ザ・グレート・展開予測ショー

安眠


投稿者名:美尾
投稿日時:(05/11/12)

高速道路を一台の車が走っている。
運転席には美神令子。後部座席には、頭に巻かれた赤いバンダナが特徴的な横島忠夫、そして彼を先生と慕う人狼の少女シロ。助手席には巫女服を着た少女氷室キヌが座っている。
そしてその膝の上には、ひときわ目を引く九尾の狐が乗っていた。

キヌの膝の上の狐――タマモは欠伸をかみ殺した。
気だるい午後の太陽のせいか車内には眠気が満ちている。タマモを膝の上に抱いているキヌは、ときおりウツラウツラと船を漕ぎかけているし、後部席の師弟にいたっては、走り出した直後は美神に叱られるほど(主にシロのほうから)じゃれあっていたが、今は完全に夢の世界の住人となっていた。運転手である美神令子はさすがにそんなそぶりは見せないが、それでもしきりと缶コーヒーを口に運んでいるところを見ると、彼女も車中に漂う空気と無縁ではないようだ。
美神がホルダーに軽くなった缶を戻すのと同時に、キヌの膝の上で一つ欠伸が噛み殺された。
タマモは、長く息を吐いた。
人間のそばで無防備に眠るわけにはいかない、と決意を固めるように。











以前とはまったく違っている。

それが蘇ってからの日々で、タマモが痛感したことだった。
人の手のはいっていない土地は減り、街は夜になっても闇を受け入れようとしない。空気は汚れ、霊的にも乱れている。
だが、この世の中で生きていこうとすれば人間達との接触を避けるのは困難であり、生きていくためには現実と折り合いをつけていかなければならない。
だから私はこの人間たちの所で常識とやらを学ぶばなければならない。それがタマモの出した結論だった。
だが、そう割り切ろうとしたところで、人間への不信は拭いきれるものではなく、それが彼女に人間のそばで無防備に眠ることを拒否させていた。

おぼろげな前世での記憶。
自分に散々媚びてきた貴族たちは、自分が妖狐であると知った途端に手の平を返し、罵倒、さらにはそれだけに留まらず、陰陽師をまで差し向け自分を退治、そして殺生石に封印した。
蘇ってからも酷いもの。
草をかきわける幾重もの足音、不安を駆り立てるヘリコプターのプロペラ音、見えないところから響いてくる銃声…

 私がなにをしたっていうの?

タマモには到底人間を信じることはできそうにもなかった。








「悪いんだけど化けてくれない」


今より少し前、食い逃げの事情聴取(当事者同士ではなんの問題もなかったんだから別にいいんじゃないかとも思ったが、そうもいかないのが人間社会の複雑さであるらしい)を終え帰宅の途につこうと車に乗り込んだ美神令子が、タマモにそう頼んできた。
見れば、たしかに美神たちが乗ってきた車には、全員が座るだけのスペースはない。化けて、というよりは元の狐の姿に戻って誰かの膝にでも乗れってことか、そう理解しタマモは頷くと、しばし考えを巡らせた。
さて誰の膝に座れば良いものか、と。
運転手である美神は当然対象から外れる。既に乗り込んだ他の三人の顔を見比べていく。シロ、なにをされるかわかったものではない。次いで横島。もっとなにをされるかわからない。最後に残ったキヌの顔を見るとしょうがないという風に頷き、ひょいと飛び上がり、シートに姿勢正しく座っていた少女の膝に舞い降りた。
初老の巡査は、シロで慣れているのかタマモが化けたことに驚く様子はない。

「じゃ、行くわよ」

全員が乗り込んだことを確認した美神の声とともにエンジン音が響き渡り、ゆっくりと車が動き始めた。





サービスエリアでの休憩時間をはさんで、タマモたちを乗せた車は、なおも走り続けている。
停車中に起きたものの、それでも眠そうなキヌが唐突に口を開いた。

「そうだ、こないだはありがとうね」

キヌの言葉の意味が分からず、タマモは思わず顔を上げた。驚きが顔に出ていたのか、キヌは少し苦笑し、言葉を足した。

「風邪薬のこと。置いていってくれたのタマモちゃんなんでしょ?」

靄のかかったような頭を使い記憶をたどる。
人間にあの時の自分は何を思っていたのか?
助けられた借りがあると思っていたのか、二人に幻術をかけて放置したのを悪いと思ったのか、それとも……

「あれすごく効いたよ。後でどの薬草使ったのか教えてね」

そう言い微笑むと、思考中のタマモの背を撫ぜはじめた。
眠気を誘うそれを止めさせようとも思ったが、面倒くさくなって結局そのままにしておいた。

手の動きに、誘い出されるかのように欠伸が漏れた。








タマモが自分が眠ってしまっていたことに気づいたとき、陽はだいぶ傾きかけていた。後ろの二人は爆睡。キヌも完全に眠ってしまっている。
まったく外の景色が動かないことを見ると、どうやら渋滞に嵌ってしまったらしい。
ふと、力が抜け垂れたキヌの右手が視界に入る。
思わずタマモはその人差し指を凝視した。
その人差し指、そこには傷跡があった。
(これ、あの夜に私が噛んでできた……)
キヌの顔に視線をむけると、赤子のような寝顔がそこにあった。
後ろの二人の寝顔からも、不安や心配といった様子は伺えない。

”私、おキヌ、あなたは?”

”タ…タマモ…”

”へぇ…キレイな名前…”

キヌの指についた傷にそっと舌を伸ばした。


舌をキヌの指から離すと、傷は綺麗に消えていた。
タマモはそれを確認し、満足そうに頷くと、再び眠気が戻ってきた。
眠いせいだろうか、それともあまりに安心しきった寝顔を見たせいだろうか、決意もなにもかも馬鹿馬鹿しく、眠気に抗おうという気も起きてこない。

まぁ、コイツらなら大丈夫よね。

欠伸が自然に漏れる。
視線の先の空が青い。前世のころもこんなに青かったっけ?
そんなことを思いながら、もう一度欠伸をもらした。








「あーあ、毎回のことではあるけど、さすがにこれは慣れないわね」

すこし苛つき気味に美神が呟く。ホルダーから持ち上げ、軽く振る缶に重さはない。
ハンドルに体を預け、コキコキと首を回しながら、車中を見やる。そこには安心しきった寝顔が四つ。
ふっと苦笑がもれた。

「ったく、人が運転してるっていうのに…おっ」

掛け声とともに、体を起こした。
傾きかけ柔らかくなった陽射しの中を、渋滞が緩々と流れ始める。

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