ザ・グレート・展開予測ショー

ジーク&ワルキューレ出向大作戦8−1 『歩く火薬庫の憂鬱』


投稿者名:丸々
投稿日時:(05/11/ 6)

「長いようで短い10日間でしたねー。」

沖縄から戻ってきたジークが体を伸ばしながらワルキューレの方に振り返る。
だがワルキューレは暗い影を背負い何やらぶつぶつと呟いている。

「除隊……いやその前に軍法会議……銃殺刑……?
いや……下手すればコキュートスで冷凍刑か……?
うわぁぁぁ寒いのはイヤだ……寒いのはイヤなんだぁぁぁぁ……」

ガクガクブルブル震えながら頭を抱え首を振っている。
人ごみでごった返す空港の中で、そこだけ異様な空気に包まれていた。

「ちょっ、ちょっと姉上、急にどうしたんですか!?
まるで危ない人みたいですよ?しっかりして下さい!!」

ワルキューレはキッとジークを睨みつけると襟首を掴んで締め上げる。

「しっかりしろ!?しっかりしろだと!?
お前はこの状況を見ても何も感じんのか!?」

締め上げられ酸欠になっているジークをよそに、空港には大勢の旅行客が集まっていた。
問題なのは全員が沖縄のパンフレットを眺め、沖縄行きのゲートに長蛇の列をなしている事だろうか。
空港の受付には飛行機のキャンセル待ちの人間が大勢詰め掛けている。

不思議な事に沖縄行き以外のゲートには殆ど人が並んでいない。

「この異常な状況がお前には理解できんのか!?
どう見ても不自然だろうが!なんで沖縄にばかり観光客が集まっているんだ!?」

「それはもちろん僕達が協力して作成した―――」

「口に出さんで良い!!」

一際力を込めて締め上げるとジークがぐったりと動かなくなった。

「ああ……不味い……不味過ぎる……こんな事が魔界軍の本部に知られたら……」

頭を抱えてうずくまるワルキューレにいつもの冷静沈着な姿はない。
もちろん隣で失神しているジークは魔界軍の士官にすら見えないが。

「大丈夫、バレやしないわよ。私が見てもどこに仕掛けがしてあるかわからなかったんだから。
そりゃ少しは騒ぎになるかもしれないけど、洗脳霊波が仕込まれてるのを立証するのは不可能なワケ。
立証できなきゃやってないのと同じなんだから、心配しても仕方ないわよ。」

協力を無理強いした張本人だったのでエミが慰めの言葉をかけている。
他のメンバー達はなんとも言えない表情でジークとワルキューレを見ていた。
今回の件でどうやら魔族に対する固定観念がかなり変化したようだ。

「ねえ雪之丞、魔族って意外と親しみやすい方達だったのですわね?」

「いや、こいつらが特別なだけだ。」

雪之丞が弓の言葉をきっぱりと否定していた。



























皆で空港を出ようとした時、一人の男が声をかけてきた。

「失礼、春桐様ですね?」

黒いスーツとサングラスをし、纏う雰囲気は一般人のそれではない。

「……人違いだ。失礼する。」

立ち止まる事無く歩き去ろうとしたワルキューレの肩を男が掴んだ。

「嘘を吐いてもらっては困りますな。」

尊大な口調でそのまま強引に振り向かそうとしていた男の体がビクリと震える。

「人の連れに何か用なワケ?」

エミが男の耳元で囁く。

男の脇腹にはエミの呪術用のナイフが押し付けられていた。
空いている方の手は雪之丞に捻りあげられ、視界はタイガーの精神感応で暗闇に包まれていた。

「ち、違ッ!私は怪しいものではありません!
六道家の使いの者です!春桐様を迎えに行くようにと指示されただけです!」

予想外の扱いに先程の尊大な態度はどこへやら、慌てて己の素性を明かしている。
聞き覚えのある家名にワルキューレが振り返る。
その手は常に携帯している懐の銃にかけられていた。
金属探知機や飛行機への危険物持ち込み禁止など、ワルキューレの知った事ではない。

「……我らは誰の強制も受けん。
帰って主人にそう伝えるのだな。」

「お、お待ち下さい!唐巣様から手紙を受け取っています!
せめてそれだけでも目を通して頂けませんか!!」

「……神父からだと?」

軽く舌打ちすると男から手紙を受け取る。
ちなみに六道家の名前が出た時点でエミ達はさっさと男を解放していた。
ジークはと言うとワルキューレの強さを充分知っていたので最初から気にもしていなかった。

ワルキューレが手紙を開くと、いきなりある一文が目に飛び込んできた。





『このような話の流れになってしまった事を、君達には心から申し訳ないと思う。』





ワルキューレは深く、深く、とても深く溜め息をつくと、疲れた顔で手紙を読み始めた。




























「あら、唐巣さん。もう退院されるんですか?」

病室でいつもの服装に着替える神父を見た看護婦が驚いたように声を上げる。

「はは、ただの脳震盪でお騒がせしてしまいましたね。」

神父はワルキューレに殴り倒された後、意識を失い病院に搬送されていたのだ。
結局は一日の検査入院だけだったので怪我自体はたいした事は無かった。

「でも、お見舞いの方が来られてますよ。」

看護婦の言葉に神父が振り返ると、和服に身を包んだ女性が立っていた。
穏やかな微笑を浮かべたその立ち居振る舞いは一目でその女性の品格を感じさせる。

だが神父は知っていた。
この女性が自分を訪問する時は、絶対にタダでは済まないという事を。
今はただでさえジークとワルキューレというトラブルの種を抱えているのだ。
出来ればこれ以上の面倒事は勘弁して欲しかった。
最も、二人は今朝からエミ達と沖縄に行ってしまっていたが。

「あら〜〜元気そうね〜〜、唐巣君〜〜。」

この家系の特徴的な間延びした喋りを聞くと、すでに条件反射で神父の胃はキリキリと痛み出すようになっていた。

「え、ええ、元気にやっていますよ、六道さん。」

引き攣った笑みを浮かべながら神父が応じている。

「今日はね〜〜唐巣君が倒れたって聞いたから〜〜お見舞いに来たの〜〜。
あ、もちろん果物もあるのよ〜〜。」

変わらず穏やかな笑みを浮かべたまま神父に持参した果物の詰め合わせを手渡す。
濃密な甘い香りを放つそれらは、明らかに高級品である事が窺えた。

「あ、これはどうもありがとうございます。」

思わず礼を言いつつ果物を受け取る。
訪問の理由がただの見舞いだとわかり、神父の胃痛は治まりつつあった。

「せっかくだし、少しお話しましょう〜〜?」

言い終わらない内に椅子に腰を下ろし、林檎の皮を剥き始めていた。

「えーと、そうですね。別に急いでいる訳でもないですし。」

せっかくの見舞いの品を無駄にしてしまうのも申し訳ないので、神父も椅子に腰を下ろした。

「はい、どうぞ〜〜」

意外と器用に皮を剥き終え、皿に盛り付け神父に差し出す。

「ありがとうございます。」

林檎を一つ口に含んだ時、何気ない口調で六道夫人が唐巣に尋ねた。

「3千万円も寄付するなんて、唐巣君って太っ腹ね〜〜」

「ングッ……!ゲホッゲホッ!!」

予期せぬ不意打ちに神父が喉を詰まらせる。

「でも〜〜、おかしいのよね〜〜。
唐巣君って〜〜そんなにお金持ってなかったと思うんだけど〜〜?」

咳き込む神父をよそにマイペースに質問を続けている。

「いったいどうやってお金を作ったの〜〜?
おばさん興味あるわ〜〜。」

終始穏やかな笑みを絶やさず唐巣に尋ねる。
咳き込んでいた唐巣は思わず正直に答えてしまった。

「い、いえ、あの寄付金はワルキューレとジークが工面してくれたもので―――」

そこまで言ってしまい、自分の失敗に気付き思わず口を押さえる。

「ワルキューレとジーク〜〜?
彼らとどういう関係があるの〜〜?」

これからの話の流れが脳裏に浮かび、神父の胃が再びキリキリと痛み出した。

「いや、その、それは……」

「あら〜〜おばさんには内緒なの〜〜?
唐巣君はそんなひどい事しないわよね〜〜?」

善良な神父にとって悪意の無いその微笑は何より辛かった。
結局気付けばこの数ヶ月の事を洗いざらい喋ってしまっていた。



「あら〜〜、そういう事だったの〜〜。」

何やら考え込むように首をかしげる。

「それなら〜〜うちの冥子を鍛えるのに手を貸してもらおうかしら〜〜。
あの子も魔体と戦ったんだし〜〜条件は満たしてるわよね〜〜。」

予想通りの展開に唐巣がうなだれる。
ここまで話が進んでしまった以上、最早神父には食い止めるのは不可能だった。

「あ、そうだわ〜〜、彼らが混乱しないように手紙を書いてもらおうかしら〜〜。
もしかしたら勘違いして断っちゃうかもしれないし〜〜。」

言いつつ、どこから取り出したのか紙とペンを手渡す。
今ここで書かせるつもりのようだ。

胃がキリキリと痛むのに耐えながら、なんとか手紙を書き上げる。
書きあがった手紙を受け取ると六道夫人は御馴染みの微笑を浮かべながら立ち上がった。

「うふふ〜〜ありがとうね唐巣君〜〜。
その果物でも食べてゆっくり休んでね〜〜。」

「……最初からその手紙が目的だったなんて事は無いですよね?」

どうしても気になっていた事を思い切って尋ねてみる。

「あら〜〜何の事かしら〜〜?
おばさん良くわからないわ〜〜。」

とぼけているのか天然なのか。
胃の痛みが増した神父には判別できなかった。
六道夫人が部屋から出て行くと、緊張の糸が切れたのか神父がパタリと床に倒れこんだ。




























「手紙には何と書かれているのですか姉上?」

いまいち事態を飲み込んでいないジークがにこやかに尋ねる。

「チッ、何となく上手く利用されているようで気に入らんが、どうやら次の任務が決まったようだ。」

舌打ちしながらジークに手紙を手渡す。
内容は簡単に言えば『六道夫人の力になってあげるように』、という内容だった。

使いの男に聞こえないように、そっとエミがワルキューレに囁く。

「……あの一家に関わるのはあんまりお勧めしないわよ?
巻き込まれると、たいていロクな目に逢わないワケ。」

「……そうらしいな。ヒャクメの事前調査でも似たような内容が書かれていた。」

取りあえず六道家は後回しにしようと決め、使いの男に声をかける。

「あー、せっかくだが唐巣神父の方を先に何とかしなければいけないのでな。
それが終わればそちらに伺うと伝えてもらおうか。」

使いの男はそれを聞くとニコリと微笑んだ。

「唐巣様は現在入院中ですので、貴方達が出来る事は無いと存じますが。」

予想外の言葉にワルキューレが声を上げる。

「馬鹿な!出発前に殴りはしたが骨を折るほどの怪我は負わせていないはずだ!
10日以上も入院するなど有り得ん!!」

使いの男はもう一度微笑むとワルキューレに説明する。

「はい、唐巣様の怪我はとうに癒えております。
入院の原因は急性胃潰瘍だそうですよ。おそらく後1週間は病院から出られないかと。」

胃に穴が空いた原因は言わずもがなである。

「そういう事なら仕方ないですね。それじゃ姉上、六道さんのお宅にお邪魔しましょうか。」

あっさり神父の入院を受け入れ、次の任務に移ろうとしているジークを離れた場所に連れて行く。

(こら!ヒャクメの資料にも載っていただろうが!
あの家族に関わればロクな目に逢わないと!)

だがジークはニコニコ笑っている。

(大丈夫ですよ姉上。人間にはキツくても、僕達魔族なら多少の事は平気ではないですか。
どうせその内手を貸す事になるのですし、暇な今の内に済ませてしまいましょうよ。)

(……ぬぅ、いいだろう。だが今の言葉、忘れるんじゃないぞ。)

ワルキューレも口を尖らせながら渋々頷いていた。




























使いの男の運転するリムジンに運ばれ、二人は六道邸の応接室に案内されていた。
エミも同行するように誘われていたが『君子危うきに近寄らず』という事なのだろう。あっさり断っていた。
豪奢な造りの邸宅に、二人は思わず溜め息をついていた。神父のくたびれた教会とは大違いである。
見た目の豪華さも然る事ながら、そこかしこに対オカルト用の仕掛けが施されていた。
仕掛けのおかげで霊的に清められた敷地内は、並の悪霊では存在する事すら不可能だった。

もっとも、上級魔族の二人にとってはどうという事は無かったが。

メイドの運んできた紅茶を飲みつつ、出された上物のクッキーを口に運ぶ。
普通の人間はいきなりこれ程に豪華な屋敷に通されれば緊張するものだが、二人は完全にくつろいでいた。
二人はソファーに腰掛けていたが、ワルキューレは頬杖をついてふんぞり返っている。
不機嫌そうなのは半ば強制して連れて来られたためだろう。

ジークは深くソファーに身を埋め、座り心地の良い高級なソファーを堪能していた。
余程気持ち良いのか、うとうとと居眠りまで始めていた。くつろぐにも程がある。

「あら〜〜、お待たせしちゃったみたいね〜〜。」

間延びした声とともに扉が開かれ、和服の女性が穏やかな笑みを浮かべながら部屋に入ってきた。
和服の女性の傍には執事服の若い男が付き従っていた。
長い黒髪を後ろで縛ったその男は、油断無くワルキューレ達に注意を払っていた。
例え友好的とは言え相手は魔族。万が一に備え待機しているのだろう。

恐らく決死の覚悟で部屋に入ったのだろう。部屋に入ってきた時の眼差しは鋭かった。
だが眠そうに目蓋をこすりながら欠伸を噛み殺すジークの姿が原因なのか、今では何とも言えない表情を浮かべていた。

和服の女性の間延びした声も相まって、人間界のVIPと上級魔族の対談とは思えないほどの緩い空気が流れていた。


「さて、我らを招待したからには何か理由があるのだろう?
詰まらん駆け引きも必要無い事だし、本音を聞かせてもらおうか、六道理事。」

会話の主導権を握るため、ワルキューレが口火を切った。
言葉とは裏腹に駆け引きを仕掛ける気満々だった。

「あら〜〜おばさんの事知ってたの〜〜?
魔族の人にも知られてるなんて〜〜私も有名人なのね〜〜。」

ワルキューレは既にある程度の情報を持っている事を匂わせ相手の動揺を誘ったのだが、相手は呑気に驚いている。
ここまで単純な反応だと逆に駆け引きを成立させる事自体が困難だ。

(ぬぅ……何となく調子が狂ってやり難いな……計算か?)

いまいち会話の主導権を握っている実感がせず、頬杖をついたままワルキューレが六道理事を観察する。

「あ〜〜でも〜〜、おばさんの事は知ってても〜〜鬼道君の事は知らないかしら〜〜。
紹介するわね〜〜この子が鬼道君でウチで働いてもらってるの〜〜。」

脈絡も無しに話を振られ、隣に居た若い男―――鬼道が慌てながら自己紹介する。

「あ、どうも、鬼道政樹です。」

相手にだけ名乗らせるわけにもいかないのでジークとワルキューレも簡単に自己紹介を始める。

「ワルキューレだ。魔界軍での階級は少佐だ。」

「ジークフリードです。階級は少尉です。
最も、皆にはジークと呼ばれてますけどね。」

ニコニコしながら六道理事が鬼道の境遇を補足する。

「鬼道君はね〜〜ウチの学校で教師をしてるんだけど〜〜今は夏休みでしょ〜〜?
だから学校が始まるまでは〜〜ウチで執事として働いてもらってるの〜〜。」

ワルキューレは六道理事から鬼道へと視線を移し、霊圧を探る。

「ふん、護衛のつもりか?
その程度の霊力で我らを抑えられるとでも思っているのなら、身の程知らずも良い所だな。」

頬杖をついたまま半眼で鬼道を睨みつけ、霊圧を開放する。
急激な霊圧の上昇に、鬼道が弾かれた様に立ち上がりいつでも式神を呼び出せる体勢で身構える。

緊迫した空気の中で間延びした声が響いた。

「ジークさん〜〜紅茶のお替りはいるかしら〜〜?」
「あ、頂きます。それとお茶請けまだあります?」

「お前は何をしに来たんだ!」


―――スパーーーン!!―――


ワルキューレのスリッパがジークの頭を振り抜いていた。




























「別に僕は理事長の護衛で呼ばれた訳やあらへんよ。
そりゃ、魔族が二人も来てるって聞いたから警戒はしとったけど。」

女中が持ってきてくれた紅茶を口に運びながら鬼道が話している。

「そうよ〜〜それに護衛なんて必要ないでしょ〜〜?
唐巣君から聞いたわよ〜〜偉い人から命令されてるって〜〜。
軍人さんは大変ね〜〜。」

頬に手を添えて同情するようにふぅ、と溜め息をつく。

(クッ、的確に我らの急所を突いてくるとはッ……!!)

この任務の始まりが最高指導者からの命令である以上、厳密には彼らには拒否権は無いに等しい。
出来る事と言えば、別人の手助けをする事で逃れる程度だった。

そんな彼らの背景を理解しているのかはわからないが、六道理事の言葉は急所を貫いていた。

(天然か計算かはわからんが……手強いな……)

溜め息をつくと頬杖を解き、身体を起こした。

「そろそろ任務の説明を願おうか。
内容によっては準備が必要だからな。」

ワルキューレがその気になったのを確認してジークも姿勢を正す。

「正直なところ、だいたい予想はつきますけどね。」

ジークの言葉に鬼道が乾いた笑みを浮かべた。

「そうなの〜〜?
お願いしたいのはウチの娘の事なんだけど〜〜何時まで経っても式神の制御が出来ないのよ〜〜
鬼道君にも手伝ってもらってるんだけど〜〜こうなったら魔族の意見も聞いてみたいの〜〜。」

やっぱりか、と内心思いながら表には出さずに耳を傾ける。

「二年前に比べたら冥子はんの式神制御はかなり上達しとる筈なんや。
だがそれにも関わらず式神の暴走は一向に減らへん……
これでも僕は式神の制御は得意なんやけど正直な話、僕の知識だけじゃ手詰まりになってしもたんや。」

「……で、その肝心の六道冥子はどこにいるのだ?」

「それが、六道理事にお説教されて昨日の夜から部屋に閉じこもったままなんや……」

「どこの小学生だ……」

呆れたように呟きながらワルキューレが天を仰いでいた。






「冥子〜〜お客さんよ〜〜出てきなさい〜〜。」

扉をノックして優しく声をかけるが返事は無い。
一計を案じ、鬼道が進み出て呼びかける。

「冥子はん、美神さんと小笠原さんが来てるんやけど、帰ってもらったらエエかな?」

部屋の中で言葉に反応する気配があった。

しばらく沈黙が続いた後、若い女性の声が聞こえてきた。

「…………まーくんの嘘つき。
そんなまーくん……嫌い。」

「―――ゴフッ!!」

血反吐を吐いて鬼道が崩れ落ちる。
そのまま真っ白な灰になり動かなくなってしまった。

「あら〜〜駄目よ、鬼道君〜〜クビラの霊視能力を甘く見ちゃ〜〜。」

鼠の式神―――クビラの能力を使えば、美神たちが本当に来ているかなどすぐにわかる。

「鍵閉まってるんですか?」

ひょいとジークが顔を出しドアのノブを回す。

「あかん!ちょっと待――――――」

慌てて鬼道が飛び起きて制止したが、あっさりとドアは開かれた。


『グルルルルァァァァァ!!!!』




―――ドッッゴォォォォォォォン!!―――




勢い良く飛び出してきた十二神将が鬼道とジークを巻き込み暴れ狂っていた。




























「ごめんなさい〜〜〜、まーくん大丈夫〜〜〜?」

「は、ははは、何とか生きとるよ……」

いつもの事とはいえ、十二神将の暴走をまともに喰らえば命に関わる。
ほぼ毎日暴走に巻き込まれているにも関わらず鬼道が生きているのは彼の式神による所が大きかった。
今回も致命傷になりそうな攻撃は鬼道の式神―――夜叉丸が必死こいて防いでいた。

夜叉丸で防いだとは言っても、12体の式神の攻撃を完全に防ぐのは不可能だった。
全身に切り傷や打撲による痣が浮かんでいるのが痛々しい。

それでも冥子の手当てを受ける鬼道は嬉しそうだった。
手当て―――ヒーリングを施している犬の式神、ショウトラは不服そうだったが。

「ジーク、お前は大丈夫か?」

ワルキューレが一緒に巻き込まれたジークに目をやると、平気な顔で服を払っていた。

「ハハ、僕はそんなにヤワじゃないですよ。」

(それにしても、今のは…………いや、しかし……そんな事が……)

さっきの暴走を思い出し、ワルキューレが口元を押さえ何やら考え込んでいる。

「でも、いきなり式神をけし掛けるなんてヒドイじゃないですか。」

確かに扉を開けただけて式神に襲われるのでは命がいくつあっても足りない。
魔族のジークやワルキューレはともかく、普通の人間の鬼道は何時命を落としてもおかしくないだろう。

「本当にごめんなさい〜〜〜最近この子達言う事聞いてくれないの〜〜〜」

半分べそをかきながら冥子がジークに謝っている。
ちなみにワルキューレと六道理事は危険を察知してこっそり扉から離れていたので無傷だった。

「ふむ……色々確認することがあるので答えてもらえるか?」

「それじゃ〜〜応接室に戻りましょうか〜〜、ここは散らかってるものね〜〜」

十二神将が暴れまわったおかげで壁やら扉やらの破片が廊下に散らばっていた。
とはいっても女中さんが手慣れた様子ですでに残骸を片付け始めていたが。






「さてと、それでは先ず近況を聞かせてもらおうか。」

応接室に戻ると早速ワルキューレが口を開いた。

「何から話したら良いかしら〜〜?」

六道理事が首を傾げる。
近況を知りたいと言われても漠然とし過ぎていて答えにくかった。

「そうだな……GSとしての活動はどうなのだ?」

「そうね〜〜ここ一年は全く依頼を受けてないわね〜〜。」

「ちょっと待て!!一年間も依頼を受けてないのか!?」

いつもの間延びした口調だったが、その内容は聞き流せるものではなかった。
ワルキューレの責めるような声に冥子がしゅんとうなだれていた。

「仕方ないでしょ〜〜?鬼道君と訓練しててもすぐに暴走させちゃうんだから〜〜
とても依頼を受けれるような状態じゃないのよ〜〜」

確かに依頼を受けた先で暴走するくらいなら最初から引き受けない方が賢明なのかもしれない。
もしも唐巣神父が一年間も働かなければ餓死するのは確実だが、そこはそれ、ブルジョア故の特権だろう。

「……それで、どれくらいの頻度で暴走しているのだ?」

聞くのが怖い、というのが正直なところだったが聞かない訳にもいかなかった。

「そうね〜〜二年前に鬼道君と式神の修行をするようになって〜〜半年くらいは暴走しなかったのよ〜〜
それなのに〜〜一年半前からはまた暴走するようになっちゃったの〜〜。
うふふ〜〜おばさんも困っちゃって〜〜」

「……いや、笑い事じゃなかろうに。」

ワルキューレがこめかみを押さえ頭痛に耐えていた。

「困った事に〜〜今月に入ってからは毎日暴走しちゃってるの〜〜
なんとか出来ないかしら〜〜?」

任務の前に受け取ったヒャクメのレポートには『歩く火薬庫』と結論付けられていたが、的確な表現だったようだ。
早急に手を打たなければ、近いうちに女中や召使などの一般人に犠牲者が出てしまうかもしれない。

「取りあえず暴走の傾向を分析する必要があるだろう。
幸いジークは情報士官だからな、こういったデータの分析は得意分野だ。」

「任せてください。あ、でも暴走した日付や場所は覚えていますか?
データを作成するのに必要なのですが……」

六道理事が考え込むように首をかしげているが、答えは予想通りだった。

「え〜〜と〜〜数が多すぎておばさんは覚えてないわ〜〜、鬼道君は覚えてる〜〜?」

「あ、いや、僕も流石に全部は覚えてないですよ。
致命傷寸前のヤツとかは忘れたくても忘れられへんのですが―――」

はっと何かを思いついたのか、鬼道が声を上げた。

「そうや!屋敷の修理を頼んだ業者ならよう知っとる筈や!」

「連絡取れますか?」

ジークの問いに力強く頷く。

「任せてや!最近では常連になっとるからな。
聞いたらすぐに教えてくれる筈や。」

「良し、ならデータの作成はそっちに任せるぞ。
私は少々気になる事があるのでな。都合の良い依頼がないか探してみよう。」

「え〜〜〜依頼を受けるの〜〜〜?」

嫌そう、というより不安げに冥子が弱々しく声を上げる。
どうやら既にかなり自信を消失してしまっているようだ。

「依頼ならツテでいくらでも選べるわよ〜〜。」

「ふむ、ならば条件を絞るのでそれに沿った依頼を受けてもらおうか。」

そう言うとワルキューレは六道理事と何やら打ち合わせを始めた。

急遽決まった久々の除霊に冥子がおろおろしていると、ぽんと肩に手が置かれた。
涙を浮かべながら見上げると、鬼道が安心させるかのように微笑んでいた。

「大丈夫や、冥子はん。
冥子はんなら絶対上手くいく。」

「……まーくん――――――」

冥子が何か言おうとした瞬間、冥子の影から鋭利な刃状の耳をした兎の式神―――アンチラが飛び出し鬼道に斬りかかった。

「―――な、何でやねんッッ!?」

関西人の性(サガ)か無意識のうちに突っ込みを入れつつ、とっさに白刃取りを敢行する。
両耳を器用に手の平で押さえ込み、ほっとした瞬間、第二波が襲い掛かってきた。

亜音速で飛び回る鳥の式神―――シンダラの体当たりがリミッターを解除したYF-21の如く、がら空きの胴体にめり込んでいた。

慌てて六道理事が式神を強制的に制御したが、時既に遅し。鬼道政樹は宙を舞っていた。









「姉上、本当に依頼を受けて大丈夫なんですか……?」

目の前で起こったハプニングに、冷や汗を浮かべながらジークが問いかけている。

「その、まー、なんだ。
多少周囲に被害が出ても平気な依頼を選ぶように指示しているから大丈夫だろう。」

目をそらしながらワルキューレが言葉を濁していた。





その後はなんとか打撲だけで済んだ鬼道とともにデータを纏め上げ、明日の依頼を選んだりと忙しく過ごしていた。



―――その夜―――


ワルキューレにあてがわれた部屋を誰かがノックしていた。

「姉上、データが纏まりました。」

「ジークか。入れ。」

「失礼します。」

風呂上りだったのだろう―――ワルキューレの頬はほのかに上気し、髪は濡れて艶のある光沢をしていた。
バスローブを纏っただけの姿で、豊かな胸元がローブの隙間から僅かに覗いていた。

健全な男子なら思わず目を奪われただろうが、ジークにとっては見慣れた光景だった。
特に動揺するでも無く、出来上がったデータの集計表を手渡す。

ワルキューレが濡れた髪をかき上げながらジークの持ってきた資料に目を通していた。

(ふむ……これは……やはり…………しかし、面白いな。)

何かに気が付いたのか、興味深そうに頷いている。

「……ジーク、妙神山に連絡して取り寄せて欲しい機材があるのだが。」

「ええ、良いですよ。何を取り寄せるんですか?」

彼女にしては珍しく、悪戯っぽく笑うと説明を始めた。
ワルキューレの説明を聞き、ジークも興味深そうに頷いている。

「それは面白そうですが……意味があるのでしょうか。」

「私の勘ではきっと必要になると思うのだ。
まぁ、やってみなくてはわからんよ。」

ジークは首をかしげると、自分の部屋に戻って行った。



























―――後書き―――

ふぅ……六道家は口調に特徴ありすぎて大変です。

まあ例によってシリアスのシの字も有りませんが、気楽に楽しんでもらえると嬉しいです。

では。

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