ザ・グレート・展開予測ショー

蜂と英雄 第13話 〜最悪のシナリオ〜


投稿者名:ちくわぶ
投稿日時:(05/11/21)







 湿っぽい空気が流れる地下への階段を令子達は下っていた。
 一歩踏みしめるたびに埃が舞い、カビ臭い空気で淀んでいる。
 1人通るのがやっとな大きさのためか、魔族達もこの通路をあえて使う事はないらしい。
 時折天井から砂がこぼれ落ちてくるのは髪が汚れるので嫌だったが、魔族達とはち合わせしないだけ幸運だと令子は先を急ぐ。

 やがて地下とは思えぬ広大な空間が姿を現し、そこには規則正しく墓標が並んでいた。
 かつての貴族達の墓だったのだろうか。
 墓石は大半が劣化し苔がこびりついてはいたが、その作りはどれも大きく十字架や装飾の施された豪華なものだった。

 小さな通路に身を潜めて地下墓地群(カタコーム)の様子を覗うと、墓地のさらに奥に見える扉から魔物達が一匹、また一匹と姿を現しては地上へと続く階段へ向かっていた。
 扉の向こうからは明らかに人工的な、しかしどこか不安を掻き立てる暗い照明の光が漏れている。



「……どうやらあの先にゲートがありそうね。出入り口も他に無さそうだし……横島クン、文珠の出番よ。」

「はいっ。」



 横島は文珠を1つ手のひらに出現させると【隠】の文字を浮かび上がらせる。
 これを使って敵の目を誤魔化しながら進んでいこうという作戦だ。



「ところで、効果の方は大丈夫なんでしょうね?途中で切れたりしたらシャレにならないわよ?」

「そこは任せて下さい。効果は実証済みですよ。最低でも10分は絶対にバレません。」

「へぇ、大した自信ねぇ。」

「そりゃあ覗きの為に何度も使いましたからねぇ。美神さんのシャワーとか六女の更衣室とか……いや、あれは凄かったなぁ、でへへ……。」

「ほっほ〜う……?」

「……よ・こ・し・ま・さん?」

「……はっ!?」



 かつての成果を思い出し、得意そうに鼻の穴を膨らませている横島はいらぬ事を口走ってしまったことに気が付いたが、時すでに遅し。

 ここは墓。
 目の前には修羅2匹。
 さあ、あと1つ足りないもの。

 ……死体ですね、はい。

 暗い地下墓地の隅っこで、くぐもった声と鈍い音がしたとかしなかったとか。
 そしてボロ雑巾のようになった横島は、さらに令子のヒールでグリグリと踏みつけられてしまうのだった。



「……ずびばぜんでじだ……もうしませんから……許して……(がくっ)。」

「まったく、真性の変質者ねあんたは……おキヌちゃんも気をつけるのよ?」

「横島さんの……バカ。」

「こんな時なのに……ずいぶん余裕ねあんた達……。」



 タマモがあきれたように呟くと、カオスが「いつものことじゃよ」とカラカラ笑った。
 そんなやりとりを終えて、令子達は【隠】の文珠で姿を隠す。
 効果範囲はそれほど広くはないようなので、身を寄せ合うようにして一行は扉の奥を目指した。

 ……ちなみに綺麗どころに囲まれて、横島はすかさず復活していたりする。









 人の不安を駆り立てる色が紫であるという。
 だが、なぜ人はそれを不安に思うのか。
 自然界において紫の占める割合など決して多くはない。
 可憐な紫の花を咲かせる植物もある。
 そこからはおよそ不安になる要素など感じられはしないだろう。

 ならば何故――――?

 西に日が傾く時。
 朱に染まりながら太陽は呑み込まれていく。
 東より広がる夜の青。
 忍び寄る闇に浸食されていく、朱と青が混じり合う空の色。
 それが紫ではなかったか――――









 そこは古びた地下墓地とはまったく趣の異なる真新しい作りだった。
 有機体と無機物が融合したような機械……もしくは回路のような物が床一面に広がり、中央には白く光る球状の物体と、その上に光の輪が水平に浮かび上がっていた。

 落日を思わせる紫の……静かに、そして暗く輝く光輪。

 様子を覗っていると、突如それは水面のように波紋を広げ、激しく波打つ。
 やがて空間に暗く深い穴が広がると、有象無象の魔物達が湧きだしては部屋の外へと飛び出していく。
 そしてしばらく魔物を吐き出した後、暗い穴は閉じ、元の暗い光の輪へと戻っていく。



 令子達は物陰からその様子を見ていたが、魔物達が出て行った後の部屋は何故か見張りや警備の姿はなかった。
 誰もいないことを確認すると令子達はゲートの目の前までやってくる。
 熱を感じさせない淡い光が、彼女達の姿を闇の空洞に浮かび上がらせていた。



「結構大きいわね……床の機械がゲートを作ってるのか。どうカオス、何とかなりそう?」

「ふむ……別時空にチャンネルを作り出す装置のようじゃな。システムを凍結させてぶっ壊せば特に問題なかろう。」

「そう。じゃあ早速お願い。次の魔物が出てくる前にカタを付けましょう!!」



 早速カオスが床の装置の解析を始め、令子達が周囲を見張っていたその時だった。
 暗闇の向こうからカツン、カツンと革靴の音を響かせて、誰かが近付いてくる。
 すでにこの距離ならば向こうから令子達の姿も見えているはず。
 しかしその足音はためらうこともなく近付いてくる。
 やがて、足元からその姿が紫の光によって照らし出される。



「勝手に他人が作った物に手を付けるとは、お前さん達は一般常識っちゅうもんがなっとらんな。」

「誰!?」

「どっちかっちゅーとそれはワシのセリフなんじゃがなあ。」



 神通棍を伸ばして身構えた令子は、徐々に浮かび上がるそのシルエットを確認して即座に確信した。
 飄々とした態度で語る、ブラウンのスーツに身を包んだ老紳士。
 その人物こそ、令子が事前に聞いていた魔導師ルシエンテスの容姿そのものであった。
 彼の身体から立ちこめる禍々しく冷たい雰囲気が、目に見えぬ重圧となって令子を包み込んでいく。

 コイツは――――!!

 数多の修羅場をくぐり抜けてきた令子の直感が、一見ただの老人にしか見えぬ魔物の本質をおぼろげながら見抜いていた。
 霊力の強さや威圧感というのではない。
 自分の行為に微塵のためらいもない――――倫理や禁忌などという言葉がまるで当てはまらないその危険な性情が滲み出しているように感じたのだ。



「お前が……ルシエンテスね!!」

「ほう、いつの間にかワシも有名になったもんじゃな。こんなお嬢さんにまで名が知れておるとはなぁ。」

「あんた……自分が何をしてるか解らないわけじゃないでしょ?テュポンなんて誰にも制御なんてできないのよ!?」

「制御……なぜそう思うのかね?」

「え……?」



 令子は一瞬キョトンとしてしまう。
 相手の口から出た言葉の意味が一瞬理解できなかったからだ。
 この場で質問を質問で返されるとは思ってもみないことだった。


「なぜって……あんたの目的はテュポンを復活させて……。」

「ふむ。」

「復活させて……どうするんだっけ……?」

「憶測でものを言うのはよくないのう、お嬢さん。ファファファ……!!」

「とにかく、これ以上あんたの好きにさせるわけにはいかないのよ!!この美神令子と関わったからには……コイツをぶっ壊して、もれなく不幸になってもらうわ!!」

「おお、威勢のいいことじゃ。それを壊されるのは困る……が、大詰めの作業の前でワシも少々ヒマじゃからなぁ。お前さん達には暇つぶしの相手になってもらおうか。さて、この先……生き残る力がお前さん達にあるかな?」



 ルシエンテスが手にしていたステッキで地面を小突くと、ゲートが作動し再び暗い穴が姿を現す。
 そして、先刻と同じようにザワザワと無数の魔物達が次々と湧き出してきた。
 ルシエンテスは部屋の壁際に下がり、魔物達に包囲される美神達を不敵に笑いながら眺めていた。



「うわ……やば……!!」



 だが、真の恐怖はその後に這い出してきた。
 穴の中から突如立ちこめ始めた奇妙な煙に追い立てられるように魔物達が逃げ出したかと思うと、ある魔物はのたうち回り、ある魔物は身体の一部が腐り始めて絶命していく。
 シューシューと不気味な音が響き渡り、穴の中から真っ赤な筋肉が剥き出しになった皮膚のない太い腕が伸びてくる。
 その手は粘液のようなもので濡れていて、ぬらぬらと光っていた。
 続いて片眼しかなく毛の生えていない巨大な頭が現れると、ギロリと美神達を睨みつけて歯をがちがちと鳴らして威嚇していた。



「あいつは……こないだフォロ・ロマーナにいた怪物……話に聞いたナックラヴィーね!!」

「うげ……近くで見ると凄まじく気持ち悪いな……!!」

「警告!!警告!!個体名・ナックラヴィーの・体内より・高濃度の有害ガス発生を検知・腐食性有り。危険度・最高レベル……!!」



 令子達が身構える中でナックラヴィーは穴の縁を掴む手に力を込め、一気に這い上がろうとする。
 ところが手がぬめっていたせいで縁を掴みそこね、したたかに顔面を打ち付けてナックラヴィーは落っこちてしまった。



「「「……。」」」



 その場にいた全員が「……アホ?」と脱力しかけたが、穴の底から凄まじい咆吼が響いたかと思うと一気にナックラヴィーが飛び出し、数匹の魔物を踏み潰して着地した。
 その凄まじい障気に当てられ、踏み潰された魔物はあっという間に白骨と化してしまった。
 それでも、令子達の周囲を隙間無く取り囲むように多くの魔物達がひしめいている。



「……それにしてもこの状況、こないだと同じじゃないのまったく。冥子のスタンバイはできてる?」



 令子がチラリと振り返ってみると、棒のように固まった冥子がぐらっと傾き、マリアに寄りかかってしまう。
 その冥子を揺さぶりながら、おキヌが涙声で言った。



「美神さーん、あの怪物を見て冥子さんが気絶しちゃいましたー!!」



 ……さすがにあのスプラッタな外見に迫られるのは、冥子にはきつかったらしい。



「アホかーーーーッ!!!!」



 美神の絶叫がこだました途端、堰を切ったように有象無象の魔物達が雪崩れ込んだ。
 令子達は互いに背を預け神通棍や破魔札、文珠やマリアのバルカンで敵の接近を食い止める。
 おキヌもネクロマンサーの笛で援護、タマモも狐火で敵を焦がして加勢する。
 そしてカオスは冥子を抱えてウロウロしていた。
 が、これでは問題のナックラヴィーにまで手が回らない。
 まずい状況に嫌な汗が止まらない令子だったが、目の前の魔物を一刀のもとに切り捨てた直後ある光景を目にする。



 目の前の魔物が邪魔で、前に進めず立ち往生しているナックラヴィー。
 ぴたりと動きを止め、どうにかしようと考えてみたが……わずか5秒で断念。
 行く手を邪魔する魔物を力ずくでなぎ倒し始めた。
 しかも、あさっての方向を向いたまま、である。
 目に映る全てを皆殺しにするという魔獣は、興奮してすっかり本来の目的を忘れている様子だった。



(これ……使えるわね……!!)



 令子はボソボソと仲間に何事か伝えると、令子達は迫る魔物を撃退しつつ移動を始めた。
 あくまで自然に、そうと悟られぬように。
 やがて令子達は目的の位置まで辿り着くと、ハイヒールの片方を暴れ回っているナックラヴィーに投げつけた。
 ハイヒールは見事に顔面に直撃し、ナックラヴィーは頭部を臼のようにぐるりと回して令子を見る。



「そこの不細工!!あんたの相手はこっちでしょう?こんないい女を差し置いてよそ見してるんじゃないわよ!!」



 美神の挑発に地団駄を踏み、ナックラヴィーは魔物達を弾き飛ばしながら猛然と向かってきた。
 その軌道はバカが付くほどの一直線である。
 令子達はすかさずその場から飛び退くと、ナックラヴィーはそれでも止まらずに突進していった。
 そしてその先には、高みの見物を決め込んでいたルシエンテスの姿。



「!?」



 勢い余ったナックラヴィーはそのまま壁に激突。
 部屋全体が軋み、砕けた破片が周囲に飛び散るほどの凄まじい衝撃だった。



「ざまーみろっての。偉そうに見物できるほど私達は甘くないわよ。」



 してやったり、と令子が立ちこめる煙の向こうを見つめていると、薄暗い部屋に特徴のある高笑いが響き渡った。



「いやはや、結構結構。ただの人間共かと思ったが、ずいぶん場慣れしておるようじゃな……おかげで自慢の一張羅が汚れてしまったわい。」



 見上げた上空にルシエンテスは浮かんでおり、確かにその姿は土埃で薄汚れている。
 だが、ダメージを受けている様子はまったく感じられなかった。



「ならばワシも少し腰を据えて遊んでやろうかな……。」



 ルシエンテスの瞳が赤く輝いたかと思うと、煙の中から魔獣のシルエットがむくりと起きあがる。
 その片眼に宿る光は頭上の魔導師と同じ、血のような赤。
 ルシエンテスは自らの精神波を送り込み、魔獣の行動全てを支配したのだ。
 ならばとおキヌがネクロマンサーの笛で精神支配の妨害を試みたが、強大な魔力の持ち主にはとても通用しなかった。

 耳元まで避けた巨大な口を開き、ナックラヴィーは濁ったガスを吐き出す。
 水に溶かした墨汁が広がっていくような、ねっとりとしたそのガスは周囲の魔物やその死体を巻き込んで次々に腐らせていく。
 立ちこめるガスにナックラヴィーの姿が完全に隠れてしまい、令子達はどうにも手が出せなくなってしまう。
 あまりに強烈な障気はマリアのセンサーも鈍らせ、その位置を容易には悟らせなかった。



「まずいッスよ美神さん……あいつの弱点は聞いてますけど、どこにいるのか解らないんじゃ文珠を使いようがありませんよ……!!」



 令子の隣で横島が真剣な表情で呟く。
 横島の手には【水】の文珠が握られていたが、文珠は投げる、もしくは対象に接触させなければその効果は期待できない。
 無駄に何度も使える能力でもないため、毒ガスに隠れてしまったナックラヴィーには正直お手上げなのである。
 そうしている間にも、毒ガスはじわじわと広がっていく。



「ボサッと立っておる場合でも無かろう、お前達。」

「うわッ!?」



 ルシエンテスの声が聞こえた瞬間、毒ガスの中からナックラヴィーが出現しその太い腕で目の前を薙ぎ払う。
 直撃を受けた令子と横島は派手に吹き飛び、後ろにいた仲間達を巻き込んで倒れ込んだ。
 ナックラヴィーは再びガスの中に紛れると、その姿を隠してしまう。
 令子は間一髪で神通棍で防御しダメージを抑えていたが、素手の横島は脇腹を押さえて激しく咳き込んでいた。
 毒ガスはさらにその勢いを増し、令子達を確実に追い詰めていく。



(こ、こんな奴らとジークはやり合ってたのか……!!)



 口元に滲む血をぬぐい、横島は眼前に迫る濁った毒ガスを見る。
 とにかく今はこれをどうにかしなければ、全滅も大袈裟な話ではない。
 横島は【防】の文珠で結界を張り、仲間に迫るガスを凌ぐ。
 しかし、攻めに回らなければいずれにせよ結末は変わらない。
 使える文珠は残り3つ。
 この状況を切り抜けるために必死で知恵を巡らせてはみたが、思い浮かぶのはどれもあと一押しに欠けるアイデアばかりだった。



(ちくしょう……奴は心臓ぶち抜かれても治る程しつこいって聞いたし、かといって一撃で仕留めないと毒の血が流れて余計に状況が悪化しそうだし……くそっ、何て厄介な……!!)



 方法がないわけではない。
 文珠で敵の位置を透視し、そこに【水】の文珠を投げつければいい。
 だが、事前に聞いていたナックラヴィーの特性を踏まえると、どうしても一撃で仕留めなければならないのである。
 文珠の効果自体はいつでも変わらない。
 しかしそれを投げるのは横島であり、彼は特に物を投げるのが得意というわけではない。
 たまにキャッチボールをする程度のコントロールしか持ち合わせていない横島に、正確に急所に文珠を当てろと言うのは無茶な話だった。



「どうした、もうお終いかの?その結界が消えた時、ゆっくり止めを刺すとするかな。ファファファ……!!」

「くっ……!!」

「美神さん……!!」



 万事休す――――



 誰もがそう思ったそんな時、こっそりとゲートの奥から這い出していたシルエットがあった。
 音もなく飛翔したそのシルエットは、死角からルシエンテスめがけて一条の閃光を放った。



「む……!?」



 すかさずステッキで閃光の軌道を逸らしたものの、魔導師の集中が途切れ瞳から光が消える。
 ふと我に返ったナックラヴィーは訳が解らず、その場で立ち尽くしてしまう。



「やっぱりここにいたじゃん……あたいを憶えてるねジジィ……!!」



 憎悪に満ちた声で吐き捨てるように言ったのは、翼を持った女性の魔族、ハーピーだった。
 新たに羽根を指先に挟み、いつでも自慢のフェザー・ブレットを仕掛けられるように身構えている。



「貴様は……いつぞや港におった人面鳥の小娘じゃったか。どこから忍び込んだ?」

「あんたが集めた魔族達の集団に紛れ込んで、ゲートを使わせてもらったのさ……あたいは軍属じゃないからね。誰も怪しまなかったよ。」

「ふむ、なるほどな……で、ワシにどんな用かね?」

「あたいの村は……お前とそこのナックラヴィーにめちゃくちゃにされた!!仲間の仇、今こそ討たせてもらうよ!!」

「何かと思えば……くだらん。見ての通りワシは忙しいんじゃよ。」

「黙れ!!」

「やれやれ……魔族というのはどいつもこいつもいきり立ちおって。まだ人間達の方が話が通じるわい。それほど望みなら……まずはワシのしもべを倒す事じゃな。」



 直後、強烈な衝撃波がルシエンテスの身体から放たれる。
 ハーピーは以前の港と同じように吹き飛ばされるが、2度も同じ轍は踏まない。
 旋回して勢いを殺し、上手く空中で制止してみせる。
 ふと足元を見れば、見覚えのある人間達が驚いた表情で自分を見上げていた。



「あんたは……昔私とれーこを殺そうとした魔族ハーピー!?」

「ふん、人間達がいるかも知れないって聞いてたけど……まさか美神令子と出会うとはね。まったく忌々しいね……。」

「まさか……まだ美神さんを狙ってるんですか?命令を出してた悪い人はもういないんですよ……復讐なんて……!!」

「うるさいんだよっ!!」



 美神を庇うように前に出たおキヌに大声で怒鳴ると、不愉快そうにハーピーは言った。



「あたいがここにいるのはそこのバケモノを始末するためじゃん。あの時の復讐はそれが終わってからゆっくりしてやるよ。わかったら邪魔すんじゃないよ!!」



 視線を逸らして毒ガスに隠れたナックラヴィーを探すハーピーに、横島が立ち上がって話しかける。



「おい、お前あいつの弱点解ってるのか?闇雲にダメージ与えてもダメなんだ……!!」

「そんなことはあたいの方がよく知ってるっての!!奴を仕留める道具も用意してあるじゃん。」



 そういってハーピーが取り出したのは、小さな小瓶に入った透き通る水だった。
 彼女が言うには、この水は特にナックラヴィーに有効な物であるという。
 直後、ハーピーは毒ガスめがけてフェザー・ブレットを無造作に放つ。
 だが、羽根が毒ガスに触れた途端に朽ち果てて消えてしまった。



「チッ、やっぱりガスの中からどうにかして引っ張り出さないとダメか……そうだ、そこの人間達、誰か囮になって奴をおびき出しな。そうすりゃ……。」

「ちょっと待て……ここはひとつ、俺達と協力しないか?」

「よ、横島さん……!?」

「大丈夫だよおキヌちゃん。考えがあるんだ。」



 自分中心に話を進めようとしていたハーピーに、おキヌをなだめながら横島がすかさず提案する。
 スナイパーであるハーピーがいれば、さっき考えていた方法が俄然現実味を帯びてくる。
 互いに敵が共通なら、うまく連携して目の前の敵を倒すのが最善だろう。
 さらに敵を倒すのに有効な武器も用意してあるというではないか。
 彼女さえ味方に付ければ、この状況を突破できるはずだと横島は確信した。



「……昔のボンクラとは思えない眼をしてるね、あんた。なにかいい手があるのかい?」

「ああ、単純だけど確実だと思う。そのかわり美神さん達には手を出さないでくれよ?」

「……考えとくじゃん。」



 横島は手短に手順を説明し、文珠を1つハーピーに手渡す。
 ハーピーはコクリと頷くと、ふわりと再び高く舞い上がった。



「いくぞッ!!」



 【透】の文珠を毒ガスの中に投げ込むと、濁って先が見えなかったガスが透けていく。
 そしてその中をうろついているナックラヴィーの姿がハッキリと確認することができた。
 それはハーピーにとって鈍重かつ巨大な的。
 狙い外すことなど万が一にもあり得ない。
 長年待ち続けた本懐を遂げる瞬間がようやく巡ってきたことに、彼女は喜びの震えを禁じ得なかった。



「ついに仲間の仇を討てるじゃん……極楽へ……逝っちまいなッ!!」



 水の入った小瓶と【浄】の文珠を紐で羽根に結び、ナックラヴィーの心臓めがけて閃光の一撃が放たれた。
 毒ガスを文珠の光が中和し、勝敗を乗せたフェザー・ブレットは消滅することなくナックラヴィーの元へと突き進む。
 羽根は見事に黒い血液を送り出す心臓に命中。瓶は衝撃で砕け、破れた心臓の中にその澄んだ水が流れ込んでいった。



 ――――誰もが耳を塞ぎたくなるような、おぞましく、そして凄まじい絶叫だった。



 手足を激しく地面に叩きつけ、早送りのVTRの様に暴れ回り……
 目や口からどす黒い液体をさんざん吐き出し……
 やがて空気の抜けた風船のようにどんどんとしぼんでいき、そこに残されたのは中型犬くらいの大きさの残骸のみ……



 こうして……狂気の魔獣はついに息絶えた。



 生体実験の末に生まれ、精神を破壊され尽くして彷徨っていた魂の哀れな最期だった……






 見境無しに撒き散らされた断末魔の障気は他の魔族達を巻き込み、気が付けばその場に残っていたのは美神達とハーピー、そしてルシエンテスだけとなっていた。



「素晴らしい……実に素晴らしい!!まさか人間がしもべを倒してしまうとは、実に興味深い……ファファファ!!」



 自分のしもべが撃破されたというのに、ルシエンテスは怒るどころか両手を叩いて自らの敵の健闘を讃えていた。
 その言動と態度は、非常識が売りの令子達ですら理解に苦しむものだった。



「ただ殺すには惜しくなったわい……我がアトリエに飾ってみるのも一興じゃな……フフフ……。」

(こいつ……やっぱりイカレ具合ではアシュタロスを遙かに超えてるわ――――!!)



 戦う前に感じた自分の直感が間違っていなかったことを噛みしめつつ、令子は嫌な予感が膨れ上がっていくのを抑えられなかった。
 このままで済むとは、到底思えない。

 果たして無事に地上に戻れるのか――――

 脳裏にそんな思いがよぎった時、突如令子の――――いや、その場にいた全員の精神にあるテレパシーが届いた。









『聞こえるかルシエンテス――――お前の求める物は俺が預かっている――――姿を見せろ――――!!』









 それは紛れもなくジークの声だった。
 そのメッセージを受け取ったルシエンテスはしばらくじっとしていたが、それが事実であると確信して肩を揺らして笑い始めた。



「あの小僧も実に面白い奴じゃ……まったくワシを飽きさせんな……!!」



 愉快そうにそう呟くと、ルシエンテスはゲートの装置に向かって念波を送り込む。
 すると中央の白い球体がせり上がり、新たに出現した異空間へのゲートに吸い込まれていった。
 それは取り返しの付かないことではないか……その場にいた全員の霊感が激しくそう告げていた。



「今のは……!?」

「ククク……せっかくじゃから教えておこうか。あの球体の中にはワシが拝借した核弾頭が保管されておったんじゃよ。残りの4発もそれぞれ違う位置で同じようにな。そしてたった今、起爆装置を作動させて封印の要である次元の歪みに放り込んでやったわ。残りもやはり連動しておる。5分後には爆発のエネルギーによって、テュポンの封印の威力が半減するじゃろうなあ……!!」

「なんて事してくれんのよこのジジィ!!」

「後は小僧からあれを手に入れるのみ。もはやお前らなどどうでもよいわ……せいぜい遠くに逃げるなりするがよかろう。もっとも、後に無駄になるかもしれんがな……ファファファ!!!!」



 その言葉だけを残し、ルシエンテスは別の空間へと姿を消してしまった。
 取り残された令子達の間に、沈黙が広がる。
 そして、シリアスな表情の横島が令子の肩に手を置いてその瞳を見つめる。


「美神さん……。」

「何、横島クン……?」

「……5分もあれば充ぶぺらッ!!!?」

「そういう部分だけは進歩しとらんのかあんたはッ!!逃げるのが先でしょーが!!!!」



 見事なエルボーを横島に見舞った後、令子達は全力で出口へ向かって走り出した。
 素早く復活した横島も、そしてハーピーもその後に続く。



 最悪のシナリオが今、強大なエネルギーと共にその姿を現そうとしていた――――!!


   

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa