ザ・グレート・展開予測ショー

〜 【フューネラル】 第2話 〜


投稿者名:かぜあめ
投稿日時:(05/12/ 9)

「こんにちは」

      「はじめまして」
    
             「…そして、さようなら」




―――――――――…どうか貴方が、このまま安らかに眠れますように…。


                                                    『無題』





『1.金曜日の空白――― a White on Friday ―――』



サワサワと…。

透明な旋律が耳に響く。

その日の午後、タマモは一人、公園で水の音を聞いていた。心地よい風が吹く、小春日のように穏やかな時刻だ。
たくさんの紅葉に彩られた、静かな佇まいの展望公園…。噴水の前の広場では、白いハトが人間に餌をねだっている。

「綺麗な所ね……ここは…」

足元にすりよる彼らのうちの一匹に、小さくタマモはつぶやいた。灰色の雲から差し込む薄い光が、起きぬけ瞳に、少しまぶしい。

…今日の朝、彼女は寝坊をした。それも正午近く、朝食を抜いた空腹のせいで目を覚ますという大寝坊だ。
平素から朝には強いハズの自分が、どうしてこれほどの醜態をさらしたのか……

午後2時を差す時計台を見つめ、彼女はかすかにため息をつく。


「――――――馬鹿みたい…」

ポツリとした声。
自身に向かって放たれた言葉が、公園の雑踏へとかき消えてゆく。

遠くの方から聞こえてくるのは、子供たちの遊ぶ、無邪気な歓声。
それだけではない。この場所には、たくさんの人間達の、何気ない日常が溢れている。
笑いながらクレープを頬ばる、自分と同世代の少女の姿に……タマモは何故か、小さな苛立ちを覚えた。


『…3週間くらい前に、ここで学校の後輩が自殺したらしくてさ……それでちょっと、な…』

『だけど、やっぱり悲しいよ…。これからもっと仲良くなれたかもしれないのに…ロクに知り合いもせずお別れなんてさ』


ぼんやりと頭に残る、幾つかのフレーズ。
それは昨夜、偶然耳にしたとある人間のつぶやきだ。少女はその言葉を、ひどく苦々しい思いで反すうする。

理屈も何もない、感情に任せた支離滅裂な発言だと……そう思う。
ただ、彼の言葉を聞いた瞬間……自分の中で、チクリと何かが痛んだ気がした。他人の『声』を聞いたのが、もう随分と久しぶりなような…そんな感覚。

もしも……
もしも、土の中で眠っているのが彼女ではなく私だったら……あの人間は、昨日と同じ顔、同じ声で、同じ台詞を口にするのだろうか?


「……。」

…目を閉じて、タマモは小さく首を振った。
どうして自分が、こんなくだらないことばかり考えているのか分からない。石造りのベンチに腰を降ろし、重ねた足を抱え直す。
ブレザーとチェックのスカート。
陽光がカーテンのように降り注ぐ中、少女は静かに、公園の空へと息を吐き……

「うむ、初々しくていいのぅ…。それにしても見事な脚線じゃ…」

「―――――――…?」

と。不意にすぐ傍から、誰かの笑い声が聞こえてくる。人好きのする、老人特有のしわがれ声だ。

ギクリ、と体をこわばらせ、タマモは辺りを見渡した。
…背後に人の気配は感じられない。足元に伸びる黒い影も、自分以外のシルエットを映してはいない。
戸惑うタマモをからかうように、もう一度、のんきな声が周囲に響いた。

「フトモモの柔らかさも弾力も申し分なし。しいて言えば下着の色がのー…もうちょっとぴゅあな中にも色気が欲しいところじゃが…まぁそこは子供じゃしなぁ…」

「……。」

そんな恐ろしく身勝手なもの言いに、タマモの動きが凍りつく。声の主が何処に居るのか…今度こそ分かった。
タマモの膝下…。『ちょうど頭一つ分』盛り上がったスカートが、モゾモゾと怪しく蠢いている。


「〜〜〜〜〜〜〜〜…っ!」

怖気を感じ、タマモは反射的にその場を飛び退いた。
どうして、今まで気づかなかったのか……。奇妙なことに、肌に触られていたという感触が全く無い。声の主は相変わらず、とぼけた調子で笑ったまま…


「なんじゃ……残念じゃなぁ。ヌクヌクしていて、なかなか居心地が良かったんじゃがの」

「こ……!だ、誰よ、アナタ……!」


思わずスカートを押さえつけ、タマモはきつく男を睨んだ。
地べたに座り、そのままのん気にあぐらをかいているのは……柔和な顔立ちをした白髪の老人。口元には深い皺(しわ)と、長い髭。
タマモと比しても一回り小柄なその男は、体全体が半透明に透けていた。

”幽霊 ”―――――――…一目見てそんな単語が思い浮かぶ。


「…そんな…いくら霊魂相手だからって…ここまで接近されて、私が気づかないなんて…」

「はぁ……今日はいい天気じゃのぅ…」

「一体、何なのアナタ。ここで何をしてるの?」

「ん〜?なんじゃって?年を取ると、どうにも耳が遠くなって敵わんの…はて?そういえばココはドコじゃったか…」

なんてことを平然とつぶやいた後、唐突に遠くを見つめ始める。どこまでもシラを切ろうとする幽霊の様子に、タマモは軽い頭痛を覚えた。


「………。そう…じゃあ質問を変えて……私のスカートに上半身を突き入れた感想は?」

「うーむ、水色と白のストライプで78点というところじゃの。『ぱんちー』が真っ白でもう少しパンパンしとったら、
 92点に格上げなんじゃが…ちと辛すぎたかの?」

「…って…しっかり聞こえてるじゃない…!」

ワケも無く暴れだしたい衝動に駆られながら、タマモは声を張り上げる。この期に及んで、ボケ老人のふりまで演じて切り抜けようとは…
ワナワナと震え出しそうな全身を、深呼吸をしてようやく抑える。
老人は老人で、そんな事は全く意に介さず、今度はタマモのお尻へと、頬をすりすりし始めて…。

…それに、タマモは……

「……。」

タマモは……

「―――――――――っ!!」

……。
…飄々と微笑む、老人のアゴに、鋭い掌底が叩き込まれた―――――――――――――…



――――…。


「…痛いのぅ…」


天頂の太陽を見上げつつ、老人が嘆息まじりの声を漏らす。
腫れることなどあるはずのない、透明なアゴを痛そうにさすり、ヨヨヨ…、とわざとらしく地面に泣き崩れ…

その隣りには、憮然とした表情でベンチに座る少女が一人。
あれからすぐにこの場を離れようとしたが、突如、じじいが「死ぬー…死ぬー…」とわめき始め、上手く逃げおおすことが出来なかったのだ。

…遠巻きには、『穏和な祖父と、それに寄り添う孫娘の図』にでも見えるのだろう。
微笑ましげな周囲の視線に、タマモは頭を抱えたい気分だった。


「―――――ホレ、嬢ちゃん。どうせ昼飯はまだなんじゃろう?」

頬杖をつくタマモの鼻先に、湯気立つホットドッグが差し出される。
驚いて見やれば、そこには件の老幽霊。宙空にフヨフヨと浮かびながら、大量の包み紙を抱えている…。タマモはわずかに目を丸くした。

「…?これ…」

「なに……ちょいとそこの『かふぇてりあ』に寄って買ってきたんじゃよ。嬢ちゃんには素晴らしいモノを拝ませてもらったからのぅ…。そのお礼じゃ」

「……。」

悪びれもせず言い放つ老人に、もはやタマモは言葉もなかった。
噴水の側に隣接した、パラソル仕様のオープンカフェ。その女性店員と手を振りあって、彼はのん気にあくびをする。

「……随分…手慣れてるのね…」

「うむ。この公園で痴漢行為を働くようになってから、かれこれ3年近くになるからの」

「…そっちじゃなくて!……私は、少し抵抗があるから。一人で店に入って必要以上に人間からモノを乞うなんて…」

視線をそらし、どこか苛立つような少女の様子に、老人はふむ、と首をひねった。そうして、少しだけ可笑しそうな顔で笑みをこぼす。


「…人間は…嫌いかね?」

「……昔は、そんなこともあった気がする。別に今はどうでもいいわ。私の視界にさえ入ってこなければ何とも思わない」

つぶやいて、タマモは固く唇を結んだ。そう…それだけのはずだ。なのに昨日、突然、アイツがおかしなことを口走るから…
だから、なんとなく腹が立った……きっとそういうことなのだろう。

…うつむいたままの少女の瞳を、老人は穏やかな瞳で見つめ続ける。
やがて、ドッカリと彼女のそばに腰かけると、自らも美味そうにホットドッグを頬張り始めた。

「…?幽霊なんでしょ?味、するの?」

「いやいや…嬢ちゃん、こういうのは気分が肝要なんじゃよ。せっかくの女子(おなご)との食事じゃ…楽しまんとの」

「……ふ、ふぅん…」

…そういうものなのだろうか?
目の前に座る妙に所帯じみた幽霊を、タマモは怪訝な面持ちで観察する。そういえば、どうしてこんなことになったのだったか…?

この老人に、さっきから自分はずっと振り回されっぱなしだ。
糾弾するはずが、逆につきまとわれ…無視を決め込むはずが、いつの間にか隣りで昼食をとっていて……
何よりそれを、自分がそこまで不快に思っていないことに、タマモには少なからず驚いていた。

どこまで奔放で、マイペースで、時折、生者よりも生き生きとした仕草を見せる……不思議な幽霊。
誰かに似ている、とタマモは思う。

「さっきの話…人間が好きか嫌いか、っていう…」

「?あぁ」

「…聞いて、どうするつもりだったの?妖狐が人間を嫌うのが……そんなにおかしい?」

自分は一体、何を言っているのだろう…これではまるでムキになった子供だ。
頬が紅潮していく感覚と、狭くなる視界。こちらの顔を一瞥し、老人は悪戯っぽく片眉を上げた。

「おや?やはり嫌いじゃったのか?」
「……好きになる理由がないもの。前世は人間に殺されて、現世でも、あと少しのところで殺されかけたわ…」

「ふむ…しかし君が今、こうしてワシと話しているということは……どこかの誰かが君を助けてくれたということではないのかね?」
 
「…それは……」


自分の考えに胸を突かれたような錯覚に陥り、タマモは視線をうつむかせた。
そうなのだろうか?では、あの人間はどうして自分を助けようとしたのだろう?純粋な好意から…あるいはもっと別な何かから…?
そうなのかもしれないし、そうでないのかもしれない。彼女には、それを判断することができなかった。

「…嬢ちゃんは…ようするに戸惑っておるんじゃな…。昔、自分を傷つけた人間と、今、自分の周囲を取り巻く人間の……その落差に。
 彼らが何を考えているか分からないし、それを受け止める自分の気持ちもよく分からない。…だから、恐い…」

老人の声は静かだった。
彼が視線を向けた先には…広場で遊ぶ子供たちが居て、犬を散歩に連れて歩く、母親と娘の二人連れが居る。
何かを言いかけるタマモの顔に、彼は柔らかく微笑んだ。


「――――――――…?」


風が吹き、木漏れ日が揺れる。

逆光を受け、はじめて露になった老人の姿に、タマモは一瞬、我が目を疑った。
…あちこちが擦り切れ、摩耗した体……。透明に見えた肌からは、ボロボロと微細な穴が穿たれ、剥き出しの霊気が湧き立っている。
息を飲むタマモの様子に気づいたのか、幽霊は一度だけ、バツが悪そうにチラと笑った。

「…?あぁ…コレかね?最近、少し霊体にガタがきておっての…。形を保てなくなった魂が、こうしてそこら中から、外に逃げ出しておるんじゃよ」
「……。」
「ふぁっふぁっ。そんな顔をせんでくれ。幽霊の【寿命】というやつじゃ…別に、今日、明日どうこうなる身…というわけでもないしの」


…その時になって、ようやく気付く。目の前の老人の表情―――――光のカーテンの中、静かにたたずむ彼の表情は…
ひどく、もうすでにどうしようもないくらい疲れきっていて…。

それはもしかしたら……彼がこれまで忍び寄る『死』に抗い、必死に闘い続けてきた証そのものなのかもしれない。
『肉体の消滅』は、必ずしも『痛覚の消失』を意味するものでは無い。
霊魂の崩壊という想像を絶する苦痛を身に受けながら、それでも彼は穏やかな瞳で平然と笑っているのだ。
…凄まじいまでの、精神力だった。

「…どうして?」

「ん?」

「アナタだって幽霊なら…この世に残してきた未練の一つや二つはあるんでしょう?
 時間が無いって分かっているのに…どうしてそれを叶えにいかないの?」

消え入りそうな声で、タマモがつぶやく。それでも、老人は微笑みを絶やさなかった。

「さて、のう…昔のことは、もうみんな忘れてしまったよ…。
 自分の望みが一体、何なのか……何故、ワシという幽霊が生まれてきたのかも。
 それに本当は、理由になど大した意味はないのかもしれん。ワシがこの公園に留まっているのは…ただの確認のようなものなんじゃよ。
 思い出せないくらい『昔』の自分が選び取った生き方と、その居場所が……ワシにとってどれだけ大切なものなのか…それを忘れないための」

限りなく優しい声で、老人が言った。その姿を見かけ、遠くで遊んでいた子供の一人が、嬉しそうにこちらへと駆け寄ってくる。
立ち上がる彼の背中に追いすがるように、タマモは小さく顔を上げた。

「のぅ、嬢ちゃん。幽霊が持って生まれた記憶など、忘れられるなら忘れていた方がいいのかもしれん。
 そうは思わぬか?ヒトで在ったころの未練など……甦ったところで、自身の『今』を傷つけるだけじゃ…」

「……アナタが今、見ているものは…何の実体も無い幻想のようなものだわ…。幸せだと感じる時間も、温もりも、アナタに向かって笑いかけてくれる人たちも…全部。
 いつ、どんな形で裏切られるか、分からない」

「…そう、思うかね?」

「……。」

老人の問いに、少女は沈黙で答えた。かすかだが、視線をそらす気配がある。
…何を以ってこの幽霊が自分にそんなことを尋ねるのか……タマモは知らない。知ったところで、多分、理解することはできないのだろう。

ただ、遠のいていく彼の後ろ姿からは…何者にも汚すことができない、強い誇りのようなものが感じられた。

「―――――…人生でもしも、一番に大切なものがあるとするなら…それはきっと『選択肢』なのじゃろう。
 嬢ちゃんがそう言うのなら、ワシは何も口出しはせんよ…。先のことはお前さん自身で決めなさい……ただし、後悔だけはせんようにの」

穏やかな口調でそう言う老人に、タマモはそれ以上、何かを聞こうとはしなかった。
その温かい笑顔を少しだけ名残惜しげに見つめ返し、やがて無言のままで踵を返す。

サワサワと…噴水の音が鳴り響き……数瞬の間だけ交わされる視線。
…それは、別れの挨拶だった。



       ◆





「『―――――…う、美しい…!なんて美しいんだ……!その微妙に薄べったい小ぶりな胸も、物理法則に反しているとしか思えない奇妙なポニーテールも!
  そんなわずかな欠点さえ気にならないくほど君は輝いている!なんたって髪が金色だし。
  オレは来世で、君のスペシャル・スポットをガードする、パンティーのクロッチ部分になりたい!!』」

「ちょっ……横島さん待ってください…!女性相手にそれはいくらなんでも…え?つ、次の台詞?
 えーと『アリガトウ、ヨコシマ。コトバガ私ノ薄ベッタイ胸ニシミイルヨウダワ。ワタシガ、マチガッテイタ。コレカラハ事務所ノミンナトモ仲良クシマセウ』」

―――――…。

「…完璧だ……!!」

「どこのあたりがよっ!?」

雄たけびを上げる横島に、すかさず愛子のツッコミが割って入った。
放課後。太陽が西に傾く時刻。誰も居なくなった教室に、ポツンと4つの影が居残っている。

大げさな身振りで台本を朗読する横島と、それに向かい合い固まるピート。
何故か不機嫌そうな愛子をよそに、タイガーが表情を引きつらせ……

ちなみに、彼らがそれぞれ手にしているのは……横島が昨夜、徹夜で書き上げたという、
『タマモに無視されないための108の方法』なる不可解すぎる印刷物だったりして…

現在、ピート演じるタマモ役との、第32章57節 アプローチ・シュミレーション(Take.1)の真最中である。
ホームルームはとうの昔に終わっているというのに、4人ともまったくご苦労さまなことだった。

「あー…まぁ、たしかに今のはちょっと熱烈すぎたか…。別に気があるってわけじゃないんだし、タマモに変な誤解させるのもなぁ…」

「ち・が・う・で・しょ!もっと根本的な問題!!これじゃ、まるっきりただのセクハラじゃないの!」

ごく良識的なダメ出しを飛ばしながら、愛子が机に寄りかかる。
そこには、積み重ねられた分厚い台本。見つめると同時に思う……どうして彼はこういう余計なところに要らぬ労力をつぎ込むのだろうか、と。
『事務所の新入りが自分になかなか打ち解けてくれなくて…』そう聞いたから、せっかく放課後まで付き合ってあげているいるというのに…


「それに……ホラ。その…せっかくの女の子役なんだから…ピート君以外に適任が……例えば、私…とか」

わずかな期待を込めて、上目遣いで見上げてみると、横島は思いっきり顔をしかめて…

「えー…だってお前、黒いしなぁ…。髪が」

「………。」

瞬間、OTL 感じで愛子がその場に崩れ落ちたのだった。

まぁ、それはさておき。

「でも…そのタマモちゃん、でしたっけ。彼女がどんな性格で、何を理由に横島さんを避けているのか知らないことには……正直、対策が立てづらいですね」
「言えてるノー。事情に詳しいのは横島さんだけという現状じゃし」

神妙な顔でしきりに頷く3人に、横島は瞳をパチクリさせて…

「…って、おいおい。お前ら、ここ一ヶ月何回も事務所に遊びに来てなかったっけ?全然知らないってことはないだろ」

「う、うーん…よく『散歩に行こう!』ってジャレついてくれる女の子…えっと、シロちゃんよね?の方はちゃんと覚えてるんだけど…
 タマモちゃんにはその……一人で本を読んでるなぁ…ぐらいの印象しか…」

言いにくそうに口ごもる愛子。他の2人もそれぞれ似たようなものらしく、気不味げに頬をかき始め…。
そんな彼らの様子に、なるほど…と横島は半ば納得してしまった。考えてみれば、一ヶ月近く顔を合わせている自分でも、彼女に関しては知らないことの方が多いのだ。
タマモが纏う(まとう)氷点下のオーラに尻込みするのは、一般人として、むしろ当然の反応と言えた。

「あぁ…いや、違うんだ…。タマモは別にオレだけを避けてるってわけじゃなくてさ……それがデフォっていうか。
 近づいてくる奴らに、片っ端から距離を置いてるって感じなんだよな…」

3週間前、共同で通り魔事件の捜査を行ったシロ、彼女と交代で毎日のように面倒を看ているヒノメ。
この2人に対しては、例外的に多少、心を開いている感があったが……正直、それもいつまで続くか分からない。
そもそも、自分が他のメンバーより特別ひどく嫌われているというなら…

「…美神さんも、おキヌちゃんも、シロちゃんも…今は、海外の依頼でロンドンですもんね。単位が危なくて一人居残った横島さんを選んだってことは…
 案外、好かれてるのかもしれませんよ?」

「……い、いや、単に頭数と、時間と、かかる手間を考慮に入れただけの結果だと思うが…。
 それにアイツ…なんか協会に色々目ぇ付けられてるみただからな…海外渡航とか特に。存在を黙認してやるから、派手に動き回るなってとこか…」

面白くなさそうに横島がぼやき、3人は顔を見合わせた。
「なんで?」と尋ねる愛子に向かって、横島はガシガシと頭をかいて……

「『亡国の妖怪の国外輸出なんて、一体どんなブラックジョークだ』とかなんとか…。
 協会のお偉いさんっていう、チョビヒゲの親爺が直接、出向いて忠告してきやがった…」

「な、何それ!さいてー…妖魔をそんなモノみたいに……」

「…だよなー。ソイツ、タマモのことヘラヘラ笑った挙句、しまいには唾まで吐きかけそうな勢いだったから、
 とりあえず、文珠で不動金縛りにして、寒空の中、愉快かつ丁重に野外放置してみたんだけど…」

「そ、それでどうなったの?」

「2週間ほどオレのGSライセンスが剥奪されました」

「「「………………………(汗)」」」


さて…。

くだらない話はこれまで、とばかりに横島が勢いよく立ち上がる。苦笑まじりに目配せした後、ピートとタイガーもその後に続き……
教壇の上で、またまた例のアホっぽいシュミレーションが再開された。
それはもう、相も変わらずダメすぎる台詞の応酬なのだが……演じる横島の表情は、先ほどと同じ、やはり真剣そのもので…

(…そんなに心配しなくても、タマモちゃんだって、ちゃんと分かってると思うけどな……。横島くんがどういう人かってことぐらいは…)

可笑しそうに笑いをこらえながら、愛子が静かにその様子を眺めている。少しでも時間を共有すれば、すぐに分かる。
怒るときも、ナンパするときも…彼は何時だってひたむきで、そして一生懸命なのだ。

……頻繁にそのひたむきさが、妙な方向やエロスのベクトルへ傾いてしまうのは、確かに困りものだけれど――――――

彼女がそんな感慨を思い浮かべた時、舞台はちょうど『横島がタマモに向けて友達の歌(自作)を歌う場面』にさしかかっていた。
カラオケ用のマイクを片手に、横島がノリノリで独唱体勢へと移行する。
耳をふさぐか、ふさがないべきか……愛子が半眼で悩み始めた、その刹那――――――――――


「――――――…ごめんください。えぇと、横島?居る?」


手前のドアがゆっくりと開き、教室に一人の男子生徒が足を踏み入れる。
中性的で、どこか繊細な美貌の持ち主。このクラスでは見ない顔だ。
キョトンとするピートたちを尻目にして、横島はヒョイッと教卓から身を乗り出した。

「ユウ!悪ぃな、わざわざ来てもらって……っていうか、このまま聴いてくか?ジャイアンも真っ青の専用リサイタルだぜ」

悪ガキのような横島の笑みに、眼鏡をかけた少年は、整った双眸を緩ませる。
置いてけぼりくったのは、むしろ愛子たちの方だった。

「えっと……あの…横島くん…………誰?」

温和そうな、いかにも優等生然とした中背の男子……普通なら、横島とはどうあっても接点が見つからないようなタイプだった。
目を点にする3人を、横島は意外そうな顔で見返して……

「??誰って…アレ?お前ら、知らない?紹介してなかったっけ…高野だよ。3組の高野悠也。オレが大阪からこっちに越してきてからの腐れ縁」

「し、知らないわよ…。そりゃまぁ、原作でも除霊委員、意外で学校の交友関係が語られるシーンなんて、ほとんゼロだったけど…。
 ギャラリーなんて『巻』によって時々、顔が変わってたし……」

……突如、不思議なことを口走り始める愛子の発言はスルーされ、横島が教壇の上へと昇っていく。
折しもピートとタイガーを観客に、彼がワンマン・ライブを敢行しようとしたその瞬間、少年――高野悠也は、少し可笑しそうに目を細める。

相変わらずだな……愛子から少し離れた位置で、彼はそんな微苦笑を漏らしていた。




「―――――――…へぇ……」


人の消えた教室に、静かな歌声が響き始める、歌詞は例によってひどいものだが、その音色は予想に反して、耳に心地よいテノールだ。
『カラオケタダちゃん』などと普段、冗談のように言いふらしているから、大方、大したことはないだろうと、タカをくくっていたのだが…

「結構、上手いでしょ?僕たち、中学校のときに文化祭で一度だけ本物のライブを開いたことがあるんだよ。
 アイツがヴォーカルで、クラスメートの有志をつのって、即席のバンドなんか作ってさ……」

…もちろん、歌詞を書いたのは別の人だけど…
付け加えながら、高野が一つ肩をすくめてみせる。横島からは視線を外さず、愛子がコクリ、と頷き返し…
それはかすかだが上気した、熱っぽい表情。横島と愛子を見比べて、彼は あぁ…なるほど、とため息をついた。

「…やっぱり、全然変わってないや、横島は。
 そうそう…これ…歌が終わったらアイツに渡しておいてくれないかな?ああなっちゃうと、多分、呼んでも止まらないだろうし…」

鞄から音楽CDを取り出すと、高野はそれを愛子に手渡した。横島の方に集中していたのか、彼女の肩がビクリと跳ねる。

「え…えぇ?最後まで聴いていかないの?」
「もともとそのアルバムを渡すだけの用事だったし…。それにあの曲、もうあと20分は続くから…」

教卓で飛び上がる横島を見やった後、高野悠也は眼鏡をケースにしまいこんだ。
20分……反すうして、渋い顔をする愛子を見つめ、彼は何度目か分からない苦笑を浮かべる。

「―――――…でも、良かった。アイツ、今はちゃんと笑えてるみたいだ…。ありがとう。多分、君たちが傍に居てくれたおかげなんだろうな…」

「…え?」

「……オカルトについてはよく知らないけど。アシュタロスっていう悪魔のせいで、アイツの恋人が死んだところまでは……本人から聞いてる。
 …さすがに横島も色々落ち込んでたみたいでさ…。その間、僕がアイツの力になれてたのか…正直、自信がないんだ。」

「……横島くんが……?」

振り向いた視線の向こうで、横島がピートとタイガーに組み付き、陽気に三重唱をシャウトしている。

…ルシオラが消えた次の週、横島はなに食わぬ顔で、自分たちのもとへと戻ってきた。いつもと変わらない、明るい笑顔、ぶっきらぼうな口調。
少なくとも愛子の記憶には、彼が沈んでいたという事実はいっさい無い。
戦いの残滓も、傷跡も……いずれは日常の濁流に飲み込まれ、自然に思い出へと変わってゆくのだろう……なんとなく、彼女はそう考えていた。
そう、思い続けていた…。

…視線の向こうの横島は、相変わらず、楽しげに笑みを浮かべてはしゃいでいる。



「……少し、羨ましいな…」

古ぼけた机に体を預け、小さくつぶやく。その言葉に、悠也は意表を突かれたようだった。

「羨ましい?」

「…横島くん、私たちの前では絶対、そういう自分の弱いところを見せようとしないから…。でも、貴方にだけは違うみたい」

そう言って、愛子は淡く笑った。
横島の歌声が聞こえてくる。第1フレーズ最初のサビに入ったらしく、彼はますますテンションを上げて……
その言葉を聞き、悠也は少しだけくすぐったそうな顔をする。


「―――――友達…だからね、もうずっと………とても大切な」


そう言って、彼は教室のドアに手をかける。空が茜色に染まる中、けだるいチャイムが鳴り響き……
そうして4人を残したまま、高野悠也は廊下の向こうへ消えていった……。




『あとがき』

プロットの煮込みが甘かったせいで、微妙に中途半端に…(汗
横島は歌が上手い…という設定…らしいですね。原作では一回も歌を歌うことはできませんでしたが…(汗
お久しぶりです、かぜあめです。大学の卒業試験を乗り越え、なんとか復活しました。
ただ、2月に国家試験が控えているので更新はかなり不定期になりそうです…。うぅ……すげー久々の受験…。

タマモと変なじーさんの会話が予定していた1.5倍の分量になってしまい、色々しわ寄せが…。もうちょっと2話で話を進めたかったですね〜
じーさんは、もう出番がないのでハリキラせすぎたか…(爆
次回は割りと早めに更新したいと思います。1〜2話で間が空いたのでその分早く…それでは〜次回またお会いしましょう。

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