ザ・グレート・展開予測ショー

風邪を引いた日! (絶対可憐チルドレン)


投稿者名:とおり
投稿日時:(05/10/20)


「葵、大丈夫か? 」

冷えこむ様になってきた、秋の朝。
皆本は静かに病室のドアを開け葵の休むベッドにそっと腰をかける。

少し前、季節の変わり目の寒暖差が激しかった時期
薫や紫穂が風邪を引き、寝込んでしまった際に二人の為にと看病に勤しんでいた葵。
二人が回復したとたん、今度は葵が倒れてしまった。
看病の疲れもあったのだろう。
昨日からの高熱で、葵はうだるようにベッドに横になっていた。

治療や薬の効果はまだ表れておらず
荒い息に、じっとりと額に浮かぶ汗
動く事も気だるそうな、ほてった顔。
皆本の呼びかけにも、返事をよこさない。
その様子に皆本は額に指の背を置くと、かなり熱が高い。
横に落ちたタオルを洗面器につけ、絞りなおし、髪をかき上げて熱さが和らぐように掛けてやる。
葵を見やるとカーテンをまとめ、部屋の窓を開けて新鮮な光と空気を呼び込んだ。



「葵、パジャマとシーツを代えるから。…ほら、体を起こして」



皆本は掛け布団を少しめくると、ぽんぽんと肩を軽くたたき葵に起きるよう促す。
葵は何かに気付いたように、ゆっくりと目を開ける。
熱が高いせいか頬が赤く、いかにも苦しげだ。
目も潤んで、たくさんの汗をかいている。
まどろみから覚めたような視線を皆本によこすが、首をふるばかりでベッドから出ようとはしない。
皆本は汗で湿ったパジャマを代え、また同じように湿ってよれ、しわくちゃのシーツも替えたいのだが、葵にその元気すらない。



「困ったな。葵が着替えてくれないと、風邪の直りが遅くなるんだ。葵も早く直したいだろう? 」



皆本は、ほらと肩に手をかけるが葵は言葉に駄々をこねるように、手を払う。
いやや、寝かしといて、と。
よほどに苦しいのか、だるいのか。
一つ動くごとに吐き出す息も大きく、すぐに目を閉じる。



「まいったな…」



皆本は頭をかくと、またベッドに腰を掛けて葵の頭をゆっくりと撫でる。
葵の額に浮かんでいる汗を枕もとのタオルでトン、トンと拭ってやるが、葵の苦しげな表情に変わりはない。



「仕方ない、か…。少しして、出直そう」



腰を浮かし、部屋を出ようと足を向けると
いつの間にだろうか、袖口を葵が掴んでいる。
布団の下から手を伸ばして、先ほど閉じた目をうっすらと明けて。
じっとこちらを見ている。



「どうした、葵? 」



袖を掴んだ手を、そっと握り皆本は葵に答える。
葵も、皆本の手を握り返す。

熱の為だろう、手に力は入っていない。
だけれど。
皆本は、葵の小さな手を離すことは出来なかった――――。










すう、すう。
皆本の耳に届く、か細い寝息。
真新しいシーツを敷いたやわらかい布団の中で、ぐっすりと眠りにつく葵。
先ほどの薬が効いたのだろうか
それともパジャマを変え、不快な湿気が少なくなったからだろうか。
こちらも安心できるほど、穏やかに眠っている。

可愛らしい葵の寝顔を見、目を細めながら皆本は思う。
葵は、ゆっくり休むべきだと・・・。
葵は父親の事業失敗や弟の健康という家庭の事情で、小さい頃から背伸びを強いられてきた。
能力の発現以降、BABELに所属し、家族と離れて暮らしてきた葵。
レベル7という特性で、学校にも行ってはいない。

周りの環境が否応無く、自立した「子供」でいる事を求めてきた。
いや、葵はそう考えてきたのだ―――――。



【しっかりしなくちゃ】



例え自分が不満に思うことがあっても
寂しくて、辛くて、泣きそうな事があっても
子供として当たり前の気持ちを押し殺して来たに違いない。

自分のわがままは
大好きな両親の負担になったから。
自分の気持ちは後にして
体の弱い弟を慮る、優しい姉でいようと。
周りを気遣う、しっかりした手のかからない子、それが―――。

そうすることが、自分の役目だと。
我慢する、それが自分の居場所を作る方法だと思っていたのだろう。
だからこそ、BABELに入ることも承諾したに違いない。










自分も、似たようなものだったのかもしれないな……。
寝入る葵の様子を見ながら皆本は、昔の事を考えていた。
幼い頃から自分は、不思議と色々なことが理解できた。
教えられたことだけでは足りなくなり、自分から学習したことも、すぐに分かった。

「天才児」

そう呼ばれるのに時間はかからなかった。

そんな自分に両親は、才能を伸ばすことが出来るようにと最大限の事をしてくれた。
与えられた環境の中で、次々に結果を出す自分。高まる期待。
より高度な環境をと、身を削って働く両親。
その様を見るにつけ、頭に浮かぶ疑問。
果たして自分の【必要以上】の能力は両親や周囲の人間を幸せにするのか―――。
そして、その疑問を抱きつつ結果を出し続けていかなければならない自分。
いつしか、通う学校の教師からも疎まれるほどになっていた。

皆本は考えた。
どうすれば周囲の期待にこたえられるのか。
どうすれば、自分は周りと溶け込んでいけるのか。
どうすれば、両親に心配をかけなくてすむのか―――。
まわりすぎる頭は、自分の感情を飛び越えて
行動を抑える様になり、いつしかそれが当たり前になっていった。





小学校の頃だったろうか、風邪を引いて熱に浮かされていた。

苦しくて、不安で
誰かにそばにいて欲しくて

珍しく、仕事で忙しい母が家に居てくれた。
そばにいて、看病をしてくれて
本当に嬉しかったのだけれど。
熱さましのタオルを代えてくれる母に、かけてしまった言葉。



【心配しないで、大丈夫だから】



気持ちとは裏腹の
理性から出た、言葉。
いつもの、言葉。
その言葉に母は、安心したように
早く帰るからお薬を飲んで寝ているのよ、と。

スーツを着込んで、じゃあねと
ゆっくり襖を閉めた母に。
ごめん、行かないで
家に居てと
言えなかった自分。

パタン。
ドアの閉まる音がして、家から音が無くなる。
いや、横になっていた部屋の時計がチクタクといつまでも響いて
自分の本当の気持ちまでその音にかき消され無くなっていくようで、ひどく、ひどく寂しかった。





今、寝込んでいる葵。
頑張り屋で、でもちょっと寂しがりの葵。
幼い頃、自分は言えなかったけれど。
葵が素直に周囲のことなど気にかけず、心から自分の気持ちを言えるように皆本はしてやりたかった。
だから、今日はそばにいるよと
葵の手を握りながら、つぶやいた。

朝からの看病の後
食欲の無い葵に、少しばかりの昼食をとらせ
ベッドのそばで佇んでいた皆本。

いつの間にか少し寝込んだのか、気付けば日の光も随分と西に傾き始めていた。
ああ、いけないな
早く食事や薬の準備、着替えなんかの用意をしなくちゃな―――そう思い、立とうとしたときだった。
皆本は気付く。
自分の手が、葵にぎゅっと握られていることに。
布団から頭だけを出した葵が、自分を見ていたことに。

いつからこうしていたのだろうか、不安そうな視線を皆本に投げかける。



「……どうしたんだい」



優しく落ち着かせるように、葵に話しかける。
熱はもう大分いいのかい、食欲はどうだい。
しかし葵は答えない。
ただ、手を握る力が少し強くなって。

一言、こう言った。



「……いかんといて」



それは彼女のわがまま。
普段見せない、子供の姿。
大好きな人を、少しばかり独占したい
切ない、気持ち。

彼女の小さい指から伝わる想い。
そっと手を握り返す皆本。
枕もとのタオルで、葵の汗をふき取ってやりながら―――。



「大丈夫、ここにいるよ。
 さあ、汗を拭いて。
 夕食を食べたら、薬を飲んでゆっくり休むんだ」



「ありがとなあ・・・・・・」



葵は苦しそうな中に、満足げな笑みを浮かべ。
皆本も、笑顔で返して
心の中で、つぶやいた。



『僕の方こそ。ありがとう、葵……』



夕闇が太陽を追い出した頃。
彼女はまた、眠りに落ちる。
葵の寝息がかすかに聞こえる病室。
皆本が、両の手で葵の手をしっかりと包んでいた。










翌朝



「葵〜!風邪はもうなおったか〜?」
「葵ちゃん、具合はどう?」



ばたんと大きな音をさせ、薫と紫穂が部屋に飛び込んできた。
薫と紫穂は昨日から泊りがけの特務についていたのだが、どうやら終わったらしい。
葵の熱はもう引いていた。
しかしまだ体力の回復していない葵の食事の世話をしていた皆本が、二人にねぎらいの言葉をかけようとする。
その前に、薫がなにやらごそごそと取り出した。



「ほら、お土産のエロ本『べらべっぴん』!これ見て元気だ……」



「葵はそんなもん見ても元気でんわっ!」



ゴン、と皆本の鉄拳が落ちる。



「いってえっ!なにすんだよ、皆本。ほら、皆本にもちゃんと買ってきたから―――」



「いらんわい!」



葵は二人のやり取りを見て、くすくすと笑う。
やっぱり、元気で居られた方がいいな、と。
今日一日の静養さえ終われば、また薫や紫穂と一緒にいられると思うと嬉しかった。
甘えることが出来なくなるのは、ちょっとだけ残念だけど……。
そう思っているところに、紫穂がすっと手を伸ばしてきた。



「ふふっ、葵ちゃん。一体なに考えてるのかな〜?」



「えっ!?」



「昨日一日皆本さんと二人っきり、そして今のお食事。
 何考えてたのか、お姉さんに教えて御覧なさい?」



「紫穂あんた、お姉さんちゃうやろ―――!!」



「うふふ。大丈夫よ、痛くしないから」



「…それ、あたしも知りたいなー」



いつの間にか回り込んだのか
薫に羽交い絞めにされた葵に、紫穂がじりじりと微笑みながら近づく。



「ちょ、助けてえな皆本はん〜」



「うぇっ!?」



葵が声をかけると、気付かれないようにこっそりと部屋から出て行こうとしていた皆本がいた。
いつもの超能力戦に巻き込まれてはたまらないと考えたのだろう。
だが、葵は部屋から出て行くことを許さなかった。



「やあっ!!」



勢い良く、ベッドの脇にテレポートで皆本を呼び寄せる。



「逃がさへんでー、皆本はん」



二人を流し見て大きな声で、晴れやかに笑顔をたたえながら
ぎゅっと皆本に抱きついた。



「あ、ずるいぞ葵ー!!」
「やだ、葵ちゃん」



穏やかな日差しと秋めいた涼しげな風が入り込んで、騒がしい4人を包み込む。
空はすっきりと穏やかに流れ
どこまでも高く、晴れ上がっていた。




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