ザ・グレート・展開予測ショー

十字架上の七つの言葉(6)


投稿者名:nielsen
投稿日時:(05/10/16)

『それをよこしたまえ!ルシオラを死なせたくはあるまい!?』

『破壊してヨコシマ!!渡してはダメよ!!』

『決めろ!それを壊して何もかも台無しにするか―――ルシオラを助けるか………!』

『もういい…!まかせるわ。横島クンしだいよ。ここまでやれたのは横島クンのおかげだ
しね。他の全部をひきかえにしても守りたいものがあるなら…わたしにはもう何もいえな
いわ!』

『何で……何で俺がやんなきゃダメなんスか……!!』





「アシュ……タロスーーーーーーーーーーーッ!!!」


裂かれ、焼かれ、押しつぶされ、空気が悲鳴を上げる。
圧倒的なパワーで繰り広げられる人間と魔神の戦闘は、その一撃一撃が放たれる度に起こ
す爆発的な圧力の為にそれを見上げる総ての者を震わせる。
東京という街は鳴いていた。
震動が聳え立つビル郡を鳴振させ鈍い音を立てている。真っ赤な空を目指す孤独なビル郡
は、不意に孤独に耐え切れなくなったかのように鳴いていた。

「なんて霊圧なの?あれが横島クン……………?」

ライトアンピリフィケイション、所謂レーザーの原理と言うものは非常に単純なものだ。
二つの鏡面を合わせ鏡に向かい合わせ、その空間をガスや半導体で満たし、光をその間に
反射させる。行ったり来たりするうちに光の強度が上がり、それが損失を越えたときにレ
ーザーとなる。
仮に内側が鏡で覆われた球体があるとしよう。実際にはもう少し複雑な処理が必要にはな
るが、その中に同様の原理で光を照射すれば、エネルギーは無限に増幅するだろう。しか
し行き場のないエネルギーはいずれ球体自身を破滅させる。

「今の横島クンの状態はまるでガラス張りの原子炉だわ。安定が崩れれば大事故になりか
ねない。横島クンが扱っている出力は本来人間に耐え切れるものじゃない………。」

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

「やるな、少年ッ!!!」

アシュタロスと切り結ぶ横島の集中力は極限まで研ぎ澄まされている。
魔神は横島の霊波刀の斬撃をその細身の長刀でことごとく捌き、横島に鋭利な攻撃を仕掛
ける。
横島もまた、アシュタロスの光線のような攻撃をなんとかかわしている。
アシュタロスは横島との剣戟の最中、意外にも声を出して笑い出した。

「へ?な、なんだいきなり………………!?」

目じりを押さえながら魔神は少年に問う。

「少年よ、何故君は闘うのかね?私が憎いからか?愛するものを守る為か?救世の優越に
浸るためか?」

横島にはアシュタロスの意図がわからない。ただ己が何故今剣を振るっているのかはぼん
やりと分かってきていた。

「俺は許されたいんだと思う。」

横島は何かを確かめるように、自分自身に対し頷く。

「俺は・・・許されたい。」

それを聞いたアシュタロスは一瞬その表情を堅くしたが、すぐにまた笑い出した。

「い、いちいちむかつく………こいつ、こんなキャラやったか?」

横島の疑問を置き去りにして、魔神との戦闘は佳境に入ろうとしていた。






「アシュ様………。」

「ベスパちゃん………。」

そこにいるのは紛れもなくかつてベスパの愛した男。その容貌も霊圧も、余人なら兎も角
ベスパが見紛うはずもない。
しかし同時に耐え難い事実がベスパの心を苛む。

「………わかってるよ、パピリオ。あの方はもうこの宇宙のどこにも存在しない。そして
それは、アシュ様の望みでもあったんだ。それはきっと………。」

ベスパは俯き傷だらけの体を両の腕できつく抱きしめる。ばらばらに分解してしまいそう
な体を必死に繋ぎ止めるように。

「それはきっと、あのアシュ様も同じなんだ。」

身体の傷から流れる出血は既に止まっていた。だがその魂を苛む傷跡からは、決して凝固
することのない血がとめどなく流れていた。

「父さん………。」

ベスパとパピリオが振り返ると、アシュタロスを父と仰ぐ二人の魔族の少年が、真っ赤に
染まった中天を虚ろな瞳で仰いでいたのだった。




「察するにルシオラは死んだのだな?」

息つく暇もないほどの剣戟の後、横島から間合いを取ったアシュタロスはそう横島に尋ね
た。

「そしておそらく私も………。」

「アシュタロス………お前あの時のルシオラと同じ………?」

アシュタロスは自分の胸に手を当て、何かを確かめるようにそっと目を閉じる。数瞬の後
目を開いた屈強な魔神は、やはり快活に笑ったのだった。

「君の中にルシオラの魂を感じる。転生する可能性をあの娘は持っているのだ。しかし、
しかしだ。この宇宙のどこにも私の存在を感じない。私は修正されもしなければ理不尽な
型通りの輪廻に放り込まれたわけでもない。完全に抹消されたのだよ。」

「………一体いつの霊破片だったんだ、あれは?」

「南極にメフィストを呼び出す前のものだ。想定外の事態で私がダメージを受ける事を考
慮して、霊体の一部をあらかじめ切り離し保管した。アダプタのようなものだよ。そして
今君の前に立っている私は、その霊破片に残留した当時の私の意識に過ぎない。」

出力もこの程度に過ぎんのだ、と言って心の底からおかしそうに笑う。

「魔物の幽霊………………!?」

「言い得て妙だな。なかなか気の利いたことを言うじゃないか。」

その言葉を横島に発した人物を思い、横島は眦を熱くする。

「お前の意識体を核にあいつらは魔神アシュタロスを復活させようとしてたってわけ
か?」

「あいつら………スコルピオ達のことかね?霊破片に残された私の意識のバックアップ。
しかしそれは私の魂を復活させる事にはならない。この霊破片だけでは魂の 総量が足りん
のだ。完全なコスモプロセッサを用いればできないことも無いだろうが、私が滅んだと言
う事はエネルギー結晶は破壊されたのだろう?」

誰にも私を復活させる事などできんさ―――そう言ってアシュタロスは横島に向かって再度
大声で笑った。

「アンタ哀れだな。そうまでしてこの世界から消えたかったのか?アンタに縋る者を置き
去りにしてまで………?」

「………もう無駄話はいいじゃないか。私はこうして意識がある限りは最凶の魔神として
振舞わなくてはならない。君を殺し、メフィストを殺す。再度神界に挑み、止め どない出
来レースを再現するだろう。いずれいつまでも続く意識ではない。茶番劇の悪役はもうた
くさんなのだ。」

そう言って恐怖侯アシュタロスは白銀の剣をゆっくりと持ち上げた。

「なに、すでに役者の去った舞台で後夜祭を舞うに過ぎない。さぁ、続けようじゃないか。
喜劇の締めくくりを………!!」

長刀は薄闇の中でも雄雄しく輝き、それはまるで持つ者の命を燃やしているかのようだった。

「横島クンッ!!」

そして美神令子は己が丁稚に声を掛けるのだった。






美神令子は考える。
なぜあの時自分は結晶を破壊するように彼に告げる事ができなかったのだろうと。思えば
多くの理不尽な命令を彼にしてきたと思う。彼の命を危険にさらした事もあるし、社会的
にありえないような薄給で少年をこき使ってきたのだ。
しかしあのときに限って美神は少年に命令する事をしなかった。
結局世界の命運と恋人の命とを天秤に掛けさせられた少年は、決して拭い去る事のできな
い傷をその心に負っている。
横島のことだ。彼に世界を破滅させる事などできなかっただろう。
しかし結晶の破壊を美神が彼に命じていれば、彼は一人で全てを背負い込まずに済んだの
ではないだろうか。
決断の責任を負いたくなかったのか。
少年に嫌われるのが怖かったのだろうか。
本当は、ルシオラの死をこそ自分は望んでいたのではないだろうか。
美神は必死に頭を振る。

最低だ。

いつから自分はこんなに弱くなってしまったのだろう。いつも自分で判断し決断し生き抜
いてきたのだとずっと思っていた。けれど今になってようやくわかった。いや本当はもっ
と以前からわかっていたのだ。認めたくなかっただけなのだ。

自分は一人では生きられない。

ルシオラは彼女から横島を取り上げようとしていた。そのことに嫉妬していなかったと言
えば嘘になるし、事実自分は確実に嫉妬していたのだろう。
だからこそ。
その後ろ暗い感情があったからこそ、彼女にはあの時横島に命じる事ができなかったのか
もしれない。
美神令子は血の滲んだような真っ赤な曇天を見ながら考える。
ルシオラを幸せにする責任は横島だけに課されたものではないと。




「横島クンッ!!!」

美神はあらん限りの声で横島に呼びかける。究極とまで言える集中状態にありながら、そ
の声は不思議に横島の耳に届く。

「横島クン、必ずそいつを倒して帰ってきなさいッ!とっくに閉まり切った幕の内側で惨
めに続ける三文芝居なんかさっさと終わりにしなさい。馬鹿馬鹿しいったらないわ。あん
たはいつまでも亡霊に付き合ってられるほど暇じゃないのよ。そいつを倒して帰ってきた
ら、
そのときには























ルシオラは私が生んであげるわッ!!」



顔を真っ赤にしながらしかし少しも物怖じすることなく美神令子は堂々と言い放ったッ。
その瞬間、その街にいる全ての者の視界は黄金の閃光に包まれた。空を覆っていた分厚い
雲は彼の頭上を中心に放射状に拡散し、後には清々しい秋晴れが残る。物凄いエネルギー
体がアシュタロスと対峙し、覚醒しようとしていた。





「この霊圧は………横島君なのか?」

「流石だな。っくそ、天才めッ。」

「じょ、常識ってものがあいつにはないワケ?」

「横島さん………。」

「見たか女狐ッ!!これが先生の実力でござるッ。」

「あいつ絶対人間じゃないわ。」



その光はとある病院の集中治療室にも届いていた。

「先生………この光は……?」

「横島クンだわ。一切の迷いが感じられない力強い霊圧ッ。今回ばかりはどうなることか
と思ったけど、やれやれね。」

松葉杖をつく美神美智恵は、ほっとため息をつきブラインド越しにその光景に思いを馳せる。

「二年前には確かにあった強い気持ち。いつの間にかなくなってしまったその気持ちを、
横島クンは取り戻したんだと思う。」

「先生。お言葉を返すようですが、何故か絶対にそんないいもんじゃないような予感が………。」

輝かしい閃光を目を細めて眺める師よりも西条の方が殊この場合だけは、正しかった
と言わざるを得ない。





「な、なんなんだこの出力は………?」

主神との戦闘をすら是としていた魔神が思わず冷や汗を流す。
それほどまでにそのエネルギー体の出力は常軌を逸していた。

ゆらり、とそれが動いた。次の瞬間にはまるで燃え盛る黄金の炎をそのまま刃に変じたよ
うな高高出力の霊波刀がアシュタロスの目と鼻の先まで迫っている。

「は、疾いッ!!!!」

なんとか己が刃でそれを受けるアシュタロス。

「なんという圧力………。な、何が貴様を強くした………!?」

黄金の塊はその唇をゆっくりと開く。

「ふふふふふふふ、俺は目の前のベッドインの為なら魔神をも越える男ッ!!!お前の敗因はア
シュタロスッ!!俺の煩悩パワーを甘く見たことじゃッ!!」

「貴様、なぜ前屈みなのだッ!!!」

「これが屈まずにおられるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!!!」

横島の剣戟をアシュタロスが捌く。いや、捌けていない。重すぎる斬撃がアシュタロスの
反応速度を上回るスピードで襲い掛かる。

「み、認めんぞ。出力不足とは言えそんなことでこの私が敗れると言うのかッ!」

「えぇい、往生際が悪いわッ!お前は死ぬのが望みだったんだろうがッ!!!」

「程度ってものがあるわッ!!」

「ふ、ふ、ふはははははははははッ!!!美神さん待っていてくださいッ!!直ぐにそっ
ちに行きますからねッ!!うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ、19年間暖め続けた俺
の情熱をついに開放する時がッ!!!!来いッ、アシュタロス。今の俺は誰にも止められ
んぞッ!!!!」


「は、早まった………。」

美神は膝を突き両手を突いて………心の底から後悔していた。


アシュタロスにさっきまでの余裕は感じられない。しかし追い詰める横島の目にも余裕と
言うものは全く感じられない。

「血走った目で寄ってくるんじゃないッ!!!………………ん?」

その時、突然アシュタロスの肉体から赤い煙が噴きだす。
いやよく見ればアシュタロスの肉体が煙と化しているのだ。

「………………時間か。」

アシュタロスの声は頭上の虚空へと向けられていた。




「こ………これは?」

「何だ………………?」

テノデラとデュルクスの肉体が少しづつ、それぞれ緑と黒色をした煙に変じていく。

「ど、どうしたんでちゅ?まるで体が溶けて行ってるみたいな………?」

「アシュ様ッ!!!!」

赤い煙に包まれていく愛すべき魔神にその声が届いたかどうかはわからない。ベスパの視
界は涙で歪み、精一杯に張り上げられた声は、哀しみで嗄れていた。




「アシュ………タロス………?」

魔神は赤い煙に包まれながら尚不適に笑っている。しかしその笑みはもう自嘲の色をすら
湛えてはいなかった。

「あの三人の出力はベスパたち以上だ。にもかかわらず彼らを実戦に投入しなかったのは、
どうしても霊基構造の増殖過程が上手くいかなかった為だ。魔族は霊力が皮を被ったよう
なもの。運が良くて一週間かそこらしか彼らの霊基はもたない。このスコルピオの霊基も
な。」

「寿命………ってことか?」

「ルシオラたちに課した私の意図による寿命とは違うがね。私は数万年を生き、デタント
が始まってからは忌々しい魂の牢獄に囚われ続けてきた。そんな私がよもや寿命で死ねる
とは思わなかったよ。」

アシュタロスの表情からは全く邪念が感じられない。晴れ渡った空のように、その顔は満
ち足りた表情を湛えている。
空の色が少しづつ深みを増している。早朝から始まった永い戦いの時間は暮れなずみ、時
刻は夕刻に差し掛かろうとしていた。

「確かヨコシマと言ったか?次の攻撃が私の最期だ。これに耐え切れなければ、君にも私
と一緒に来てもらう事になる。」

アシュタロスは長剣を上段に構え文字通り渾身の力をその一撃に込める。大気が歪みアシ
ュタロスの姿が霞んで見える。その出力は、瞬間的には横島を越えている。

「ず、ずりぃーぞッ!!最期にそんな隠し玉をもっとるなんてッ。」

「安心しろ。一撃だけだ。この一撃を凌げばお前の勝ちだ………。ルシオラの仇が討てる。」

「お前………………。」

「さぁ、勝負だヨコシマッ!!!!」

全身から真っ赤な煙を噴出しながら、恐怖候がこの世に残した最後の力が解放される。

視界全てを包み込むほどに膨れ上がったアシュタロスの魔力は圧倒的な霊圧で横島に迫り、
その長刀が横島の霊波刀と号する。
根源的な圧力でプラズマ化した空気が雷電のように飛び散る。
次の瞬間、横島の霊波刀はアシュタロスの長剣の前に霧散し砕け散った。
そしてその刀は横島の心臓を完全に貫いていた。

「横島クンッ!!!!」

美神の悲痛な叫び声が強風にかき消される。

横島の視界は赤く染まっていた。
見れば太陽がビルの谷間に吸い込まれ、世界が夕焼けに覆われようとしていた。





(続)

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa