ザ・グレート・展開予測ショー

Hyperballad!!(前編)(GS美神)


投稿者名:nielsen
投稿日時:(05/10/29)

暗い、どこまでも暗い密室で、一人の男が仰向けに倒れていた。
男の肉体は血溜りに沈み、もはや生命というものが微塵も感じられない。

ぴちゃ、ぴちゃ、ぷちゃ。

部屋の隅に丸くなって何かを咀嚼するものがある。
見ればそれは裸身の少女であった。
14、5歳ほどの少女が闇に映える白い肌をむき出しにして、懸命に何かを咀嚼している。
闇の中に浮き出すそれは、どうやら何かの臓物であった。
部屋の隅に打ち捨てられた巨大な人外の何かの腸を、年若い少女が口の周りを血まみれに
しながら食い漁っているのである。

「・・・・・だめか。・・・・・・でもどうしても必要だわ。ネクロマンサーの魂が。」

立ち上がる少女の瞳は、闇の部屋にそこだけ灯が点ったように光っているのに、何故か魂
が底冷えするほどの暗黒を、見る者に印象付けるのだった。









「結婚式、いかれへんくてすまんかったなぁ。」

美神除霊事務所の客間には、鼻筋の通ったモデルのような外見をした青年が通されていた。
目に掛かるほどの金髪が特徴的な彼の芸名は近畿剛一。
本名を堂本銀一という。

「海外でロケだったんだろ?仕方ねぇよ。銀ちゃんには来て欲しかったけどな。
今や押しも押されぬ人気俳優なんだもんなぁ。」

アシュタロス事変から4年後。
横島忠夫はバンダナを巻くのをやめていた。服装はぱりっとしたスーツを隙なく着こなしている。
さっぱりと短髪に切りそろえられた黒髪は、あろうことかある種の爽やかさすら感じさせる。

「しかし、男は所帯持つと変わるていうけどやなぁ、お前ほんまに横っちか?なんかこう
がつがつしたもんがなくなっとるような・・・。」

「大きなお世話やッ!!」

銀一は早くから横島を高く評価していた。女性なら誰も放っておかないような男に成長す
ることが、彼の父親を見ても窺えたのである。
美形であるとか長身であるとか言うわけでは決してないが、皆に愛される彼のキャラクタ
ーがその外見に成長として表れたとき、アイドルから実力派俳優に転身しTVで活躍する
近畿剛一と見比べてすら遜色ない男に、横島はなりえたのである。

「はいはい、紅茶入ったわよ。」

お盆に白磁の食器を載せて部屋に入ってきたのは横島令子。職業上はまだ旧姓で通しては
いるが、戸籍上は横島忠夫の配偶者である。
ただしその扶養には入っていない。
令子が横島の雇用主という形態は未だに不動なのである。
結婚してからの、正確には横島と付き合い始めてからの令子は変わった。問答無用で挑戦的な
色気はなりを潜め、変わりに自然と他者を引き込むような、家庭的で母性的とも取れる
雰囲気を纏うようになった。
勿論それで彼女の美しさが微塵も失われたわけではない。
胸元の大きく開いた薄手のセーターから窺える豊穣の谷間、タイトなスカートからほとんどその
全貌が窺える太もも、そして時折しなを作る愛くるしい表情。
秘密の部屋から漂ってくる香料のような色香を、横島令子は身に着けていた。

「美神さんもごっつ綺麗になったなぁ。前から綺麗なひとやったけど。」

「あら、ありがとう。近畿くんもますます男前になったじゃない。うちの馬鹿亭主と同級生とは
思えないわ。」

「悪かったな。」

そんな二人のやり取りすら微笑ましい。かつてこの二人の会話にこのような微笑ましさが
生まれることを予想した者があっただろうか。罵倒と鉄拳以外の何かが雇用主から与えられる様を
誰が想像しただろうか?
紅茶を口に含みながら、銀一の口元には自然と笑みがこぼれていた。

「しかしまさか横っちに先越されるとはなぁ・・・。」

「でっかいお世話じゃい。そういえば銀ちゃんもこの前、奈室アミエと噂になっとったやないか。」

「あんなもん週刊誌のでっち上げや。仕事帰りにアパートに送ってっただけで恋人にされたら敵わんわ。」

銀一は本当に面倒そうに肩をすくめて見せる。

「勿体無いッ。なんなら俺にまわし―――」

「私の前で随分度胸があるわね?」

「嫌だなぁ、じょ、冗談ですよ令子さん。」

横島令子は夫の浮気癖に悩まされていた。横島が実際に浮気をしたことはなかったし、
そのことは令子も分かっている。ただ一度手に入れたものを万が一にも失うことに、
彼女の魂は脅えていたのだ。

(ほんまは美神さんのほうが横っちにぞっこんなんやなぁ。ッケ。)

抱かれたい俳優NO.1と評される近畿剛一は、心の中でひそかに悪態を吐いた。

「ただいまー。」

玄関から元気な声がする。
軽快な足音が客間のほうに向かってきている。
おキヌちゃんやな、と銀一は思った。
先ほど横島に聞いた話では、2年ほど前にはもう二人ほど居候がいたそうだが、その二人は
名門六道女学院の女子寮に入っているらしい。

「ただいま・・・・ってごめんなさい。お客様ですね。」

「あ、いいのよおキヌちゃん。分かるでしょ?近畿剛一君よ。」

「え?・・・・・・・・・きゃーーーーーッ。近畿くんだぁ。私ったらまたこんな格好で・・・。」

「チクショー、チクショー、チクショー、なんだかとってもチクショーッ!!!ん?どうした銀ちゃん?今回はまだ呪ってないぞ。」

堂本銀一はそんな横島の声に返事をすることが出来ずにいた。
ただぽかんと口を開いている。
横島の声が聞こえていなかったわけではない。
成長した氷室キヌの美しさに目を奪われて、声を発することが出来ずにいたのである。

今を時めく近畿剛一に4年前の様にサインをねだるおキヌは、しかし銀一の知るイメージ
とは随分変わっていた。
腰まで無造作に伸ばされていた黒髪は肩口で切りそろえられ、外巻きに軽くウェーブが掛
かっている。
化粧っけの全くなかった当時とは打って変わり、控えめだが丁寧なメイクが施された顔は
以前よりも大分大人びている。
地味目だったファッションも若い女性らしいタイトな服装になっていて、派手すぎること
はないがある程度のアクセサリを身に着けている。
スリムのジーンズは小洒落たブーツに編み上げられていて、男心をくすぐるものがあった。

「・・・・・・・・ふふん、おどろいたでしょ?」

令子の勝ち誇ったような笑みにどぎまぎする銀一を、おキヌは不思議そうに見つめていた。



「へ、へ〜、明応大学に通っとんねや。おキヌちゃん頭ええんやな。」

「へへ〜、そんなことないですよ〜。」

銀一に褒められてまんざらでもないおキヌ。
しかし横島夫妻を驚かせたのは寧ろ銀一の反応の方であった。

(おキヌちゃん綺麗になったとは思っとったが、まさか銀ちゃんを誘惑するほどとはッ。単純に考えて奈室以上の逸材ということにッ!!!
しまったぁぁぁ、おキヌちゃんでいっとけば良かった―――ゲフッ!!!)

(何馬鹿なこといってんのッ!!しかしこれはチャンスだわ。そろそろおキヌちゃんにも
彼氏の一人や二人いてもいい頃だとは思ってたのよ。その辺の馬の骨なら問答無用で東京
湾に沈めるけど、近畿剛一なら問題ないわ。将来性も十分。この、私の作品が、遂に世に
認められる時が来たのねッ!!!)

「そんなッ!おキヌちゃんをむざむざこんな美形野郎の元に嫁がせるっていうんかッ!!
俺は反対やぞッ!おキヌちゃんはもっと日の当たらない男たちの為に―――ブホッ!!!」

「男のくだらない妄想はどうでもいいのよッ!!うちの事務所からアイドルが出たとなれば
宣伝にもなるわッ!!!
おキヌちゃんも幸せになって一石二鳥じゃない。いっそアイドルGS路線で・・・・。」

「あのう、美神さん、横島さんも、とっくに聞こえてるんですけど・・・・・。」

「「あれ?」」

似たもの夫婦と言うらしい。




「すいません、本当に車で送ってもらっちゃって。」

「かまへんよ。方向はいっしょなんやし。」

おキヌを大学に送る銀一は柄にもなく緊張していた。非日常的な美女に囲まれる日常を送る銀一
をここまで慌てさせるほど、確かにおキヌは可愛かった。
本人は知らないことだが、明応大学には彼女のファンクラブがあるし、彼女が除霊の為に
欠席しなければ、学園祭のミス明応は間違いなく彼女であったろうと言われている。

「でも嬉しいな近畿君に送ってもらえるなんて。弓さんたちに自慢できちゃう。
あ、近畿君あとで写メール撮らせてもらっても―――。」

「銀一でええよ。」

「え?」

「銀一でええ。近畿君言うのはプライベートでは誰も言わへんから。」

「・・・・・・・・・・・うん、銀一君。」

サングラスをかける銀一の美形が赤く染まったのをおキヌが西日の所為だと思ったのは、
銀一にとって本当に残念なことであった。




「あ〜、こうしている間にも俺のおキヌちゃんがあのモテ野郎の毒牙に・・・。
やはりこれはいかんのではないだろうか。男たちのために俺が立ち上がるべきではないのだろうか。
よし、今決めた。そうしよう。というわけで、なんだか偶然唐突に明応大学の方に行きた
くなってしまったので晩御飯までには帰――――ぐはッ!!!」

「誰があんたのおキヌちゃんよッ!!!まったく・・・・・・・ん?携帯・・・・・
ママだわ。何かしら?」

「ひのめちゃんのお守りじゃないか?」

「・・・・・ママ?私。どうしたの?・・・・・・・・・・え?出かけてるけど・・・・・・・
うん、うん・・・・・・・・そいつがそうなのね?・・・・・うん、それで使役されていたのは
・ ・・・・・・・!?・・・・・・なんでまたそんな不釣合いなモノを・・・・・・・・
・ わかったわ。」

ママも気をつけてね、とって令子は携帯電話の通話を終えた。

「あなた、直ぐにおキヌちゃんを連れ戻すわよッ!!!」

「おおッ!!!なんだか知らんが俺の熱意が通じたんだなッ!!」

「違うわよッ!!!ママからのGメンの情報によると、どっかの身の程知らずの馬鹿の除
霊中の事故で強力な悪霊がこの街に放たれたらしいの。・・・・・・・やつは拘束から解放
される為にネクロマンサーの魂を狙っているそうよ。」

「!?なるほどな。急ぐぞ、令子。」

世界最強の呼び声高いGSの夫妻はガレージのコブラに勢いよく飛び乗った。
横島がイグニションを回しながら令子に問う。

「それで、一体どんな悪霊なんだ?」

「・・・・・・・・・・エリザベス・バソリーの死霊よ。」

横島は蒼い顔をした後、法廷速度を完全に無視してコブラを疾走させたのだった。



「本当にごめんなさいッ!!」

「い、いや別にそんなに謝らんでも・・・・」

銀一がおキヌを明応大学に送っていくと、大学が異様に閑散としていることに気付いた。
学内にいるのは皆ユニフォームを着ていたり角材を持っていたりと気忙しい者ばかり。
まるで休日の大学のような・・・・・。

「しかし創立記念日やったとはね。」

「う〜〜、ごめんなさい。」

「ほんまに気にせんでええよ。俺も今日はオフやったから。」

明応大学近くのとある小洒落たレストラン。お詫びに食事を奢るというおキヌの誘いに銀
一は内心息が詰まるほど喜んだ。
なぜこんなにも惹かれるのだろう。
芸能界に入ってはや7年。
国民的アイドルになって4年。
俳優に転身して2年。
思えば数限りない女性と交際を重ねた。女は芸の肥やしというようなつもりなどないが、
故郷を離れ知り合いも少ない東京暮らし。乞われて断る理由があるわけでもない。
しかし大抵は銀一の方から関係の終わりを告げることになった。
銀一が本当に愛する女性はいつも銀一以外の誰かを愛しているのだ。

一通り食事を終えると(稼ぎの違いを理由に支払いは銀一がした)、二人はレストランを出て、
夕暮れの街をぶらぶらと歩いていた。そしておもむろにおキヌが口を開いたのだった。

「そういえば本当なんですか?以前言っていたこと?」

「前に言うとったこと?」

「・・・・・横島さんが本当はもててたって話し。」

おキヌは身長差があるために少し上目遣いに銀一を見る。それだけのことに、銀一の鼓動
は早まる。

「あ、あぁ、ほんまやで。あいつ自身は毛ほどもきづいとらんかったけどな。あいつの側
におるもんには嫌でもあいつの良さがわかるからな。」

ほんまに鈍いやったちゃで、と銀一は照れ隠しの為にまくし立てるように喋った。

「本当に、本当にそうですよね。本当に・・・・そう。」

「おキヌちゃん・・・・?」

「横島さんが美神さんと結婚してからもう何ヶ月も経つのに・・・・。未だに私って横島
さんのことが好きなんです。二人が付き合い出すまで、正直自分の気持ちがよく分かって
なかった。これが恋と呼べるものなのかどうか、分かんなかったんです。
それに私は子供だったから、ずーっと私と横島さんと美神さんとの三人での生活が続くと
思ってた。終わらない楽園みたいに、ずーっと。
馬鹿ですよね。
時間が流れないはずないのに。
横島さんと美神さんが付き合い始めてから、私慌てて綺麗になる努力をしました。雑誌を
買い漁ったりお友達に買い物に付き合ってもらったり。皆綺麗になったって言ってくれて、
横島さんもそう言ってくれて、でも横島さんが好きなのは美神さんで・・・・・。
・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っひく、ご、ごめんなさい。
久しぶりに会った人に、しかも前に一回しか会ってない人にこんな話・・・・・。
私って本当に馬鹿。
でも、でもお友達にも誰にも、私たち三人を知っている人には言えなくて・・・・・・。」

涙を流すおキヌを、銀一はその胸に知らず抱きとめていた。彼女の背に手を回し、何らか
の気持ちを精一杯込めて。
おキヌは初めこそ驚き一瞬身を堅くしたが、直ぐに脱力して銀一にもたれかかった。
信用しているのでも安心しているのでもない。
ただ、一人で立つだけの力を失っただけなのだと銀一は思った。
銀一が本当に愛する女性はいつも銀一以外の誰かを愛しているのだ。




二人が寄り添う道路から道一本隔てた大通りを、一人の少女が歩いていた。
年の頃なら14,5歳。西日に真っ赤な髪と碧眼が映える。
少女は今時の女性が好んで着るような派手な衣装に身を包んでいた。本当に美しい少女であった。
水底のような暗黒を湛える瞳と、口の周りにべったりと付着した血液を別にすれば。

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!ろ、路地裏に女の死体がッ!!!直ぐに、直ぐに警察をッ!!!!!」

まるで何かに噛み殺されたような裸身の女性の遺体が発見され、大通りが野次馬とパニックに包まれる中、
少女は口元をぺろりと舐めたのだった。





(続)

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