ザ・グレート・展開予測ショー

The show must go on(4)


投稿者名:nielsen
投稿日時:(05/11/15)

『ごめんなさいね、雪之丞。』
 
それが母の最期の言葉であったのかどうか、雪之丞は覚えていない。
あまりにも幼かった雪之丞は、もはや断片的な記憶しか持ち合わせていない。

病弱だった雪之丞はいつも泣いてばかりいた。
そんな雪之丞を、母はいつも困ったような優しい視線で見ていてくれたように思う。
しかしそれももはや、白いもやの掛かったフレームの中での出来事に過ぎない。
母は死に、百万回も泣いた後、雪之丞はもう泣くのを止めた。

霊能が彼に齎したものについて、雪之丞は考える。
初めは驕りだった。
強くなったことへの驕り。
しかしその青臭い感情はやがて強さへの誇りへと変わっていく。
自分が強くあることへの誇り。
一度は魔へと取り込まれた雪之丞は、己の誇りに従って魔に追われる道を選んだのだ。

しかし誇り高き者は常に孤独である。
雪之丞にしても、友と呼べるものは本当に限られていた。
皆彼の認める強者ばかり。

 そんな時雪之丞は彼女と出会う。
 そして子供をもうけた時、雪之丞は悟ったのだった。
 霊能が最期に彼に与えたもの、それは愛なのだと。
 母親が弱い自分に常に与え続けてくれていた暖かさであったのだと。

 故に雪之丞は守りたいと願うのだ。
 せめて自分の目の前にいる人々を。
 叶うならば自分に関わるすべての人々を。
 
 ジェフリー・マッコイを助けたいと思う彼の心情には、こうした決意が秘められていた。





 「ようこそ、雪之丞クン。かならず来てくれると思っていたよ。」

 「パーティに間に合わないんじゃないかとひやひやしたもんさ。
 主賓がまだいてくれて助かるぜ。」

 言って雪之丞は右拳をぎりりと握った。
 空気を振るわせるほどの霊力がその拳に込められ、雪之丞はゆっくりとコヨーテに向かって
歩を進める。
 
 しかし、そんな雪之丞の前に立ちふさがる影があった。
 彼が守らねばならぬもの、ジェフリー・マッコイは意思の通わぬ虚ろな目をしたまま、
雪之丞に向かってライフルを構えていたのだった。
 その銃身を見て、雪之丞の頬に冷や汗が伝る。

 「ジェフに随分とリッパなものを寄越してくれたみてぇだな。
 ザミエルの魔弾とはなッ。」

 「君の博識ぶりには恐れ入るよ。
まぁ察しの通りオリジナルではない。
 製法を真似て作った廉価版のようなものと思って欲しいね。」

 だが威力の程は、と言ってコヨーテが右手を上げる。
 するとジェフが引き金を弾いた。

 咄嗟に地面を蹴り弾丸をかわす雪之丞。
 しかし弾丸はまるで意思を持つかのように軌道を変えて雪之丞を襲う。

 「ご覧の通りさ。」

 「自動追尾(オートフォーミング)ッ、やっぱり駄目かよッ!!」

雪之丞は両腕を交差すると霊力を集中して弾丸を受け止める。
弾丸は魔装を貫通し、皮膚に届くか届かないかのところで止まっていた。

 「惜しい。実に惜しかった。
 だが当たり所が悪ければ、君の魔装といえど十分に貫くことがわかった。
 ジェフリー君。
 存分に撃ちたまえ。」

 ジェフリーが再度雪之丞に狙いをつけると、雪之丞は魔装を一度解いた。
 コヨーテが興味深そうにその様を見遣る。

 「『赤い靴』ッ!!」

 脚部に魔装を集中させた雪之丞は爆発的な速度で突進し、ジェフリーが引き金を弾くよりも先に、彼の目の前に歩を進めていた。
 右手でがっしりと銃身を固定する雪之丞。
 人のものとは思えぬ力で抵抗するジェフリーに、雪之丞は声を張り上げる。

 「・・・馬鹿野郎がッ!・・・・さっさと正気に戻りやがれッ!!
 ママが見てるぜッ!!!」

 「・・・・・・・・ミ、ミスター・雪之丞・・・・・・・・・?」

 ジェフリーが雪之丞の名を呼ぶと銃身に込められていた力が抜け落ちる。
 ふう、と雪之丞が安堵のため息を吐こうとした時、しかし腹部に激痛が走ったのだった。

 「何・・・・・・・?」

 「ミスター・雪之丞ッ!!!!」

 ジェフリーの意思とは裏腹にその左手に握られたナイフが、深々と雪之丞の腹に刺さっていた。
 そしてコヨーテの哄笑がドームに響き渡る。

 「ははははははッ。
 そう、実はジェフリー君の意思自体はあまり関係ないんだよ。
 亜製チューブラー・ベルは彼の肉体を完全に掌握しているからね。
 甘い、甘いね雪之丞クン。
 そんな甘さで今までよく生き残れたもんだ。」

 なおも笑い続けるコヨーテ。
 大量に出血しその場にうずくまる雪之丞の頭に、銃口を押し付けるジェフリーは己の肉体が
今までにしたこと、そしてこれからすることへの恐怖に歪んでいた。
 そんなジェフリーに対し、しかし雪之丞は困ったような優しい視線を送る。

 「そんな顔するな、ジェフ。い、いい男が台無しだぜ・・・・・?」

 「ミスター・雪之丞・・・・・・・。」

 その時無常にもジェフリーの指は引き金を弾いた。
 ターンといった意外にも軽い音がした後、その場に崩れ落ちる雪之丞。
 肉体を操られるジェフリーは膝を突くことも許されない。
 ただただ恐怖と悲しみに顔を歪めている。
 そしてコヨーテは、止むことのない哄笑を続けていた。





 日本。
夕暮れのカフェテラス。
二人の美女が仲良く夕べの珈琲など飲んでいる。
お互い人妻となり、艶やかな色香を纏った、伊達かおると堂本キヌであった。
キヌは膝に2歳くらいの巻き毛が可愛い幼児を抱いており、かおるの隣には今年4歳になる
息子の正太郎が座っている。

「じゃあ、弓さん来年から六道で先生やるんだー。」

キヌはかおるに対して、旧姓の弓の名で声を掛ける。

「この子も来年は保育園に入るし、あの人がGSみたいな職業につくのはどっちか独りでいい、
なんていうものですから。
ほんとに自分勝手な人ですわ。」

そう言うかおるの言葉に一抹の非難の色も窺えないことに、キヌは穏やかな微笑を浮かべる。
お互い伴侶があちこちを飛びまわり忙しい身である同窓の二人は、こうしてよく普段の取りとめも
ないことなどを話すことがあった。

「しかし相変わらず一文字さんは時間にルーズですわね。
いつまで待ってもいらっしゃらないわ。」

「まぁ、あの人だけは現役のGSで忙しくしてるから。」

憤慨するかおるをキヌがとりなす。
その時、今まですやすやと眠っていたキヌの息子が目を覚まし、愛らしい顔をゆがめて突然
泣き始めた。

「あらあら、どうしたの光志?怖い夢でも見たの・・・・?」

キヌがあやすが一向に泣き止む気配がない。
その時何事かに気付いた正太郎がかおるの服の裾を引っ張って、母親に告げたのだった。

「ママ・・・・・・・・パパが・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・正ちゃん?・・・・・。」

楽しい夕暮れの歓談に不安の影が落ちた。





伊達雪之丞は考える。
己がこの世に生を受けた意味を。
道を誤った彼の同門の徒のことを。
既に滅びを迎えた彼の師である魔族のことを。
共に立って戦った戦友たちのことを。
一人の天才のことを。
彼が負った悲しみと、彼が得た希望のことを。
そして己が愛した二人目の女性のことを。
彼女と自分の間に授かった己にとっての希望のことを。
死ねない、と雪之丞は思った。
自分はまだ何事も為してはいない。
伊達雪之丞は考える。
死すべき時は死ぬがよく候―――。
己が死すべき時は今ではないと。





「・・・・・・・・・・どういうことだい・・・・?」

コヨーテは哄笑を止めていた。
なぜなら彼が嘲るべき雪之丞の死体は彼の目の前から消え、そこには血溜りだけしか残されていなかったからだ。
代わりにドームの入り口に現れた黒髪の男の前に雪之丞は横たえられていて、光り輝く宝玉の力によって、腹の傷が徐々に癒え始めていた。
雪之丞の頭をどんなに凝視しようとも、傷跡一つ見当たらなかった。

「・・・・幻視能力者・・・・?」

コヨーテはようやくその可能性に思い当たる。
入り口にいるのは数名の男女。
オールバックの男は確か世界最高のGS横島忠夫。
雪之丞の腹の傷を癒すのは文珠と言われる霊能力。
そして傍らに立つのはICPOヨーロッパ支部にて最高の実力者と言われるピエトロ・ド・ブラドーである。
女は先日雪之丞と共に逃走した黒服の闖入者であろう。
その後ろにいる虎の顔を模現した大柄な男。
データこそないが、あの男の能力とみてほぼ間違いないだろう。

「精神感応能力者か・・・・。
思わぬ伏兵がいたものだね・・・・・・・。
アプラクサスの広大なデータバンクにもない能力者を連れてくるなんて、やるじゃないか。」

苦い顔をして賛辞の言葉を送るコヨーテにはしかし、なぜ無名の大柄な男が涙を流しているのかが
分からなかった。

(ガイドの人じゃなかったんだ・・・・・・・・。)

エミリアがこの言葉を口に出さなかっただけでもまだ救いと言えた。





「・・・・・正ちゃん、パパがどうしたというのですッ?」

「・・・・・・・っち、しぶとい奴・・・・・。」

「正ちゃん・・・・?」

父親からマザコンの資質を受け継いだ伊達雪之丞の希望が、地球の裏側で独り毒づいていた。





「ジェフリーッ!!!
魔弾を放てッ。
そいつらを撃ち殺せ。」

言われるままにジェフリーの肉体は銃身を構えてしまう。
ジェフリーは己が肉体の行動に狂気し、警戒の意を込めて叫ぶ。

「み、皆さん、逃げてくださいッ!!
私の身体が、皆さんを殺してしまうッ」

しかし彼の前に大柄な男が立ちふさがり、霊力を集中する。
虎の目が開かれ、男から発された霊波がジェフリーの肩口を捉えた。

「精神感応ジャーーーッ!!!」

「何ッ!」

ジェフリーの肉体から霊力の塊のような何かが引き剥がされ、タイガーの元に吸い寄せられる
ように向かっていく。
タイガーは懐から人形(ひとがた)を取り出すと、その霊力の塊をその中に封じいれた。
膝から崩れ落ちるジェフリーに走り寄るエミリア。

「大丈夫、気絶しているだけだわ。」

ほっとした声と共に、エミリアはそう呟いたのだった。

「流石はタイガーの精神感応ッ。
本来除霊不可能と言われるチューブラー・ベルの精神体、つまり霊力の肥大箇所だけをテレパシーで
誘引して人形の中に封じいれたのかッ。」

ピートの言葉に人形を懐に入れるタイガーが鳴きながら呼応する。

「わっしは・・・・・わっしは・・・・・・・ッ・・・・。」

「わかった、わかったから鼻水垂らしながら引っ付くんじゃねぇッ。」

タイガーがでかい図体で横島に迫り、そのスーツで洟をかんだ頃、雪之丞はすっくと立ち上がったのだった。






「・・・・・・・・・っく。
思い通りにいかないっていうのは、些細なことでも本当に癪に障る・・・。」

コヨーテが白衣を脱ぎ去ると、銀色の右腕が顕になり、幾何学的な模様が施された黒い鎧のような彼の体が顕になる。

「このまま帰るとディナーのワインが不味そうだ。
君たちの死に顔で、口直しをさせてもらうとしよう。」

それは何かを身に着けているのとは明らかに違っていた。
魔装術の類とも違う。
漆黒の鎧のような外見は、確かに彼の皮膚のようであった。
コヨーテが左手を顔に当てると、今まで人間の壮年の相貌をしていた顔がやはり黒色の鬼神を
模したようなものに変わり、兜のようなものが彼の頭を覆った。

「なんなの・・・・・アレ・・・・?魔族・・・・・・?」

「違います・・・・彼から感じる気は間違いなく人間の物だ・・・・・・。」

「じゃケン、あの容姿はどう見ても・・・・。」

困惑する三人。
そんな中何事も無いように立ち上がった雪之丞に、横島は嫌そうに声をかけた。

「血を流しすぎだ馬鹿。
止めてもきかんだろうから止めんが。
雪之丞、15分だ。それ以上は俺が代わる。」

すっかり傷が塞がった腹をぱんぱんと平手で叩くと、伊達雪之丞は十分だ、と呟きその身に魔装を纏うと、己が戦場に
歩を進めたのだった。





(続)

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