に出番など無い。
こんな時にまであの子は、真面目なんだから。
でかい尻を思い切り引っ叩いてやんないと、動きゃしない。
まったく。
まあ、だからこそ私は大好きなのだけれど。
あの子はもう少しわがままを言ったっていいと、誰もいない正面玄関の受付で奈津子は思った。



「ほたるさん…」



手術室に到着したほたるの目に映ったのは、白い廊下にくっきりと赤く点灯するランプと長いすに呆けた様に座り込むチルドレンだった。
ここにも遠巻きに警備員が配置されている様子から見ると、彼女達は奈津子の言う通り自分達の意志でここにいるのだろう。
力の抜けた様子の葵は紫穂の肩に頭を乗せて、紫穂もまた葵に寄り添うようにして、お互いに動かない。
薫は一人沈鬱な表情で、じっと膝を抱えていた。
足音だけが響く白い長い廊下。
ほたるは薫の隣に静かに座ると、頭を抱いてこう言った。



「…頑張ったわね」

「う、うっ…ほたるさん、ほたるさん…
 皆本が、あのバカ…」



薫はいつもの様にほたるの胸に顔を埋めると、しかし普段とは違って震えていた。
小さい体で、懸命に声を押し殺しながら。
精一杯の意地を張って。
ほたるは何も言わず、ただ薫を抱きしめた。
流れ込む、様々な想い。
不安、勇気、恐れ、憎しみ、そしてなによりの皆本への親愛。
ほたるにもじんわりと伝わる皆本の背中の温かさ。
そして幼い薫の暖かさが、冷たい廊下での救いであるように思えた。










「…あの子達、ただでさえ狭い病室に四六時中いるもんだから、お見舞いに行くにも困っちゃってねー」



がやがやと騒がしい店の一室で、宴もたけなわに皆調子よくしゃべっていた。
奈津子はおどける様に賢木に話しかける。
皆本は頭に近い場所の動脈を弾丸が貫通したせいで一時的に意識が不明になっていたが手術は成功、程なくして回復し皆を安心させた。
賢木が止めるのも聞かず、チルドレンが病床に張り付いて世話をしていたが、すぐに紫穂が心を読んで葵や薫が中庭に移動させたり尿瓶をふわふわと持ってきたりとあれやこれやし皆本は落ち着かず、苦い顔ながらも彼女達の笑顔にまた笑い返していた。
薫はすぐにべたべたして、肩に乗ったりするので傷がふさがらず痛みが走る皆本の怒鳴り声が聞こえていたりもしたが、それも病院の中でのほほえましい情景のひとつに違いなかった。



「そうそう、傑作なのがさ。
 皆本が大きいほうのトイレに行きたくなったのを紫穂ちゃんが読んでさ。
 普通にトイレに連れて行けばいいのに、なにを思ったか薫ちゃんがよし!っていきなりズボンを脱がそうとしてさあ…」

「あはは、あの子がやりそうな事だわ。で、どうなったの?」

「それがさ。ズボンを念力で脱がして皆本が止めろーって騒いでいた時に、薫ちゃんのお母さんお姉さんがちょうどお見舞いにやってきてさあ」

「…って、有名な女優の明石親子が?!」

「そう。その女優方がいらした時に皆本は下半身裸で、念力でつるされててね。
 好美さんは固まっちゃうし、秋江さんは身じろぎもせず腰に手をあててじっと見てるし…。
 あの時の皆本の顔といったら。あ、だめだ腹痛い…」



ひいひいと笑う賢木に、皆本は憮然とした顔で答えもせず、がばがばとビールを開ける。
よほどに衝撃的な出来事だったのかあまり触れられたくも無い様子に、奈津子がほらほらとビールを注ぐ。



「もう、いいじゃない皆本さん。すっかり直って退院できたんだし。
 明石親子に見てもらえた男なんてそういないわよ、役得役得!」

「そういうのは役得って言わないと思うんだけど…」



賢木と奈津子はますますおかしくて笑う。
対照的に落ち込む皆本に、ほたるがなんとかしてフォローを入れようとしている様子が微笑ましくまた初々しい。
気付かれないよう、奈津子は賢木に耳打ちをする。



「ね、あの二人。なんかいい感じじゃない?」

「そうかあ?酔っ払い親父をなだめる娘さん、みたいにしか見えんぞ」

「ふざけてないで」



奈津子が抗議すると、賢木はようやく語る。



「…お似合いだよ、皆本にほたるちゃん渡すのは悔しいけどな」

「ね。入院してた時、ほたるが休憩時間みんな皆本さんの所に入り浸ってたって聞いたんだけど、

本当?」

「そんなの、君が一番知ってるんじゃないのかい?」

「ほたるは私に教えてくれないのよ。休憩にしたってかわりがわりやってたんだし」

「…普段から、からかいすぎなんだよ」

「ああ、もうそんな事はどうでもいいから。どうだったのよ?」

「入り浸ってたなあ、確かに…。時間全部って訳じゃないけど、毎日毎日甲斐甲斐しくたずねてあれやこれや世話を焼いてたよ。
 そんでたまに視線を合わせたかと思うと、ほたるちゃんは照れて逃げるように出て行ったりするんだよ。
 もう医局の若い男みんなして、毎日皆本を殴りやら蹴りにやら行ったよ」

「…医者がそんな事していいの?」



賢木は事もなげに答える。



「別に手術した所に影響なければかまわんだろ。
 …まあ、あれだけされれば皆本も悪い気はしなかったろうよ。
 そんでまたムカつく事に」

「なに?」

「あいつ、ほたるちゃんが出て行った後に、俺に聞くんだよ。
 なんでこうよくしてくれるのかなあ、って」

「…それはまた」

「だから、こう言ってやったよ。
 お前がそんな事をいう奴だからだってな。
 皆本の奴、それでもきょとんとしてるから」

「してるから?」

「最後に思い切り頭を引っ叩いてやった」

「まだ直ってなかったでしょうに。
 でも、ふ〜ん。そうかあ…」



全くにぶい人。奈津子は機転の効く皆本が、なぜ気付かないのだろうかと思う。
でも、賢木が言うとおり、そんな事をいう奴だからこそ、なのだろう。
向こう側の二人を見る。
まだ皆本はずんと落ち込んで、ほたるの手を煩わせていた。
ね、ほら。もう済んだ事は気にしないで、明日からまた任務あるんだし…と皆本を励ましている。
全くあの子も良くやるわ、などとやっかみも起きないではなかったが、 奈津子はほたるの手が自然と皆本の肩に置かれていることに気付く。



「あ…。はは〜ん」

「ん、どうしたんだい?」



賢木は気付いた様子もなく、どうしたのかと奈津子の顔を見ていたが表情からは何も読めない。



「う〜ん、なんでもなぁい」



カクテルを口に運び、話を逸らす。
親友の恋、奈津子は満足だった。



「ありがとう、ほたるさん」



酔いか照れか、真っ赤な顔をしてほたるにそう言う皆本の言葉に、ほたるはまたそれ以上に真っ赤になってうつむく。
今度は首どころか手まで赤い。



「けっ!」



賢木は美女二人の興味が皆本にばかり集まるのが面白くも無いとばかり、ひたすらに赤ワインをあおっていた。
明日の診療は大丈夫であろうかと思ったが、女たらしで有名な賢木がこんな様子な事を見られるのもまた無いだろうし、私にも多少は楽しみがなくちゃとばかりに、奈津子はワインを注ぐのだった。










しばらくして、休日の午後。
ほたるとルームシェアしている奈津子は居間で本を読みながら、キッチンで夕食の準備をするほたるに話しかける。
ほたるの最近の料理は気合が入っていて、とても美味しい。
和食にしろ洋食にしろ、手間のかかる旬の素材を使ったものや、奈津子の好みの品が並ぶ。
それは同居人としては全く嬉しいことのはず、なのだが。
エプロンを身につけて、鼻歌を歌いながらじゅうじゅうと音を立てるフライパンをいかにも軽そうに扱うほたるは楽しそうで小面憎い。



「ねえ、ほたるぅ」

「ん、なあに?」

「もう皆本さんとヤッた?」

「ぶっ!」



仕上げにと掴んでいた、肉のフランベに使う赤ワインがどさりと入ってしまい、ボンと大きな音を立ててフライパンから火が立ち上る。



「あっあっあ、これどうやって消すのー!」

「おーおー、すごいのー」



ケタケタと笑いながら、奈津子は慌てふためくほたるを見て楽しむ。
落し蓋で火は消えたものの、せっかくの肉は台無しになってしまった。



「…あなた、突然なんて事言うのよ!」

「なんて事じゃないわよ。
 15の純愛じゃないんだからね〜。
 そう、例えば!!」

【…二人はじっと向かい合っていた。
 満月が街の明かりに負けじと夜空を照らし、カーテンの隙間から光がこぼれる。
 その光が薄ぼんやりとほたるの体を闇から浮かび上がらせる。
 桃色に上気した、しっとりとした肌が皆本の目に飛び込んできて、一層動悸が激しくなる。
 心臓の音が自分でもはっきりと聞こえ、あまりの大きさにひょっとするとほたるにも聞こえているのではないか、そのようにすら思った。
 ところがこれはほたるの方でも同じ事であって、両手で胸や下腹部を隠しながらも、
 その手はがくがくと震え、心臓は今にも飛び出しそうに跳ねている。
 いかな月明かりが頼りの暗がりにいるとはいえ、生まれて初めて裸を異性に、それも想い人の前で晒している事に、緊張しないはずは無かった。
 やがてほたるは皆本の首に腕を回し、皆本も彼女を抱いた。
 自身とほたるの不安を鎮めるように、何度もぎゅうっと。
 だけれどもそうやって彼女のぬくもりや匂い、まわした腕から返ってくる力を感じると 不思議とそれが当たり前のように感じられて、落ち着いた。
 ほたるも皆本の腕の力、心臓の音、少しばかりの男くささをかぐともうすっかりと彼の胸におさまっているのが本当だという気持ちになった…】

「こういう事はなかったの、って聞いてるのよ!」

「あなた、頭くさってるんじゃないの?!」



焦げた肉とフライパンの片づけをしながらほたるは、なおもくねくねと両手を絡ませてポーズをとってにやにやと、からかう奈津子に抗議する。
本当ならフライパンと焦げた肉を一緒に投げつけてやりたい。



「もう、本当に何もないのね。デート一つしてないでしょ、あんた達」

「分かってるなら聞かないでよ!
 大体皆本さん、つきあってるとかいないとか考えてもいないわよ!」



クレンザーで叩きつける様にフライパンを洗いながら、ほたるは声を荒げる。
全く奈津子は何がしたいのかと腕に力を込めていると、横から出てきたのはなにかのチケット。



「ほら、このチケットで一緒に出かけてきなさいよ」

「…え?」



振り返れば奈津子が、手をもう一回前に出して受け取るのかどうか確認する仕草で待っていて、ほたるは洗う手を止め、水気を取ると渡されたチケットを見る。

【クラブチーム世界一決定戦・会場 国立競技場】

ほたるはあまりスポーツに詳しくはないが、そんなほたるでも聞いた事がある大会決勝のチケットだった。



「これ、取るの大変だったんじゃ…」

「別に。皆本さんサッカーが好きらしいし、誘い出すいい口実になるでしょ」

「奈津子…」

「まあこれだけやってあげたんだし、少しからかうくらいはいいでしょう?」

「…うん」

「あ、後一つ!」

「なあに?」

「あなたも分かってるでしょうけど。
 当日何があったかは!
 洗いざらい、全部吐いてもらいますからね〜」



意地の悪い顔でにんまりと奈津子はほたるに宣告する。
しまったと思ってももう遅い、ほたるは受け取ってしまったのだから。
王手飛車取り、とはこういう状況だろう。



「…やられた」



頭を抱えて苦い顔をしながらほたるは、しかし奈津子に心の中で感謝する。
ありがとう。
すると不思議に奈津子は目配せをして
ほたるにはそれが、どういたしましてと奈津子が言ったように思えた。










次の休日。
二人は青山通りで待ち合わせてウインドショッピングを楽しみ、ゆっくり歩きながら会場の国立競技場に向かった。
少し遠回りになるけれど、仕事に追われる事が多い皆本とほたるには、ただ歩くだけの時間がことさら贅沢に感じる。
神宮の並木道に差し掛かると、ちょうどイチョウの葉が色づきあざやかな光景を映し整然とならぶ木立が奥まで続き、さながら回廊の様に見える。



「ね、あそこの店に入ってすこし休もうか」

「ええ」


並木道の入り口にある平屋建てのレストラン。
日中はテラスを開放してカフェを営んでいて、通りの見通しや風情の良い場所で、イチョウを楽しむ客で込み合う。
案内された席は道に面しており、テラスの中でも良い席だったろう。
皆本とほたるはレモンティーをポットで頼む。



「大丈夫、疲れてない?」
「ええ、大丈夫ですよ」



おだやかな陽気の中で、ゆったりとお茶を味わいながら、ほたるは考える。
この時間がいつまでも続けばいいなんて、本当に感じる事があるなんて…と。
よく本で見かけるフレーズ、物語の主人公達の気持ち、そこに込められたおそらくは作者自身の気持ち。
自分にも理解出切る時が来るなんて、思いもしなかった。
ああ、ここにいてよかった。いる事が出来てよかった。
たくさんの人たちに支えられて、今ここにいる。
もちろん、向かいに座っているこの人にもたくさんのものを貰って。
美味しい。皆本がどうぞとカップに入れてくれたレモンティーは、格別に美味しかった。




「ありがとう、ほたるさん」

「…なんです?」



唐突な皆本の言葉。
ほたるはどうしたのだろうかと聞き返す。



「この前、チルドレンにずっとついていてくれたって賢木に聞いてね。
 お礼を言っていなかったものだから。
 改めて、言いたかったんだ。
 …本当に、ありがとう」



目をしっかりと見据えて皆本は礼を述べる。
ほたるはもう、といいたげにカップをソーサーに戻す。



「大した事は何もしてません。あたしはただ、あそこにいただけ。
 …お礼を言われる様な事じゃありませんよ」

「いや、ほたるさんがいてくれたから、あいつらも落ち着く事ができたろうと思うんだ。
 つい僕たちは忘れそうになってしまうけれど、あいつらはまだほんの子供なんだから。
 10歳の、子供達なんだよ」



ほたるは皆本の言葉を黙って聞いていた。
この人は…!
チルドレンに少し嫉妬さえ覚えて、胸がさわさわとして。
うらやましい。
この人とあの子達が。
ノーマルとかエスパーとか、くだらない区別に惑わされてなんかいない。
お互いをお互いとして、信頼しあっている皆本たちに心から憧れた。



並木道にちらほらと応援の人たちらしい姿が目に付くようになって、皆本とほたるは席を立った。
ここからすぐ近くだから、と少し伸びをしながら皆本は言う。
ほたるもその横で足を止めて、二人はイチョウの木々に包まれるように佇んでいた。



「あの、皆本さん」



突然の声、うつむくほたる。
皆本はなんだい、と聞き返す。
彼女は近くに歩み寄ると皆本に向けて、そっと左手を差し出して
恥ずかしそうに、でも嬉しそうに彼女は言った。



「あたしと…。
 手をつないで…もらえませんか?」



ほたるの声にこたえる様に一筋風が通り、イチョウがはらはらと舞い落ちる。
視線を少しずつ上げて、ほたるは皆本の端正な顔を見た。
優男と言われる、彼の顔。
二つの目にこめられた意志の力、なによりそれが彼を印象を深くしているのだろうとほたるは思う。
押し黙って、皆本もほたるに相対する。
皆本は答えない。
ただそっと、ほたるの左手を包んで。
皆本は笑い、ほたるも静かに笑い。
皆本が右手でぎゅっと強く握り締めると、ほたるは嬉しそうに口元を緩める。
幾度か指を絡めあって確認しあうように手を繋ぎ終えると、二人はまたゆっくりと歩き出した。
どこまでも高い秋の空に、白い太陽が輝いて街を照らす。
秋風もまた、とても暖かくて爽やかなものだった。


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