ザ・グレート・展開予測ショー

永遠のあなたへ(33)


投稿者名:馬酔木
投稿日時:(00/ 6/23)

(掴まれたら―――負ける!!)
ガチャン、と派手な音を立てて食器類を揺らしながらテーブルに乗り上がった加奈江が、こちらの腕を掴んだ直後。
頭の中にサッと浮かんだその考えに押されるまま、ピートは空いている方の手で、自分の腕を掴んでいる加奈江の手首へと、手刀を食らわせた。
「っ!!」
魔物と化しているため、耐久力は相当ある筈だが、手首の関節にまともに衝撃が走った事から、一瞬、指の力が抜ける。
その隙をついて加奈江の手を振り払うと、ピートは足を振り上げ、その上に乗り出している加奈江ごと、テーブルを勢いよく蹴ってひっくり返した。
「きゃっ・・・」
加奈江がテーブルの下敷きになる格好でひっくり返っている間に、素早く離れて間合いをとる。
精霊石の鎖で魔力を封じられているため、魔物になっている加奈江と比べると、腕力や耐久力はこちらの方が不利だが、幸い、反応速度や敏捷性は元のままらしい。自分の方が実戦慣れしている事も考えれば、掴まれさえしなければどうにか互角に渡り合えるだろう。
ピートは、不意打ちを避けるために一定の間合いを保ったまま、テーブルの下敷きになって仰向けに倒れている加奈江の周囲を素早く回り込むように動くと、加奈江の頭の方に行き、起き上がろうとしている加奈江の肩を、そのまま押さえ込もうとした。
「くっ・・・」
自分をこのまま押さえ込み、喉元に噛み付こうとしているピートの意図に気づいて、グッと踏ん張る。そして、自分の上に乗っかっているテーブルを足で蹴り上げてどかし、急いでピートの手首を掴むと加奈江は、起き上がりざまに背負い投げの要領で投げ飛ばそうとした。
「っ!」
加奈江が身を起こすと同時に、予想していた以上の勢いで、軽々と体が引っ張られてしまうのを感じて、目を見開く。
しかし、ピートは投げられながらも、すぐに別の対処法を実行していた。
投げられて体が浮き、引きずられるままに加奈江の体を飛び越そうとした寸前、ピートは掴まれいなかった方の手を加奈江の後頭部にかけると、そこを思いきり、自分が投げられつつある方向―――前方へと押した。
頭で自分が考えた事の中身を認識するより先に、ほとんど反射的に体が動いた結果である。
普通の人間の反応速度なら、何も出来ないまま投げられていただろうが、ピートはあいにく人間ではない。魔力はあるが、まだ実戦慣れしていないために加奈江の動きが自分よりやや鈍かった事もあって、その反撃は、どうにか成功したようだった。
「!!」
ピートの体重と、自分がピートを投げようとした勢いとが頭の一点に加わって、体の上部に妙な負荷を感じた事により、バランスが崩れて加奈江の方が前のめりに倒れる。
先に加奈江がバランスを崩して倒れた事により、どうにか投げられずにすんで、加奈江の上に折り重なるようにして倒れこんだピートは、実戦慣れしていない加奈江が、思いもよらなかった一撃に倒れている間に噛んでしまおうと、加奈江を押さえ込んだまま関節技の要領で片腕を引っ張ると、その手首に噛み付こうとした。
が―――
「だめえええええええええーっ!!」
「え・・・」
突如、思い切り叫んだ加奈江の声を聞いて、思わず、一瞬、動きが止まる。
加奈江の強烈な大音声に驚いたからではない。
ピートの動きが止まったのは、加奈江のその声に、こちらを思いやる強い感情を感じ取ったからだった。
加奈江に、邪気は無い。
加奈江には、邪気どころか、こちらに対する一切の悪意というものが感じ取れなかった。
ピートが先ほど、加奈江が魔物と化しているか確かめるためにブローチのピンで彼女の腕を傷つけた時も、加奈江は困惑を浮かべただけで、怒気さえ表していなかった。
加奈江が何を考えているかはわからない。
しかし、加奈江は加奈江なりの考えでこちらの事を思いやり、ピートにとってきっと良い事をしているんだから、という考えで動いている。
ピート本人の意図とは全く合わないだけで、加奈江本人に悪意は無い。本当に、こちらを思いやっている気持ちしかないのだ。
―――本当は、誘拐されたその日にでもピートは、その気になれば、脱出する事が出来た。
ピートは、半分吸血鬼だ。血を吸う事さえ出来れば、簡単に相手を支配できる。
それをしなかったのは、血を吸う事に嫌悪感を抱いているからと言う事だけではなく―――加奈江にあまりに邪気が無かったので、そんな強攻策に出る事を、ためらってしまっていたからだった。
今も、加奈江は、ピートの事を思いやる気持ちから叫んだ。
このまま、私に任せておいてくれたら、きっと貴方を幸せに出来る。だから、邪魔しないで、全部貴方のためなんだから、と。
そんな感情だった。
しかし、加奈江がピートのためと思って望んでいる事は多分、ピート本人が望んでいるようなものではないだろう。
過保護な母親と、自立心旺盛な反抗期の息子との関係にも似た、摩擦。
しかし、反抗期の息子と言うには、ピートは優しくて、優柔不断で、時に、相手の気持ちを必要以上に考えてしまうところがあった。

―――ほんの、一瞬のためらい。

加奈江の声にこもったあまりに邪気の無いその感情に、ピートが動きを止めたのは、ほんの一瞬の事だったが―――
その一瞬の隙に、加奈江の、ピートが掴まえているのとは反対の腕が、音も無く振り上げられる。
音は、しなかった。
本当に、静寂の中での一瞬の出来事だった。
加奈江の手が握っていた封魔の札を貼られた瞬間、ピートの体全体に一瞬、静電気のような衝撃が走り、フワッと、ほんの一瞬だけ髪が膨らむ。
「・・・・・・」
聞こえるか、聞こえないか。もしかしたら、本当に何も声は発さなかったのかも知れない。
「・・・・・・」
加奈江は無言で身を起こすと、静かに倒れこんできたピートの体を、そっと受け止めた。

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