ザ・グレート・展開予測ショー

遺されし恩讐


投稿者名:丸々
投稿日時:(05/11/13)

――――――墓参り。


死者への哀悼の意を示す、大切な行事。


人間と同様に、それは人狼達の間にも存在している。


いや、むしろ群れを何よりも尊ぶ人狼にとって、それは人間よりも大切なのかもしれない。



























よく手入れされた墓の前で、一人の少女が手を合わせていた。

既に先に訪れた人が居たのだろう、彼女の物とは別の菊の華が供えられていた。


(……父上……父上が亡くなってもう三年になります……シロは人間の世界で暮らす事を選びました。

……父上、人狼の里も変わろうとしています……この変化が良い結果になるかはまだわかりません。

ですが……里はあの事件を契機に、人と共に歩む事を選びました……父上は狼の誇りを捨てたと思われますか……?)




シロの父親の死から始まった犬飼の事件は、里に閉じこもっていた人狼達に大きな影響を与えた。

先祖返りを果たし、神話のフェンリル狼と化した犬飼を捻じ伏せた一件は、人狼の人間への認識を改めるには充分すぎた。

結果として人狼は遠い昔のように、人の社会と接点を持つ事を試みるようになった。

そして、そのテストケースとして選ばれたのがシロだった。




昔と違い、今は牧畜で生計を立てる時代では無くなっていた。

故に自分達と人間達の利害が衝突する事は殆ど無かった。




自然を破壊する人間達を認める事は出来なかったが、少なくとも自然を保護しようとする人間もいる事は理解していた。

人間達の生活が変わったように、人狼達の生活や考え方も昔とは変わっていたのだ。

動物のために作られたという食事は、自分達で狩った獲物より美味だった。

人間と共存すれば少なくとも餓える事は無い。






年若い人狼が叫んだ。

それでは狼としての誇りはどうなるのか、と。





老いた人狼は諭した。

誇りとは生き様に非ず、心の中にこそあり、と。





人の弱さ、人狼の弱さ。

どちらの種族にも欠けたものがある。

ならばそれを補い合うのが共存への近道だと考えた。





シロはその務めを立派に果たした。




人狼の持つ超感覚を活かし、犯罪捜査や心霊現象の解決に貢献したのだ。





今ではシロの他にも何名かの若い人狼が人間界に出向していた。

オカルトGメンが人狼の活躍を取り上げたお陰で、僅か三年という短い期間にも関わらず、人狼は既に人間の社会で認知されていた。






(父上……人間界で相棒も出来ました。素直じゃないけど……良い奴です。)





父親の命日に休みを取れるようにスケジュールをさり気なく調整してくれていた相棒を思い出す。

礼を言うと、耳まで真っ赤にして照れていたのを思い出し、くすりと微笑む。





最後にもう一度手を合わせると静かに立ち上がった。











帰ろうとした時、見知った人物が歩いているのが目に入った。







里の長老が墓参りの道具を手に、歩いていた。







声を掛けようとして、ふと気付く。






墓参りの道具は持っているが、長老は墓ではなく、その奥の林の方に向かっているのだ。








シロの記憶している限りでは、林の中に墓は無い筈だった。



その林は長老の土地で、立ち入り禁止という訳ではなかったが、誰も態々近寄る場所ではなかった。



オカルトGメンという職業柄か、好奇心に駆られたシロは、こっそり長老の後について行った。






























(あれは……墓でござるか……だが、何故にこのような寂れた場所に……?)



シロの視線の先には、墓石らしき物の前で手を合わせる長老の姿があった。




ちょうど長老の体の影になり、刻まれた文字はシロからは見えなかった。

林の中にあるにも関わらず、墓の周囲には落ち葉一つ落ちていない。

恐らく頻繁に長老が手入れしているのだろう。




墓石を磨き、華を供えた長老が立ち上がった。








その時、ようやく墓石に刻まれた文字が、シロの目に映った。

























(すまん……結局、おぬし一人に全てを押し付けてしもうたのう……)



最後にもう一度、墓石に手を合わせ、長老が立ち上がった。

猛烈な殺気を感じ振り返ると、そこには憤怒の表情を浮かべたシロが立っていた。



(ああ……そうじゃった……今日はあやつの命日じゃったか……)



己の迂闊さに溜め息を吐く。



拳を握り締め、シロが近付いて来る。

殺気に当てられた野鳥達が、林の中から慌てて飛び去っていった。



「長老…………これはどういう事でござるか……返答次第では、長老といえど……!」



牙を剥いて詰め寄るシロを、長老は寂しげに見つめていた。











――――――墓石には犬飼家ノ墓、と刻まれていた。



























「落ち着け、シロ。」



殺気に怯む事無く、穏やかに諭す。

だが、今のシロには、それはむしろ逆効果だった。



「ふざけるなッ!!」



長老を押しのけると、供えられていた華を踏みにじり、蹴り飛ばす。



「なんでこいつがッ……!

こんな奴がッ……!!

こんな奴の墓がッ!!」




叫びながら墓石を殴りつける。

力任せに何度も何度も殴りつける。

悔し涙を流しながら、己の拳が裂けるのも気にせずに、ただひたすらに拳を振るう。



(シロ……)



シロにとって、誰よりも尊敬していた親の仇の墓が里の中にあるだけでも許せないのだろう。

その上、その墓を里の長老が手入れしていたのだ。

墓を作るという事は、故人に対して敬意を払っているという事だ。

父親の次に尊敬していた長老が、今では裏切り者に見えていた。



荒い息を吐きながら肩を震わすシロを、長老が哀しそうに見つめていた。



「シロ、おぬしには耐えられないとわかっておりながら、隠し通せなんだわしの失態じゃ……」



いたわるようにシロの肩に手を置こうとしたが、荒々しく払いのけられてしまった。



「何でこんな奴の墓があるんですか……

こいつは……父上を殺し、人狼の宝とも言える八房を持ち出した、外道ではないですか!」



「そう、じゃな……」



ぽつりと呟くと、シロの小さな手を取る。

今度は払いのけられる事はなかった。



裂けた拳を水で洗い流してやり、布を巻きつけて応急処置を施す。



「犬飼の墓はわしが作った……おぬしには知られまいと思っていたのだが……許せ……」



犬飼の墓を作るという事が何を意味するかは、良くわかっていた。

群れから追放した者を弔うなど、群れの長たる者がするべきではなかった。

だが、それでも長老は犬飼を弔う事を選んだのだ。


シロが裏切られたと思うのも、無理は無かった。




キッと長老を睨みつけると拳を振り上げる。



「構わん……それで、お主の気が済むなら……好きにするが良い……」



咎めるでもなく、怯むでもなく、長老の眼は澄み切っていた。





一度は止まった涙が、また溢れ出していた。

さっきの悔し涙ではなく、何故今泣いているのか、彼女にもわからなかった。

信頼していた人に裏切られたようで、ただ辛かった。




ぐっと頭を引き寄せてやると、シロは幼子のように長老の胸の中で泣きじゃくっていた。


























「犬飼のした事は決して許される事ではない……じゃが、あの事件を切っ掛けに、新しい風が吹いたのも事実じゃ……」



長老の屋敷で縁側に腰掛け、シロは話を聞いていた。

今は落ち着いているが、目元は涙で赤く腫れていた



「父を殺されたおぬしには理解しろとは言わん……そんな事は無理な話じゃからのう……

けれども奴の行動は……少なくとも私欲に基づいた物では無かった……群れのためを思っての行動だったんじゃ……」



「だからと言って、奴の行動を認めろとでも――――――」



再び激昂しかけたシロを手で制する。



「認めろと、は言わん……だが知っておいて欲しいんじゃ……」



シロが大人しく引き下がったのを確認し、続ける。



「あの頃は……大変だったんじゃよ……お主も憶えておろう……病に倒れた時の事を……

碌な薬も手に入らず、何人もの小さな子供達がその命を落としていった……お主は運が良かったんじゃ……」



遠い眼で流行り病で亡くなって行った子供たちを思い浮かべる。



「犬飼は誰よりも人狼族の行く末を案じておった……そう、恐らくこのわしよりも、な。

その気持ちが暴走し、あの事件を引き起こしたかと思うと……わしには奴を憎む事は出来なんだ……

八房の魔力に飲み込まれ……只の血に餓えた獣になってしまったのが、不憫でならん……」



今ではシロも暴れようとせず、静かに耳を傾けている。



「力で解決しようとした奴の選択は間違っておった……

じゃが、その根底にあるものは、群れを救いたいという純粋な気持ちだった筈なんじゃ……」




(………………長老。)



ああ、やはりこの人は変わっていなかった。

誰よりも群れの仲間を信頼し、そして誰からも信頼される。

自分が信頼し、群れのリーダーと認めた、あの優しい人のままだった。






「わしの話はこれで終わりじゃ……皆に言いたければ、言えば良い。

里の皆を騙していたと言われれば、否定はせんよ。」



「……拙者は、奴を認める事など出来んでござる」



そうか、と長老が目を伏せた。



「……けれども、長老の意見に口を挟むつもりもござらん。

長老が奴を弔うと言うのなら……拙者が口を出しても詮無き事でござる……」






すっと立ち上がると屋敷を後にした。



立ち去るシロを見送りながら、長老は静かに呟いていた。



「いずれお主も子を産み、親となるじゃろう……その時こそ、犬飼の全てをお主に伝えよう……

あの日、剣の腕で上回っていた犬塚が、何故犬飼に倒されたか……今のお主にはまだわからんよ……」





長老の脳裏にあの時の光景が浮かぶ。

犬塚を斬った、あの時の犬飼の姿が。




























『拙者は人狼の世界を取り戻す……これ以上人間どもを恐れて里に閉じ篭もるなど、耐えられん……!

そこをどけ、犬塚……拙者は八房を使い、あの緑溢れる大地を取り戻してみせる……!』



霊波刀を上段に構え、犬飼が宝物庫の番をしていた犬塚に迫っていた。



『止せ、犬飼……お主の気持ちはわかるが、八房を使いこなすのは不可能だ……

あれは……誰にも制御など出来はせん……!』



犬塚も霊波刀を抜き、こちらは正眼に構えていた。

片目を失ってはいたが、それでも犬塚の剣の腕は里の誰よりも上だった。



『拙者の気持ちがわかる……?』



顔を押さえ、身を震わせる。



『只一人の息子を……流行病で失った、この拙者の気持ちがわかるだと!?』



慟哭しながら渾身の力を込めて霊波刀を振り下ろす。


普段の犬塚なら難なく受け流し、返す刃で討ち取れただろう。


だが、子を想う犬飼に無意識のうちに同情してしまい、剣に迷いが出てしまった。



『発症し……僅か半日で息子を失った、拙者の気持ちがわかるのかァッ!!』



怒りに振り回され、力任せに剣を振るう犬飼は隙だらけだった。


だがそれ以上に犬塚は動揺していた。


息子を失った者と、娘が助かった者。


犬塚の心に圧し掛かった罪悪感は、確実に剣の腕を鈍らせていた。







異変を察知した長老が駆けつけた時、血の海に沈んでいたのは犬塚だった。




























(仲間に自分と同じ悲しみを味合わせまいと行動を起こした筈だったのが……

そこを八房の破壊衝動に付け込まれたんじゃろうな……皮肉な話じゃ……)














長老は懐から写真を取り出すと、懐かしげに目を細めた。






















写真には、年若い犬塚と犬飼が、長老と共に微笑んでいた。
























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