ザ・グレート・展開予測ショー

マイ・ホーム (絶対可憐チルドレン)


投稿者名:かいる
投稿日時:(05/10/29)




超度7のエスパーであるあたしたちが学校に行けるようになって、三ヶ月の月日が経った。
よく話す友だち、挨拶をしあう間柄の友だち、ケンカ友達なんて言う存在もできた。
勉強はイマイチだけど、先生もよくしてくれるし、学校生活は概ね順調と言えるだろう。

はぁ。

だと言うのにため息が漏れてしまうのは、今日の帰りに渡されたこの紙切れのせいに他ならない。

『授業参観日のおしらせ』

まったく、字面を見ているだけで気が滅入ってくる。
秋から冬に移り変わる夕方、寒くなってきた空気にもう一度ため息をついた。












             マイ・ホーム  (絶対可憐チルドレン)













「――――――――――・・・ごめんねー薫。母さんも頑張ったんだけど・・・・・・
 テレビはともかく、舞台は空けることができなくて・・・。」

「あー、いいっていいって、聞いてみただけだからさ。気にすんなよ。」

「でも・・・せっかく学校に通えるようになったのに・・・。」

「来年も、その次も参観日はあるんだからさ。そん時に来てよ。」

「そう・・・?『・・・・・・・・・!』あん、うるさいわね!じゃ、これで切るけど、ホントにごめんね、薫。」

「はいはい!んじゃまたねー。」

ピッという電子音とともに部屋に静寂が戻ってくる。
予想はしていたことだけど、それでも胸にできた小さな、冷たい痛みを無視することはできなかった。
頭ではわかってるつもりだ。これしきのことで暴走するほどあたしはガキじゃない。
でも、この痛みを無視して普段通りに振る舞えるほどオトナにもなれない。


はぁ。


3回目。



あたしの家は、母・姉・あたしの三人家族だ。二人とも女優とグラビアという、まあ珍しい職業に就いている。
それに見合うだけの身体はしているので、日頃から目の保養にはなっている。
しかしこれがまた時間の融通が利かない職業なのだ。朝、昼、晩とお構いなしでスタジオ、舞台を飛び回っている。

それだけ売れているということなのではあるが、あたしは素直に喜べなかった。
BABELでの検査が終わり、ヘリで自宅に帰されると誰もいないマンションがあたしを出迎えた。
広い部屋にひとり。テレビの音だけがこだまする。

さびしさ、というのは遅効性の毒のような物だ。自分にもわからないくらいにゆっくりゆっくりと心が冷えていく。
泣きたくても泣けないから、叫びたくても叫べないから、悲しみが胸にたまるのかも知れない。



だからといって、母ちゃんや姉ちゃんを恨んでるなんてことはぜんぜんないんだけど。
(皆本を狙ってるときは別だ。完全に敵だ、敵。)
あのふたりのことはもちろん好きだけど・・・だからこそ、いなくなったときのギャップは大きい。
ひとりで食べるご飯は、あたたかいのに、つめたい。

くしゃくしゃと参観日の手紙を丸めていく。
これ以上考えてても、気持ちが沈んでいくだけだ。
ゴミ箱に放ると、ふちにあたって跳ね返る。ホラ、こんなときにはなにをやってもケチがつく。


はあ。

これで4回目だ。


幸せが逃げるって言うため息だけど、
ちょっとくらいなら逃げてもいいから、この憂鬱も連れて行ってくれないだろうか。

葵も紫穂も、母ちゃんが参観に来てくれるそうだ。ふたりとも母親の方は主婦やってるらしい。
葵の実家は京都だって言ってたし、わざわざ東京まで来てくれるのか。すごいな、と思ったり。

正直、うらやましくないと言ったら嘘になる。・・・しゃくだから絶対うらやましいなんて言ってやんねーけど!
ふたりもこちらの事情がわかってるのか、参観日のことを話題にはしなかったし、他のヤツが話題にしてもやんわり反らしてくれた。
まったく、気をつかいやがって。

――――――――でも、ありがとな。
素直に言えない自分がすこしはがゆくて、5回目のため息をつきながら目をつぶった。














参観日当日、憂鬱な朝。でも、いつも通りに振る舞わなきゃ。
落ち込んでるあたしなんて、あたしじゃないから。

明石薫は、こんな顔はしない。
鏡を見て顔を洗う。

タオルで拭いて、鏡の中のあたしに、笑いかける。
よし、今日もイイ女だ。
イイ女は、いつも明るくなきゃいけない。これはあたしの持論だ。

あいつらに、心配かけるわけにいかないもんな。
あのふたりだって、たまたま今回は親が来てくれるけど、いつもこうだってわけじゃない。
親がわざわざ授業を見に来てくれるのは、やっぱり嬉しいことだ。・・・あたしはそう思う。
あたしのことで、その気分に水を差したくない。

・・・おっと、早く飯を食わなきゃ!遅刻しちまう!




「・・・・・・どうしたんだ?いつも『目玉焼きには醤油!』ってうるさいお前が。」

「・・・・・・・・・うっさいなあ。たまには気分を変えてみたくなるんだよ。」




いつもと違う、ソース味の目玉焼きが、動揺してる自分を笑ってるようだった。
くっそー。昨夜ついたケチはまだつきまとってるらしい。油断した。






家を出てからもあたしの受難は続く。

晴れの日なのに、たまたまあった水たまりを通ったトラックに泥をはねられ。

ちょっとボーッとしてるときに先生に指され。

体育のドッジボールでは、ボールを踏んづけて転ぶし。

東野の野郎にまで「大丈夫か?お前?」なんて心配されちまった。
ふたりの視線が痛い。







昼休みが終わって、とうとう授業参観の時間。
続々とクラスメイトの親が来て、名簿に名前を書いていく。

やっぱりというか当たり前というか、後ろに並ぶ列の中にあたしの家族は居ない。
葵の母ちゃんと紫穂の母ちゃんはすぐわかった。
だって着物着てる京都訛りと、フリルだらけの服着た天然系なんて、メチャメチャ目立つんだもん。
紫穂はいつも通りに見えるけど、葵は周りから浮いてる母ちゃんの姿に少し恥ずかしそうだ。




気付くと紫穂が心配そうな目でこちらを見ている。にかっと笑って見せた。紫穂の表情は変わらない。
あたしは上手く笑えているんだろうか。あのふたりに心配させるわけにはいかないってのに。
もっと辛いことはいくつもあった。こんなこと、なんてことないよ。
しっかりしろ、あたし。・・・ぴしゃっと頬を張って気合いを入れた。
その時。






扉越しに声がした。








『す、すみません、遅れ、ました・・・・・・まだ、だい・・・じょうぶ、でしょうか。』

全力で走ってきたのだろうか。息が上がった声がする。
聞き覚えのある―――――――――



『ええ、大丈夫ですよ。・・・ずいぶんお急ぎでしたのね。』

『はあ、はあ、はい、ギリギリまで仕事をしていたもので。』

『どの子の保護者でいらっしゃいますか?』

滑舌の良い先生の声。それに対する、息が整ってきたその声は、はっきりと答えた。



『明石薫の、保護者です。』



紫穂を見る。こちらに向けて微笑むばかり。
葵を見る。ウインクを飛ばしてきやがった。


ああ、自然に顔が緩んでくる。

開く扉。

いつもの紺のスーツ。冴えない眼鏡。その向こうにある優しい視線。
まったく、おせっかいなんだから。ほんとに――――――――――
こいつらがいるから、自分は、自分らしくいることができる。だから、



「おそいぞぉ―――――――!みなもとぉ――――――――――――!!」



演技でも何でもない、こころからの笑顔で叫ぶことができた。



















ひとりは、さびしい。ひとりは、いやだ。それって、当たり前のことだと思う。
だから、皆本。口には出さないけど、けっこう感謝してるんだぜ?
あたしは、家に帰ってもひとりじゃなくなった。
家に帰れば、葵がいて、紫穂がいて・・・皆本がいる。BABELで年中見てる顔だけどね。
なんか・・・・・・へへ、照れるけどさ。こういうのって、あったかいよな。

ただいまって呼びかける相手がいて、ご飯を食べながら馬鹿な話をする相手がいて。
それって、奇跡みたいに尊いもんだって、今は思うんだ。

あたしが、ずっとほしかったものが、ここにはあるんだ。






足の間にある、皆本のあたまを、わしゃわしゃなでる。

「うわっぷ!・・・いきなりなんなんだ?」

「へっへっへー、周りの奥さんにデレデレしてたろー!
まったく、皆本はなんだかんだ言ってスケベなんだからなー!」

「うわっ!皆本はんフケツ!有閑マダムとの禁断の恋っ?」

「あら、恋は個人の自由だもの。皆本さんを止める権利は誰にもないわ・・・きっと。」

「お〜ま〜え〜ら〜な〜〜〜〜!」



はしゃぐ声。伸びて戯れる影。
いつか、この情景は変わってしまうけれど。
だけど永遠に忘れない。きっとこの日を思い出す。
それは確かに、価値のあることで。
儚いからこそ、尊い記憶。


茜色の夕日の中、寄り添う四人の影ぼうし。

 さあ、帰ろうか。あたしたちのうちに。









(了)




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