ザ・グレート・展開予測ショー

テレビ的にはどーなんですか?


投稿者名:APE_X
投稿日時:(05/10/16)

 ウォン!、っと空気が唸る。

 霊団かと見紛うような、濃密な雑霊の乱舞の只中を駆け抜け。
 甲高いスキールを響かせてスライドした赤いバイクが、路肩に停まる。


「―――ホラ、よっ…と」


 ぶっきらぼうな口調で、小脇に抱え上げていた女性を降ろしたライダーが、顎をしゃくった。
 あとは一人で逃げろ、という意味なのだろう。

 多少よろめきながらも自力で立ったその女性には、それきり目もくれず。
 肩越しに振り向いたライダーは、一挙動でバイクから降りつつスタンドを立てた。

 黒いボディに真紅の鎧甲。
 両肩と上腕部、そして側頭部からは、鋭い角が猛々しく天を指している。
 見ようによっては禍々しいとも、雄々しいとも感じられる、攻撃的な意匠。

 人間離れした姿形のライダーは、その異形に違わない、攻勢の気質を有しているようだった。

 ざ、っとアスファルトを鳴らして身体ごと振り向き、今突き抜けてきた霊の集団に向かって一歩踏み込む。
 右の抜き手を青眼に翳し、左の拳を腰に引きつけた、半身の構え。


「フンッ!」


 堂に入ったその構えに触発された訳でもないだろうが―――。
 雑霊たちの方でも『彼』を敵と見たのか、雪崩を打って襲いかかる。


『オ…オオォォオォー…ン…!!』


 対するライダーの反応は、一見、ごく尋常だった。


「ハッ!」


 掛け声と共に踏み込み、引きつけていた左拳を繰り出す。
 震脚の音響が、まるで地鳴りのように鈍く、低く轟く。
 鍛錬の蓄積を窺わせる、堂々とした左の上段正拳突き。

 上下左右、一時に殺到する雑霊の全てを、それだけで打ち抜ける訳もない。
 それにそもそも、霊たちとの距離は、未だその腕の長さよりも遥かに広い。

 だが、結果はそれだけに留まらなかった。

 空を打ったその拳から、霊気の衝撃波が空中を伝播して、霊体を打ち据える。
 勢い付いて雪崩掛かった霊たちは、不可視の壁に叩きつけられたかのように制された。

 そのたった一撃で半数を超える雑霊が消し飛び、残りもまた押し拉がれ、陽炎のように揺らぐ。


「ハアァ…ハッ!!」


 立て続けに腰を捻り、繰り出された右の掌から、ゼロ収束の霊波砲。
 片側四車線の道幅一杯にまで広がった、眩い霊力の奔流が、残りの霊たちを一掃する。
 霊波の輝きがフェードアウトした後には、宙を埋め尽くしていた雑霊など、欠片も残されてはいなかった。

 異形のライダーが姿を現してからここまで、ものの十数秒―――三十秒と経ってはいない。

 たったそれだけの時間で、軽く百を超える霊を祓いながら、疲れた様子でもなく。
 ライダーは、雑霊たちがいた辺りの中心を見やった。


「―――アレ、か…」


 小洒落た造りの、巨大なテナントビルの入口。
 今はチェーンで封鎖され、使用禁止の札が掛けられた、回転式のガラス扉。
 確か、営業開始直後に、子供だったか老人だったかが挟まれて死亡したとか。

 そのデザイン性ばかりを優先した、無駄に優美な円形の空間に、異形が蠢いていた。


「床の模様と影で、召還陣ができちまった、てトコロか…?」


 小さくごちるライダーの視線の先で、魚とクラゲを足したようなソレが、キィ、と鳴いた。
 おそらく下位の魔獣だろう。
 先の雑霊たちは、コイツの放つ魔力に惹かれて寄ってきた連中らしい。

 外見通り本来は水棲らしいそれは、ガラス越しの陽射しに炙られ、苦しげにのたうっている。
 その姿が今ひとつ不鮮明で、時折ブレて見えるのは、召還が不完全だからに違いない。


「どーせ、もうスグ時間切れでサヨナラ…ってのも、寝覚めが悪いわな」


 地に落ちた影が移動すれば、この偶発的に描かれた召還陣は消滅する。
 召還の不完全な今の状態なら、おそらくそれでコイツは俗界からは消えるだろう。

 だがそれは、元いた場所へ送還される、という事と同義ではない。
 自力で空間を渡る能力でもあればともかく。
 知性もあまり高くなさそうなコイツでは、多分『向こう側』からの誘導なしには、帰れない。

 そして、もしそうなれば、次元の狭間で永遠に死ぬ事も許されず、『落ち』続けるしかないのだ。

 ―――それではあまりにも哀れだ、とライダーは考えたらしかった。


「………せめて、滅ぼしてやるよ…」


 眼を保護しているらしい、黄色い結晶質のカバーを煌めかせて、ライダーは宣告する。
 その殺気に気付いたのか、封鎖されたガラスの円筒の中で蠢いていた異形が、顔を上げた。


『――…ッキィッ!!…キイィィー!!』


 一目で彼我の力の差を解したのだろう。
 まぶたの無い眼をぎょろつかせながら、甲高く耳障りな悲鳴を上げる。

 それに呼応して、物陰や下水道のマンホール、建物の隙間などから、再び雑霊たちが寄り集まる。
 先ほどの無秩序な乱舞とは異なり、明らかに統率された、その動き。
 魔獣の思念に操られているのだろう。

 一塊に収束し、霊団を形成したそれらを前に、ライダーは足を止めた。


「―――バカが…」


 小さく、苦笑するように呟いて、腰を落とす。

 今度は右脚を引いた半身で、両膝を撓め、上体をきつく捻る。
 右の拳は腰の脇、やや後方まで引きつけて、緩く開いた左手は水平に右肩の前へ翳し。
 ぎりぎりと、限界まで引き絞った弓のように、全身の筋肉をためてゆく。

 同時に霊力もためているのだろう。
 紅い鎧甲が、揺らめくような陽炎を立ち上らせて、周囲の空間を歪めている。


「ハアアァァ…!」
『ウォ…オオオォ…ン!!』


 突きだした二本のツノを振りかざすように、ライダーが改めて顔を振り向けた。
 それと同時に、向こう側が見えないほど密集した霊団が、弾丸のように突進してくる。


「―――ハァーッ!!」


 一拍遅れて、ライダーもまた、地を蹴った。
 限界寸前まで撓めた全身のバネが、弾けたように伸びる。

 その力に跳ね飛ばされた身体が、極端に仰角の浅い、地を滑るような軌跡を描き。
 振り解かれる上体の捻りに乗せて、右脚が矢のように突き出される。
 全身から集められた霊力が、足の外側―――小指から踵を結ぶ、『足刀』と呼ばれる線に収束する。

 本人の霊気の質によるものか、紅く輝く余波を撒き散らしながら。
 全身が一本の矢と化したようなその跳び蹴りは、容易く霊団を貫いた。

 無造作に霊団を吹き散らして、そのまま勢いを失う事もなく、ビルの入口に着弾する。


『〜〜〜ッ、キイィ〜〜〜!!』


 ズゴオォッ!!

 威力も、響いた音も、もはや爆弾と変わらない。
 建物の構造にまでダメージを与えつつ、圧倒的な霊力が炸裂し、吹き荒れた。
 不完全な召還陣の中で、逃げる事も出来ずに吠える魔獣が、周囲のガラスもろとも、粉砕される。

 粉塵と霊気の嵐が収まり、徐々に開ける視界。

 その中心、粉々に砕け、抉られたコンクリートの床の向こう側から。
 着地した時の姿勢のままなのだろう。
 まるで残心の手本のような体勢で、紅い鎧甲が現れる。

 ちらり、っと周囲を見渡して、状況を確認したライダーは、何気なく向かいのビルを見上げた。
 その壁面の時刻表示は、十一時四〇分。


「―――…ヤベェ!また遅刻だ…弓のヤツ、絶ッ対ェ怒り狂ってる…!!」


 呻くように呟いてあたふたと駆け出し、誂えたように鎧と色味の合ったバイクに飛び乗る。
 セルの調子でも悪いのか、キックでエンジンを叩き起こすと、一目散に走り出した。

 周囲の野次馬や、遠くから聞こえ始めたオカGらしいサイレンには目もくれず。



***



《『―――を倒した、謎の人物の、足取りは、未だ、掴めていません。以上、現場からでした』
「ハイ、ありがとうございました。という訳で―――」》

「…相ッ変わらず、ハデなヤツねー」


 無駄な息継ぎが鬱陶しい、ワイドショーのリポーターの台詞に、美神令子はややげんなりと呟いた。
 令子のその呆れたような呟きが、まあ概ね事情を知る者たちの共通した心情だろう。

 突発的に発生した大規模な霊障にたまたま遭遇した雪之丞が、街なかで盛大に暴れたらしい。
 人的被害をゼロに抑えられた、という意味では立派な事だ。

 ただ日曜日の昼近く、しかも繁華街という目立つロケーションを考慮していない辺りが、如何にも。
 どこぞの映画会社から著作権で訴えられそうな戦闘の一部始終を、生中継されたらしい。
 ―――何せ、ご丁寧にも跳び蹴りでキメている。


「現場から、西条クンが泣きついてきたわよ。こう派手にやられちゃ立場がない、って」
「まあ、そーでしょうね…。今期も予算、キツいんでしょ?」

「アラ、そんなでもないわよ?―――ただ、先の事を考えると、ねえ…」


 あまり困った様子でもなく呟いて、美神美智恵は肩をすくめた。

 今は日曜の昼を少し回った所。
 美智恵が買い物する間、預けていたひのめを引き取りに来たついでに、軽くお茶している最中だ。


「…何か今朝、似たようなの見た気がするわ…ねーひのめ?――…って、またそんなに汚して…」
「ぁぶ?」


 半眼で呟いたタマモが、膝に抱えたひのめの顔を覗き込んで、眉をしかめた。
 夢中でケーキにむしゃぶりついていたひのめの口許は、クリームでべちゃべちゃ。

 ホラ、顔上げなさい、全く…とか言いながら、ティッシュで拭ってやる。
 タマモとひのめとは、血の繋がりなどない、というか種族からして全然違う筈なのだが。
 こうしていると、まるで少し年齢の離れた姉妹のように見える。

 などと、実の姉や母親に思われているとは知りもせず、ひのめはご機嫌顔。
 あい!っと愛想を振りまきつつ、大人しく顔を拭かれている。


「―――…で、横島さんはどーして潰れてるんですか…?」
「………」


 お茶のお代わりを持ってきたおキヌに話を振られた横島は、しかしただ力なくイヤイヤをするばかり。
 ケーキを乗せた皿の両側に、フォークを握りしめた手と、真っ直ぐテーブルに落ちた額とを押しつけている。


「お〜いヨコシマ、起きろ〜!起きないと、苺もらっちゃうぞ〜!」
「―――あ、鈴女どのっ!それは先生の食べかけ…」


 突っ伏した横島のフォークから、半分残っていた苺を抜き取った鈴女を、シロが見咎めた。
 半分方囓られた後とはいえ、ピクシーの鈴女にとっては結構な量だ。
 というか、このくらいでちょうど良い。

 甘い物は別腹、とか言った所で、物理的な限界はやっぱりあるのだ。
 ―――多分。


「ふふ〜んだ、起きないヨコシマが悪いんだも〜ん!」
「苺なら拙者のをあげるから、それは先生に返すでござるよ」

「―――へっ?…あ〜ぁ!」


 一瞬、きょとんと眼を見開いた鈴女が、にまぁ、っとイヤらしく笑う。


「…シロちゃんの、えっち〜!!」
「―――え?…あ!いや、せ、せせせ拙者は別にッ!か、間接キスがどーとか、そーゆー…」

「じゃー別にいーじゃん。いっただっきま〜す!、あ〜ん…」
「あ゛〜ッ!」


 完全に鈴女のペースに巻き込まれ、打てば響くように反応するシロ。
 ここまで弄り易いのも、珍しい。


「ホラホラ、言ったんさい。ホントはちょっと考えてたっしょ?」
「ぅぐ…。す、少し…」

「―――考えてたんだ…へー、ほー」
「むぶ〜!わんわ、メ〜っ!」
「ねー?」

「…ぐぅ…ッ!」


 意味が分かっているのか、というかほぼ確実にタマモに同調しただけだろうが、ひのめにまで叱られる。
 何だか理不尽な敗北感にさらされて、シロは迷わず横島に泣きついた。


「せんせぇ〜!ぷりちーな拙者を、みんなしてイジメるでござるよお〜!」

「あー!ちょっとアンタ、何ドサクサに紛れて抱きついてんのよ!?」
「ぶ〜!!」
「…シロちゃんっ!」


 丸まった横島の背中にしがみつき、上体を密着させたシロに向かって、タマモが食って掛かる。
 身を乗り出したタマモの腕の中から手を伸ばし、ひのめも横島にしがみついた。
 しっかり対抗意識を剥き出しにしている辺り、なかなか将来有望な一歳児だ。

 間接キス云々には苦笑いしていたおキヌも、今度は黙っていられないらしい。
 むぅっ、と頬を膨らませて、タマモと二人がかりでシロを引き剥がしにかかる。

 鈴女は侃々諤々とやかましいお子様たちの様子を笑いながら、ちゃっかりシロの苺も頂戴していたり。


「―――ッだあぁ〜〜!暑ッ苦しいわー!!」

「あ、復活した。…苺なら返さないからね」
「もー豆粒ぐらいしか残っとらんだろーが!んなモンいらんわい!!」


 頭の上で騒がれ、しがみつかれて、耐えかねた横島が喚き散らしながら起き上がった。
 オレはちょっと落ち込む事も許されんのかー!?とか顔に縦線を入れながら泣いている。
 鈴女に怒鳴り返す声も、何だかとってもヤケっぱち風味。

 しかし、跳ね起きた横島の後頭部から振り落とされても、苺は落とさない鈴女。
 そんなに好きなのか?苺…。


「―――でも本当に、どうしたの?…横島クンが落ち込むような事が、何かあったかしら?」
「……ぅう…っ!」


 横島が肩口から引き剥がしたひのめの身体を受け取りながら、美智恵が尋ねる。
 その質問に、横島はだくだくと涙を流して呻いた。


「――…雪之丞のヤツ、今朝、ウチに来たんです…」
「…いつもの人外バトル?」


 彼にしては珍しく、ぼそぼそと聞き取りづらい台詞を、令子が混ぜっ返す。


「イヤ、別にそーいう訳じゃ…。っつーかアンタ、人外って…」
「立派に人間の規格外でしょ、アンタたち。…あんまり周囲に被害出さないでよね。ウチに苦情が来るから」

「……良く言っときます」
「アンタも《爆》文珠とか使うなって言ってんのよ!」
「オレに死ねと!?あんなの、全力で反撃しなきゃ死んでしまう…!」


 鍛錬と称して、手榴弾の倍じゃきかないような爆発だの、戦車砲並みの威力を持った蹴りだの。
 そんな危険なモノを日常的に振り回す連中は、確かに『人外』と言われても仕方がないだろう。


「…で、今日は弓さんとデートだからって…遅刻しそーだからって…」
「「「「「「―――あ゛」」」」」」


 がっくりと肩を落とし。
 ぶるぶると震える指先で、テレビの画面を指す。

 その中には、何やら慌てふためいて、魔装術も解かずにバイクで走り去る雪之丞の後ろ姿が。

 横島の指先を眼で追った美神たちは、思い出していた。

 今日、横島は昔のように徒歩で事務所に来ていた。
 だが、ここしばらくは、そうではなかった筈だ。

 最近は、いつも。
 エロ本やビデオを諦め、爪に火を灯すようにして、中古で購入した―――


「オレのバイクで、何してくれてやがるッ!?雪之丞ーッ!!」


 ―――今、画面の中で、ナンバープレートまでしっかりと映っている、赤いバイクに乗っていた事を。


《「現在、当局ではナンバーから所有者を割り出している最中だそうですが…」

「まあ、その人が『正義の味方』ごっこの正体でしょうけど…何だかちょっと抜けてますねえ」
「顔を隠すぐらいなら、ナンバーも外しておくべきなんでしょうに、ねえ」

「イヤ、『正義の味方』だからこそ、道交法を無視できなかったんじゃないですかぁ?」
「「「ははははは…」」」》


 テレビの中では、ちょっと邪推ちっくな、しかし和やかな笑いが湧いている。
 ―――全国のお茶の間に、笑いを提供してしまった、その張本人にされる寸前の人物は。

 周り中から同情の視線を浴びせられつつ、魂の雄叫びを上げていた。


「―――せめてッ!せめて、正体ぐらいはっきりさせてから退場しやがれェェ〜!!」


 横島忠夫のバイク人生、ここに終わる。
 合掌。

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