取り扱いにはご注意を(前編)
投稿者名:tea
投稿日時:(05/11/ 8)
文明の利器というのは便利な代物だが、一歩使い途を誤るとエライ事になる。
例えば、ガスコンロ。ほんのちょっとの油断が、全てを飲み込む炎を生む。
例えば、パソコン。徹夜で作った文章が、ボタン一つで白紙に戻る。
例えば―――シロが向き合っている、黒光りする精密機械、など。
「うーむ・・・」
腕組みする。凝視する。なんとなく威嚇してみる。
状況は変わらない。黒い物体は、狸の置物のようにふてぶてしく鎮座したままだ。
「美神殿の話では、たしか「ふぁっくす」というものでござったな」
軽く眉根を寄せ、シロはテーブルから黒い物体を持ち上げた。
話は、三十分前に遡る。
仕事のことで依頼主からファックスが届くので、それをこのファイルに綴ってほしい。そう言って、美神は青いファイルをシロに手渡した。
「それで、その「ふぁっくす」というのは何でござるか?」
ソファから体を起こし、シロが尋ねる。急な用件で出掛けるらしく、コートを肩にかけた姿勢で忙しげに美神が答えた。
「応接室に入ってすぐにある黒い機械がそれよ。ほっとけば手紙を吐き出すから」
なんとも適当な説明だが、つまりは文の受取人であるとシロは解釈した。子供の使いも出来ないようでは武士の名折れと、胸を叩いて快諾するシロ。美神はその様子に「初めてのおつかい」で背伸びするガキンチョを浮かべたが、時間が押していたのでそのまま事務所を出て行った。
そして、話は今に至る。
シロは悩んでいた。応接室に入り、どれがファックスなのかは一目で分かった。青色のファイルも、しっかりと持っている。しかし、シロは肝心なところが分かっていなかった。
「それで、この機械がどーやって文を吐き出すのでござるか?」
天に掲げたりそのまま振り回したりと、硬質の肢体を隅々まで眺め回すシロ。これがひのめなら火球のひとつもお見舞いされたろうが、ファックスからは何の反応もない。所詮は無機物である。
適当に弄ってみようかとも考えたが、以前それをやって横島のビデオデッキを破壊したことがある。その時の、半身を失ったかのような横島の嘆きを思い出し、シロはファックスの分解を思い留まった。
壁際の時計を見ると、時刻は13時30分を過ぎていた。美神によれば、文が届くのは14時ごろのはずだ。
刻限が、ひたひたと近づいてくる。
大見得を切った手前、美神に連絡するのは憚られた。だが、失敗すればどんな目に遭うかわかったものではない。
「・・・仕方ないでござるな」
折檻とプライドの真ん中をとって、シロは屋根裏部屋へと足を運んだ。
「ファックスの使い方を教えろ?」
屋根裏部屋にいたタマモが頓狂な声を上げる。バカ犬とファクシミリ。タマモにとって、それは油揚げと青汁よりもあり得ない組み合わせだった。
「あんた、本物?」
「本物でござるっ!」
思わず切りかかりそうになるが、なんとか自重するシロ。今の情況では、自分より世知に長けているタマモだけが頼りだ。
事情を話すと、タマモは呆れたような納得したような表情をした。やっぱシロはシロか。冷めた目線がそう言っていた。
「ファックスっていうのは、通信機器の一種ね。分かりやすく言えば、手紙を吐き出す機械よ」
同情と暇潰しを半々に滲ませ、ファックスについて説明を始めるタマモ。だが、シロがそれを遮った。
「そのくらい知っているでござる。拙者が知りたいのは、もっと先のことでござるよ」
空気が軋む音と共に、タマモのこめかみに井桁が浮かんだ。
初心者による知ったかぶりなど、不愉快なものでしかない。当のシロに悪気がなかったにせよ、タマモ’s天秤は「暇潰し」に向けて大きく傾いた。
「あっそう。じゃあ、ここからが上級編よ。ちなみにシロ、あんたの里は矢文が主だったわよね?」
「そうでござる。拙者の里では、伝達は大体矢文でござるよ」
シロに見えないようにニヤリと笑うタマモ。そこには、小悪魔チックな悪意が見え隠れしている。
「シロ、よく聞いて。ファックスというのは、コードを伝わって矢文を発射する機械のことなの。当然、受け手にもそれなりの力量が要求されるわ。だからこそ、美神はあなたに託したのよ」
大嘘である。タマモのお尻から、狐のものではない尻尾が覗いていた。
「―――!!そうだったのでござるか。拙者、「吐き出す」という言葉から、人畜無害だとばかり・・・くっ、まだまだ未熟でござる」
大抵のファックスは人畜無害だ。しかし、タマモの目に宿る真摯な光に、シロは頭からつま先まですっぽりと騙された。本当に未熟者である。
「そろそろ時間よ、シロ。行きなさい、応接室へ―――いえ、あなたの死合い場へ」
差し出された右手をしっかりと握り返し、シロはタマモの顔を見ずに踵を返した。
気配でわかる。タマモは、肩を震わせている。おそらくは―――涙を堪えて。
「行ってくるでござる、タマモ」
彼我を分かつように、扉が重く閉ざされた。
一人残されたタマモは、肩を震わせ。
必死に笑いを堪えていた。
今までの
コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa