ザ・グレート・展開予測ショー

秋の罠


投稿者名:犬雀
投稿日時:(05/10/21)

『秋の罠』




乙女にとって秋とは色々と悩みの多い季節なんです。
終わった夏を思い出して感傷に浸ることもあります。
私の場合は結局、ひと夏の思い出と呼べるものが無かったということが感傷だったりするんですけど。
なんだかすっごく不本意です。

それにもう一つ。
いいえ。それはきっと私たち恋する乙女にとって最大の敵。
つまり実りの秋です。

上品な甘さに炊き込まれた栗御飯。
ジュウジュウと炭に脂を落としながら焼けるサンマの香り。
口に入れたとたんに広がる梨の果汁。

そして…集めた落ち葉の中で焼けるお・イ・モ。

そう…何を隠そう私はおイモが一番好きで。
人身御供になる前は食べたことがなかったんですけど。
学校の歴史の時に習ったけど、テレビで見た暴れん坊な将軍様がもう少し早く広めてくれれば…とちょっと恨んでみたり。

幽霊になって山に居たときは当然、美神さんや横島さんとここで暮らし始めてからも、幽霊だった私はおイモを食べるなんて出来なかったんです。
「い〜し焼〜きイモ〜。おイモ!」って車が来るたびに、美神さんに言われて買いに行った事はあるけれど、幸せそうにおイモを食べる美神さんを黙ってみていただけでした。

そして生き返ってから初めて食べたおイモの味。
ああ…もう本当に至福としか言えませんでした。
甘くてホコホコしてて口の中でとろけて。

まさにキングオブ秋の味覚だと思うんです!

だって仕方ないじゃないですか!「九里より美味い十三里」ですよ!
16kmも美味しいんですよ!
一粒300mのお菓子に換算すれば…えーと…えーと…50粒ちょっとですね。
それって凄いでしょ!
けれどそれは悪魔の誘惑だったんです。
いいえ…あるいは女の子の心理を巧みについた罠だったんです。
その結果が昨日のお風呂での惨劇。

熱いお風呂で火照った私を一気に極寒地獄へと叩き落した体重計という悪魔。
なぜ!なぜですか?!
胸とか増えたように思えないのになんで3キロも増えてますか!
これは何かの呪いでしょうか?!

まだよ。まだ間に合う。この脂肪が定着する前に燃焼していただければいいのです。
涙に潤む眼を拭いながら、それでも厳しい戦いを決意したと言うのに…。

なぜ…私は…焚き火の前に立っているのでしょうか?



「ん?どうしたのおキヌちゃん。急に涙ぐんだりして。煙が眼に沁みた?」

ああ。横島さんが優しい言葉をかけてくれる。
それは凄く嬉しい。
その言葉は私の体を焚き火の炎よりも温めてくれて。
私は本当に横島さんが好きなんだなーと思うけど。

でも…こんなにたくさんのおイモを持ってきてくれた横島さんをちょっとだけ恨みます。

いえ。嬉しいんですよ。本当に。
万年金欠の横島さんが私にプレゼントしてくれるなんて。
でもいくら安かったからって年頃の女の子に対するプレゼントがおイモ一箱ってのはどうなんですか?
それもわざわざ美神さんたちがお出かけで私一人でお留守番のときを狙ったように。
横島さんが私のことをどう思っているのか問いたい。問い詰めたい。小一時間問い詰めまくりたいです。

ああ、でも、そんなことも横島さんの笑顔を見たら言えなくて。
私は横島さんに言われるままに庭で落ち葉を集めるお手伝いをしてしまいました。
横島さんの笑顔とおイモの誘惑に勝てるはずが無いじゃないですか。

ぐすっ…煙が心に沁みます。

「まだ焼けないかな〜。」

「まだだと思うのねー。」

「え?ヒャクメ様?」

だのに…折角、焚き火を前にして横島さんと二人、おイモが焼けるまでの逢瀬を邪魔しに来てくれやがりましたね。ヒャクメ様。
もしかしておイモに釣られたのかしら?

「なんでヒャクメがここにいるんだよ?」

「ヒドイわねー。たまたま遊びに来ただけなのにー。」

そう言いながらなぜ私の方を見てニヤリと笑いますか?
絶対に狙ってきましたね。
そうですかそういうつもりですか。でも横島さんは渡しません。変わりにおイモを私より一個多くしてあげますからお引き取りください。

「それに私がいると便利だし。」

「なんで?」

「私はヒャクメなのね。私の百の感覚器官を赤外線に合わせればおイモの焼け具合なんか一目瞭然なのね。」

「ほほう…なるほど。」

横島さんが感心してます。
確かに便利かも知れないけどそれって神様としてどうなんでしょうか?

「じゃあ早速見てみるのねー。」

得意そうに胸を張ってヒャクメ様が焚き火を凝視しはじめて…。
あ、なんか横島さんも期待に満ちた目でヒャクメ様を見ている。なんかちょっと悔しいです。
そんな横島さんの視線を知ってか知らずかヒャクメ様はいきなり…

「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!眩しいのねぇぇぇ!!」

目を押さえて七転八倒してます。
考えてみれば赤外線モードで火を見つめればそうなるのは当然という気も。
もしかしてヒャクメ様、「さぁもぐらふ」とかと勘違いしてたんでしょうか?
アホですね。くすくすくす。

「おいおい。大丈夫か?」

「目がぁ!目が痛いのー!」

ってちょっと!なんで横島さんに抱きつくんですかっ!
そこっ!横島さんもいい子いい子ってしない!

「ん?どうしたのおキヌちゃん?険しい顔して?」

「え?あ…私もちょっと煙が目に沁みたかなぁって…」

「大丈夫?」

「は、はい。」

ふー。いけませんでした。顔に出かかっていたようです。
注意しなくちゃ。


そうこうしているうちにおイモが焼けたようです。
焚き火の中からほんわりと良い香りがしてきて私の心を鷲掴みです。
健康食品でありながら高カロリー…ううっ…今日の晩御飯はお粥にしよう。

「ほらおキヌちゃん。熱いから気をつけて。」

「はい。」

渡されたおイモよりわずかに触れた横島さんの手が暖かく感じられて。
ちょっとだけ体重計のことで暗くなりかけた気分なんかどっかに吹っ飛んじゃって。
もー。幸せいっぱいになっちゃって。
黒く焦げたアルミホイルの中から顔を出すおイモをゆっくりと頬張りました。

おいしい…。おいしいです。
ごめんなさい横島さん。私の幸せ袋はまだおイモの分だけ余裕があったみたいです。

三人で食べるおイモはとっても美味しくて、もう私の頭の中から体重計のことなんか消えちゃって。
ああ…この幸せがずっと続けば良いのに。

それが油断でした…。
氷室キヌ一生の不覚です。

「ぷう」

その音はホクホクとおイモを食べていた横島さんとヒャクメ様が一瞬硬直するほどの音量で響き渡りました。

あああああ…顔から音を立てて血が引いていきます。
昨日もお夜食で食べたおイモがこんな形で災いになるとは。
悔やんでも悔やみきれません。
きっと今の私の顔色は紙よりも白いです。ああ…世界がこのまま止まればいいのに。
ひゅるりらと冷たい秋の風が吹きすぎて…横島さんの顔が何とも言えぬ表情へと変わっていきました。
最初は驚愕。
そして次は視線がうろうろと宙を彷徨って。
ううっ…きっとコレは聞かなかったことにしようか、それとも笑って誤魔化すべきかを悩んでいるんです。

なんとか…なんとか誤魔化さなくちゃ。
もう私の思考はグルグルで。
ここはヒャクメ様のせいにする?
いえ…無理です。ヒャクメ様は横島さんに抱きついていて音源から離れすぎです。
それに仮に私がヒャクメ様を犯人と指摘したら、オナラ第一法則「屁は最初にそれに言及した者が放屁者である。」が発動しちゃいます。
そうなっては自白したも同然。

あああ…どうしよう。
好きな人の前でオナラをしちゃうなんて…早苗お姉ちゃん…キヌは悪い子です。

あああ…なんとかしなくちゃ。
どうすれば…どうすれば…。
グルグルになった私は咄嗟に閃いた案を吟味する間もなく口走っちゃいました。

「横島さん!ここに誰か別な人がいます!」

「「へ?」」

ううう…大失敗です。横島さんもヒャクメ様も呆然と私を見てます。
なんで私はこんな突拍子も無い言い訳を…。
でももう引っ込みはつきません。
ここは無理にでも押し通すのみ。
強行突破万歳です!


そして振り返った私の目の前にソレは本当に居ました。

『ば〜れ〜た〜か〜』

「え?」

思わず変な声が出ちゃいました。
だってそこには本当に幽霊さんが居たんです。
ああ、世界ってこんなにも優しいのですね。
ありがとう!名も知らぬ幽霊さん!そして神様ありがとうございます!

思わず神様に感謝する私にその若い女の幽霊さんはニッコリと笑いました。
なんだかシンパシーを感じてくれているみたいです。
よく見れば人懐こさそうな笑顔をした美人さんの幽霊さんでした。
もしかしたら横島さんの好みのタイプかも知れません。
だってスタイルとか凄くいいんです。
幽霊さんは私の手にあるおイモを見て悲しそうに呟きました。

『おイモ…悲しいわよね…』

「え?」

「あのー。あなたは?」

横島さんがなんか驚いたような顔で幽霊さんに話しかけました。

『私?私は通りすがりの浮遊霊だけど…』

「ああ、じゃあさっきのオナラは?」

『あ、それは私じゃ…』

「そ、そそそそれで!浮遊霊さんがどうして?!!」

余計なことを言われる前に慌てて遮ります。
折角、さっきの音は幽霊さんの犯行になったんです。
ここで真実を告げられるわけにはいきません。

私の剣幕に驚いたのか幽霊さんはちょっと引きながらも話し出しました。

『え…ああ、私ねちょっとおイモに思い出があってつい…』

「思い出って?」

『私ね…彼氏と喧嘩して飛び出して車に轢かれて死んじゃったの…』

「おイモが原因でですか?」

『おイモはきっかけね。あのさ…私と彼って同棲してたのよ。そして忘れもしないあの夜…』

そう言って幽霊さんは遠い目になりました。きっと亡くなった原因のことを思い出しているんでしょう。

『おイモを食べていた私は急にオナラがしたくなったのね…必死で我慢したんだけど…だんだん限界が近づいて…』

なんか話の内容がヤバくなってきたような…。
もしかして薮蛇?

『それでつい彼の目の前でしちゃったのよ…ぷうっ…て』

ふう…一安心です。この証言で彼女の犯行は裏付けられたも同然です。
冤罪ですけどね。くすくすくす。

でも幽霊さんの次の台詞を聞いた私は冷静ではいられなくなりました。

『そしたら彼が凄く怒ってね。私も売り言葉に買い言葉で喧嘩になっちゃって…それでアパートの外に飛び出した私はそのまま車に…』

「酷いです!」

「え?おキヌちゃん?」

驚いている横島さんに向き直ります。
なんだか自分でもよくわからないけど、ここは譲っちゃいけない気がします。
それも割りと切実に。

「だってそうじゃないですか!女の子だって人間なんです。出物腫れ物ところ嫌わずって言うじゃないですか!失敗しちゃうことだってあるんです!それを怒るなんて!」

『でしょ!でしょ!』

私の手を握ってブンブンと振り回す幽霊さん。勿論、私も握り返しちゃいました。
もう二人は親友です。ともに辛い思いを経験した仲間なんです。同士なんです。

「まあそうだよなぁ…何もそんなことで怒らなくても…」

「そうですよね!」

「あ…うん…別に屁ぐらいいいと思うけど…」

ああ。良かった。横島さんはやっぱり私の好きになった人でした。
そうです!魔族や妖怪でさえ何だかんだいって煩悩の対象にする横島さんがただの生理現象に負けるはずが無かったんですよね。
私の心配は杞憂でした。
それでも恥ずかしいものは恥ずかしいですけど。

そんな私の温かくなった心をヒャクメ様がぶち壊してくれました。

「私は神様だからオナラとかしないからわからないけど、もしかしてすっごく臭かったとか?」

『失礼ね!』
「失礼じゃないですか!」

「ご、ごめんなさいなのねー。」

本当にこの神様は人の心とか乙女の機微とかわかってくれません。
臭いとは何事ですか!
好きな女の子のオナラはフローラルなんです!
きっと彼女の彼氏さんは愛が足りなかったんです!
そんなこともわからないヒャクメ様は黙っておイモを剥いていてください!

私たちの剣幕に恐れをなしたのかヒャクメ様はグシグシ泣きながら木の影へ行っちゃいました。
それでもちゃんと両手におイモを持っていっているのは流石ですね。

そんなヒャクメ様をフンと睨みつけて幽霊さんは言いました。

『私はただちょっとアイツの顔の前にお尻出して『ねえ?ズボン破けてない』って言ってから放屁しただけよ!それなのにあんなに怒るなんて!!』

「「当たり前だぁぁぁぁあ!!!」」

あ、横島さんとユニゾンした。
さすがにそれは女の子としてって言うか人としてどうかと思います。
だいたいそれって「過失」じゃなくて「故意」じゃありませんか。
私とは罪状が違います。ええ、それはもうはっきりと。

二人がかりで責められて幽霊さんは「ぴーぴー」泣きながら消えて行っちゃいました。
なんて言うか…脱力です。
それにしても彼氏の目の前ってのがまさか文字通りの意味だったとは…この世界も奥が深いですね。

でも…。
やっぱり…人前でオナラをする女の子は変なんでしょうか?
なんだか凄く泣きたいです。

肩を落として幽霊さんが飛んで行った空を見上げる私の肩にポンと手が置かれて。
振り返ってみたら横島さんが笑ってました。
だから私もちょっと聞いてみたくなって。

「あの…横島さん…オナラする女の子ってやっぱり嫌いですか?」

「ん?そんなことないけど?」

「でも…」

「だってオナラが出たってのはおキヌちゃんがもう幽霊なんかじゃなくて、一人の人間だって証拠だろ?」

「そ、そうですね…」

「けどさすがに顔面直撃はなぁ…」と笑う横島さんの笑顔が凄く眩しくて。
私は思わず顔を伏せちゃいました。
耳が凄く熱くなって…ああ、私って今きっと真っ赤なんだろうな。

私…とても幸せです。







でも…



さっき私は「オナラする女の子」と一般論を言ったのに、横島さんは「オナラが出たおキヌちゃん」と個別論で答えてくれたのはどういう意味なんでしょう?

あれ?あれ?と首を傾げながらも私は三個目のおイモを口に運ぶのでした。




                                                                  おしまい

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