ザ・グレート・展開予測ショー

蜂と英雄 第14話 〜密かなる祈り〜


投稿者名:ちくわぶ
投稿日時:(05/12/ 2)







「ったく、これじゃキリがねーぞ!!」



 次から次へと現れる魔物に辟易したように雪之丞が叫ぶ。
 大通りの中心には彼と、それを囲むように無数の魔族達の死骸が転がっている。
 戦う事に生き甲斐を感じる雪之丞ではあるが、それは強い相手とじっくり戦う場合の話であって、有象無象のザコとひたすら戦い続ける事が好きなわけではない。
 もちろん中には手強い魔族との生死を懸けたやりとりもあったのだが、こう相手の数が多くてはその余韻に浸っているヒマもなかった。
 舌打ちしながら目の前に横たわる魔物の死体を蹴飛ばすと、道の向こうから新手の魔物達がぞろぞろと歩いてくる。
 四肢で大地を踏み牙と角を持つ者、鱗に覆われヒレを持つ者、翼を羽ばたかせ宙を舞う者……。
 上空から戦闘機の編隊が飛行する魔物を破魔札入りのミサイルで撃墜し、やや離れた隣の通りからは装甲車の機銃の音が途切れることなく響いている。

 雪之丞は呼吸を整え、冷静に自分のコンディションを確かめてみた。
 体力・霊力共に消耗しているが、まだまだ戦う力は残っている。
 しかし、それもいつまで持つかは気合いと根性のみぞ知る、といったところか。

 だが……他の連中もまだ踏ん張ってるなら、俺が先に折れる事だけは死んでも御免だ。

 そう独りごちながら、雪之丞は新たに迫る魔物達の群れに突っ込んでいく――――






 ビルの屋上でローマ市内を見渡すパピリオは疑問を拭えなかった。
 今までに得てきた情報と、今回の敵――ルシエンテスのやり方があまりにかけ離れていたからだ。
 ミサイルを強奪した時も地脈のエネルギーを奪っていった時も、ルシエンテス本人かあるいは直属の手下が単独で行動していたはず。
 ところが今回、魔神復活の最大の鍵である黄金の林檎を奪還しようというのに、信用を置く事もままならない寄せ集め魔族の集団を使うことはあまりに不自然である。
 ローマに押し寄せてきた魔族達を2〜3体始末したところで、パピリオはこっそりと戦線を離れ、このビルの上に降り立った。
 眷属である妖蝶の群れを呼び敵の動きを探らせてみたが、やはり魔族達は個々にオカルトGメンの基地を目指しているだけで、統率は取れていないに等しかった。
 眼下の通りでは西条やシロ達が人間の軍隊と協力しながら魔族達と互角以上の戦いを続けている。
 所詮寄せ集めである事、そして人間界に慣れていない魔族達は十分な実力も発揮出来ず、勝っているのはその数だけという状況だった。
 これなら人間達に任せておいても当分は持ちこたえられるだろう。

 敵は一筋縄ではいかない曲者――ならば、この大群はきっとブラフ。
 本当の刺客はすぐ傍まで近付いている。
 外見こそ幼くとも、頭の回転が速いパピリオはこの襲撃の裏を見抜いていた。



「ベスパちゃん……。」



 マルセイユでベスパが拉致された後の足取りをパピリオは知らせてもらえなかった。
 ただ1人の肉親。気が強く荒っぽい所もあるが、話のわかる優しい姉。
 パピリオにとってそれは、魔神復活などよりずっと重要な事だった。
 もしかしたら何か手がかりを掴めるかも知れない――――
 わずかな期待を胸に秘め、パピリオは音もなくふわりと宙に舞い飛び去っていった。









 ローマ市内では、まだ住民の避難が終わっていない区域がある。
 魔族達との戦闘が行われているすぐ傍での避難作業はある意味戦場と変わらぬ緊迫感が漂い、逃げる民間人も誘導する兵士達も皆一様に必死だった。
 そうやって移動していく民間人の列から、こっそりと路地裏へ入り込む二つの影があった。
 スラリとした脚線美、抜群のスタイルを誇る背の高い女性と、小さく幼い女の子。
 互いに帽子を深く被り顔はよく見えないが、誰が見ても親子かあるいは年の離れた姉妹だとしか思わないだろう。
 2人は周囲を気にしつつ、街角に立っている兵士達の死角から死角へと素早く駆け抜けていく。
 この慌ただしい状況下で、そんな2人に気を回す事のできる人間がはたしてどれだけいるのか。
 彼女達は物陰から顔を出すと、眼前にある地下鉄へ続く階段を見た。
 入り口はシャッターで閉じられ、小銃を携帯し、迷彩服に身を包んだ数人の兵士が警備している。
 大人の女性が何事か呟くと、女の子はコクリと頷く。
 そして、女の子はふらついたような足取りで兵士達の傍へ近付いていく。
 その姿に最初に気が付いたのは中年の、しかし気のよさそうな顔をした男だった。



「ん……お前、こんな所で何をしているんだ!?ここは民間人の立ち入りは禁止されているエリアだぞ!!」

「あ、あの……お姉ちゃんがいなくなっちゃった……。」

「なんだ、迷子か……いいかい、ここはとても危険なんだ。この通りを真っ直ぐ行ったところに避難した人達が集まってる広場がある。そこに行けばきっと姉さんにも――――!?」



 少女の目線に合わせて膝を曲げ、通りの先を指そうとした兵士は言葉の途中で硬直し、そのままどさりと倒れ込んでしまう。
 少女が顔を上げると、兵士の背後には手刀を作った女性が立っていた。
 その背後でも、すでに他の兵士達がうめき声ひとつ上げずに倒れていた。



「……。」

「殺す必要はないからね。当て身で気絶してるだけ。さあ、先を急ごう。」



 背の高い女性と幼い少女は帽子を脱ぎ捨て、互いに美しいブロンドの髪をなびかせる。

 ベスパとアンジェラ――――

 2人は魔族達の群れとは正反対の方角から、人間達に紛れ込んでローマに潜入していた。
 狙いは見事に成功し、驚くほど簡単に目的地の傍まで近付く事ができた。
 ベスパは力任せに地下鉄のシャッターをこじ開け、ぽっかりと口を開けた闇の中へ消えていくのだった。









「く……不覚を取ったわ……。」



 オカルトGメンイタリア基地で、小竜姫が悔しそうに呟いていた。
 先程のジークとの戦いで突然休眠状態に陥ってしまった彼女だったが、霊力に満ちた基地の内部では回復も早かった。
 どうにか姿が保てるまでになった小竜姫を椅子に座らせ、ヒャクメは苦笑していた。



「ごめんなさい、小竜姫。私には結局止められなかったのねー。」

「いいえ、これは私の甘さが招いた結果です。あの時……手加減など考えず、超加速を使っていればこんな事には……。」

「でも、そこが小竜姫らしいというか。ジークを本気で斬っていたら、あなたはもっと後悔したでしょう?」

「……。」

「1つだけ……ジークはおかしくなったわけではないの。彼は彼なりに、決着を付けようとしているのねー。」

「あの剣……ほんの少しかすっただけで霊力を根こそぎ吸い取られたわ。それに手加減していたとはいえ、剣を抜いた私の打ち込みを納刀の状態から受け止めるなんて……明らかに常識を越えているわ。彼は一体……。」

「……。」




 不安な表情を隠しきれない小竜姫に、これから起こる出来事を見据えて沈黙してしまうヒャクメ。
 無言のままローマの状況を映しだしているディスプレイに目をやっていると、突如基地内にけたたましい警報が鳴り響いた。



「何事ですか!?」

「侵入者です!!地下鉄道の搬入口より出現、警備員と交戦しながら移動中!!」



 ヒャクメの問いに人間の女性オペレーターが答え、監視カメラの映像が映し出された。
 煙が舞い上がりよく見えないが、銃弾の閃光や爆発の衝撃で画面が激しくブレている。



「ずいぶん派手にやってるのねー。誰が来たのか……なっ、と。」



 ヒャクメは心眼の1つを解放し、侵入者の透視を始める。
 煙に巻かれていようが分厚い壁に阻まれていようが、霊力をわずかに発してさえいれば彼女の千里眼から逃れる事はできない。



(あら……ベスパと小さな女の……子……!?)



 侵入者の姿を確認したヒャクメは、幼い少女に内包された底知れぬ闇のエネルギーを感じ、思わず鳥肌が立ってしまいそうだった。
 少女はベスパに手を引かれているだけで戦闘行為には加わっていなかったが、銃弾や激しい爆発の中でその心はざわざわと不安定に波立っていた。
 時折ベスパがその小さな手を握り返すと心のざわつきは一旦収まるが、警備員達が銃で反撃するたびにそれは再びささくれ立っていく。
 もしこの感情が爆発したら、制御できぬ負のエネルギーが不可避の死を降らせてしまうだろう。
 その危険性を見抜いたヒャクメは慌ててスタンドマイクを手に取りスイッチを入れる。



「各員抵抗してはダメなのねー。抵抗すればするだけ被害が広がります。彼女達に逆らわず、道を通してあげなさい。」

「ヒャクメ何を――――!?」

「モニターを見るのね小竜姫。彼女がいるなら話し合いは可能でしょ?」



 監視カメラのモニターには、相変わらず煙で白くなった画面が映し出されている。
 やがてその煙の向こうから二つの影が浮き、煙をかき分けるようにその姿を現した。
 ベスパ、そして彼女に手を引かれている少女アンジェラ。
 ヒャクメの指示で大人しくなった警備員達に余計な手を出す事もなく、2人は通路をつかつかと歩いて行く。

 モニターから2人の姿が消えて数分間、オペレーションルームでは緊迫した空気に人間の職員達は誰もが息を飲んでいた。
 やがて出入り口の方からふたつの足音が聞こえ、どんどん近付いてくる。
 緊張のあまり護身用の拳銃を手にしようとしたオペレーターもいたが、決して敵対行為を取ってはならないとヒャクメにきつく言われ、没収させられる者もいた。
 そんな注目の中、ついに足音の主――ベスパとアンジェラがその姿を見せた。
 集まる視線の中、平然とベスパは歩み寄りヒャクメと小竜姫達の前に立つ。



「……私をここまですんなり通したって事は、わかってるんだね?」

「ええ、もちろん。」

「じゃあさっさと……。」

「それは無理……というよりも、その必要は無くなった、という方が正しいですねー。」

「なに?」

「あなた達の目的……黄金の林檎はもうここにはありませんよ。」

「!?」

「林檎……どこ?」



 繋いだ手を離し、アンジェラは一歩踏み出てヒャクメを見上げる。
 ヒャクメもまた、底知れぬ闇を内包した少女を見つめ返した後、視線をベスパに移した。
 互いの視線が交差し、しばしの沈黙の後ヒャクメはゆっくりと口を開いた。



「どうやら……操られてここに来たわけでは無さそうですねー。」

「……!!」

「あう、怒らないで欲しいのねー。それ以上の事は見ていませんから。」

「……で、林檎はどこへ行ったの?」

「もしかしたらベスパ……あなたなら、止められるかも知れませんねー。」

「止める……?」





 ヒャクメは目を伏せ小さく息を吐いて再び目を開くと、つい先程起こった出来事――ジークによる強奪事件についての一部始終を語る。
 そして、ヒャクメが手配した戦闘機を使い一足先にシチリア島へと飛び立っていった事を説明した。



「どういうことなんだ!?なぜジークがそんなことを……これじゃ何のために……!!」

「ジークは去り際、私に心を見せてくれました。彼は……。」



 予想だにしなかった返答にベスパは動揺し、真剣な表情でヒャクメに詰め寄る。
 その迫力に押されながらも続けられた言葉は、ベスパの心を凍り付かせるものだった。



「彼は……魔剣の力と自らの命を引き替えに……ルシエンテスを封じるつもりなんです――――。」












 〜シチリア島エトナ火山・火口〜



 漆黒の鞘に収められた長剣を腰に掛けたまま、剥き出しの岩が転がっているエトナ火山の火口の縁にジークは立っていた。
 テレパシーでルシエンテスに呼びかけてはみたが、まだ姿を現さない。
 が、聞こえていないはずはない。奴は必ず来る……そう信じながら黙って待ち続けた。
 遙か下方を見下ろせば、岩盤の冷えた表面の隙間から熱気とガスが立ち上り皮膚をチリチリと焦がす。
 これが不死身の魔神の吐息にも満たぬ息吹であるなら、何と恐ろしく強大な存在なのであろうか。
 たとえどれほど科学が進歩したところで大自然……この惑星のエネルギーに太刀打ち出来る者など存在しない。
 ましてやそれが意志を持ち具現化したような存在を解き放つ事は、あらゆる生命と文明が失われる事を指している。


 聖書に綴られた伝説の1つに、堕落した人間達を洗い流すために神が世界を洪水によって沈めたという。
 魔神が復活するという事は、どことなくこれに似ているのかも知れない。
 神の意志でないにしろ、事件がこのような流れにまで発展してしまったのはこの大地がそれを願っているからなのか――――
 ジークはふとそんな事を考えた。



 いや違う。



 これは神の意志でもなければ大地の怒りでもない。
 あくまでただ1人の魔族による暴挙でしかない。
 そして己の力不足と油断のために、全ての引き金を自分が引いてしまった。
 ならば決着は自らの手で。
 二度と奴が舞い戻らぬように。
 誰にも手が出せぬように。
 永劫に封じてしまわなければならない。
 それを可能にする唯一の手段を、手に入れる事はできたのだから――――

 ジークは剣の柄を握りしめ、自信の決意を確かめる。
 全ては自分次第……
 新たに生まれ変わった魔剣グラムを受け取った時の情景が脳裏に甦ってきた。







 3日前

 魔剣で貫いたワルキューレを泉に沈めた後、ジークは魔界の空を飛行し移動していた。
 姉の傷はかなり深く危険なものだったが、癒しの泉に沈めておけばやがてそれも癒える。
 こうでもしなければ、気丈夫な姉を押し止める事などできはしなかっただろうから。
 そんな事を思い返し、ジークは空を切り裂きながら飛び続ける。

 かなりの距離を移動し少々疲れたため、高くそびえ立った岩山の上で小休止を取る事にした。
 おあつらえ向きの岩に腰掛け、美味くもない携帯食料と熾した火で温めたコーヒーを少しずつ口に運ぶ。
 そうしながらジークは視線を岩に立てかけた剣に向ける。
 小さな炎で熱せられた空気が、魔性の剣に絡み付くようにその姿を揺らめかせていた――――

 自分はジークフリードという名を受けてはいるが、古い伝説に出てくる英雄ジークフリードとは別人である。
 魔界で生まれ育った、知恵を働かせるのが得意な魔族。それが自分だ。
 無論、血筋を遡れば英雄の血族になるのだろうが、だからといって先祖の因縁や伝説などはあくまで伝説であって、自分自身とは無関係の話に過ぎなかった。

 だが、それでもかつては憧れた。

 邪龍を倒し、その血肉を得て不死身の肉体と万物に通じる知性を手に入れた英雄。
 神の末席に数えられ、人々から讃えられた英雄。
 生まれつき闘争本能が希薄だった魔族の少年は、特に英雄が得た知性に憧れた。
 全ての動物の言葉を理解し、最も賢くなれたならば……種族や言葉の壁を越えて全ての存在と仲良くなれるのではないか。
 争い血を流す事よりも、ずっとその方が楽しいはずだと少年は信じた。

 やがて少年は大人になり、世界の仕組みを知る。
 理不尽、軋轢、差別、憎悪。
 自分を取り巻く境遇と、容赦のない現実。
 そしてかつて無邪気に憧れた先祖たる英雄の、哀れであっけない末路をも。

 それでも彼の心は折れ曲がりはしなかった。
 厳しくも優しい姉の支えと、成し遂げてみたい夢があったから。
 情報士官として軍に入隊し、魔族らしからぬ性格のために叩かれながらも職務を全うしていった。
 魔界と人間界に不穏な空気が流れ始めた頃、神界との交換留学の話が舞い込んだ。
 願ってもないチャンス。そして自らが望んだ夢への第一歩が開けた瞬間だった。

 それは素晴らしい時間の連続だった。
 神族のみならず、勇気ある人間達とも知り合う事ができた。
 世界を揺るがす危険性を秘めた事件に、種族の壁を越えて協力し立ち向かう事ができた。

 そして今もまた、外界の仲間達は惜しみなく手を差し伸べてくれている――――

 我が先祖は、そしてこれを手にした者達は何を思いながらこの剣を振るったのだろうか。
 隠された黄金のためか。
 敵を打ち倒し、栄光を掴み取るためなのか。
 魔剣は持ち主の望みに答え、黄金と栄光をもたらした。
 だが、全てを手にした持ち主に今度は魔剣が求めてきた。
 身の破滅という代償を……。

 だが、むしろそれが信用できる証であるとジークは思う。
 自分は魔族であり、神の恩寵を受ける存在ではない。
 ならば奇跡や加護を期待するのではなく、代償を支払い望みを手に入れる方がふさわしいではないか。
 自分は犯した過ちを正すために、この剣を振るおう。



 どうかグラムよ、栄光と破滅をもたらす魔剣よ……我が願いを聞き届け賜え――――



 誰に聞かせるでも、捧げるわけでもない。密かなる祈り。
 魔剣はその願いを聞き届けたのか否か――――
 立ち上る陽炎の向こうで、それは沈黙を纏い続けていた。








 食事を終えて火を消したジークは、自分のいる岩場からやや離れた遠くに何者かの気配を感じた。
 気配は真っ直ぐ近付いてきて、その進行に迷いは感じられない。
 自分がここにいる事は誰にも知らせていないはず。
 ということは、この付近を縄張りにする魔物の可能性が非常に高い。
 運が悪ければ問答無用で襲われることもあり得るだろう。
 剣を手に取り岩陰に身を潜め、ジークは様子を覗った。
 素早い身のこなしで岩場に着陸したその影は焚き火の後を見つけ、地面をしばらく観察した後、ぶっきらぼうに言った。



「ジーク、いるんだろ?出てきなよ。」



 その声の主は女性の顔と羽毛に包まれた羽根を持つ魔族ハーピーだった。
 突然の来訪者に驚きを隠せなかったものの、ジークは緊張を緩め岩陰から姿を現した。



「よく私の場所がわかったな。」

「マルセイユの一件の後、あたいは待機してろとだけ言われて放っておかれるしさ。音沙汰無いと思ったらジークもワルキューレも実家に帰ったって言うし。待ってるのはやっぱり性に合わなくてね、手下の鳥どもを使ってあんたを捜してたじゃん。」

「鳥か……さすがにこれは隠れられんな。」



 ふと見上げれば、頭上には無数の鳥達が弧を描いて飛び回っている。
 ハーピーの肩でも小鳥が羽根を休ませ、嘴で羽根を丁寧に繕っていた。



「……で、そんな物騒なモンでワルキューレを刺してまでどこに行こうっての?」

「……!!」

「……別に止めようって訳じゃないよ。あたいはただ、早く仲間の仇を討ちたいだけだからね。」

「恐れ入ったよ……そこまで知られているのか。軍に欲しいくらいの情報収集力だな。」

「他にも色々情報は集めてるじゃん。例えば……あのジジイがあちこちの武闘派魔族に接触してる事とか、その後で魔族がぞろぞろと移動し始めてることとかね。」

「奴め……アシュタロス消滅の混乱に乗じようとする魔族を扇動しているのか。やはりグズグズしてはいられない……!!」

「だ・か・ら、どこへ行こうっての?あのジジィに勝負を挑むんなら、あたいも付き合わせてもらうからね。」

「いや……まだ奴と戦うには力が足りない。俺はこれからそれを手に入れに行かなければならないんだ。」

「なんかメンドくさそーだね……ねえジーク、何かあたいにできることはない?」

「そうだな……。」



 ジークはしばし考え込んだ後、1つの案を思いつく。
 ハーピーはその立場上、誰よりも身軽に動けるのが強みである。
 ならば彼女には彼女にしかできない事をやってもらうのが得策だろう。
 上手くいけば敵の背後を突く事ができるかも知れない。



「お前は動きのある魔族達の内部に潜入してくれ。奴らが人間界に這い出すつもりなら、大きなゲートを作る必要があるはずだ。奴らの本拠地を突き止めたら軍に報告、その後はルシエンテス達を探して欲しい。」

「オッケー。見つけた後はどうすんのさ。ソッコーで始末してもいい?」

「いや……奴はむやみにダメージを与えても赤い砂煙のような姿になって逃げる可能性が高いだろうな。ルシエンテスのことは俺に任せてくれ。」

「ちっ……じゃあナックラヴィーだけでもやらせてもらうよ。これだけは譲れないね!!」

「わかった……なら、これを使え。」



 ジークはポケットから小さな小瓶を取り出し、ハーピーの掌に握らせた。
 綺麗な小瓶には透き通った水が満たされており、清浄な輝きを静かに放っていた。



「俺の家のそばにある癒しの泉から湧き出た聖なる水だ。魔界にはおよそ似つかわしくないものだが、だからこそナックラヴィーには猛毒になるだろう。」

「サンキュー。どこかで適当に水を用意しようかと思ったけど、手間が省けたじゃん。」

「……魔物がゲートを開けば、人間達も防衛のために戦うだろう。ゲートを越えた先で人間に遭遇するかもしれないが、彼らには手を出さないと約束してくれないか。」

「あたいは別に人間なんてどうでもいいけど。向こうが手出ししてきたら……その時はブッ殺すけどね。」

「ああ……それでもいい。犠牲はできるだけ減らしたいんだ。」



 沈んだ表情のジークをどうにか和ませようと、ハーピーは少しからかうような口調で肩をポンポンと叩きながら言う。



「ずいぶん思い詰めてるみたいだけど、元気出すじゃん。全部片づいたらあたいがデートしてあげるからさ。頑張りなよ。」

「ははは……それは嬉しい申し出だな。じゃあ、頼んだぞ。くれぐれも気をつけてな。」

「あんたもね。それじゃ……。」



 ハーピーは人差し指をピッと立て、かすかな微笑みを浮かべたまま魔界の空へ飛び立っていった。
 その後ろ姿が見えなくなるまで見送った後、ジークは魔界の生ぬるい風に吹かれながら遙かな空の向こうにぼんやりと見える山脈を見据える。
 木々など生えていない、切り立った断崖や岩石が突き出した不毛の山脈。
 そこが、彼の向かうべき、そして求める場所。
 魔剣に更なる力を加えるためには避けては通れぬ場所。
 漆黒の鞘を握りしめ、ジークもまた魔界の空へと飛び立っていくのだった。
  

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