ザ・グレート・展開予測ショー

永遠のあなたへ(32)


投稿者名:馬酔木
投稿日時:(00/ 6/22)

「こんばんは・・・」
白いレースのボレロに、さっぱりとした清涼感溢れる水色のスリーブドレス。頭には、服と揃えた水色のカチューシャを付け、足元にもそれと同じ色のミュールと言う、ごくさっぱりとした、夏らしい明るい装いで現れた加奈江は、ドアを開けると、いつものようにベッドの端に腰掛けているピートを見て、にっこり笑うとそう言った。
「ごめんなさいね。今日は少し遅くなったかしら」
「いえ・・・」
右手に隠し持ったブローチを悟られないよう、不自然に見えない程度に軽く右手を握りしめたまま会釈する。
それに応えて、加奈江はまた優しく笑うと、夕食の準備をするために、部屋の中に入って来た。
加奈江の歩き方はごく静かで大人しいものなのだが、部屋の床がフローリングなので、加奈江が一歩歩くたびに、ミュールのヒールがコツコツと硬い音を立てる。
加奈江は部屋を一周して明かりを灯してからテーブルに近づくと、それにかけられているクロスを取り替え、持って来た食器類を並べ始めた。
いつも、食事の時は二人で向かい合って座っており、ピートの席はベッドの方なので、そちらに食器を並べている間は、ちょうど、ベッドに腰掛けているピートに背を向ける形となる。
カチャカチャと、陶器や金属が触れ合う微かな音を立てながら、丁寧に食器を置いていっている加奈江の後ろ姿を見つめ、ピートは、もう一度だけ静かに深呼吸すると、手の中にあるブローチのピンをそっと外して、加奈江に話しかけた。
「あの・・・加奈江さん」
「なあに?」
ピートは基本的に、加奈江に対して無関心の態度を取っているため、余程の事が無い限りは加奈江に話し掛けない。そのため、声をかけられたのが嬉しかったのか、すぐに加奈江が振り向いてくる。
その反応に少しの罪悪感を感じながらも、ピートは、ブローチを持った右手を、思い切って振りかぶっていた。
「―――ごめんなさいっ!!」
律儀にと言うか、優しすぎると言うべきか。
そんな言葉を口にしながら、手にしていたブローチのピンを外し、針のようにして、加奈江の腕をザッと引っ掻く。
「!!」
振り向きざまの不意打ちを察知して加奈江の顔に驚愕と緊張が走り、避けようとするが、ピートの方が速かった。
細く鋭利なピンの先端が、ボレロの半袖から露出していた加奈江の二の腕を引っ掻き、皮膚を傷つけて長いみみずばれのような傷口を残し、そこには血が滲んで―――
そして―――
「!」
血が滲んだのは、ほんの一瞬だった。
ビデオの早送りを見ているように、傷口に赤く滲んだ血は一瞬で乾き、茶色く変色し、かさぶたに変わる。
その異様な治癒速度を見てピートは、「まさか」と考えていた自分の不安が的中した事への驚きで目を見開いたが、すぐに、加奈江の腕が自分を捕まえようと迫っている事に気付いて、加奈江の方につんのめった姿勢のまま、重心を前に移動させると、テーブルに手をついて、そのまま向こうへと跳び越した。
ベッドの方に立ってこちらを見つめている加奈江と、ちょうど、テーブルを間に挟んで向き合う位置になる。
テーブルの向こう、ベッドの手前で、ちょうど引っ掻かれた傷がある箇所を手で押さえている加奈江と、手に持ったブローチのピンとを一度だけ交互に見ると、ピートは、静かな声音で加奈江に話しかけた。
「・・・加奈江さん・・・貴方は、やっぱり・・・」
「どうしたの?ピエトロ君。いきなりこんなイタズラするなんてひどいわ」
「ごまかさないで下さい!」
普段、他人に向ける事などまずない、強い口調で加奈江に言い返す。
「・・・僕が何を言いたいか、わかってるでしょう。・・・何をしたかは知らないけれど、貴方は・・・僕の血を飲んだんでしょう。・・・魔物に、なっている筈だ」
「何を言っているの?そんな事ないわよ」
「じゃあ、その傷口を見せて下さい。それで確かめますから」
「・・・・・・」
傷口を隠したまま、加奈江が返答に詰まる。
おそらく、手の下の傷はもうかさぶたもはがれ落ちて、きれいに蘇生した皮膚があるだけになっている筈だ。
加奈江はしばらく黙っていたが、やがて、傷口を押さえていた手をそっと下に下ろすと、静かな声で尋ねてきた。
「・・・どうしてわかったの・・・?」
「だいぶ上手く隠されていたけれど・・・血痕や、弾痕があるのを見つけました。それに、血臭や死臭があるのも。・・・この部屋には、僕を逃がさないように結界が張られています。なので、逆に、結界の内側で発生した血臭や死臭も外に逃がさなかったみたいなんです。・・・だから、魔力を封じられている今の僕の霊視でもそれがわかりました」
「・・・・・・」
結界のせいで逆にそんな事に気付かれるとは思わなかったのか、加奈江が、微かに眉をひそめる。加奈江はそのままテーブルの上に目を落とすと、呟くような声で聞いてきた。
「・・・それで、私をどうするの?」
「・・・・・・」
そう聞かれて、加奈江を見据えていたピートの表情に、一瞬の困惑が浮かぶ。
しかし、すぐにキッと表情を引き締めると答えた。
「・・・貴方の血を、吸います」
「・・・!」
二週間過ごしている内に、ピートがどれだけ吸血行為を嫌っているかわかるようになっていたので、加奈江は少なからず驚いた表情で顔を上げるとピートを見た。
散々考えた挙句に、この行動に出る事を決意したのだろう。
ピートは、いつになくきつい表情でこちらを見据えているが―――少しよく見ればその表情は、睨んでいると言うよりも―――ひどく困惑して、苦しんでいるようにも見えた。
「貴方の血を吸えば、貴方に同化した僕の魔力は僕に戻ってきます・・・そうすれば、貴方の体質は元に戻りますから」
「・・・私は『永遠』を失うの・・・?」
「・・・そういう事になります。・・・でも、そんなもの最初から無いんですよ。・・・僕は、そんなの持ってないんですから」
「嘘よ。貴方は永遠を持っているわ。・・・私がやった事に気付いたんなら、わかるでしょう?貴方が私に何を見せてくれたのか!」
「違います、永遠なんて、無い!!」
テーブルの向こうから身を乗り出して言ってくる加奈江に、ほとんど叫ぶような声で答える。
確かに、加奈江が自分に何をしたか―――その後、自分に何が起こったか―――見当はついている。
しかし、それは『永遠』ではない。
自分は、『永遠』など、持っていないのだ。
「永遠なんて、無いんです。何も変わらないものなんて、絶対に―――」
「・・・嫌よ。認めないわ!!」
先ほどよりは少し声のトーンを落として、説得にかかろうとしたピートの言葉を遮り、今度は加奈江が先ほどのピートの声よりもさらに大きな声で叫んでくる。
「永遠は―――永遠は貴方が持っているのに!どうして貴方はそれを拒むの!?」
『永遠』への憧憬と―――渇望の感情に満ちた、ヒステリックなまでの叫び。
そして、叫ぶと同時に加奈江はテーブルを跳び越すと、ピートの腕を掴んだ。

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