ザ・グレート・展開予測ショー

VETO


投稿者名:赤蛇
投稿日時:(05/11/10)

[VETO]

拒否権の意。

現代においては、主に国連安全保障理事会の常任理事国が持つ特権的な否決権のことを指すが、そのルーツは共和政ローマの時代に端を発す。
貴族階級であった元老院に対して、平民階級を保護するものとして創設されたのが護民官(トリブヌス・プレヴィス)であり、その職権は政務官の決定や元老院の決議をも無効とすることさえ出来た。
後に帝政となったローマにおいても、皇帝(インペラトール)は絶対的な権力者ではなく、護民官職権(トリブニチア・ポテスタス)を付与されることで拒否権の発動を可能とし、それによって強大な権限を持つ事を建前としてきたのである。








「美神さんっ!」

今日は結局、電話の一本も鳴らず、そろそろ店仕舞いでもしようかと考えていた夕方の頃。
普段よりは幾分か真剣に、それでも揺らぎのある決意を顔に浮かべて、横島はオフィスに佇む美神のもとへ詰め寄った。
彼がこれから何を言おうとしているのか、そしてその敢え無き結末も、傍らで見つめるおキヌには火を見るよりも明らかなことだった。

「給料上げてくださいっ!」

「却下」

一考だにすることもなく、瞬時に取り下げられた訴えに心を挫かれつつも、横島はなおも食い下がる。

「俺がどんだけビンボーか知ってるくせにっ!」

「No(ノー)」

「今どき、コンビニの半額以下の時給でやってられるわけないでしょーがっ!」

「Non(ノン)」

「せめて普通の高校生ぐらい貰ったっていいじゃないスか!」

「Njet(ニエット)」

「ううっ! こんなバイトなんて辞めてやる〜〜〜〜〜!!」

「プ、不好!(プーハオ)」

「アンタはドコの厄珍じゃーーーっっ!!」

あいかわらずというか、インストールされているのに、ろくに使えやしないテンプレートのようなやり取りに半ば呆れつつ、おキヌは席を立ってキッチンへと向かう。
今は無性に、凶悪なほどぎとぎとに甘いホット・チョコレートが飲みたくて飲みたくてしょうがなかった。




「大体ね、文句が多すぎるのよ」

特大のマグカップになみなみと注がれたホット・チョコレートにうんざりしながら、美神はそう言った。
潤しているはずなのに、何故か喉が渇く。

「アンタ、ひと月に一体どれだけの仕事があると思ってるの?」

「はあ」

「今日みたいに電話も鳴らない日もめずらしくないっていうのに、その分もちゃんと払ってるでしょ?」

そうなのである。
超がつくほどの一流GSである美神には、連日連夜依頼が殺到して繁盛しているイメージがあるが、実際にはそうではない。
大方の一般人や企業にとって、除霊が必要なほどの心霊現象などめったにお目に掛かるものでは決してなく、それこそ一生に一度あるかないか、それも圧倒的に無縁であるほうが大きかった。
それでも、GSという職業は極めて特殊なため、相対的に依頼の密度は濃くなるものではあるが、美神が自分のところに来る依頼を全て請け負っているわけではなかった。

美神は本質的にギャンブラーであり、己のプライドと技量を賭けてハイリスク・ハイリターンを求める傾向が強く、手堅くて確実な仕事、彼女曰く「ケチな」仕事はほとんど受けなかった。
その結果として、一ヶ月の仕事の量が少なくなるのはやむを得なかった。
NBCの「夕べの祈り」の時間に、賛美歌13番ばかりが流されるわけではないのが現実なのだ。

だから、横島の時給は確かに法外なほどに安かったが、実働時間として考えるとかなり高い方なのである。
時と場合によっては、必要な時だけ適正な報酬を払って契約する一般のGSのほうが、はるかに安上がりだったりもするのだ。

「それに、いつもウチでごはん食べていくんだし」

それを言われてしまうと、横島は何も言えなかった。
ほとんど仕事らしい仕事もなく、美人揃いの事務所で食事にもありつける。
家賃や光熱費などは、必要最低限とはいえ両親が負担してくれているのだから、他に支払うべきものもない。
それでも彼がビンボーなのは、ただ単に無駄遣いが多いからなのだ。

だが、頭ではわかっているのだが、それをすんなりと認めてしまうのにも抵抗がある。
一介のGSとして、また男として、それが全てではないにしてもある程度の評価はされたい、という気持ちがあった。
だから、貰う金額は一緒でも時給の額だけは上げて欲しい、と彼なりに妥協して訴えてもみた。

「そんなの!!」

はたしてチョコの渇きによるものか、美神の顔は多少赤く染まり、声は上ずっていた。

「―――――絶対、ダメ」

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