ザ・グレート・展開予測ショー

Stargazer


投稿者名:龍鬼
投稿日時:(05/11/11)

 ゆっくりと、縮み上がった身体を揺らす。
 冬の空気は冷たい。それが夜なら尚更だ。
 茶色い皮の手袋に感謝して、目線を更に上へと延ばしてゆく。

 どうしようもないくらいに、空は澄んでいた。




  ――Stargazer――




 きっかけはとても些細なこと。
 テレビの中の見慣れたアナウンサーが、とってつけたように発した言葉。


――――流星群。


 いつもの事務的な口調が、今夜星が降ることを告げた。
 見たこともない。生まれてこの方、一度だって。
 なのになんだか、素敵だと思った。





 だから、ね。
 屋根の上から、見ようと思ったんだ。

 出来ることなら、誰かと。

 でも、隣には吹き留まった風しかいない。
 約束の時間などとうに過ぎた。
 星たちは待ってなどくれないというのに。

 両の掌で器を作って、白んだ息を少しだけ吹き入れた。
 手袋越しでも伝わる寒さはその強さを増してゆく。
 月が夜空を駆け上るにつれて、まるでついてくるように。

 いっそジャンパーのフードをかぶってしまおうかと思ったけれど、やめた。
 髪の毛を畳むのが面倒だし、自慢の銀髪に癖が付いてしまうのも嫌だ。
 自分だって、昔とは違う。
 手入れだってちゃんとしているのだから。

 尤も、それを見せる相手が来るのかどうかも――――


「悪い、待たしたっ」


 屋根の淵から聞こえた声。
 次いで、無遠慮な音と共に人影が昇ってくるのがはっきり見えた。

「おーそーいー…………。」

 座り込んだまま、組んだ腕に顔を埋めて呟いた。
 ちょっぴり怒っていたから、顔は見せないほうがいいと思ったから。
 顔を見たら、微笑んでしまいそうだったから。

「ほい」

 そうしていると頭の上に、何か乗せられた。
 右手だけで掴むと、ほんのりと温かい。

「……はちみつれもん……?」

「甘いの好きだろ、お前」

 よっこらせ、と声をあげて彼は隣に腰掛けた。
 その様子が、少し可笑しい。

「これ買ってて、遅れたんでござるか?」

「いんや、渋滞」

「…………まだ車の免許、とってないでござろ?」

「あれ、そーだっけ?」

 せっかく許してあげようと思ったのに。
 手の中の温かさを今度は頬に当てて、ちらりと横を見る。
 
 でも、来てくれた。
 
 それだけ聞こえないように呟いて、また空を見上げる。
 もうすぐ。もうすぐだ。
 あと十数えるうちに流れるよ、きっとそうだ。そう決めた。

 いち、にぃ、さん。

 まだ流れない。空はまだ黙ったまま。

 しぃ、ごぉ、ろく、しち。

 心臓が高鳴って、大きな声で話しかけてくる。
 流れないかもしれないよ?
 だめだめ、絶対流れるんだから。
 
 はち、きゅう……じゅう!!





「おぉ…………。」

 横から漏れた溜息で、はっと気付く。
 空から伸びた幾重の尻尾が、地面を目指して飛んでいた。

「綺麗……だなぁ」

 声は出なかったけれど、その分首を何度も縦に振った。
 もちろん、目だけはずっと空を見つめながら。
 一瞬一瞬を、間違いなく身体に刻もうと思ったから。
 きらりきらりと閃いて落ちる、その光の粒子さえも。







 最後の一つらしき星を見送って、夢の時間は終わりを告げる。
 少しの間、二人ともが口を閉じたままだった。
 まだ終わっていなんじゃないか、と小さな望みを繋ぐかのように。







「…………せんせ?」

「……何だよ?」


「流星群を一緒に見た二人って、ずっと幸せでいられるらしいでござるよ?」

「……初耳だな、そりゃ」


 そりゃあそうだ。
 嘘だもの。
 ただ、そうあって欲しかっただけなのだから。


 見ている間、ずっと忘れていたのだけれど。
 今度星が流れたら、きっと願おう。
 ずっと願っていたことを。
 ずっと願っていられることを。

 月明かりがスポットライト。
 空を彩る星たちは観客。
 音の無い舞台に、ただ二人だけが佇んでいた。

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