ザ・グレート・展開予測ショー

IF


投稿者名:MAGIふぁ
投稿日時:(05/10/29)


 ほんの少し。他愛のない、些細な違い。

 時に、そのほんの少しの揺らぎが大きな波になって、流れが変わる事がある。

 このお話も、そうして出来た物語。



「知ってるでしょ!?私達の霊体ゲノムには監視ウィルスが組み込まれていて、コードに触れる行動をとれば、その場で消滅しちまうんだよ!?ヤればコード7に触れる…!あんたヤる気!?」

「どうせ私達、すぐに消滅するんじゃない……!だったら!!ホレた男と結ばれて終わるのも悪くないわ!!」


 魔神に生み出された魔族の姉妹のこの会話。

 本来ならば、部屋のすぐ外で大声でかわされていたが故に、横島が気付いて、建物の外へと逃げ出すキッカケになったこの会話。

 しかし、ここではそうはならなかった。

 顔を貸せ、と言った後、背を向けてすたすたと廊下を歩き出したベスパに、ルシオラがとっさに麻酔攻撃を打ち込んだせいで、この会話は廊下で、小声でかわされたからだ。

 そして――――2人は結ばれた。

 何も知らない横島は、煩悩のままにルシオラを手に入れ――


「ちょ、な……お前、透けて…!?」

「ゴメンね、黙ってて……言ったら、抱いてくれないんじゃないかって思って。恨まないでね、ヨコシマ。本当に、好きだったよ………」

「ルシオラーー!!」


 ――――そして、失った。


「誰かっ!誰か来てくれ!!ルシオラが…ルシオラがっ!!」


 目の前で消えたルシオラに、わけがわからず混乱して他人を呼ぶ横島。

 それに答えてやって来たパピリオが目にしたのは、ルシオラのパジャマと下着の散らかった部屋でうろたえる横島の姿で。


「ルシオラちゃんの服を持ってきて……何やってるんでちゅか…?ポチ」

「ち、違うんやー!!マジメな話なんやー!?そんな目で見んといてー!!」


 始めはヘンな事をやっているペットに冷めた視線を向けるだけだったパピリオだが、事情を聞くうちにその視線はより冷たく、鋭くなっていった。


「何が起こったのかなんて、わかんねえよ!ただ、俺は……ルシオラを抱いただけでっ!」

「抱いたって……ヤッたんでちゅか!?」

「それで……急にルシオラが消えちまって……俺、何がどーなったのか…」

「ポチ」

「なんだ?知ってるのか!?頼む教えてくれ!」

「死ぬでちゅ」

 ゴッ!!


 姉を殺されたと悟ったパピリオは、無造作に極太の霊波砲を横島に向けて放った。

 だが横島は死ななかった。


「なんで……邪魔するんでちゅか?ベスパちゃん」

「それがルシオラの……望みだからさ……最後のね」


 いまだ完全には麻痺が解けないものの、歯を食いしばって駆けつけたベスパが、横島を守ったからだ。

 そして姉の仇を討とうとするパピリオに、姉の遺言を聞かせるベスパ。


「パピリオ。ルシオラは、姉さんは全部解ってて、こいつに抱かれたのさ。どうせ私達の寿命は1年!ホレた男とヤって消えるのも悪くないって、ね」

「そんな…そんなのって!!」


 納得がいかないと叫ぶパピリオ。横島も心の中でそう叫んでいた。

 ヤったら消えるだって…!?…そんなの!そんなの俺は聞いてない…知らなかった!!


「どうして!どうしてポチを殺しちゃいけないんでちゅか!?」

「解るだろう!?こいつが死んだら、姉さんが悲しむからだよ!そうでなかったら私だって…!!」


 ただ、部屋の中にパピリオの泣き声だけが響く。そしてベスパも、声は出さないが泣いていた。

 横島は泣いてはいない。まだ、事態が完全には飲み込めずに混乱しているのだ。信じたくない、というのもあるのだろう。

 しばらくして、ベスパが部屋の沈黙を破った。


「…………出ていきな」

「……え?」

「見逃してやるから、出ていきなって言ったんだよ。アンタの顔をこれ以上見たくないんだよ……さっさと消えなっ!!」


 横島に、返すべき言葉はなかった。

 そして横島はその場から逃げ出し、別荘を出て、走った。

 方向や目的地など考えずに、ただひたすらに走った。

 何も、考えたくはなかった。考えてしまったら、自分がした事を認識してしまう。

 自分が何も考えずに、欲望のままに行動して……ルシオラを■■してしまった事を。


「…………っうわ!」


 そこまで考えたところで、何かに足を引っ掛けて横島は転倒した。

 こんな時にまでお約束なのか、と横島は自嘲して。そして口に出してみた。


「ルシオラ」

 ――敵でもいい、また一緒に夕焼けを見て――

「ルシオラ」

 ――楽しいわけないわね。私とドライブしたって…――

「ルシオラ」

 ――下っぱ魔族はホレっぽいのよ――

「ルシオラ…」

 ――ヨコシマ。本当に、好きだったよ――

「ルシオラァ……う……うっく……うわぁぁぁぁぁああ…」


 一度口にすると、ここ数日の彼女との思い出が頭の中でリフレインする。

 どんな想いで抱いてくれって言ったんだろう。何も気付かなかった。考えもしなかった。ただヤれるとだけ喜んでいた。

 何故言ってくれなかったのかよりも、何より気付きもせず、いや考えようともせずに彼女を抱いて、消してしまった自分が許せない。


「チクショウッ!!」


 いつぞやワルキューレが初めて事務所に来て、戦力外として追い出された後のように、横島は霊力を込めて拳を振るった。

 あの時は障子が栄光の手で真っ二つになって、その向こうから雪之丞が現れた。でも、今は…


「…………霊力が……使えない……!?」


 何も、起こりはしなかった。

 つまり。横島は、唯一支えになるだろう、力さえも失った。



 その後。どこをどうやって帰ってきたのか、本人の記憶にもないが、横島は自分のアパートへと辿り着いた。

 美神の事務所でもなく、仲間のいる都庁にでもなく、自分のアパートへ。

 横島は今、誰にも会いたくなかった。事情を話したくもなかった。ルシオラを殺してしまったと告白するのも、責められるのも怖かった。

 どこから身元がバレたのか、『人類の敵』への罵詈雑言で埋め尽くされたドアを開けて、部屋の中へ入り、普段はあまりかけない鍵をしっかりとかける。今は、他人に会いたくない。

 そして部屋の真ん中に敷かれっぱなしの万年床に座り込むなり、横島はもうピクリとも動こうとはしなかった。





 その頃、都庁では……何をしてでも生き抜こうとする、人の暗黒面が美神令子を襲っていた。


「令子ーー!!」


 胸から血を流して倒れている娘を抱きしめて、名前を呼ぶ美智恵。

 魔神の狙いは、美神令子の中にある魂の結晶。つまり、令子が死ねばその魂は転生の為にいずこかへと飛び去り、行方不明となる。

 それを狙った人類の誰かの指令によって、令子の命は狙われ、刈り取られてしまったのだ。

 しかし、それも魔神の思惑の中にあった。


「おかしい……美神さんの魂が、転生の輪に向かわない…!?」


 美神令子の死に、それも暗殺という手段で強要された死に沈黙する一同の中で、最初にヒャクメが異常に気付いた。


「魂を波長その他の特徴で特定して、召喚する。肉体を持った人間ならともかく、魂だけならこれが結構簡単なんだよ」


 その不可解な現象を解説したのは、部屋に入ってきた一人の角を持った男。


「千年ぶりだね……おかえりメフィスト。我が娘よ」


 その手に持った令子の魂に、その男は慈悲さえ篭った笑みを向けてそう言った。


「アシュ…タロス…」

「我が配下が幾たびもメフィストを殺そうとしていたのを忘れたのかね?彼女が死んだ後、魂をどうするかなど、とっくの昔に解決済みだったのだよ」


 自分の名を言うヒャクメを無視して、笑みを嘲るようなものに変え。魔神は聴衆へと親切に解説へと戻った。


「そしてこうして魂の結晶を得た以上、もう君達に用はない。協力に感謝する……さらばだ」


 転移する魔神に、その場の誰もが手を出せなかった。

 理解してしまったのだ。もう、どうしようもないという事を。

 今は、絶望的な状況だという事を。





「フハハハ、ハハハハハハハハ!!乾杯だ!私の世界に――!!」


 魂の結晶を手に入れ、コスモプロセッサを起動して、魔神は笑った。祝杯を上げ、とある命令を入力する。


「まずは創造……私の下僕としてよみがえるがいい。殉教者たちよ…!!」


 と同時に、東京で、パリで、ニューヨークで、ロンドンで。世界各地で生前の活動地域に関係なく、滅んだはずの魔族が、妖怪が、悪霊が。ありとあらゆる魔が、ありとあらゆる場所で復活を果たして暴れ出した。

 そう。ありと、あらゆる魔が。

 そしてアパートに閉じこもる横島の元へと向かう、魔が2つ。


「こーして復活したからには!横島アッ!!あんたを真っ先に殺す!!」


 一つは蛇。何度も横島に邪魔をされ、最後には殺されたメドーサ。

 そしてもう一つは…


「あんたなんかに殺らせるもんですかっ!!」

「るし……お、ら…!?」


 壁を破壊して飛び込んできたメドーサの叫びにも、攻撃にも無反応だった横島が、もう一つの魔の名前を呼んだ。

 もう一つは蛍。横島に惹かれ、抱かれて、消えたはずのルシオラ。


「ルシオラッ!!お前生きて…」

「話は後っ!それよりも、今よ横島!!」

「お……」

 呼びかけに答えて反射的に、横島はいつもの感覚で力を振るった。

 無くしたはずの力は、彼女の姿を見た途端に現金にも蘇っていて。


「おうっ!!」


 文珠“滅”

 メドーサに叩き込んだソレは、文字通りメドーサの霊体を一片残らず滅ぼしてみせた。


「うわ…なんか俺パワーアップしたような…ってそれよりもルシオラ!お前なんで!?」

「アシュ様がコスモプロセッサに打ち込んだ命令は、『神族や人間に滅ぼされた、ある程度以上の力を持った妖怪や魔族の復活』私も、いちおーは横島に滅ぼされたわけだしね?」


 コスモプロセッサとか、復活の理屈とかは横島には解らなかった。ただ、ルシオラが今目の前にいる事は、夢でも幻でもなくて、確かな事で。

 それを確かめるために、横島はルシオラを力一杯に抱きしめた。


「夢じゃない……夢じゃないよな?」

「うん。夢じゃない。夢じゃないわ、横島。もう一度、会えた…」

「ごめん。俺、自分だけ…自分の事だけしか考えてなくて…それでお前を、こ、殺しちまって…」


 ルシオラの温かさを感じて、夢ではないと確信して。横島は、抱きしめ、涙して、謝った。


「バカね。謝んなくてもいーのよ、私が望んだんだし、それにけっこー気持ち良かったし、ね」

「……バカ」

「……ただいま、横島」

「お帰り…ルシオラ」


 この後、戦線に復帰した横島とルシオラの協力もあり、美神美智恵の指揮のもとコスモプロセッサは壊滅し、究極の魔体を持ち出したアシュタロスと、降臨した神魔の軍群との戦いの後、ようやく平和が訪れる。

 たった一つのIFから分岐した世界の物語は、こうして一応の幕を閉じた。

 分岐したが故に人々の生死は移ろい、死すべき者が生き、生きるべき者が死んだりもしたが…
それでも、この物語では魔族と人間の恋人達は幸せになれたという。



 たった一つの些細なゆらぎは流れを変え、一つのありえなかった幸せを生んだ。

 このお話は、ただそれだけの物語。

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa