ザ・グレート・展開予測ショー

Hyperballad!!(後編)(GS美神)


投稿者名:nielsen
投稿日時:(05/11/ 2)

夏祭りの縁日だった。
色とりどりの提灯や電灯が、心地よい騒々しさを演出してくれている。
皆一様に笑顔だった。
この日ばかりは子供達も遅くまで出歩いていられる。
浴衣を着ているもの、ヒーロー物のお面を被っているもの、大きな風船をたなびかせているもの。
それぞれ思い思いの格好で祭りを楽しんでいる。
近所の小学校の子供たちなのだろう。
金魚すくいのお店の前で、無邪気にはしゃいでいるのが見える。

「ほら、そこやで。あ〜あ、あかん、そうやないって。」

「横でいちいちうるさいわ。そんなら横島やってみてや。」

横島と呼ばれた少年が店主にお代をはらって薄い膜の張った網を受け取る。
少年は子供ながらの集中力でじっと水面を見つめている。
この宇宙に自分と発泡スチロールの生簀しかないかのような集中っぷりである。
金魚が動いたのか風でも吹いたのか。
水面が僅かに動いた瞬間。
横島少年が水平に滑らせた網の上に、青い金魚が一匹乗っかっていた。

「ほらな。なんも難しいことあらへんよ。」

そう言って横島少年は袋の中で尚泳ぐ金魚を少女に渡す。

「・・・・・・・ありがと。」

少女のほほに赤みがさした事に、しかし少年は気づかない。

「横っちはこういうんほんまに上手やなぁ。」

傍らにいた別の少年が横島に話しかける。
目に掛かるほどの前髪が特徴的な美少年である。

「国語や算数はからっきしやけどなぁ。」

「うるっさいわ、夏子ッ!!」

「まぁまぁ。さっきのもう一片見せてや。俺もうまい事掬われへんねん。」

どうやってんの、といって少年は横島少年に網を渡す。
すると少年はちょっとだけ得意げに銀ちゃん見ときや、と言った。

「そもそもこっちから掬おうとするからあかんねん。金魚が自然に乗ってくるようにせんと。」

「えっらそうに。」

「こら、夏子。」

「こういう風にやな、網を水平に持っといて、金魚が顔出したとこを、ほれ。」

「おぉ。」

金魚は再び、綺麗に網の上に乗っかっていた。

「ほらな―――――」






「―――――――捕まえた。」

銀一は搾り出すような声で、やっとそう言ったのだった。

「銀一くんッ!!!」

バソリーの腕は銀一の右わき腹を抉っている。
銀一は右腕でバソリーの不気味なまでに白い腕を懸命に押さえつけている。

おキヌが自分を気遣っている。
無理もない。
こんなに血を流しているのだ。
彼女の洋服を汚した事を怒ってはいないだろうか。
堪忍な、と銀一は心の中で呟いた。

「なによ、あなた。悪いけど私男の血には興味ないの。どいてくださらない?」

バソリーがまるでゴミに集るカラスでも見るような目で銀一を蔑む。
しかし銀一は不適に笑ったのだった。

「なんや、せっかくエスコートしたろ思ったのに。一日に二回も振られるなんてついてへんな。」

「くだらない話に付き合ってる暇はないわ。どかないと言うなら、それはそれでかまわないのよッ!!!」

次の瞬間、バソリーの白い肉体は同量の血液の塊となって銀一の脇をするりと抜ける。
そして巨大な赤い鍵爪を形作ると、銀一の頭を叩き潰さんと爪先を振り下ろす。

「銀一くんッ!!!」

おキヌの叫び声がむなしく響く。
しかし、バソリーの爪が振り下ろされる事はなかった。

「言うたやろ?捕まえたって。」

「こ、これは・・・・・・・・?」

バソリーであるところの鍵爪は空中で赤黒く固まっていた。
見ればバソリーの足元に光り輝く宝玉が一つ。
刻みこまれた文字は・・・・・・・。

【粘】

出血を制御する体の働きを止血と言う。
止血機能に異常が生じると、出血しやすくなったり、血液が過度に固まりやすくなったり
し、いずれも人体にとって危険な状態である。
凝固力が弱いと、血管がわずかに傷ついただけで大出血が起こり、凝固力のコントロール
がうまくいかないと、重要な部位の毛細血管が血のかたまりで詰まってしまう。脳の血管
が詰まると脳卒中が起こり、心臓につながる血管が詰まると心臓発作が起きる。脚、骨盤、
腸などの静脈にできた血のかたまりが、血流に乗って肺に入り、大きな動脈を遮断すると、
肺塞栓を起こす。
これらはいずれも複数の血液凝固因子によって引き起こされる現象であるが、詰まるとこ
ろの作用は血中の血小板の粘性のコントロールであるといえる。

「本来血液はさらさらにながれなあかんもんや。何せ血管を流れる血流のスピードは新幹
線より速い言うからな。
せやけど怪我したときなんかは速やかに凝固して止血せなあかん。
血の中の血小板を【粘】つかせてな。
これでも学校の勉強はそこそこできたんやで。
もっとも固まっとるのは表面だけやろうから、その気になれば動かれへんことはないや
ろうけど・・・・・。」

「馬鹿かお前ッ!その通りよッ!!一瞬寿命が伸びただけにすぎないわッ!!!」

確かに一瞬だった。
一瞬の後には凝固した表面を破り赤い血液が飛び出してきた。
しかしその一瞬で充分だったのだ。
おキヌの一撃がバソリーの霊的中枢に届くまでの間は。

「な、なにぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!!」

バソリーが気づいた時にはいつの間にか立ち上がったおキヌの持つ神通棍が彼女のチャク
ラを正確に貫いていた。

「きぃぃぃぃやっぁぁぁあっぁぁぁあぁぁぁッ!!!」

びちゃびちゃと音を立てて鮮血が所かまわず飛び散る。
最期の一滴が飛散したことを認めると、おキヌは直ぐに銀一の傍らに駆け寄った。

「銀一くんッ。」

銀一はその場にへたり込み、わき腹を押さえている。
おキヌはその手の上に掌を合わせ懸命にヒーリングを施す。

「・・・・・さすがやな。おキヌちゃんの敵やなかったいうことやね。」

「しゃべらないで、銀一くんッ。」

おキヌの手から優しい光が発せられる。銀一はその光を目を細めて見ている。

「さっきの・・・・・・話やけど・・・・・・・おキヌちゃんは何かが失(の)うなってしま
う心配ばっかりしとる・・・・よな気がする。
けどやな、おキヌちゃん、何もなくしてへんで・・・・・・。
おキヌちゃんが、大事にしとるもんは、そないな簡単に失うなってしまうもんとはちゃう
んとちゃうかな・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

「あと、さっきの、クソ女に邪魔されてまったけど、俺ほんまに本気やで。
自分でもアホらし思うけど、俺、おキヌちゃんのことが好きや・・・・・・。」

わき腹から流れる血はなんとか止血できたようだ。
しかし失血が酷い。
一刻も早く病院に連れて行かなくはならない。

しかし、おキヌは問わずにはいられなかった。

「・・・・・・こんなに、醜い私でも?
どんなに外面がよくったって、心の中は嫉妬や欺瞞で溢れてるのにッ。」

おキヌが溜まりかねて心情を吐き出すように叫ぶと、銀一は一瞬驚いた顔をした後、にこ
りと笑って見せた。

「それでも、好きやねん。しゃーないやんけ。
そんだけ嫉妬されとる横っちに逆に嫉妬するくらいにな。
俺かて自分はなんて汚い人間なんやろ、と思うこともある。
人生なんて自己嫌悪の繰り返しや。
それでも、なんとか生きていけるのは、お前も捨てたもんやあらへんて言うてくれる奴ら
がおるからやと思うねん。」

銀一はおキヌの手を弱弱しく握りその名を呼んだ。

「おキヌちゃん、好きやで。」

「銀一君・・・・・・私は・・・・・・・・・・。」

その時、銀一の表情が驚愕で見開かれた。

「おキヌちゃん、後ろやッ・・・・・・・!?」

「!?」

そこには身体の容量の大部分を失い、赤黒い内面をところどころから醜く露呈しながらな
んとか自身を具現化するエリザベス・バソリーの姿があった。

『コ、コロ、コロシテヤルーーーーーーーーーーーーッ!!!』

とっさにおキヌはその身体を銀一に覆いかぶせた。

「お、おキヌちゃん、あかん。はよ逃げやッ!!!」

「ダメッ!!私はもう何も失いたくないんだもんッ!!!!」

『キェーーーーーーーーーーッ!!』

バソリーが凶悪な爪を形作らんとしたとき、高らかな声がその場に滞留する霊気を震わせた。

「ハンズ・オブ・グローリーッ!!」

『ナ、ナニ・・・・・!?』

現れた黒髪の男が右手に集約させた光の腕をもってバソリーを拘束する。
バソリーは散開して逃れようとするが霊的に捕らわれていて逃げられない。

「極楽に・・・・・・・」

そして亜麻色の髪を腰までたなびかせる美女が、400年の怨念に幕引きをするのだった。

「行かせてあげるわッ!!!」

『ギィヤーーーーーーーーーーーーッ!!』

バソリーは醜い老婆の魂を数瞬むき出しにした後、虚空へと完全に消滅した。
血液が蒸発して赤い霧になったのを確認すると、横島は霊波刀を納めた。



「ほんまに・・・・・・オイシイとこ持っていきよるんやから・・・・・・・やってられ
へんわ。」

「銀ちゃんッ!!」

「銀一くんッ!!!」

薄れ行く意識の中で、微かに開いた瞼の隙間から、自分を気遣い涙を流すおキヌの顔を懸
命に目に刻みつけようとする。

(あかん。まだ閉じたらあかん。もうちょっと、この顔を見させて・・・・・・・・・・。)

銀一の目が完全に閉じられた時、その意識もまた泥の中に沈んでいった。








近畿剛一が突如霊障により入院したことは、芸能界を震撼させた。
既に大河ドラマの登板も決まっていたし、舞台の日程も押していた。
CMの撮りもスケジュール的にはぎりぎりだったのである。
近畿剛一の怪我が当初の発表よりも軽症で、早期に退院できるとプロダクションから発表
された時、だから芸能関係者は皆一様に胸をなでおろした。
しかし本当のところは生死に関わる重症であり、医師たちの尽力と、とある女性の懸命な
霊的診療のお陰で一命を取り留めたことはあまり知られていない。
だから数ヵ月後、近畿剛一の代表作シリーズともいえる映画の製作発表の場で、近畿剛一
が突然の婚約発表をしたことは本当に寝耳に水であったのである。


「しかしこれでおキヌちゃんも芸能界デビューかぁ。」

週刊誌を広げて読みながら、横島はぼそりと呟いた。

「そんな、私なんかほんとにちょい役ですよ。」

氷室キヌは今回の映画に大抜擢されていた。
本人の言うように端役ではあるのだが、この数年後にクランクインされる次シリーズでヒ
ロイン役を務めることを、氷室キヌはまだ知らない。

週刊誌には少しでも一緒にいたいから、という理由で映画の出演を決めたということが、
まことしやかに書かれていた。

「おキヌちゃんて意外と積極的よね〜。」

横島の後ろから週刊誌を覗き込む令子が言う。

「そんなこと私言ってないですよ〜。」

おキヌは助けを求めるように傍らでお菓子など食べている、銀一に視線を向けた。

「あ、それな、俺がでっち上げたった。」

「「お前かいッ!!!」」

一同のツッコミが冴え渡る中、おキヌは恥ずかしそうに、けれどどこか幸せそうに笑っていた。







「けどほんまに良かったんか?」

二人は銀一の運転する車で海に来ていた。
夜の海はどこまでも深く続いているようで、夜空との境界も甚だ曖昧である。

「映画のこと?」

おキヌは何かをはぐらかすように薄く笑ってみせる。
僅かな光源に照らされたその横顔を見ると、すでに付き合って数ヶ月経過しているにも関
わらず、未だに銀一の鼓動を早まらせる。

「それもあるけどやな・・・・・、こっち。」

言って銀一はおキヌの手を取り、その薬指に嵌められたダイヤモンドの指輪を指差した。
おキヌはその手の上に更に自分の手を重ねると、銀一にそっと口づけする。
銀一は一瞬ひるんだような様子を見せた後、その求めに応じる。
車のライトに僅かばかり照らされる海を背景に、恋人たちの顔がそっとはなれた。

「・・・・・・・・・しかし、・・・・」

「?」

「おキヌちゃん、大胆になったよな。とてもやないけどついこの前まで処じ――――」

「言わなくていいのッ!!!!」

激高するおキヌの頬に銀一の掌が寄せられる。
その手に心地よさそうに頬ずりするおキヌの愛らしい唇に、銀一は接吻しないではいら
れなかった。

「幸せにして、なんて言わない。けど、いなくならないでね。」

銀一の耳元でおキヌがそっと囁く。
銀一は精一杯の愛情を込めて、その華奢な身体を抱きしめたのだった。

海はそんな恋人たちの邪魔をしないように、そっと波打っていた。
人生は航海だという人がいる。
自分の港はここなのだと、銀一は柄にもなく思ったのだった。





(了)

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