ザ・グレート・展開予測ショー

Hallo, My Beauties! 〜大人気ない淑女たちの透明感〜


投稿者名:ロックハウンド
投稿日時:(05/10/30)


 淑女と書いて『レイディ』と読むのは、とりたてて不自然な事じゃない。
 化粧道具に興味を持ち始めるのが、女性の生まれ持った宿命、かも。
 だから男性にこの境地が分からなくても、別に責める気にはならない。
 むしろ責めない。責める必要がない。

 だって、これはもう仕方のないこと。
 たった一言で済ませられる。
 呪文のように唱えよう。

 鏡を見るたび。街のウィンドウを覗くたび。
 マネキンを見ているようで、実はそうじゃない。
 ヘア・スタイル。衣服の歪み。つまりはコーディネイト。
 あくまで自分が主役、という確認が何より重要で、最優先課題。

 キミより、綺麗なのだよ。

 自意識過剰ゆえの発言ではない。勿論裏打ちと自信があってのこと。
 彼や彼女たちは見られるだけ。片時も動かずに着せられた衣服のショーアップのために働いている。
 ううん、なんて悲しくて寂しいインテリアなのだろう。
 見られても、投げかけられる言葉はこれだけ。


 「あ、この服、良いなぁ」


 そう、主役は衣服で中身じゃない。
 着ていても、着ているわけじゃない。
 そこにあるのはただの展示品。輝きが薄れた宝石。
 いや、もちろんマネキンや衣服に罪はないのだけれど。

 袖を通して、自分を生まれ変わらせる。
 脱皮の反対だけど、人間はそれが大好き。
 特に。なんといっても特別に、格別にそういうのが大好き。
 そんな人種を『女性』という。

 はい、ここ、試験には出ないけど、人生勉強には役立ちます・・・・・・かもよ?


 『特権』


 魔法のような瞬間を愛さない人はいない。
 女に生まれなきゃ、一生かかっても分からない。
 そんな事項も、人の世と人生にはあるわけで。










                 ――― Hallo,My Beauties! 〜大人気ない淑女たちの透明感〜 ―――










 そう。例えば『美神令子』の場合。
 高水準の美貌とコスメ・テクニックの所有者。
 もちろん外見は文句なしの高得点にしてハイ・クオリティ。
 通り過ぎる男たちの視線は、誰もが皆、五寸の釘付け。

 でも、すぐに怯えた風で去っていく。
 声もかけずに。足も速めに。名残惜しげに。
 ただ幾人かは、連れ添った女性に引っ叩かれて、気が付くという按配。
 なぜか、と問わば、答えは一つだけである。

 せっかくの化粧の成果と美貌が、不機嫌さで台無しだったから。


 「おキヌちゃん、ずるい」


 傍らで佇む少女に向かって呟く声は、ちょっとエンジン音に隠れさせる。
 妹のように愛している少女だけど、それでもたまには彼女に嫉妬しちゃう事だってあるという。
 そんな自覚があるから、今はまだ聞こえなくしてしまうのだ。
 口にはとっくに出しちゃっているけど。

 新型の河川遊覧船【スワン・プリンセス】。
 緩やかなスピードで波飛沫を立てながら、船は進んでいる。
 緩やかな進みもまた、彼女には癪の種であるらしい。

 デッキ上の屋外客席に、足を組みながら腰を下ろす彼女は、確かにご機嫌斜め。
 格子模様に編みこまれたメイプル・ブラウンのストッキングにストラップ・ヒール。
 ウォームド・ネイヴィー・カラーのツーピース・スーツで整えれば、既に秋模様の彩り。
 こつこつ、とフロアーを踵で蹴る音は、そのまま尖らせた唇とシンクロしてしまっていたりする。


 「どうしました? 美神さん」

 「べっつにぃ」


 手すりに両肘を預けたままのおキヌは、きょろっと両目を蠢かせて美神を見つめる。
 拗ねるお姉ちゃんと、清楚な妹さん。
 姉妹扱いされるのは、自分達の絆が他人にも見えているようで、とても嬉しい。


 「んー、今日の御飯は何にしましょうか」

 「あっ、策士だ。食事ネタで、私が食い意地張ってるって思わせたいのね」

 「あははっ。もう、美神さんの捻くれ屋さん」


 髪を風に遊ばせ、手ですく様の優雅なこと。
 和風エレガンスとでも言うのか。京風の雅とか。
 いや、ひょっとして、アジアン・ビューティかも。
 溜息混じりに、というか、さっきから零れるのは溜息ばかりときている。



 ―――綺麗になったもんよねー・・・・・・。



 どうにも洒落にならない。
 たかが2,3年だというに、どうしてここまで見違えてしまうものやら。
 ただのナチュラル・メイクが、なぜ気品まで付け足してしまうのだろう。
 確かに値は張るけど、市販品の化粧品だし衣服なのに。

 この違いはなに?
 疑問は募る。ひょっとしたら焦りなのかもしれない。
 もっとも指摘されても、激昂して反論するのが美神令子だけれど。


 「おキヌちゃん、正直に答えなさいよ」

 「あ、ダメです」


 飛び退って、おキヌは身構える。ウサギかシマリスのようだ。
 美神の頬は、ぶぅと膨らむ。


 「何よぉ、聞く前だってのに」

 「聞かなくたって、分かります」

 「今、氷室キヌちゃんは、アイツに、恋してる」

 「わーわー聞こえませんよーレディオがガーガーグーグーいってますよー」


 両耳に手を当て、『ぶんぶん』と頭を振るおキヌ。
 両手でメガホンを作り、『ぱくぱく』と口を動かす美神。

 漫才のような戯れは、最近の恒例行事なのだった。




 ――――――――――――――――――――――――――★――――――――――――――――――――――――――




 だから『氷室キヌ』の場合。

 現在進行形の恋心を隠すためもあるのかもしれない。
 いやいや、それは違う。視線と微笑だけがそれを伝える。
 昔と違って、あたふたばかりしていられない。

 そう、頬はほんの少し染まるだけ。
 気持ち全部を表に出さないことも、女のたしなみだと知った彼女。
 視線と微笑みと、自分の得意分野で相手をゲットしちゃえ、という教えだそうである。

 むしろ心を促進させるため。見てもらいたいため。
 心と身体の栄養には、『よこしま』さも時には必要。
 こうして揺れる船に身を任せて、そんな策略も浮かぶようになった自分、今日この頃。
 ええ、素敵にお過ごしなのですよ。

 揺れるアルパイン・ホワイトのワン・ピースにベージュのタートルネック。手元は袖でちょっと隠れ気味。
 薄茶のハーフ・ジャケットで程好く温もり、寒さは素肌で感じるだけ。それで充分なのだ。
 ヴィンテージ・ブラックのデザイン・ブーツはロー・ヒールだから、正直言えば背丈が気にならないこともない。


 「泣いちゃいたいくらい、お空が綺麗ですねー」

 「泣いちゃえば? 写真取るけど」


 打算的なのはいけないことですか?
 いえいえ、むしろ大歓迎しちゃっています。
 だって、彼の思いがけない一面ばかりが、最近では見られるから。


 「あ、じゃ、一枚下さい」

 「却下。アイツにあげるとか言うのはなしよ」

 「ちぇー」


 女子大というフィールドは、学問をして異性の心理を推し量る事を課題としている。
 おキヌの友人たちは、多数がこう語る。
 手練手管だなんて上等なものじゃないけど。
 少しは身に付けられただろうか、なんてレベルアップを確認したい自分。


 「子供っぽいかもよ? 『フェアリー・ピンク』色なんて」

 「うーん、そうかもしれませんね。塗ったら最初にあの人の頬で試してみようかな?」

 「へぇ・・・・・・おキヌちゃん、ちょっとこっち来てくれない?」

 「あははは、いやですよっだ」


 いつだって新鮮な気持ちが、唇と頬を紅く染める。
 だから、氷室キヌは淑女でいたいと思うのだ。




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 ましてや、『犬塚シロ』の場合。

 武士たる者は正々堂々を旨としなきゃいけない。
 清廉潔白が基本方針。だまし討ちなどとんでもないお話。
 何事であろうとも、奇策を用いるは恥と知っていた。
 そのはずだった。

 健康的なのは大変結構。溌剌さは確実有利な条件だし。
 なにしろ武器だってお揃いと来ている。これは優越感を持って良かった。
 だけどそれだけじゃダメだ、というのが乙女心の気付きにして目覚め。
 一度、気が付いてしまえば、というよりハートに火がついてしまえば、後は転がるように。

 今日のように、久しぶりのお出かけの時ぐらい、見栄え良くしたいのは自然の流れ。
 出かける10分前まで、慌しさを隠さなかったシロである。


 「チョーカー、買って来ちゃった。先生とお揃いにしようと思ってるんだ」

 「なんか首輪みたいね」

 「まぁ、いずれは指輪だけど」

 「ちょっと、シロ!?」


 なくしたわけじゃないけど、『ござる』言葉も控えめにした。
 女の子らしくないとか、卑下とかそんなんじゃなくて、確固たる意思の元に。
 そう、例えるならお化粧のようなもの。
 違う自分を、見せてみたい。ただそれだけ。

 未熟さは百も承知の彼女だけに。
 努力もやっぱり人一倍、というか人10倍。
 台風のような勢いと子供のような天真爛漫さも好きな自分だけど。
 お洒落を知った今となっては、ちょっと控えめにしてみた。

 自分の足で歩いたり走るのも好きだけど。
 こうして、ゆっくりと運ばれていくのも、悪くない。
 白く健康そうな犬歯を覗かせながら、シロは微笑む。


 「なに、にやついてんのよ、シロ」

 「教えて欲しい?」

 「結・構・で・す。どーせアイツの・・・・・・」

 「うふふー」


 ベルクロで止めたスカイ・ブルーのスニーカーに、白銀色のタイツが色合いとしては好きだった。
 両足部分を大胆にカットした愛用のジーンズ、薄萌黄色の長袖ポロシャツ。
 そして『先生』から譲り受けたジージャンを纏えば、シロは心身ともに完璧だと自負を抱く。


 「ファンデ」

 「ん、なに?」

 「いいかげんに教えなさいよね。何処のなの?」

 「拙者の・・・・・・わたしの恋路を邪魔しないなら、教える」

 「あほらし」


 他愛無いやり取りで、快活に笑える。
 大人になることが、シロには初めて実感を伴っているように思えた。
 化粧という魔法で、淑女への変貌を望んだ時に。




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 なぜだか、『タマモ』の場合。

 最初に焦りがあった、ように思う。
 そもそも、最初からして判然としない。
 我が身の感情とはいえ、心許ない限りである。
 意識的にではないが、冷静さを身上としてきたからには首尾一貫したい。

 だから、相方の冷静なツッコミは、正直そこまで悩んでいたのかと自分でも驚いた。
 シロが差し向けた優しさが嬉しくもあり、ちょっと憤慨もしたものだが。


 「アドバイスなんていらないわよ、バカ犬」

 「はいはい。今度わたしの『Faire La Vise(フェア・ラ・ヴィゼ)』貸してあげるから、怒らない怒らない」

 「ちぇっ、ござる言葉まで消しちゃってさ」

 「えへへっ、練習したもん」


 気がついたというよりも、考えるようになったのはいつ頃からだったのか。
 いくら考えてみても、判然としない。そんなあやふやな記憶。
 船の揺れが余計に記憶を思い起こさせるのかもしれない。

 3年前。アイツはただのバカだと思った。一応、命の恩人だったけど。
 2年前。予想とはちょっと違うのではないか、と考え始めた。
 去年。アイツの成長と活躍を実際に見るようになった。
 まぁ、大まかに言えばこんなところ。

 事務所の環境の変化を感じ取ったのは、やはり目の前で川を眺めている人狼少女のせいだろう。
 妙に色気づいてきたというか、身の回りの品や入浴に関しても拘りを見せるようになった。
 お気に入りのブランドを貸す、などと来た日には、これはもう女性的な配慮としてはポイントが高い。

 すっかり舞い上がっちゃって。
 視線に乗せた内心の皮肉も届きそうにない。
 立場が逆転したような感覚が、タマモには気に喰わなかった。


 「猫、かぶってるし」

 「にゃあにゃあ♪」

 「しかも様になってるし」

 「何事も努力よね、で、ござる」


 今日の衣服にも、不満はない。さしずめ90点といったところ。
 純白のブラウスにブラウン系タータンチェックのベスト。カーキ色の薄手ブレザーで覆って、上半身は完成。
 濃紫色のプリーツ・ミニ・スカートと厚手のニーソックスに履き慣れたローファー。以上で下半身も終了。
 化粧品は好みにうるさい方だと自分でも思うので、必要最小限。

 自分では満足が行っている。
 それなのに、この微かな焦燥感は何なのだろう。
 ああ、もどかしい。船のエンジン音に荒い鼻息を投げ込む。

 まぁ、アイツが居るだろうから、その時にでも考えればよい。
 タマモは視線を上空に投げた。空は高く、鳥がか細く鳴いている。
 もうすぐ着くはずの待ち合わせ場所に、あとどれくらいかかるのだろう。
 洒落っ気なぞ欠片も無い男だが、一つの基準として、彼の意見を判断に用いてやっても良いだろう。


 「あれ、タマモ?」

 「なによ」

 「なんか嬉しそうでござるな」

 「そう?」


 タマモの眼差しが丸まったのは、ほんの一瞬だけだった。
 寒空の中、お湯が肌に染み入るように、微笑が彼女の口元を彩っていく。
 両の眼が緩やかに細まる。フォクシー・ガール転じてフォクシー・レイディというところか。


 「よく見てなさい、シロ。大人の魅力開眼ってヤツよ」

 「なーに言ってるんだか、で、ござるよ」


 少し伸びた金色の髪を、指で梳かす。
 自らへの手入れと愛情が、淑女の義務であることをタマモは知った。
 女性が女性であるために必要な儀式なのだから、とも。




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 というわけで、美神令子は不機嫌だった。


 「そろいもそろってどうなってんのよ、まったく!」


 微笑、艶笑、哄笑。
 1人として怯んでは居ない。


 「勝負する気ね」


 1対3ではない。文字通り全員が相手である。
 突如勃発したバトル・ロワイヤルを、疎らとはいえ他の客達は恐々として見つめるのみ。
 そそくさと階下に避難する者まで出る有様だ。


 「氷室キヌ。甘く見てもらっちゃ困ります、よ?」

 「犬塚シロ。押して圧して、推して参ります・・・・・・で、ござるよっ」

 「タマモ。まぁ、さすがに諦めろとまでは言わないから、ね」


 クライマックスまでは、まだ遠い。
 美神令子は、不敵な笑みを惜しげもなく披露する。
 だって勝負はまだ始まってもいないのだから。

 世にも酔狂な淑女たちの、ワン・アンド・オンリーを目指す戦いは。


 「上等! ならば勝負よ」


 未来は誰が知っているのだろう。
 それはやはり、未来に生きる彼と彼女だけ。
 まずは今日から始めよう。無粋な予測とやらは無用の長物。
 自分自身の未来を決め付けてたまるものか。

 ヒールでこの鼓動を音高く鳴り響かせよう。
 大理石にだろうと刻み付けられるように。
 とある1人の、とっておきにバカなヤツのために。
 怯える様を自分達に晒そうほどに。


 「いいわね、皆。容赦も手加減も無しで行くわよ。何事であろうと、それがうちのモットー!」

 「はいっ!」


 銃がなくても、チークとシャドウな眼差しで十分。
 手紙じゃなくとも、ルージュとグロスの唇で有り余っている。
 指輪なんてなくても、マニキュアとパフュームが彼を惹き付ける。


 「美神どの、ようやく照れずに言えるようになったでござるな」

 「ふーんだ、悪かったわね」


 意思の伝達? そんなものは簡単至極。
 腕を絡めても良し。艶美に微笑むも良し。
 決め手は勿論、『愛の噛み付き』というヤツ。
 ねぇ、羨ましいでしょ? 世の平凡な男たち諸君。

 そういう意味では、女というものは生まれた時から性悪な吸血鬼。
 血なんて吸いはしない。けど魂ごと頂いてしまおう。
 さぁ、待ち合わせ場所に居るであろうキミよ。程好い加減で覚悟しなさい。
 あ、その前にアドバイス。

 キミの考えなんて関係ないから。


 「まだ中学生程度ね。私たちがリードは決定」

 「うふふっ、そうそう。美神さんはのんびり眺めていても良いんですよ?」


 生まれ育ちは勿論のこと。年齢も、種族も、
 ということは当然魅力も各々異なるわけで。

 エレガント、キュート? ばかばかしい。
 ファニー、セレブ・スタイル? とんでもない。
 ビューティフル! この一言でもまだ足りないけど。
 とりあえずは、この表現で妥協しているというわけです。

 詞的表現に納まるほど、自分達は半端な魅力じゃない。
 世に美男美女は多かれど、ここまで伊達と酔狂の恋模様もないだろう。
 気象予報士や占星術師。預言者に有象無象の占い師達。
 予報・予測・予言とやらを、できるものならしてみなさいな。

 自信ありげに微笑むおキヌ、べぇと舌を出すシロ、おすまし顔のタマモ。
 ショート・ジャケットを肩に引っ掛け、開戦を告げる美神令子。
 デッキの上は春色の陽光に包まれて、川の水面は優しく光る。
 けれど今や船上は、淑女たちの闘技場なのだ。

 船は進む。淑女たちを乗せて。
 否、うやうやしくデッキに戴いて。
 彼の元へと、運ぶ。

 私たちは宣戦布告する。敗北など、ここに居る誰が思おう?


 「見てなさい。かならず勝つわっ!」


 なぜなら美への進化は、今日も発展途上にあるのだから。














                         幕

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