ザ・グレート・展開予測ショー

永遠のあなたへ(35)


投稿者名:馬酔木
投稿日時:(00/ 6/26)

『○○区男子高校生行方不明事件・都内連続吸血事件合同捜査本部』

小学生が自由研究に使う模造紙のような、特大の白い紙をベニヤ板に張って作った捜査本部の看板。
容疑者宅に向かうのに際して、警官達を集め、心構えと任務の内容を説いている本部長達からは少し離れた所に集合しているGS達からも、さらに離れた場所―――警察署の玄関のすぐ脇に立って、エミは、何とは無しにその看板を見つめていた。
その姿はボーッと手持ち無沙汰に時間を潰しているように見えるが、気合は十分入っている。一般の警察官達の手前、丈の長いサマーコートを羽織って隠しているが、エミがその下に着ているのはいつものようなボディコンではなく、呪術の儀式の時に用いる黒衣だった。あとは、髪飾りとメークさえすれば完璧、と言う体勢である。
一緒に出向く令子や唐巣達も、それぞれの戦闘服とも言える『いつもの服』になっており、手には神通棍や聖書などを持っているのがわかる。令子の少し後ろで巫女装束に着替えたキヌと何か喋っている横島も、荷物を詰めたエベレスト登頂のようなごついリュックを脇に降ろしていて、準備万端、と言う感じだった。
そんな令子達の様子を確認してから、まだ何か話が続いている警官達の方に目をやる。
オカルト絡みの事件という事で、一般の警官への説明が長くなっているのか、整列している警官達の前には、美智恵や西条達も出て何か話していた。
(もう少しかかりそうね・・・)
時刻はすでに夜の八時を回っている。普通に走った場合、都心から奥多摩近くの青梅市までは、車で一時間ほどはかかるだろう。下手をすれば、突入時刻は深夜になる。魔物は、夜の方が活動が活発になる上に、折りしも今宵は満月だ。月の周期は、魔力に少なからず影響を及ぼし、月の力が最も強まる満月は、こちらの魔力も高くなるが、相手の魔力も更に高まる。一般に、魔物は人間よりも月の影響を受けやすい。加奈江は、ピートのお陰で魔力を得たと言っていたし、吸血事件の手口などから考えても、おそらく吸血鬼の影響を強く受けている筈だ。―――吸血鬼も、例外なく月の影響を受ける。
(悔しいけど・・・あの女は強いわ・・・)
数日前に襲われた時も梃子摺ったと言うのに、満月の晩に踏み込んで、無事に事を済ませる事が出来るだろうか。
早く出発すれば良いのにと、少なからぬ焦りを感じて空を仰いだ時、ふと、やや嗄れた感じのある老齢の男の声が聞こえた。
「どうしたんじゃ。考え事か?」
「・・・カオス」いやと言うほど聞き覚えのある声に、その名前を呼びながら振り向いたエミの目に入ったのは、やはり、予想していた通りの白髪頭の老人だった。
後ろ襟を立たせた古めかしい感じの、マントのような黒いコートを身に着け、襟元から覗く白いスカーフを直しながら、こちらに歩み寄ってくる。
髪を前髪からかき上げて後ろに撫でつけた、オールバックに近い髪型もその雰囲気に似つかわしく、黙っていればダンディーな老紳士と言えない事もないのだが、いかんせん、この男の中身を知り過ぎているエミの頭には、そんな単語はさらさら浮かばなかった。
「なーに?おたくも行くワケ?」
「何じゃ、その嫌そーな顔は!この、『ヨーロッパの魔王』と呼ばれたワシが協力してやろうとゆーのに!ちゃんと、Gメンからも要請が出たんじゃぞ!」
「ん・・・。まあ、ねえ」
令子同様、カオスに対して、「コイツが関わるとロクな事がない」と言う体験が染み付いてしまっているため、何となく眉を顰める。
しかし、最近の事件では、カオスはなかなかまともに役に立っていた。
以前、神族魔族の要請で月ロケットを造ったり、アシュタロスの件の時に、魔族の三人娘の自爆コードを解除したりした事で、あまりに長生きし過ぎて錆び付きかけていた頭の歯車が再び動き出したのか、最近のカオスは、以前と比べて結構まともな活動をしている。
・・・・・・以前があまりにひどすぎた、と言うべきかも知れないが。
「まあ、この際、頭数はいた方が良いわよね」
「・・・「この際」と言う言葉が何か引っかからんでもないが・・・まあ、よかろう」
「そんな事より、マリアも来るんでしょ?」
「・・・何か微妙に失礼な事を言われたような気もするが・・・そうじゃ。マリアも一緒じゃぞ」
「イエス・ドクター・カオス」
頷いたカオスの言葉に答えるように、ショートカットの、令子とはまた感じの違う赤毛の少女がカオスの背後からひょこっと顔を出す。
毛先にやや内巻き気味のクセがある髪型がチャームポイントとも言える可愛らしい少女だが―――彼女、マリアは人間ではない。
やや区切りがぎこちない喋り方と、鈴のように澄んでいるがどこか硬質的な感じもする声が象徴しているように、彼女は人の手によって人工の命を吹き込まれた存在―――アンドロイドだ。
詰襟の黒いラバードレスのスリットから覗く白い足も、整った容貌も、人形のように綺麗だが―――彼女は実際、人形である。
しかし、全盛期のカオスが造っただけあって、そうと知らなければ近寄って見ても全く分からないほどマリアの見た目や所作は人間に近いし、彼女は『心』さえ持っている。そして、カオスが最高傑作と自負するだけあって、その能力には目を見張るものがあった。
バズーカを食らっても全く平気な耐久力、外見からは想像も出来ない異常な怪力など、人間に似せて造られた筈なのに、マリアは、ある意味では人間から限りなくかけ離れている。人間の、生身のGSでは根本的にかなわない能力を持っている点から見れば、彼女はピートと同類だと言えるかも知れなかった。
「あんたが来るなら百人力だわ。あの女、馬鹿力だったからねー」
タイガーを片手で投げ飛ばした加奈江の姿を思い出しながら、マリアの肩を冗談めかしにポンとはたいて笑う。
そのエミの横顔に、一瞬浮かんだ緊張を見て取って、カオスは自分も表情を引き締めると、静かに尋ねた。
「・・・その加奈江とやらは魔物と化しておる、そうじゃな」
「・・・そうよ」
カオスの静かな問いに、エミも静かに答える。
「元は素人だけど、正直手強いかもね。気合入れてかからないと・・・」
「イエス・マリア・頑張り・ます」
エミが、彼女自身に向けて発した言葉を、自分にも向けられたものと判断したのか、マリアは口を開くと、そんな言葉を発した。
「ピートさん・友達・マリア・頑張り・ます」
「・・・・・・」
普通の少女と変わらない、淡いピンク色の唇から発された、『心』ある言葉。
その言葉に自分も励まされた気がして、エミは少し笑うと、頷いた。
「・・・そうね。頑張らなきゃ」
頑張る、と言うマリアの言葉を聞いてエミは、自分が先ほどまで無意識に抱えていた「怯え」のような感情に気づいた。
今夜、加奈江に会ったら、あの女はまた自分に何か仕掛けてくるかも知れない。
以前、心理的なダメージを強烈に与えられたせいか、エミは、自分でもはっきり意識しない内に、加奈江に対して、かなりの「怯え」のような感情を持たせられていた。
・・・・・・でも、悩んでいる暇は無い。
   『貴方、ピエトロ君のどこを見てたの?』
加奈江に投げかけられたその問いの答えも、まだはっきりと出てはいないが―――
(・・・理由は何にせよ、あたしはピートを気に入ってるのよ。・・・良いな、と思ってる相手を横から取られて黙ってられるほど、心の広い人間じゃないワケ!)
今は、それで良い。
迷いが晴れきった―――とは言えないが、今はそれで良い。
とにかく、動かなければ何も始まらない。うだうだ悩んでいるよりも、そちらが自分の性分だ。
そんなエミの気持ちを後押しするように、背後から警官達の、気合のこもった声が響く。説明が、終わったらしい。
―――いよいよだ。
エミは、そう呟いて気合を入れると、美智恵が手招きするのに従って、ずらりと並んだパトカーの内の一台に乗り込んだ。

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