ザ・グレート・展開予測ショー

蜂と英雄 第12話 〜強奪のジーク〜


投稿者名:ちくわぶ
投稿日時:(05/11/14)







「こちら西条。敵の動きはどうですかヒャクメ様。」



 忠実に情報処理をこなしてくれる人間の女性オペレーター達に色々と指示を出していたヒャクメは、西条からの連絡を受けてモニター前に立つとヘッドホン型のマイクを手に取った。
 傍らにはせわしなく動き回る彼女らを邪魔しまいと、じっと状況を見守っている小竜姫の姿もある。



「ご苦労様です西条さん。シチリア島の前線では現在も激しい戦闘が続き、防衛線を迂回した無数の魔族達が海上を移動してローマに向かって来ていますねー。現在の速度を維持したままなら約1時間後にはイタリア本土に上陸するでしょう。攻撃チームはすでにヘリで出撃、敵の背後を突く形でシチリア島に向かっていますねー。」

「そうですか……こちらの避難作業は想像以上に苦労しています。3日前から指示が出ていたとはいえ、急のことで住民も対応が追いついていないんです。敵の上陸ポイントと戦闘想定区域周辺の避難はどうにか完了していますが、ローマ全域の完全な避難は到底間に合いそうもありませんよ。」



 西条の背後には不安な表情で身を寄せ合う住民達が長蛇の列を作り、エミやタイガー達などGSも含めた係員の指示によって軍のバスやヘリコプターへ乗り込んでいく。
 西条の声と表情は重く、現場での深刻な状況を語らずとも滲ませていた。

 もちろん……

 全てを見通す神であるヒャクメとてその心中は西条と何ら変わることはないのであるが。



「あなた方は引き続き時間が許す限り民間人の避難を最優先して下さいねー。こちらでもイタリア軍に要請して心霊装備に換装した戦闘車両と戦闘機の部隊を用意してもらいました。敵がローマ市内に迫ったら彼らと合流・協力してできるだけ敵の侵攻を食い止めて下さい。」

「了解。1人でも多くの民間人を避難させること、そして敵の迎撃に全力を尽くします。」

「よろしくお願いしますね西条さん。」



 通信を終えてマイクを置き「ふぅ」と軽く一息ついたヒャクメの傍で、小竜姫は目を伏せたままうつむいていた。



「どうしたの小竜姫?」



 ヒャクメが小竜姫の顔を覗き込むと、やがてゆっくりと目を開いた。



「悔しくて。重大な危機が迫っているというのに私は――――。」

「……仕方ないのねー。小竜姫は妙神山に括られてるんだから、こんな遠く離れた土地の事件は管轄外でしょ?」

「でも!!仮にも私は仏法の守護者の末席を汚す龍神なのに……何も手伝えないなんて……!!」

「敵が数で攻めてきてる以上、わずかな時間しか行動できない小竜姫が出て行っても結果は見えてるのねー。今は人間と……魔族の軍隊が持ちこたえてくれるのを祈りましょう。」



 冷静に、しかし優しくなだめるようにヒャクメは言う。
 的を射た言葉に一瞬表情が強張るものの、小竜姫はやはりその通りだと納得して力なく肩を落とした。



「……取り乱してごめんなさい。そうね、今の私は足手まといになるだけね。」



 深く息を吸い込み、自分に言い聞かせるように小竜姫は伏せていた顔を上げる。
 落ち着いた様子の小竜姫にヒャクメも頷き、互いに魔族達の状況を映し出したレーダーディスプレイに目をやっていた。
 そしてふと、思い出したように小竜姫が尋ねた。



「ところで……ジークはまだ見つからないのかしら。」

「う〜ん……今のところ目撃者情報は無いし、私の千里眼にも映らなくて正直困って……って、ああっ!?」

「どうしたのヒャクメ?」



 何かに気付いたヒャクメが慌てて後ろを振り返ると、それにつられるように小竜姫も振り返る。
 目線の先にはオペレーションルームの出入り口、そして布切れで包んだ棒状の何かを手にしたジークが立っていたのだった。
 ジークの表情は仮面の様に変化に乏しく、どことなく乾いたような印象を与える。
 しかし突然の出来事に小竜姫もヒャクメもその微妙な変化にまで気が回らなかった。

 2人は慌ててジークの元に駆け寄り、今までどこにいたのか、何があったのか、ワルキューレはどうしたのかと矢継ぎ早に質問を浴びせるが、ジークは疲れたように無言で首を振って2人をなだめた。



「私の事は後でゆっくり話す。それよりも現在の状況を説明してくれないか。」

「実は……。」



 ヒャクメはルシエンテスが扇動して呼び集めたであろう魔族の群れが押し寄せてきたこと、ワルキューレが奪取した黄金の林檎のこと、この事態にGS達が二手に分かれて対処していることを語った。



「そうか。あの宝玉はテュポン復活の鍵……か。近くで見たいが構わないか?」

「ええ。ただし全力時の小竜姫でも破壊困難なほど強力な小型の結界が張ってあるから、触れることはできませんよ。」

「ああ……。」



 ヒャクメに促されジークは黄金の林檎が保管してあるケースの前までやってくる。
 防弾ガラスと結界の魔法陣で厳重に護られた黄金の林檎は、以前と変わらず淡く輝き続けていた。
 ジークはしばらくそれを無言で見つめ、ヒャクメと小竜姫はようやくここでジークの様子がいつもと違うことに気が付く。
 2人で顔を見合わせ、そろそろ何があったのか尋ねようとしたのを遮るようにジークが一足先に動いた。



「結界を解除しろ。黄金の林檎は俺が預かる。」

「えっ、えっ?」


 ジークの右手にはオートマチック式の拳銃が握られ、冷たく輝く銃口はヒャクメの眉間に向けられていた。
 突然のことに状況が呑み込めず、固まってしまった彼女に向けられたジークの瞳は普段の彼からは想像もできないほどに冷徹な光を帯びていた。



「何をするのジーク!!気は確かですか!?」



 荒事に向かぬヒャクメとは違い、咄嗟に神剣の柄を握りしめて身構える小竜姫。
 その声にオペレーター達の視線が集中、作戦司令室は騒然となった。
 だが、ジークはまるで意に介さぬように続ける。



「動くな小竜姫。妙な動きをすれば容赦なくヒャクメを撃つ。」

「く……!!」

「さあ……黄金の林檎を渡すんだヒャクメ。」

「ど、どうしてこんな事をするのジーク?」

「神の力を得られる林檎が欲しくなった……それだけさ。」



 銃口を突きつけられながらもようやく落ち着きを取り戻したヒャクメは、自慢の心眼でこっそりジークの心を覗いてみようとした。
 だが、彼の精神には強固なプロテクトがかかっており、黄金の林檎を強く求めているという以外の情報を引き出すことができなかった。



「心を読もうとしても無駄だ。仮にも俺は情報士官、こういうことは得意分野だからな。」

「あうあうっ、ま、またしても私ってば役に立ってない気が……。」

「さあ、結界を解くんだ。」

「ここで言うことを聞いたら本当の役立たずって言われちゃうわ。あんまりバカにして欲しくないのねー。」

「そうか、ずいぶん立派な心がけだな。なら仕方がない……。」

(本当はすっごく怖いんだけど……うう……)



 ここで我が身可愛さに林檎を渡してしまえば、保身と世界を天秤にかけた者として永久に消えない汚名を受けることになってしまう。
 いくら穏やかな性格の神とはいえ、ヒャクメにもプライドというものがある。
 ヒャクメが本気であると悟ったジークに向かって、小竜姫が剣に手をかけたままの姿勢で叫ぶ。



「銃を降ろしなさいジーク!!今すぐ大人しくすれば……この事は見なかったことにしても構いません。こんな事をしている状況ではないのはあなただって理解しているでしょう!?」

「理解しているさ……だから必要なんだ。」

「平穏と読書が好きで、パピリオともよく遊んであげて……私の知っているジークはこんな事をする魔族ではないわ。お願い……!!」

「無駄だ。俺は……もう後戻りできない。迷いは捨てたさ。ヒャクメ、今なら少しだけ見えるだろう?」



 その瞬間、ヒャクメの心眼にジークの心象風景が断片的に映し出される。

 鍵の束。
 重く錆び付いた鉄の扉。
 朱の炎ゆらめく松明。
 一柄の美しい長剣。

 そして――――

 闇と静寂の中で姉を――――ワルキューレをその剣で刺しているジークの姿だった。



「あ、あなた……ワルキューレを――――!!」

「それじゃ彼女が行方不明なのはまさか――――!!」」






「そうだ……姉上は俺がこの手で始末した。」






 あくまでも冷淡に――――
 あくまでも平静にその言葉は呟かれた。
 もはや2人の前にいるのは穏やかな性格の魔族ではなかった。
 肉親殺しという最も重大な禁忌を破った、1人の魔物であった――――



「必要とあらば……容赦はしない……!!」



 ヒャクメの頬を冷たい汗がしたたり落ちる。
 その言葉と、垣間見えた心の冷たさは紛れもない本物であった。
 小竜姫は素早く神剣を引き抜き、正眼の構えを取りジークを睨みつける。
 ジークの指先に一瞬力が入ったが、引き金はまだ引かれることはなかった。



「だったら尚更……そんなあなたに渡すわけにはいかない!!」

「ここで戦うつもりか?人間達が巻き添えになるぞ。」

「ならば一太刀で決めてみせる……!!」

「……。」



 小竜姫とジークは互いに睨み合ったまましばしの沈黙。
 状況を見守っていた人間のオペレーターが思わずペンを床に落とした瞬間、張り詰めた空気を破って先に動いたのは小竜姫だった。



「でやあああああ!!!!」



 高速の踏み込みと同時に頭上に掲げられた神剣は、目の前の敵を両断せんと打ち下ろされた。
 剣術の基礎にして終着点でもある基本動作「巻き打ち」
 神剣と、そして天界にその名ありと謳われた剣士の一撃は全てを断ち切る――――
 そのはずだった。

 ジークの左手に握られていた布の巻かれた棒。
 拳銃を一瞬の動作でホルスターに戻し、布を半ば引きちぎるように右手で端を引くと、妖しさを憶える程の輝きを放つ銀の長剣――――その刀身が現れる。
 上段から打ち下ろされた小竜姫の刃をその剣は正面から受けて見せた。
 ジークは受け止めた刃の剣圧を横方向へ流し、返す刀で逆水平に薙ぎ払う。



「う……!?」



 小竜姫はすんでの所で身を引き、衣服の袖と薄皮が少し切れただけだったが、その直後突然力が入らなくなり神剣を手放してしまった。



「どうしたの小竜姫!?」

「そ、その剣は……!!」



 膝をつき、全てを語り終えぬまま小竜姫の姿は小さな角の――――休眠状態へと変化してしまった。
 ジークはそれを見届けると、黄金の林檎が保管されている結界の方へ向き直す。
 右手だけで右上段から左上段へ素早く袈裟斬りにすると、硬質な音と共に結界が消滅してしまった。
 さらに一瞬間を置いて滑らかな切り口の防弾ガラスがずり落ち、黄金の林檎は全くの無防備な状態になってしまった。



(今の……ガラスは普通に切れたけど……結界はエネルギーそのものが吸収されて消滅したわ……!!)



 ヒャクメが一瞬のやりとりを分析していると、突然ジークの右手が震え出す。
 途端にジークは歯を食いしばり、震える手を必死に動かして剣を鞘に収めた。
 完全に刃が収まると、ジークの震えも止まり表情も落ち着いていく。
 たったそれだけの動作だったというのに、すでに額にはじっとりと脂汗が浮かんでいた。



「ハァハァ……これで一回……た、確かに強力だ……。」



 誰に言うでもなく呟いたジークは、ついに黄金の林檎を手に取る。
 しかしその表情には、歓喜の色など何ひとつ浮かんではいなかった。
 ただ、何かの覚悟を確かめるように、じっとそれを見つめているだけだった。



「ジーク、あなたもしかして……。」



 ヒャクメの言葉に我に返ったジークは、ゆっくりと顔を向けた。
 やはりその瞳は、悪意に染まった魔物とは違う、いつものジークのそれと同じだった。



「……あの魔導師を倒すにはこれしかない。この方法しか。」

「……。」

「小竜姫には……すまなかったと伝えておいてくれないか。」



 ヒャクメはただコクリと頷いた。
 もはやジークは心を隠してはいなかった。

 なぜこんな事をしたのか。
 彼が何をするつもりなのか。
 その決意がどれほどであったのか。

 ヒャクメには……それを止める言葉を用意できなかった。



「それから……姉上のことも頼む。」

「ええ、わかりました……。」





 ローマに魔族達が押し寄せる直前、戦闘機が単独でシチリア島方面に飛び去っていったが、この非常事態の中でそれを気に留める者はほとんどいなかった。









 奇妙な曲がり方をした木が生い茂った森の中にその泉はある。
 こんこんと湧き上がるその水は別の次元から湧いてきているのだとも言われているが、ただ1つ解明されていることは不思議な効力を備え、肉体の傷や霊的構造の損傷までも治療してしまうのだという。

 水面は穏やかで、波1つ無く水鏡を作り出している。
 その水底に凛々しさと麗しさを同居させた美しい女性が横たわっていた。
 腹部には刺し貫かれた後が痛々しく残り、紫の体液が少しずつ、じわじわと溶け出していた。

 やがて、小さな鼓動が聞こえ始める。
 溶け出していた体液が止まっていく。
 そして傷口が少しずつ閉じていき、ぴったりとくっついて痕さえ残らない。
 わずかに指先が動き、堆積した綺麗な砂を巻き上げる。
 鼓動は次第に大きく響き渡り、それが最高潮に達した時――――






「ジーク!!」






 水を滴らせる短いが滑らかな黒髪。
 切れ長の、強さと知性を備えた瞳。
 そして艶のある肉感的な唇――――



 弟に刺されこの泉に沈められていたワルキューレは、静寂の水面を突き破って覚醒した。



「止めなければ……あいつは死ぬ気だ――――!!!!」



 いきなり立ち上がろうとしてよろめき、水の中に突っ伏してしまう。
 顔についた砂をぬぐい、歯を食いしばってワルキューレは立ち上がる。
 泉の淵に体を寄せて這い上がろうとすると、遠くから足音が聞こえてきた。
 1人ではない。どうやら2〜3人くらいの足音。
 その独特のリズムを感じ取ったワルキューレは緊張を解き、音の主が近付いてくるのを待った。



「ワルキューレ大尉、神界のヒャクメより連絡を受けお迎えに上がりました。」

「寝過ぎたせいで体が言うことを聞かん。手を貸してくれ。それと、現在の状況が知りたい。」

「はっ。」



 足音の主……正規軍の兵士達はワルキューレに肩を貸し、深い森の中から飛び去っていった。



(ジーク……まだ早まるな……!!)













 〜シチリア島エトナ火山ふもと〜



 黒く煤けたような火山岩が剥き出しになっている平原の一角に、ほとんど原形を留めていない遺跡があった。
 その瓦礫に隠れて、美神令子をリーダーとする攻撃チームが様子を覗っていた。
 遺跡には所々地下に続く階段が口を開いており、そこから蟻が這い出すように魔族が続々と姿を現していた。



「ぞろぞろ湧いてるわねぇ……カオス、地下の構造と一番敵の出入りが少ない出入り口ってわかるかしら?」

「おお、新たに調達したマリアのセンサーなら楽勝じゃ。頼むぞマリア。」

「イエス、ドクター・カオス。」



 カオスの指示によりマリアは地形の情報を集め始める。



「……スキャン終了。結果・報告します。地下10m程に・古代の地下墓地群。さらに地下に人工的施設と・高エネルギーを感知。ゲートの可能性・88% 魔族の通過率最低値を記録した出入り口は・現在地より・約50mほど北西のポイントです。」



 マリアの指したポイントは目視できる場所にあり、物陰に隠れながら容易に移動できそうであった。



「ラッキー。意外と近くて助かったわね。さて、気合い入れていくわよ!!」



 メンバー達が力強く返事をする中、1人だけ「は〜い」と腰が砕けそうな声が帰ってくる。



 声の主はもちろん、式神使い六道冥子その人。
 そして、今回の攻撃班の人選で最も物議を醸した人物でもある。
 だが、その人選の会議で彼女を推したのは令子だったりするという怪現象が起こったのである。
 横島は、常々思っていた疑問を令子にこっそり尋ねてみる。



「あの……美神さん。どうして冥子さんを連れてきたんですか?ぶっちゃけかなり不安なんですが……。」

「ああ、その話?そおねぇ、冥子はいわば……最終兵器なのよ。」

「さ、さいしゅうへいき?」

「魔界とのゲートに向かうんだもの。数が多すぎて囲まれたら突破力が必要になるでしょ。いざとなったら……式神でボン!!とやってもらった方がどさくさに紛れて逃げやすいのよ。」

「むむ……妙に納得してしまうのはナゼダロウか。」

「納得したんならさっさと文珠の用意しておきなさい。地下は気が抜けないわよ!!」

「了解ッス!!」








 同じ頃、ローマでもついに魔族達の上陸が始まっていた。
 戦いは最終局面に向けて少しずつ……そして確実に動き始めていた……
  

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