ザ・グレート・展開予測ショー

The show must go on(2)(GS美神)


投稿者名:nielsen
投稿日時:(05/11/ 7)

鳥の声で目を覚ますなど何年ぶりのことだろう。
伊達雪之丞が目覚めて目にしたのは、しかし見知らぬ天井であった。
囀りを手がかりに視線を移すと土壁をくり貫いて作った原始的な窓があり、賑やかな街の
景色が目に入る。
この部屋同様土壁で構成される街並み。
乾燥地域ゆえに可能な独特な景色であった。

「・・・・・・・ノージェリアのどっかだとは思うんだけどなぁ。」

呟きながら雪之丞が無意識にタバコを探るが、ふと自分が何も身に着けていないことに気付く。
いや、何もというのは正確ではない。
雪之上の身体は殆ど全身が丁寧に包帯で巻かれていた。
タバコを探しながら視線を彼方此方に巡らす雪之丞。

簡素な土壁。
年代者の燭台。
やけに分厚い本の多い本棚。
傍らに眠る褐色の美女の裸体。
木製のテーブルの上に載った青銅製の鍋。
タオルのつかったタライ。

・・・・・・・・・・・・・・・・?

雪之丞はこめかみを押さえ何か自分が見てはいけないものを見たような気がして、再度視
線を泳がせる。

簡素な土壁。
年代者の燭台。
やけに分厚い本の多い本棚。
傍らに眠る褐色の美女の・・・・・・・裸体。

あ〜、これか、と思い当たる雪之丞。

「え〜〜〜〜っと、タバコは・・・・・・。」

「う・・・・・・ん。」

びくッ。
現実逃避を敢行しようとした雪之丞は、美女の突然の色っぽい身じろぎに慌てて後ずさり、
あってはならない想像を膨らませながら、だらだらと滝のように汗を流したのだった。





ノージェリアの名を世界に轟かせたのは、冷戦中のとある陰惨な事態が国際的に報道され
た為であった。
第二次世界大戦後、世界各地で起きたいわゆる独立紛争の中で、最も「凄惨」と言われた
のがラフアビである。
2年半続いた独立戦争で死者は約200万人、そのうち大部分が子供を含んだ餓死者で、
国際的にも大きな問題となった。
一体なぜこんな結果になったのか。

ノージェリアの人口は日本と同等の1億2000万人で、西アフリカ最大の国だ。
250以上の雑多な民族で構成されていて、3大民族のうち北部のウサハ族はイスラム教
徒の遊牧民、西部のバヨル族はイスラム教徒の農耕民、東部のボイ族はキリスト教徒の農
耕民で商業も盛んと、文化的にまったく異なり、独立後は地域・部族対立が激しくなって
いった。
大戦後、民主主義の台頭により西欧列強による植民地自治が限界を迎えると、旧植民地国
は次々と独立を宣言した。
しかし多くの国々がそうであったように、ノージェリアもまた「核」の出現により直接戦
争の機会を失った列強の、代理戦争に巻き込まれていくのである。



「列強はその前に丁度ベトナム戦争を体験してるってワケか。」

ようやくタバコと自分の服にありついた雪之丞は、今はもう着衣している美女から西部ア
フリカ史のレクチャーを受けていた。

「それより本当にごめんなさい。私ったら、乗ってきたジープまで元気に飛んでたのに、
車についた途端殆ど死んだように眠っちゃうあなたを見て動揺しちゃって・・・・。
ここに戻ったら着替えもしないであなたの看病してたものだから・・・・」

そのまま眠っちゃったの、と女性は舌を出して頭を掻いた。
若く美しい女性であった。
着衣していると言っても豊満な肉体の上にTシャツを一枚羽織っているだけ。
下着などつけていられる気候ではないのである。
健康的な褐色の肌が目に眩しいその女性の名はエミリア・アンドーと言う。
本来あの施設を調査するはずだったICPOの調査隊の唯一の生き残りである。



66年のクーデターでウサハ族が実権を握り、連邦政府や各地方政府の閣僚を解任したが、
ボイ族の将校がクーデター未遂事件を起こすと、北部ではボイ族への襲撃事件が相次ぎ、
多くの難民が東部州へ流入。
東部州政府は連邦政府にボイ族襲撃事件の真相究明を求めるが実行されず、連邦政府は東
部州への経済封鎖を実施したため、67年5月に東部州政府は「ラフアビ共和国」として
独立を宣言。これを認めない連邦政府が東部州政府(=ラフアビ政府)に宣戦布告した。
ノージェリアが国際社会に支援を求めると、ラフアビ政権も同様に対立する別の列強に援
護を要請。
結果として内戦当初は小銃や棍棒で戦っていた小国間の紛争が、戦車や航空隊を持つまで
になった。

68年にラフアビ南部の海岸地帯がノージェリアに占領されると、内陸に追い込まれ補給
路を断たれたラフアビ側では食糧不足となり、やがて餓死者が続出してしまう。
ラフアビは首都が陥落しても、臨時に首都を別の場所に移して抗戦を続けていたが、70
年1月にここも陥落して降伏した。

「大国が双方に武器援助をして内戦がエスカレートしたのは、ラフアビ南部の海岸沿いに
莫大な石油資源があったからよ。
ま、石油資源の問題以外にも、もともとボイ族と北部の民族との間には歴史的な怨念もあ
ったんだけどね。」

ノージェリア一帯の海岸地帯はかつて奴隷海岸と呼ばれ、ヨーロッパ諸国にとって奴隷の
供給源だった時代がある。
海岸沿いに住むボイ族は真っ先に奴隷狩りの標的にされたが、やがてヨーロッパ人と手を
結び、ボイ族が北部で奴隷狩りを行ってヨーロッパ人に奴隷を売り渡すようになった。
植民地時代、キリスト教に改宗して英語教育も進んだボイ族は植民地官吏として優遇され、
商人としてもノージェリア各地に進出いて経済を握る。こうしてボイ族は他の民族からは
黒い白人と呼ばれ、66年のボイ族襲撃事件の背景ともなった。内戦の後、ノージェリア
は軍事政権の下で州の再編成を行い東部州を細分化した。

しかし99年の民主化を契機に再び民族や宗教の対立が激化。北部では12の州がイスラ
ム法を導入したためキリスト教徒が迫害され、かつて「ラフアビ共和国領」だったノージ
ェリア東南部の産油地帯でも、「ノージェリア最大の外貨獲得源になっている石油の利益が
地元に還元されていない」と不満が高まり、2004年には「公称兵力20万人」のデル
タ人民志願軍が自治を要求して武装闘争を仕掛けた。
ノージェリアは、現在もアフリカでもっとも巨大な火種を抱える国の一つである。


「・・・・・『アプラクサス』が目をつけそうな土地だ。潜在的なテロリストの温床ってワ
ケだ。あんた流石に詳しいな。」

「・・・・・・・・・・・・・・私の母は、この町の生まれなのよ。」

「!?悪かったな。テロリストの温床なんて言っちまって。」

慌てて頭を下げる雪之丞を笑顔で制すエミリア。

「あ、いいのいいの。・・・・・・・本当のことだし。
それに私父さんは日本人なの。
この国に鉱物資源のオカルト利用の研究で来てたオックスフォードの大学教授だった。
その影響で私もイギリスに留学したし、研究で日本に行ったこともあるのよ。」

通りで日本語が堪能なはずである。
彼らの会話は地球の反対側でありながら、すべて日本語で行われていた。
無論盗聴に気を使ってのことでもあったが、外国語を使って難しい話をするには雪之丞は
疲れきっていたのである。

「それがまた。どうしてICPOなんかに・・・・・?」

国外で研究するほどのインテリである。
娘をイギリスの大学にやるくらいだからまさか生活に困窮していたわけでもあるまい。
いささか古臭い考え方かも知れないかったが、こんな血なまぐさい仕事を女性であるエミ
リアがしている理由が雪之丞には思いつかなかった。

「・・・・・・・・リドルロジクス社の連中がこの国に来てから、何もかもがおかしくな
った。
冷戦終結後、世界各地で民主化運動が起きる中、それでもこのノージェリアは比較的平穏
だったの。勿論心の底では皆煩悶としたものを抱えていたけど、みんな、日々の生活に手
一杯だったのね。
でも奴らが来て、すべては変わってしまった。」

大学を卒業したエミリアが4年前に帰ってきた故郷は彼女の知る町ではなかった。郊外に
堂々と聳える巨大な建造物もさることながら、町を行きかう人々の目がどことなく殺伐と
していたのである。

「工業用地をこの町に求めたリドル社に対して、町は真っ二つに割れたわ。
西洋の会社が来れば町は潤うかもしれない。
けれどそれを心よく思わないものもいたわ。
少しでも内戦の実情を知っている人にとって、真の敵は西欧の列強だったから。
父も反対していた。
父はこの町の貴重な鉱物資源を、ノージェリアの国民自身が管理すべきだと考えていたか
ら。」

そしてあの事件は起こったの、とエミリアは感情を込めない耽々とした調子で語りだした。

その頃から、町には奇妙な病が流行りだした。
その病に掛かった者は突然発狂したように手近にいた肉親を襲いだし、ひどい時には歯や
爪でそのものの喉笛を引きちぎったのである。
そしてある日、父親の助手を務めていたエミリアが小さな郵便局に届いた貴重な書籍を持
ってうちに帰り、扉を開けた途端、それらをばらばらと取り落とした。

「パパが、ママの頭に斧を振り下ろしていたの。見たこともない、鬼のような形相をして。」

無表情に語るはずのエミリアの瞳からは、ぼたぼたととめどなく涙が流れていた。






「・・・・・・・・結局、オカルトを使った精神汚染、つまり呪いの一種だったってワケだ。」

雪之丞は携帯電話で誰かと話している。
その傍らで、エミリアは泣き疲れて眠っていた。

エミリアの父親は「偶然駆けつけたリドル社の警備員」に射殺されたという。

「父親の影響でオカルトを齧っていたエミリアは、その事実に気付き政府に陳情した。
私の町が何者かに呪われてますってな。
だが不思議なことに、誰に呪われてもまったくおかしくない国内情勢にありながら、ノー
ジェリア政府はうんともすんとも返答を寄越さなかった。」

おかしいよな横島、と雪之丞は電話の向こう側に話しかけたのだった。







「雪之丞は電話でなんて言ってたんです?」

ノージェリアに向かうセスナ機の小うるさいエンジン音の中で、ICPO主任捜査官ピエ
トロ・ド・ブラドーは傍らのオールバックの男、横島忠夫にそう尋ねた。

「さっき話したとおりだぜ?
ICPOのジェフって奴が精神汚染を受けてる上に、あの馬鹿も二三発被弾してるらしい。」

「わっしの腕のみせどころジャー。まかしてつかさいッ。」

いつになく機嫌のいいタイガーとは裏腹に、横島はいつになく不機嫌だ。

「・・・・・・・・それだけじゃないんでしょう?」

永遠の美しさを持つヴァンパイハ・ハーフの少年は、付き合いの長い彼に向かってそう呟く。
ふぅ、とため息をついて横島は続きを話し出す。

「『久しぶりに本気を出せそうだ』、だとよ。
まぁ、今まで心情的に敵だか被害者だか分からん奴が多かったからな。
そういう意味では明確な敵と言えるんだろうが・・・・・・・。」

っち、と舌打ちして横島がタバコを銜えようとするが、上手く口に含めない。

「・・・・・・・・雪之丞が心配なんですね。」

「っは。
俺は止めたぜ?
あいつも『わかった』っつったんだ。
だからそれ以上のことは知らん。
あいつが無茶して死んでも、それは俺のせいじゃねぇよッ。」

そう言って遂にタバコを銜えられなった横島はふてくされたように眠ってしまった。

(あなたがそういう人だから、アイツも安心して無茶してしまうんですがね。)

ピートは苦笑して頬を掻くと、そんな横島に毛布をかけてやったのだった。

(わっしは・・・・・わっしは・・・・・・・・・・・。)

一人浮かれていたタイガーは、一人自責の念に駆られて涙していたのだった。




伊達雪之丞が一人エミリアの家を出ると、何かが彼の足元に転がってきた。
見ればそれは布を何とか継ぎ接ぎしたお手製のサッカーボールである。
転がってきたほうを見ると少年が一人、心配そうにこちらを見ているのが分かる。

「大事なんだな、これが。ママのお手製か?」

言うと雪之丞はその泥だらけのボールをそっと持ち上げ、丁重に少年に返してやる。

「サッカー、好きなのか?」

少年は小首をかしげ、礼のような言葉を述べた後、小走りに駆けていったのだった。

「・・・・・英語は通じねぇわな。」

日本に残してきた4歳の息子と口うるさくも優しい、美しい妻のことを思い、雪之丞は頭
の後ろを掻く。

「だって・・・・・・・しょうがねぇだろうよ。・・・・・・・・・・待ってろよジェフ。」

そう一人ごちると、雪之丞は街中からでもはっきりとその姿が分かる、まるで神に反逆す
るかのような巨大な施設に向けて、歩を進めたのだった。
思い出したように、タバコに火を点してから。






(続)

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