ザ・グレート・展開予測ショー

蜂と英雄 第15話 〜命運を賭して〜


投稿者名:ちくわぶ
投稿日時:(05/12/ 9)







 剣はかつて力と権威の象徴であり、場合によっては世界を動かすほどの大きな力を秘める道具だった。
 世界中の神話や伝説を見ても、剣にまつわる逸話は数え切れないほど存在する。
 とりわけ神や魔が手ずから制作に関わった剣は強大な力を持ち、誰もがそれを求め運命を翻弄された。
 古く強力な神や魔にも鍛冶を生業とする者達がいた。
 様々な道具を作り出し人間達に与えた鍛冶神たちは深く信仰されたが、それ故に彼らの道具を巡って争いが絶えなくなってしまった。
 自らが作り出す道具が混乱を招くことを知った鍛冶神は1人、また1人といずこかへ去り、表舞台から姿を消してしまった。
 武器が剣から銃へと移り変わった現代において、魔界でも刀剣の匠の存在は稀少かつ貴重なものに変わりはないのである。









 草木一本生えぬ岩山をジークは自らの足で踏みしめながら登っていた。
 ふもとまでは飛んで近付けたが、このあたりの空には体長が10mを超すような怪鳥が無数に飛び回っていて、見つかれば命の保証はないだろう。
 そのため徒歩で登ることを余儀なくされた。
 断崖絶壁。道無き道。槍のように鋭く尖った岩石……生命の存在を拒絶するかのような険しい地形が容易には先に進ませてはくれない。
 溶岩が固まって出来た足場は所々で脆く、何度も崩れては奈落へ引き込もうとする。
 しかしジークとて軍隊で鍛えられた男。この程度で音を上げる程ヤワではない。
 この山のどこかに、強力無比な武器を作ることのできる鍛冶神が住んでいるという。
 彼に会い、魔剣を鍛え直してもらわなければ――――
 迷いのない確かな意志を瞳に宿したまま、確実に彼は進んでいく。

 断崖の頂上に手を掛け身を乗り出したジークの眼前には、なだらかな広場のような空間が広がっていた。
 地面も程良く平らで、腰を落ち着けるにはもってこいの場所だった。
 ジークは広場の中心当たりまでやってくると周囲を見渡す。
 自分以外には誰もいない。あるのは眼前にそびえ立つ巨大な一枚岩と、さらに上へと続く岩山の斜面だけだった。



「確かこのあたりのはずなんだが……。」



 ポツリと呟いて一枚岩に触れたとき、ジークは何か鼓動のようなものを感じ思わず手を引っ込めた。



「誰だ……。」



 地響きにも似た、低く威圧感のある声がゆっくりと響き渡る。
 声の出所を探して視線を動かしていたジークは、一枚岩の上の方を見て息を飲んだ。
 岩の表面に大きな目玉が1つ開き、ギロリとこちらを見下ろしていた。
 反射的に後ろに飛びのいたジークを射抜くような視線で見つめる目玉の方から、さらに声が響いた。



「何の用か知らんが……帰れ。誰とも関わりたくない。」



 自分を見据える巨大な眼には拒絶はあるが、今すぐ襲われるような敵意は感じられなかった。
 それを感じ取ったジークは背筋を伸ばし姿勢を整え、目玉を見上げながら答えた。



「私の名はジークフリード。突然の訪問申し訳ありませんが、どうか私に力を貸して欲しい。」

「聞こえなかったのか。帰れと言った。頼みを聞く義理もない。」

「これを……。」



 変わらず鈍重に響く拒絶の声に、ジークは鞘に収められた魔剣を突き出した。
 それを見た一瞬、目玉が見開かれ瞳孔が広がる。
 しかしそれもすぐに収まり、何事もなかったかのように目玉はジークを見下ろし続けた。
 だが、ジークにはその反応だけで充分だった。



「山の鍛冶神よ。貴方にこの剣を打ち直してもらいたい。」

「……なぜ私に頼む。打ち直すだけなら人間でも出来る。そういう剣のはずだ。」

「強力で邪悪な魔導師を封じるために、魔力を打ち破る力が欲しいのです。私が求めるもの……人間にそれは作れない。」

「おまえは私が何者で、どうしてここにいるのかを知っておるようだが……ならば私が断ることも理解できただろうに。」

「その魔導師は太古の魔神テュポンを甦らせようとしています。奴が甦れば世界は蹂躙され、魔界や天界も無事では済まない。この危機を関係ないと言い逃げるなら……貴方は永久に臆病者の誹りを受けることになる。」

「私を脅かそうというのか。」

「もうひとつ……この剣は古き大神の生み出した比類なき神器。それを鍛え直すため鎚を振るうことは、鍛冶師にとって至上の喜びのはず。これを見て貴方の心が揺らいだのを私は知っている。」

「弁の立つ若者だ……いちいち正論であるから言い返す気も起こらん。」

「では……!!」

「よかろう。手を貸してやる。だが……!!」



 低く重い声が響き渡ると同時に地響きが起こり、眼前にそびえる岩が激しく鳴動し始めた。
 細かく砕けた表面の破片が降り注ぎ、思わず腕で頭部を庇いながらジークは後退した。
 直後、大気が震える衝撃と共に岩の表面が弾け飛び、その場には片手片足、巨大な1つ目を持ち、一房のみの髪を縛った黒い皮膚の巨人が立っていた。
 今までの落ち着いた口調からは想像出来ぬほど醜怪な姿をした巨人は、顔の半分ほどもある大きな口を開く。



「お前はこの魔剣のために何を捧げる。易しく手にできるものではないぞ。」



 その問いかけに、ジークは躊躇いの素振りもなく巨人を見つめ返し答えた。



「命運すべてを賭して。神話の時代より続く英雄の血族としての運命に従います。」

「よろしい……もし一言でも言葉に詰まったなら喰い殺してやろうと思っておったが。お前の覚悟、しかと確かめた。」

「ありがとうございます、山の鍛冶神よ。できるだけ早く鍛え上げていただきたい。」

「それは構わんが、人手が足りぬ。お前にも手伝ってもらうぞ。」

「喜んで。」

「……付いてこい。」



 鍛冶神は身体をジークと同じくらいの大きさに小さく変化させ、飛び跳ねるように斜面を登っていく。
 ジークもそれに遅れまいと必死に後を追った。






 かくて山の鍛冶神とジークによる魔剣の鍛え直しが始まった。
 山の側面に開かれた広大な横穴が鍛冶神の仕事場であり、鉄を溶かすために利用しているマグマの川が洞窟の奥に流れている。
 2人はその穴にこもり、それから昼夜を問わず鋼を打つ音が響き続けた。
 剣を鍛えながら鍛冶神は自分の持ち物である五十の大きな玉が付いた穀竿を取り出し、そのうちの1つを外して砕き、少しずつ鋼のなかに混ぜていく。
 この玉にはそれぞれ呪いが込められており、こうすることでグラムに新たな力を加えることが出来るのだと鍛冶神は言った。
 ジークもまた全霊を込めて鎚を振り下ろし、その整った顔には珠のような汗が滲んでは流れ続けていた。

 神代より存在し続ける魔剣を鍛え直す作業は非常に過酷であり、結局それが終わったのはちょうど3日目を回った頃だった。
 最後の仕上げは鍛冶神が受け持ってくれたおかげでジークは身体を休めることが出来たが、それでも最後まで生まれ変わった剣から目を離すことだけはしなかった。
 ようやく完成した新生グラムを手に、鍛冶神はジークの前に立つ。



「剣は仕上がった。効果を見せよう。」



 鍛冶神は洞窟に流れる溶岩の川へと向かい、鞘から剣を抜いた。
 そしてくぐもったうなり声を上げながら刀身を溶岩の川に突き立てた。
 すると赤く燃え盛っていたマグマが見る見るうちに黒く冷えて固まり、ただの岩石へと変貌していった。
 生まれ変わった魔剣が、マグマの熱量を全て吸収してしまったのだ。



「凄い……!!」

「が、都合の良いことばかりではないぞ。」

「?」

「見ての通り、この剣は触れた物のエネルギーを根こそぎ喰らい尽くす……が、強すぎる。扱う側もその影響から逃れることはできん。」



 鍛冶神は大きく息を吐くと固まった岩から剣を引き抜き、鞘に収めた。
 そしてジークにそれを手渡すとくたびれたようにその場に座り込んでしまった。



「この通り、たったこれだけでも結構な力を吸われてしまう。鞘に収めておけば問題ないがな。」

「むやみに振り回せる物ではない、と……。」

「お前の霊力でこの剣を抜けるのは……おそらく三度まで。可能なら二度目までのうちに勝負を決めることだ。3度目に剣を抜いた後は……力を吸い尽くされて死ぬ。」

「それくらいでなくてはヤツは倒せません。死は覚悟の上です。」

「1つだけ約束しろ。事が上手く運び片が付いたなら、その剣は決して人の手の届かぬ場所に隠せ。かつて私が鍛えてきた武器は強い力を持った。それ故、誰もがそれを巡り争い血を流したのだ。そのような物は世に出すべきではない。わかったか。」

「……肝に銘じておきます。ありがとうございました山の鍛冶神よ。」

「それから餞別をやる。私にはもう必要ないのでな、魔剣共々処分は任せた。」



 山の鍛冶神は黒い毛髪が一本だけ巻き付けられた銀の腕輪をジークに投げてよこした。
 銀の棒をただ丸く繋げただけのシンプルな作りだったが、巨人の力が宿った腕輪は身につけた者の身体能力を飛躍的に高めてくれるという。
 これを利用すれば、危険な魔剣を振るう時間もなるべく短時間ですむだろうと鍛冶神は言った。

 たった3日の、それも一方的に押しかけた自分に対する鍛冶神の気遣いにジークは胸が詰まりそうになる。
 まだ運は自分を見放してはいない。そのことが勇気となって心に芯を通してくれる。
 この生まれ変わった魔剣さえあればルシエンテスの強力な魔力を封じ、永劫に葬り去ることが出来る。
 あとは『あの場所』に向かい、決着を付けるだけだ――――

 山の鍛冶神は最初に出会った広場までジークを見送り、再びその姿を巨大な一枚岩に変えて目を閉じた。
 久しぶりに血が燃えたこの三日間のことを夢の肴に、当分は退屈せずに済みそうだと満足そうに微笑みながら。
 人間達の伝承では、彼はその醜い姿と気難しさから野蛮で粗暴な山の精とされ、その名をファハンと呼ばれたという――――











 事情を知ったベスパは心の奥底に沈めかけていた記憶を否応なく呼び戻された。
 遠く離れている間に、大切な存在が消えてしまう。
 また私は……何も出来ずに見ているだけなのか。
 寄り添うことも出来ず、自分の気持ちさえ押し殺して……
 全ては彼の人が望んだことだからと諦めるのか。



 いやだ!!



 あんな気持ちは二度と味わいたくない。
 後悔と空虚だけを胸に抱いて過ごす日々。
 それが繰り返されるくらいなら私は――――!!



 自分は正面からぶつかり敵を倒すために、3姉妹の中で最も力強い存在として生まれた。
 しかし、結局何ひとつ役に立てないまま創造主を死なせてしまった。

 だとしたら。
 この力は。
 この命は何のために――――

 私はお姫様じゃない。誰かに守ってもらう存在じゃない。
 姉は愛した人間を救うためにその命を燃やし尽くした。
 人間の男はその身さえ投げ出して姉を守ろうとした。
 あの時、自分がひどく孤独で惨めだった。

 本当にこれでよかったのだろうか――――

 そんな迷いを振り切れない自分と、信じた道を迷わず駆け抜けようとしたあの2人とでは初めから勝負になりはしなかった。
 うらやましかった。
 物わかりが良いフリをして本当の気持ちに気付いたときには、何もかもが終わり失われた後だった。

 あの時と今の私は違う。
 もう二度と、同じ間違いは繰り返さない。
 たとえ結末が変えられなかったとしても、じっと見ていることなんて出来ない。
 そう、私は大人しく待っているような女じゃないんだ――――!!



「行かなきゃ……ここにいたって何も変わらないわ。お願いアンジェラ――――!!」



 意を決したベスパの言葉に、アンジェラはその顔を見上げながら頷いた。
 アンジェラはヨーロッパ各地の地脈へと向かうための、異空間のゲートを単独で作り出せる能力を持っている。
 彼女が異界へのゲートを作り出すと、2人はその向こうへと消えていった。
 行き先は勿論、決着の地であるエトナ火山へ――――






「ベスパちゃん!!」



 ベスパとアンジェラが異界にその姿を消したゲートが閉じたまさにその瞬間、息を切らしたパピリオが駆け込んできた。
 確かに気配を感じていたのに辺りを見回してもベスパの姿を見つけられず、パピリオは小竜姫の元へ駆け寄った。



「ベスパちゃんは!?ここにいたでちゅよね小竜姫!!」

「パピリオ、あなたは市街での防衛に当たっていたはずでしょう?」

「あんなザコ連中は人間達に任せておいても平気でちゅ。ベスパちゃんはどうしたんでちゅか!!」

「彼女は……。」

「どうして口籠もるんでちゅか?どうしてみんな何も教えてくれないんでちゅか?ベスパちゃんに何があったんでちゅか!?」



 心配でたまらないといった表情のパピリオの訴えに観念し、小竜姫はベスパの立場、そして何があったのか全てを話した。



「だったら……こんな所でグズグズしてる場合じゃないでしょーが!!どうしてみんな黙って行かせたんでちゅか!!」

「あ、あのね、私は元々役に立たないと思うし、小竜姫もここじゃ力を発揮出来ないのね〜。」

「それにヒャクメは防衛の指揮の為に、ここを離れるわけにはいかないの……ごめんなさいパピリオ。」

「わかりまちた。じゃあ1人でも行ってくるでちゅ!!」

「落ち着いて。ここからシチリア島までどれだけ離れていると思ってるの?」

「だからってじっとしてるなんてできまちぇん!!」



 涙目になって駄々をこね出したパピリオに弱ってヒャクメも小竜姫も苦笑するしかなかった。
 そんな時、彼女らにとって聞き覚えのある凛とした声が聞こえてきた。



「気持ちはわかる……が、あまり2人を困らせるなパピリオ。」



 オペレーションルームの入り口には、確かな足取りで立つワルキューレ。
 パピリオの傍まで歩み寄ってくしゃくしゃと撫でると、顔をヒャクメと小竜姫の方に向けた。



「遅くなってすまないヒャクメ。魔界で用意していた兵鬼の調整が完了した。まもなくローマ上空に出現するはずだ。」

「了解。とうとう反撃開始ですねー。」

「それから、ジークのことだが……あいつはここへ?」

「ええ……黄金の林檎を持って、シチリア島へと向かいました……。」

「やはりか……何をするつもりか知らんが、玉砕戦法など馬鹿げている。パピリオ、ベスパを救いたいなら一緒に来い。」

「もちろんでちゅ!!」

「それから土偶羅も同行を願えるか?兵鬼の操縦に経験者がいてくれるとありがたい。」

「うむ。ワシがおらんでもこっちの指揮は大丈夫そーだしな。行くとしよう。」



 オカルトGメン基地で話がまとまった頃、ローマ上空では大気を揺るがす轟音と共に空間に裂け目が入り、異相空間から爆撃機などよりもさらに巨大な塊が出現する。
 プラズマにも似たエネルギーの膜を全周囲に纏ったそれは、サナギが羽化するかの如くその姿を色濃く現し始めた。
 機械のようでありながら、確かに息づいている本体と、それを覆う黒く分厚い鎧甲。
 水牛のように大きく湾曲した角が水平に二本突き出し、左右に開いたり閉じたり自在な動きを見せる。
 つまりその姿は甲虫の王者カブトムシと肩を並べるクワガタムシのそれであった。
 モニターでその様子を見ていたパピリオがそのシルエットに声を上げていた。



「あーっ、あれって……!!」

「そうだ、アシュタロスの基地跡より見つかった兵鬼を調整し、運用可能にしたものだ。その名も!!」

「そ、その名も……?(ごくり)」



 パピリオは目をキラキラ輝かせながらワルキューレの言葉を待つ。



「その名も!!移動妖塞・逆天号マーク2!!!!」

「……。」

「む……なんだその不満そうなリアクションは。」

「っていうかそのまんまじゃないでちゅか。もっとこうひねりの効いたネーミングってものが無いんでちゅかねー。」

「仕方ないだろう。私が名付けたわけじゃないんだ。」

「どーせだったらサン○ンオーとかイッパ○マンとかドクロ……むぐっ!?」

「それ以上余計なことを口走るんじゃないッ!!」



 スレスレな発言をしたパピリオの口を塞いでワルキューレは慌てて周囲を見渡す。
 そして真剣(マジ)な目つきでボソボソと喋りだした。



「いいか……本当は違う名前を付けたいところだったんだが、不用意にキャラやら道具やらの名前を捏造すると恐ろしいことが起こるんだ。察しろ。」

「……オ、オトナの事情ってヤツでちゅか。」

「そういうことだ。ヘタしたら我々は削除……もとい消されてしまうかもしれない。」

「消されるって……誰に?」

「宇宙の意志だ。」

「……宇宙の意志でちゅか。」

「そうだ。」

「そうでちゅか。」

「「……。」」



 2人の間に流れる沈黙。



「「あっはっはっはっ。」」



 2人が微妙な空気の会話を交わしていた時、逆天号マーク2は主砲の発射体勢に入っていた。
 その照準はローマ地中海方面へ向けられており、その方角の空には大挙して飛来する魔族達の集団が見えた。
 双顎の間に莫大な霊力が収束し、臨界点まで高められたそれはおぞましき絶叫に似た轟音と共に放たれる。

 断末魔砲。

 それはかつて妙神山を含む世界の霊的拠点をことごとく壊滅させた折り紙付きの破壊力を誇る逆天号の主砲。
 圧倒的な破壊の奔流はローマ市街の、そして地中海の上空を一直線に突き抜けていった。
 それが通り抜けた後には、雲霞のように群れをなしていた魔族達の姿は跡形もなく消え去り、辛うじて難を逃れた者達も恐れをなして四散していく有り様だった。
 さらに散っていった連中を追撃する部隊も逆天号から出撃し、形勢は一気に逆転に向かっていた。



「相変わらずものすごい音と破壊力ですねー。あ……そういえば逆天号は上級魔族の霊力が動力源のはずですよね。誰が霊力を?」

「アモン将軍だ。色々候補は挙がったんだが、強引に自分がやると決めてしまったのだ。パンツを履いて正義のヒーローをやっていた時のことを思い出す、とか楽しそうに呟いていたが……。」

「えーと……今の話は聞かなかったことにしておくのねー。」

「と、ともかく問題は無い。これで……。」



 ヒャクメとワルキューレが話し込んでいた所へ、エトナ火山周辺の状況をモニターしていた女性オペレータの半ば引きつったような声が聞こえた。



「大変です!!エトナ火山周辺地下で……大規模な衝撃波の発生を複数感知!!奪われた核弾頭が爆発したものと思われます!!」



 あまりに突然の報告に空気が凍り付いた。
 ついに恐れていた最悪の事態がその牙を剥き出しにして襲いかかろうとしていた。
 ワルキューレはパピリオと土偶羅を連れて逆天号へ乗り込み、移動妖塞はシチリア島へ向けて異相空間に飛び込んでいった。












 突如起こった凄まじい衝撃波と地震によって火口が崩れたため、ジークは空中に避難していた。
 下方に目をやれば火口が赤く煮えたぎり、まるで眠りから覚めた生き物の様に鳴動を始めていた。

 封印の効力が弱まっている……
 だが、これでいい。
 たとえどんな手を使おうと、主神ゼウスが施した封印を完全に解除することは誰にも出来ない。
 だからこそルシエンテスは黄金の林檎を作り、テュポンにその力を取り戻させようとしている。
 まだ、この魔神が放たれる心配は無いだろう。
 この状況が、何よりも都合が良い。
 これこそヤツを永久に封じる唯一無二のチャンスなのだから――――






「つくづくお前は面白い。なぜそこまでワシに食らいついてくるのか……殺す前に是非とも聞かせてもらいたいもんじゃなあ……ファファファ!!」



 忘れもしない声。人の心を見透かしたように、そして全てを嘲笑するようなこの口調。
 全ての元凶。アシュタロスさえ仕留め損ねた不死を謳う魔導師。
 紳士の衣服に身を包んでいても、その身体から滲み出すのはどす黒く歪んだ邪悪。



「ルシエンテス……!!」



 ジークは自分でも驚くほど冷静に因縁の相手を見据えていた。
 手玉に取られ、利用され、敗北を喫し……ベスパを奪い去られた。
 この顔を見たら自分は理性を保てるかどうか不安にも思ったはずなのに、今は何の感情も湧いてこない。
 ただ、自分のなすべき事を――――
 その意志だけが、全身を支配していた。



「まずは林檎を持ってきてくれたことに感謝するぞ。さて……賢いお前さんは何か手を用意してあるはずじゃろう。見せてみよ。」

「ここで全てのケリを付けてやる。俺も貴様も望みを叶えるか、塵に帰し破滅するか……2つに1つだ!!!!」



 腰に掛けた魔剣の重みを感じながらジークは吼えた。
 運命を切り開き、未来を勝ち得た者を人は英雄と呼んだ。
 運命を紡ぐのは宇宙の理かもしれない。だが、それを選ぶのは自分自身なのだ。
 次など無い。
 だがやれる。きっと上手くいく。
 確信にも似た思いが、強い力をみなぎらせている。



「面白い。魔神復活の前祝い、せいぜい派手に遊んでやるわい。」



 ルシエンテスは尚も嘲笑するように言い、凍てつく魔力と殺気を解放し始めた。
 ついに最後の激突が始まろうとしている――――!!


  

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa